033.共寝-Sleeping-
1991年5月29日(水)PM:19:44 中央区桐原邸一階
愛菜は、台所で何か料理している。
今日も、おじさんとおばさんは仕事か。
愛菜は、寂しくないんだろうか?
ふと、そんな事を思った。
僕には、本当の両親の記憶が無い。
いつから、中里家で暮らしていたんだったか?
産まれた時からってのは無いと思う。
でも、記憶にある限りは、中里家での生活しか思い出せない。
養子縁組的な話しもあったらしい。
けど、結局は養子にはならなかった。
大人達に、どんな事情があったのか?
当時の僕に理解出来なかった。
今更、わざわざ聞こうとも思わないけど。
僕は愛菜の事を、実の妹のように思っている。
だけども、本当にそれだけなんだろうか?
目覚めが悪い時の、ちょっとしたスキンシップ。
それだけでも、ドキドキする事がないと言えば嘘になる。
でも、それが恋なのか、と言われると正直自信がない。
そもそも、恋する気持ちって奴が、どんなものなのかわからないし。
自分の心なのに、自分で良くわからない。
まさや有紀にからかわれるのも、そんなに悪い気はしていない。
これこそが、恋してるって事なんだろうか?
でも、愛菜は僕の事を、同い年の兄。
もしくは弟と思っているはずだ。
ギクシャクする位なら、このままでもいいんじゃないか?
これじゃ堂々巡りだな・・・。
そんな事を考えていると、愛菜からの声がかかった。
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1991年5月29日(水)PM:20:34 中央区桐原邸一階
愛菜は今、台所で皿洗い等の、片付けをしている。
それにしても、やっぱり愛菜の料理は美味しい。
ただのポトフだったのに、何でこんなにうまいんだろう?
隠し味に、何かいれたりしてるんだろうか?
そう言えばポトフって、教えてもらった事ないな。
そんな事を考えていると、電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう?
その時、由香さんの話しは、すっかり忘れていた。
「はい、桐原です」
『もしもし、ゆーと君。由香です』
「由香さん? どうしたんです?」
『えー、電話するって言ったでしょ。忘れてたの?』
「あ、すっかり忘れてました・・・」
『もうー。まぁいいや。愛菜ちゃんいる?』
「・・いますけど」
『かわってもらえるかな?』
「いいですけど、本当に、大丈夫なんですか?」
『大丈夫大丈夫!』
「・・わかりましたよ。少し待ってください」
本当に、大丈夫なんだろうか?
不安だ・・・。
「愛菜ー、由香さんから電話」
「・・はーい」
少しして、愛菜が居間に現れた。
怪訝そうな顔をしている。
それも当然だろうな。
「由香さんって間桐さん?」
「そうそう」
「ゆーと君じゃなくて私?」
「そうみたい」
「何だろう?」
「さぁ? 何だろうね?」
「とりあえずわかったー」
電話機に向かいつつ、何だろうとか呟いている。
不安だったのもあり、僕は聞きたくなかった。
愛菜のかわりに、台所に皿洗いに移動。
皿洗いをしている間に、どんな会話をしていたのかはわからない。
結果的には、由香さんがうまく話してくれたようだ。
皿洗いを終えて、居間で僕達二人はまったりしている。
突然愛菜から話しかけてきた。
「ゆーと君、由香さんに話し聞いたよ。明日から頑張ってね!」
「・・お・・おう」
由香さん、一体どんな話しをしたんだよ・・・。
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1991年5月29日(水)PM:20:36 中央区桐原邸一階
今日のポトフとエッグサラダも、美味しいって言ってもらえた!
皿洗いをしながら、私はそんな事を考えていた。
誰かから、電話がかかってきたみたい。
何話してるんだろう?
ここからじゃ、わからない。
「愛菜ー、由香さんから電話」
え!?
由香さんて、あの時の由香さん?
とりあえず、返事しなきゃ。
「・・はーい」
変な声になってないよね?
でも何で、ゆーと君じゃなくて私?
私にかかってくる理由が思い浮かばない・・。
何だろう?
出ても、何話せばいいの?
私変な顔してないよね?
「由香さんって間桐さん?」
「そうそう」
「ゆーと君じゃなくて私?」
「そうみたい」
「何だろう?」
「さぁ? 何だろうね?」
「とりあえずわかったー」
とりあえず、電話にでなきゃ。
「何だろう」
あ、思わず声にでちゃった・・。
ゆーと君に、聞かれてないよね!?
「は・・はい。愛菜です」
『こんばんわ、愛菜ちゃん。間桐 由香だけど覚えてるかな?』
「は・・・はい。覚えてます。あ・・あの時はありがとうございました」
『ううん、気にしないで。ところでゆーと君は側にいる?』
「あ・・えっと、台所に・・たぶん、私が、皿洗いの途中だったから・・」
『あ? そうなんだ。忙しい時にごめんね』
「い・・いえ、大丈夫です」
何で私、こんなに緊張してるんだろ?
『しばらく、平日の十八時から十九時ぐらいまでゆーと君、借りるけどいいかな?』
「・・借りる?」
どうゆう事!?
『あぁごめん、ちょっと言い方が悪かったかな。愛菜ちゃんを守れるように強くなりたいんだってさ。だから鍛えようかなって。ゆーと君には、私が言ったって内緒にしてね』
「えっ!? あ・・は・・はい」
どうしよう!?
私、今、凄い動揺してる。
『ゆーと君の事、好きなんでしょ?』
「えっと・・えぇぇぇ!?」
どうしよう!?
今、きっと顔真っ赤だ。
ゆーと君に見られたら、どうしよう・・。
『ちょっとしかいなかった私でも、バレバレだったよ』
「えっと・・え・・っと・・は・・はい」
『ゆーと君、割といい男だと思うから、ぐずぐずしてると、他の誰かに盗られるかもよ?』
「えっ!?」
『一歩踏み出さないとね。試しに、一緒に寝てみるとか?』
「えぇ!? えっ? う・・うんと・・」
『まぁ、例えばだから。それじゃーね』
何か答える前に切られちゃった・・・。
「愛菜、皿洗い終わったぞって、顔赤いけど、どうした?」
「う・・ううん・・・何でもない」
「そう? ならいいけど。由香さん、何か言ってた?」
どうしよう・・何て言えば?
「愛菜、どうした?」
「う・・うんとね・・」
どうしよう・・今、何か言っても、しどろもどろにしかならない・・。
「まぁいいや」
ゆーと君はそのまま、居間のソファーに座って、テレビを見始めた。
とりあえず、落ち着こう。
私を守る為・・?
意味合いはわからない。
でも私の為だってのは、凄く嬉しい。
「ゆーと君、由香さんに話し聞いたよ。明日から頑張ってね!」
「・・お・・おう」
余計な事、突っ込まれたらどうしようかと思った
けど、これで良かった・・のかな?
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1991年5月29日(水)PM:23:52 中央区桐原邸二階
そう言えば、長谷部の事件とかの情報。
何とかするって言ってたけど、どうなったんだろう?
明日、三井さんに聞いてみようかなぁ?
それにしても、立て続けに、事件起きたなぁ・・。
由香さんに聞いたら、こんな事は珍しいらしいし。
やっぱ【ヤミビトノカゲロウ】ってグループかな?
裏でいろいろと糸を引いてたりするのかもしれない。
少なくとも、久下一味の事件はそうだし。
しかし、塩辛とか薄羽黄とか、変な名前だなぁ。
なんか、意味あるんだろうか?
そんな感じで、自室で一人。
僕は考え事に浸っていた。
『コンコン』
えっ?
誰!?
今、家には、誰もいないはず?
なのにノック?
「ゆ・・ゆーと君、まだ起きてる?」
愛菜?
あれ?
家まで送ったのに、何でここにいるの?
とりあえず、無視するわけにも行かないか。
「起きてるけど、どうした? とりあえず入れよ」
「う・・うん」
ドアをゆっくり開けて入ってきた愛菜。
ピンク色のかわいいパジャマと、お揃いっぽい枕を持ってる。
ベッドを椅子にしていた僕の隣に、恐る恐る座った。
何故か顔が赤い。
さっき由香さんとの電話が終わった後。
その時も、愛菜の顔は赤かったな。
「どうした? 何かあったか?」
顔が赤い事に突っ込もうと思ったけど、やっぱやめた。
「あ・・あの・・あのね・・」
「うん」
何で僕、ドキドキしてるんだろう?
「う・・うんと・・うんとね・・・」
「うん? どうした?」
愛菜は、何が言いたいんだろうか?
さっぱり見当がつかない。
というか何で枕もって、パジャマなんだ?
「あ・・あのね・・・。い・・一緒に・・寝てもいい?」
「えっ?」
「・・やっぱだ・・駄目?」
愛菜の瞳が、悲しそうに上目使いに僕を見る。
そんな瞳で言われたら、断れない・・。
「駄目じゃないけど。突然どうした?」
「う・・うんとね」
更に顔が赤くなる愛菜。
「まぁ、無理して言わなくてもいいけど。寝よっか」
「う・・・うん」
そう言えば、もっと小さい頃は、二人で一緒に寝てたな。
別々に寝てたから、今更言うのが恥ずかしかったんだろうか?
自分の枕を、少し横にずらして、愛菜の持ってきた枕を置いた。
そうして僕と愛菜はその日、一緒に眠る。
小さい頃みたいに、一つのベッドで、二人で一緒に眠りにおちた。
なんか落ち着かなくて、中々眠れなかったことは、愛菜には言うまい。




