055.中身-Contents-
1991年6月1日(土)PM:17:49 中央区宮の森
「オ・ジ・サ・ン何処狙ってるの?」
半円状に散らばった、八本の炎の刃。
その場で炎の勢いを増していく。
更に、横に網目状に炎が伸びてゆく。
「別に、お前を狙うだけが勝利じゃないって事だ」
近藤 勇実の言葉。
意味が分からないかのように、首を傾げる仮面の子。
しかし炎の動きを理解して、目をまん丸にしていた。
炎が徐々に包囲網を完成させて行く。
「僕を逃がさないのが目的って事?」
「さぁな。これから何をするか教えてやるほど、俺はお人好しじゃないぜ」
困った顔をしているのかは不明だ。
だが、仮面の子はその場から逃げる素振りも見せない。
仮面の子の頭上まで伸びた、網目状の炎の檻。
その隙間は、子供でも既に通り抜ける事は出来ないサイズになっている。
「大人しく降参しろ! そうすればこれ以上手荒な真似はしねーよ」
「近藤オ・ニ・イ・サ・ンって甘いんだね。でも僕的には、そーゆーのも嫌いじゃないかな?」
「抵抗するつもりか?」
「もちろんだよー」
「それじゃ、子供らしいお前さんに手を出すのは、気が引けるがしょうがねぇ」
近藤の言葉に呼応するかのようだ。
炎の刃が内側に向けて突き立てられる。
しかし炎の刃は消滅する。
仮面の子が両手を重ねて掲げた、巨大な熱線に薙ぎ払われた。
「やっぱり近藤オ・ニ・イ・サ・ンは甘い人だね。今の炎の刃も全て、僕に当たらないぎりぎりの場所を狙っていたね。僕の動きを止める為だったのかなー?」
子供だと甘く見ていたが、子供だと嘗めすぎていたようだ。
こいつの戦闘センスはまじで本物なんじゃないのか?
自分の認識の甘さを呪うしかないな。
そんな事を考えている近藤は苦笑いだ。
仮面の子の両手から放たれている剣状の巨大な熱線。
近藤の炎の檻を、いとも容易く薙ぎ払う。
その威力に近藤は目を見張るしかない。
「近藤オ・ニ・イ・サ・ン楽しかった。だから殺すのはやめたー! また遊んでねー!」
森の中に消えて行った仮面の子。
本気を出せば、森毎薙ぎ払う事も出来なくはない。
だがもしそうすれば、その後別の意味で大参事になってしまう。
そう考えた近藤。
それにどんなに強くても、子供にしか見えない。
命を掛けた争いに甘いのだろう。
しかし仮面の子諸共焼き払う事は、どうしても近藤には出来なかった。
「一対一で逃がしたなんて言えば、所長に怒られるかもしれねぇなぁ」
そんな事を考えながら、彼は煙草を一本取り出した。
ジッポで火を付けて、肺を煙で満たし吐き出す。
そうして、吸い終わるまでその場に留まった。
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1991年6月1日(土)PM:17:49 中央区謎の建物一階
黒いローブに纏わりつくように、肉弾戦を繰り出す二人。
即席コンビの割には、案外コンビネーションは悪くない。
しかし、黒いローブの動きは軽快だ。
時に両手の肘より先を使い防いだり、時に反動を利用し器用にかわす。
「案外器用に動くな」
一度距離をとった三井 義彦。
疲労感を感じていた桐原 悠斗も、同様に距離を取る。
義彦と悠斗の二人が、黒いローブを挟んだ形になった。
義彦は面倒くさそうな視線を向けている。
悠斗には既に余裕は無い。
黒いローブは、二人を憎悪の眼差しで見ていた。
≪フラ ヲギ ツキリナニル ヒズコ ヤユス テケソ ヘロウメ スラテナ≫
二人が離れた瞬間に、詠唱魔法を唱えた黒いローブ。
いくつもの火の玉が、最後の言葉を唱えたと同時に二人に降り注ぐ。
数が多すぎる、そう思った悠斗はどうするべきか迷った。
しかしその火の玉は、二人に届く事はなかった。
突如目の前に現れた風の壁。
捲き起こされる風に、飛ばされないように踏ん張る。
黒いローブを中心に、竜巻が起きていた。
放たれた火の玉さえも防いだようだ。
突如収まった竜巻の中心。
黒いローブを焼かれ、膝をついている仮面がいる。
その状況に、悠斗は思考が追いつかなかった。
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1991年6月1日(土)PM:17:50 中央区謎の建物二階
汗だくの着崩したスーツ姿の男が、乱暴に扉を開けて入ってきた。
即座に、部屋に無造作に置かれている資料を手に取る。
理解出来そうな部分に、一心不乱に視線を向けた。
二人で挑んでるといったって、まともにダメージを与えられてないような奴だ。
こちらの攻撃が通らない理由を早く見つけないと。
兄貴達だってそう長くは持たない。
気持ちだけが逸る。
何かヒントになりそうな事さえも、彼は見つける事が出来ない。
それでも、一枚一枚資料に目を通していく。
どれもが実験の途中経過を記録している様な感じのもの。
二つの濃い赤紫色のカプセル。
その中には、人型の赤黒いものが浮いている。
しかし、彼には気にする余裕はない。
どんどん資料を読み漁っていく。
ページのわかる部分だけを読んでいる。
最後の走り書きの部分を読んだ相模 健二。
許容量を大幅に超える魔力を供給された実験体は、その魔力のコントロールをする事が出来なくなる。
ガス抜きするように魔力を放出させれば、問題なくなるが魔力のコントロールを失っている為、実験体自身で意識的に放出する事は難しい。
更に魔力を供給し続けると、やがて体内で暴走した魔力は、徐々に体から漏れ出るようになる。
体を漏れ出る魔力は、既にコントロールを失い暴走している為、漏れ出たときに触れた細胞を破壊する。
その破壊現象は、実験体の生命が完全に消失するまで、際限なく続く。
赤紫色のカプセルの中身を理解した健二。
二つのカプセルを改めて見てみて絶句した。
カプセル内の赤黒い、おそらく人であったもの。
動き出す事がないように、カプセルの中の十字架の様なものに固定されていた。
手足が何重にも固定されている。
液体が赤紫なのは、恐らく漏れ出た血液と混じった結果なのだろう。
この場で行われた、非人道的な凶行に思い至った健二。
一気に、吐き気が喉元を駆け上がってくる。
今まで割とグロテスクな状態の物も見た事はある彼。
しかし、ここまでの凶行は想像を絶する行いだった。
それでも、こんな所で嗚咽に時間をかけている暇はない。
根性で飲み込んだ。
もうここに目ぼしい資料はないと判断した健二。
ふらつく足腰に活を入れて、気合をいれる意味も込めて乱暴にドアを開けた。
そこには、緑髪の颪金の回し蹴りに吹き飛ばされる龍人。
少し離れた所で、苦い表情の相模 健一が見えた。
吹き飛ばされた三井 龍人が、床をバウンドして転がっていく。
助けようと一瞬考えたが、自分が行っても何も出来ないとぐっと唇を噛む。
焦る気持ちのまま、二つ目の部屋のドアを乱暴に開けて中に入った健二。
資料らしきものは何一つなく、隣と同じように濃い赤紫色のカプセルだけが目に入った。
再び吐き気が食道を駆け上がってくるも、吐き出すのを堪える。
すぐに部屋を出た健二は、ムカムカする気持ちを誤魔化す。
三つ目のドアを、吐き気を振り払うように乱暴に開けた。
隣二つの部屋とは違った。
カプセルには人ではなく、動物らしき生物。
紫の液体に揺らされていた。
左側のカプセルの中の生物は、犬か狼のような獣の子供のよう見える。
全体的に白っぽい毛に覆われていた。
額や耳等の体の一部の毛が紺色になっている。
右側のカプセルの中の生物は、鳥の子供のようだ。
全体的に薄い桃色で、所々が白くなっている。
鳥類についてほとんど知らない健二には、何ていう鳥なのかわからない。
一瞬唖然とした健二だが、カプセルの中身を考えてる状況じゃないと思い返す。
近くの資料を無造作に掴み、確認して行く。
どうやらここにいる獣達について、書かれているようだ。
本当に、何かヒントになるような事が書いているのだろうか?
不安と焦燥感に苦しめられながら、視線を動かすのはやめない。
次々に資料を読破してゆく健二。
その中には、二体の獣について書かれていた物もあったが、深くは読まない。
いくつかの資料にひたすら目を通して、彼は気になる記載を見つけた。




