表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Element Eyes  作者: zephy1024
第五章 黒塊追跡編
52/327

052.幼虫-Larvae-

1991年6月1日(土)PM:17:32 中央区謎の建物一階


 相模(サガミ) 健二(ケンジ)は一人、ただひたすら穴を監視している。

 二階に向かった三人は、どうなったのだろうか。

 彼はそんな事を考えていた。


 実際にはそんなに時間は経過していない。

 しかし一人ただ待つというのは、時間を長く感じるものだ。


「穴の中にはいって調べておくのも手だが、問題は明かりになるようなものが、何もないって事だよな」


 ただ単に手持ち無沙汰に、安易に考えた事。

 肝心の中を見る為の、明かりになるようなものが見つからない。


「近藤さんでもいれば、便利な松明になるんだけどな」


 そんな他愛も無い事を口にしてみた所で、明かりが出来上がるわけでもない。

 一人いろいろ思案してみる健二。

 元々あまり頭の良いほうではない彼では、名案は浮かばなかった。

 それでも何か、名案を捻り出そうと、脳をフル回転させる。

 思考に意識を集中させていた為、近づいてくる人の気配に気付くのが遅れた。


「相模弟か?」


 突然かけられた声に、即座に反応出来ない。

 側に近寄ってくる人影に、少し逡巡してから顔を向ける。

 そこには、彼も何度か関わった事のある男が立っていた。


「みつ・・・探偵さんか。何でこんな所に?」


「一応人探しかな? そっちこそ何で?」


「兄貴と二人で、ちょっとした事件を調べてたら、こんな所に辿り着いた感じかな。兄貴の健一と、更に三井君、桐原君が上の階にいるぞ」


「義彦と桐原君もいるのか。何ともまぁ」


「三井君と桐原君は攫われた女の子を助けに来たようだけど、お前の捜し人もその人か?」


「いや、俺の捜し人は緑髪の男性だな」


「緑髪の男? 今の所は見かけてないな。二階かこの穴の中ならわからないけど」


「そういえばその穴は何だ? 周囲の屍から考えると蟻の巣か?」


「おそらくだがな」


「潜ったのか?」


「まだだな。潜ろうにも、明かりがねぇからな」


「明かりね?」


 煙草を一本取り出し、火をつけた三井(ミツイ) 龍人(タツヒト)

 煙草の煙を燻らせている。


「明かりがあればいいのか?」


「あれば穴に入るのもありかな、とは思っている」


「そうか」


 火をつける事もなく、右手のジッポで適当に遊んでいる。


「あんまり得意じゃないんだけどな」


「ん? 何を――」


 言葉を続けようとした健二は、その光景を見て絶句した。

 右手で遊んでたジッポに、いつの間にか火を点けている。

 その火が一際大きくなった。

 気付けば閉じられているジッポ。


 火は消える事もなく、赤々と燃えあがっている。

 その炎が龍人の右手の上で、まん丸に集まった。

 徐々に光源として周囲を照らしてゆく。

 揺らめきながら安定した炎の球。


「なっ!?」


「そんなに驚く事か?」


「驚くも何も・・・おまえは風・・じゃ?」


「別に四属性のうち、一つしか使えないとは言ってないだろ」


「ぁがぅ・・確かに・・・。これが才能の差・・か?」


 後半は呟きにしかならず、龍人の耳には届かなかった。


「そんで光源は用意したから、穴の中を探索する事は出来るわけだが、どうするよ?」


 健二に真面目な視線を向ける龍人。

 その眼差しをうけて、健二は冷静に務めるように努力する。

 それでも、狼狽は隠す事は出来なかった。


「――せっかく準備してもらったし、行こうじゃないか」


「わかった」


 龍人は穴の縁まで歩み寄り、穴の中を覗く。

 同じ様に、穴の縁まで歩いてきた健二。

 龍人は、自らが練り上げた炎の球を、ゆっくりと二つに分裂させてゆく。


「近藤さんみたいに、ちゃっちゃとはやっぱ出来ねぇな」


 自嘲ともとれる囁き。

 それでも、得意属性でもないのに、十秒程であっさりと行うその能力。

 健二は舌を巻いた。

 そこで、ある疑問に気付く。


「二つに分裂させてどうするんだ?」


「どうする? こうするのさ」


 分裂した炎の球。

 片方は左の掌で、徐々に元の大きさに戻りながら揺れている。

 右の手の掌の球も、徐々に元の大きさに戻りだしていた。

 左手の炎の球が、分裂前の大きさに戻っていく。

 完全に戻ると、ポイッと穴の中に放った。


 放られた炎の球は、周囲を照らしながら落下してゆく。

 程なく地面に到達、土の上で周囲を照らし始めた。

 早く降りてこいよと言わんばかりに、揺らめいている。

 龍人の行動を健二はじっと見ていた。


 穴の中の、照らせる範囲の状況を理解した龍人。

 一切の躊躇もなく飛び降りた。

 その高さは七メートルから八メートル程だろう。


「相良弟、お前も早く来いよ」


「――警戒するとか、そうゆう考えはないのかよ」


 独り言のように呟いてから、龍人にならって穴の中に飛び降りた。

 地面が思いのほか柔らかいからなのか、思った程の衝撃を感じない健二。

 しかしこんな穴になっているなら、建物の基礎の構造はずたずたなんじゃないのか?

 と、余り意味の無い事を考えていた。


 改めて穴の中の、最初の部屋を見渡してみる。

 光源があるとは言え、やはりはっきりとは判断出来ない。

 それでも基礎だったらしい、金属らしきものや、コンクリートらしきものも見える。


 光源の役割を果たしている龍人が、部屋の中を壁ぎりぎりに一周。

 横幅は四メートル程度、奥行きは十メートル程度だろうか?

 どうやら横倒しの卵形のようだ。

 そして進める道は一箇所のみ。


 龍人と健二は、お互いに視線を交わらせる。

 二人同時に頷くと、唯一進める横穴に歩き出す。

 しばらく歩くと、最初の部屋と同じ様な感じの、入り口に辿り着く。


 既に黒い蟻は全滅したのか、ここまで一体も遭遇する事はなかった。

 何もないと思ったその部屋を、中心まで歩を進める。

 二人はそこで、自分たちの考えが、思い違いであった事を悟った。


 入り口と反対側、部屋の最奥に蠢く物。

 半透明の、びっしりと長い毛の生えた芋虫。

 二メートル近くあるだろうか?

 これがおそらく蟻の幼虫って事なんだろう。


 数えてみると、そこにいる芋虫は十体。

 闖入者に気付いたのだろうか?

 二人目掛けてゆっくり這いより出した。


 見たくないものを見たかのような表情の二人。

 何か言葉を発する事もない。

 ひたすら、汚物でもみるかのような視線を向ける。


 どちらが最初に動いたのだろうか?

 いくつもの風の刃に、切り刻まれる芋虫。

 地面の土が、円錐状に盛り上がり、芋虫が天井に縫い付けられる。


 ひたすら作業のように行う二人。

 そこにはどのような感情があったのだろうか?

 ものの数秒で、芋虫は亡骸に、変わり果てていた。


 二人は一度顔を見合わせた後、無言で来た道を戻る。

 戻る間、一切言葉を交わす事はない。

 ただただ周囲を警戒しながら進む。


 そして穴の入口の、丁度真下まで戻ってきた。

 健二は無言で、足元の土を盛り上げて行く。

 二人が乗れる大きさで盛り上げて行った。


 徐々に、穴の外の一階部分が見えてくる。

 一階に戻った二人。

 呼吸を止めていたわけでもないのに、一気に息を吐き出し再び吸い込んだ。


 女王蟻が何故いなかったのだろうか?

 健二が思い至ったのは、その時になってからだった。


-----------------------------------------


1991年6月1日(土)PM:17:33 中央区謎の建物二階


 一つ目の部屋のドアや壁から、いくつもの拳大の尖った石が飛び出す。

 数秒後、穴だらけのドアが外側に倒れた。

 しばらく呆然としてると、部屋から出て来る黒いローブの奴。

 おもむろに右手をこちらに向ける。


 その時、僕の横を何かが通り過ぎた。

 健一さんが放ったと思われる、拳大の丸い岩塊。

 しかし奴は無造作に、それを右手で払いのけた。

 ただそれだけで、弾かれて奴の背後の壁を貫通して行く。


「っ!? 弾いただとっ!!」


 驚愕の症状の健一さん。


≪ツハ≫


「たぶん詠唱呪文だっ!! 詠唱させるな!」


 詠唱呪文は、何となくどんなものか想像がつく。

 渋い顔をしながら、健一さんは再び岩塊を射出。

 黒いローブは体をこちらに向けながら、今度は左手で無造作に岩塊を払い退けた。


≪オウツン≫


 弾かれたように、僕は黒いローブに突っ込む。

 健一さんの岩塊は、何が理由か分からないが効かないようだ。

 ならば詠唱妨害もかねて、接近攻撃ならばどうだろうか?


 距離は数メートル、弾丸のように真っ直ぐ突っ込む。

 再び射出された岩塊が、僕の横を通過する。

 奴は今度は右手で無造作に弾いた。


 弾く理由がさっぱりわからない以上、接近で相手出来るのかもわからない。

 高速で射出される岩塊を弾く事から、接近した方が危険な可能性も有る。

 それでも、何もしないでいれば、間違いなく簡単に命を刈られるのは目に見えてた。


 僕の体を突き動かしたのは、何だったのだろうか?

 死ぬ事へ恐怖?

 殺意を向ける相手への恐怖?


 正直怖くて怖くて、今すぐにでもこの場を逃げ出したい。

 でももし、そんな事をしたとしても、きっと逃げ切れないと思う。

 逃げ切れないなら前に進むしかない。


 体が震えているのか震えていないのかも、よくわからなかった。

 ただ僕は、伊都亜さんを連れ戻す為に、ここに来ているのだ。

 その感情に体を奮い立たせる。


 奴の目の前に躍り出た僕は、右の拳に全力を込めて突き出す。

 健一さんの岩塊の連打で、詠唱を止められていた奴は特に反応しない。

 左頬に直撃、金属音が響きわたる。

 その場から、仰け反る事すらもなく、奴は受け止めた。


 僕は続けて、左と右の拳を連続で叩き込む。

 殴っている感触は間違いなくある。

 それなのに、奴は全く微動だにしない。


 気付けば奴の右手が、僕の胸の前にあった。

 咄嗟に僕は後ろに飛びつつ、両手を胸の前に交差させる。

 先程とは少し異なる言葉を、奴は早口に唱えた。


≪ツハ オウツン エコ ヒズコル セナカア スオレ≫


 奴の右手に、尖った拳大の石塊が精製されていく。

 詠唱が終わると同時に、射出された。

 僕の前に構えていた両手に、衝撃が走る。

 吹き飛ばされた僕を、健一さんが受け止めてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ