324.条件-Qualification-
1991年7月25日(木)PM:18:14 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号
「えっ!? 殴り合いって?」
山茶花 真野環から発せられた。
予想の斜め上の言葉。
戸惑ってしまう桐原 悠斗。
「真野環姉様、それでは意図が通じないと思いますよ」
淵無し眼鏡の、ミニスカート型のサロペット。
何処か大人びた女性。
彼女は真野環に視線を向けた。
「山茶花姉、髪がぐしゃぐしゃになるよぅ?」
黒のベアトップキャミソールにまな板の少女。
嫌がるような眼差しで真野環に視線を向ける。
「あぁ、そうだよな。殴り合いだけじゃ通じるわけないか」
真野環は、撫でている頭を更に乱暴にした。
「ちょっと!? 真野環姉ってば?」
抗議の声に、しばらくして手を止めた。
少女の緑のショートヘアは、酷くぐしゃぐしゃだ。
彼女は、手櫛で頑張って直し始める。
「そんなところで、立ち話ししてないで入ってもらったらどうですか?」
背後から聞こえて来た声。
雪乃下 嚇だ。
「そうだな。そうしよう。お邪魔するよ」
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
悠斗の反応も待たない。
靴を脱ぎ始めた三人。
その光景に、諦めた悠斗。
靴を脱ぎ始めている三人。
先立って台所に向かった悠斗。
嚇も含めた人数分の麦茶をコップに注ぐ。
「手伝いますよ」
テーブルの上を片付けた嚇。
彼も協力して、麦茶を運んでいく。
「男の部屋にしては、小奇麗だな」
テーブルの前まで歩いた真野環。
ぐるっと部屋の中を見渡した。
背後には二人が並んでいる。
「改めて自己紹介する。高等部一年一組担任、山茶花 真野環。担当科目は保健体育だ。ほら、お前達も自己紹介」
一礼した淵無し眼鏡の女性。
微かに胸が揺れる。
「私は天拳 霞です。霊装器名もそのまま天拳霞。篭手型霊装器です」
再び彼女は一礼した。
白のペプラムシャツに、薄いピンクのシュシュスカートの彼女。
悠斗と嚇は、真面目な印象の彼女を、大人びていると感じた。
「天拳 焔。篭手型霊装器で霞姉とは姉妹篭手。天拳焔が霊装器名」
黒のベアトップキャミソールに青のデニムのホットパンツ。
無い胸を前に突き出す。
本当にまな板だ。
「霊装器で姉妹!?」
首を傾げた嚇。
悠斗も彼と同じ疑問を抱いた。
「桐原 悠斗君は知ってるからいいとして、君は同室の雪乃下 嚇君でいいのかな?」
真野環が嚇を見る。
「あ、はい。失礼しました。そうです。雪乃下 嚇です。どうぞお座り下さい」
嚇の言葉に、三人が座る。
彼と悠斗はその後に椅子に腰掛けた。
椅子は四つしかない。
その為、嚇は別の椅子だ。
以前悠斗が練習で作り上げた、鉱石製の椅子に座っている。
「それで君の疑問だが、霞と焔は、同じ製作者による霊装器なんだよ。だから姉妹なのさ」
「なるほどです」
彼女の話しを聞いている悠斗。
同時に、何故殴り合いという発想に至るのか考えている。
しかし、いくら考えても結びつかない。
とりあえず、彼は麦茶を一口飲んだ。
「それで霊装器なのはわかりました。けど、それと殴り合いが結びつかないんですけど?」
「殴り合いって聞き間違いじゃなかったんだ」
嚇の呟きに、苦笑いの悠斗。
「真野環姉様が説明しても勘違いされそうなので、私がお話しします」
「霞も言うようになったな。出会った頃はおどおどしてたのに」
「その話しを今するんですか!?」
霞は過去を思い出して赤面した。
くすくすと笑っている焔。
どうしていいかわからない悠斗と嚇。
「あぁ、それでだな。殴り合いって言うか? 手合わせだな」
「手合わせ?」
「真野環姉様、それでは言い方を変えただけに近しいですよ」
麦茶を一口飲んだ霞。
咎めるように口を開く。
「私が桐原と手合わせしたいんだ」
会話に入りこんできた焔。
その後、ゴクゴクと麦茶を飲んだ。
彼女の声に違和感を感じ始めた。
何処かで聞いた事があると感じ始める悠斗。
「あ!? ありあベーカリーでの囁きだ。私は拳を預けるもの。あなたなら拳を纏うものになれるかもだっけ? あれ、君じゃないの? 焔さん」
「うん、そうだよ。私」
「あれは一体どうゆう意味?」
「そのままの意味」
「焔ったら。それじゃ通じないでしょ。桐原さん、ごめんなさいね」
詫びる霞と不貞腐れる焔。
「それはいいんですけど、どうゆう意味なんですか?」
「桐原さん、雪乃下さん、異装器についてはどの程度ご存知ですか?」
質問を質問で返されて戸惑う悠斗。
「たぶん、二人とも授業で知る程度だと思います」
悠斗を見かねた嚇。
彼が代わりに答えた。
「異装器ってのはな、同じ異装器でも扱う人間の力量で強さが変わる。これはわかるな?」
真野環の言葉に頷く悠斗と嚇。
「異装器の中でも、一級と呼ばれている物には人格が宿っている。この二人や陸霊刀のように」
霞が悠斗、嚇の順に視線を向ける。
「人格がある以上、二級以下の異装器と違い、属性の他、性格的相性やお互いの信頼関係、様々な要素が絡んでしまいます」
「私の霊力は土、こいつらも属性は土だから最初の条件はクリアしてるんだけどな。許容量に問題があったんだ。一度二人と仮契約した事があるんだがな。私が持たなかった。一人が限界のようだ」
苦笑いの真野環。
「持たなかった?」
疑問口調の嚇。
「封印されているとかの状態ならば別ですが、こうして肉体を持つ以上、保持する為の力が必要になります。しかし、本来の姿が生物ではなく無生物である為、力を蓄えることは可能でも、自らで生成する量は極微妙なのです。いえ、もしかしたら生成する事すら出来て無いのかもしれません」
「生成の可否はともかくとして、維持する為の消費量が上回っているって事ですか?」
難しい表情の悠斗。
何処か苦々しい顔だ。
「桐原さん、どうされましたか? 何処か表情が」
「あ? すいません。ちょっと嫌な事思い出したので」
「こないだの陸霊刀の事だろうな」
全てを知っているかのような真野環。
悠斗は少し躊躇った後、頷いた。
「私も報告上でしか知らない。だが、間に合わなければ陸霊刀の人格は消失していただろう」
一瞬暗い顔をした真野環。
だが、瞬時に元に戻った。
「三人は土属性。山茶花先生は一人が限界。維持する為には、同じ属性の人間と契約が必要って事ですかね?」
答えを尋ねるかのように、言葉を紡いだ悠斗。
三人は、ほぼ同時に頷いた。
喉が渇いてきた嚇。
麦茶を三分の一程飲んで、喉を潤す。
「この場で他に契約可能なのは僕って事になりますけど、そこと手合わせが結びつかないんですが?」
麦茶を二口飲んだ真野環。
二回喉を鳴らす。
「そうだな。簡単に言えば、焔が君の実力を見てみたいって事だ」
「私達は戦う為の道具。預けるものも纏うものも、お互いの実力を認め合う必要がある」
「焔はそう考えてるわけだ」
何故か苦笑いの真野環。
「なるほど。僕としてもある意味では、有り難い申し出になるのかな? 焔さんに認められればにはなるけども」
「それじゃ手合わせしてくれる?」
「余り気は進まない気持ちもありますけど。そうしないと納得しなさそうですしね」
悠斗の手合わせを受ける理由。
聞いた焔は不満げに頬を膨らませる。
彼女の態度に、彼は苦笑いになった。
「そうか。それじゃ、場所を確保するとしようかな。電話借りてもいいか?」
「どうぞ。お使い下さい」
即座に反応した嚇。
感謝の意を伝える真野環。
受話器を持つと素早く番号を押す。
「あぁっと、高等部の山茶花だ。模擬戦したいんだが、どっか開いてるか?」
無言のまま、麦茶を飲む霞。
ずり落ちた眼鏡を戻す。
「そうか。わかった。今日二十時で問題ないんだな?」
耳に聞こえた今日二十時というフレーズ。
驚きの悠斗と、屈託無い笑顔の焔。
「了解した。ありがとな」
真野環は受話器を置いた。
「今日二十時で問題ないそうだ。構わないかな?」
まさか本日中になるとは思わなかった悠斗。
頷くまで、少し間があった。
「まぁそう不安になるな? 模擬戦だからな。場所は中央にある競技場だ。一応時間前に迎えに来るが?」
悠斗が反応するまでほんの少し間があった。
「わかりました。それじゃ、ここには僕も嚇もいないと思うので、この学生寮の一○一号でお願いします」
首を傾げた真野環。
「一○一号?誰だったか?」
「義彦の部屋ですね」
「あぁ、三井か。了解了解。それじゃ、また後でな。麦茶ご馳走様」
「ご馳走様でした」
「また後で」
突如、訪問して来た三人。
嵐のように去っていった。
見送る嚇が戻ってくる。
「何か面白い事になりましたね」
「面白いのかなぁ?」
「当事者じゃありませんから」
微笑む嚇と、苦笑いの悠斗。
「それ何か酷いんじゃないの?」
「実際のところ、悠斗の実力、ちゃんと見た事ないですからね。楽しみですよ」




