319.外出-Outing-
1991年7月26日(金)PM:13:11 中央区特殊能力研究所円山宿舎二一○号室
台所で食器を洗っているブリット=マリー・エク。
かなり手馴れた動作で勤しんでいた。
相模 健二はテーブルに座っている。
彼女のいれたコーヒーをおいしく飲んでいた。
「んで? 札幌の街をエスコートって、どっか行きたい場所とかあんのかよ?」
皿洗いを終えたブリット=マリー。
彼女が歩いてきたのを見計らったようだ。
健二は彼女に声を掛けた。
「行きたいところ。そうですわね? 動物園とか遊園地とか行って見たいですわ」
「動物園に遊園地ね? 近場なら動物園は円山、遊園地なら中島公園になるか」
顎に手をあて少し考えた健二。
とりあえず思いついた二箇所を口にした。
「遠出すればでかい所もあるけどな。だが、余り遠出をするのもまずいだろうし」
「あと豊平川の川縁も歩いてみたいですわ」
健二は、コーヒーを一口飲んだ。
「それじゃ、中島公園行ってから、豊平川か」
「エスコートしていただけますの?」
少しだけ嬉しそうなブリット=マリー。
「するっつったんだ。二言はねぇよ」
「ありがとうございます」
無邪気な笑顔のブリット=マリー。
健二も無意識に少しだけ笑顔になっていた。
「それでは、少しシャワーをお借りしてもかまいませんでしょうか?」
「ん? あぁ、しょうがねぇな。バスタオルとかあんのか?」
「いえ、小さいタオルなら」
「うちにあるのでいいんなら、バスタオル出してくるぞ?」
「よろしいのですか?」
少しだけ申し訳なさそうなブリット=マリー。
「気にすんな」
「はい。ありがとうございます」
彼女は、テーブルの側まで歩いてきた。
そこで、服を脱ぎ始める。
彼女の突然の行動。
口に含んでいたコーヒー。
思わず吹き出しかけた健二。
口の中のコーヒーを一気に飲み下す。
焦り気味で口を開いた。
「お前に羞恥心とか恥ずかしいとかいう気持ちはないのかよ!?」
「え? 羞恥心ですか? 何故恥ずかしがる必要が?」
既に全裸のブリット=マリー。
脱いだ服を畳むと椅子の上に置いた。
二の句を告げなれないままの健二。
目を離すことも出来ずじっと見ていた。
「それでは、シャワーお借りいたします」
健二の視線も何処吹く風だ。
歩き出したブリット=マリー。
「何でしょうか? 健二様にじっと見られていると、少しだけほんの少しだけ体を隠したくなったのは何でしょうか? あそこにいた頃は、男性に体を晒す事もありましたのに」
囁くように呟いたブリット=マリー。
健二にはもちろん聞こえていない。
「あぁもう、なんでこんな事になってんだよ? わけわからん」
ブリット=マリーがシャワーを浴び始めた。
聞こえてくる水の音。
健二は誰に言うでもなく愚痴り始めた。
「くそ。バスタオル用意するか」
立ち上がると別の部屋に移動する。
タンスを通り過ぎた。
紙袋の中に突っ込んだ手。
新品のバスタオルを二枚取り出した。
「迪さんがわざわざ買ってきてくれたもんが役に立つとはな。すぐに使わなくて正解だったのかね?」
タンスの上に置かれている事務用洋鋏。
無造作に握ると、値札などの邪魔物を切った。
バスタオルを片手に、再び歩き出す健二。
浴室の前に立つと、シャワー音が聞こえてくる。
曇りガラス越しに動いているブリット=マリー。
彼女に聞こえるように話かける。
「バスタオル、洗濯機の上に置いておくからな」
数秒して聞こえてくる声。
「健二様、ありがとうございます」
ブリット=マリーの声を聞いた健二。
洗濯機の上にバスタオルを置いた。
ゆっくりとテーブルに戻る。
だらりと椅子に腰掛けた。
更にコーヒーの残りを、喉に流し込んだ。
冷たい物で喉を潤したくなった彼。
立ち上がると冷蔵庫の前に移動した。
冷蔵庫を開けた健二。
彼は驚きの余りしばらくフリーズしていた。
視界の端に見えた見知らぬ物。
フリーズしていた思考が徐々に理解する。
見慣れぬ旅行鞄だと気付いた。
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1991年7月26日(金)PM:13:56 中央区特殊能力研究所円山宿舎二一○号室
シャワーから出てきたブリット=マリー。
バスタオルを、体に巻きつけている。
もう一枚は、濡れた髪の毛を纏めていた。
健二は、テーブルでスポーツドリンクを飲んでいる。
CDプレイヤーから聞こえてくるのは邦楽。
音楽のジャンルとしてはロックだ。
「ドライヤーはそっちの部屋。勝手に使え」
ペットボトルを握りながら指差した健二。
非常にぶっきらぼうな言い方だった。
「はい、ありがとうございます」
彼の言い方にも、ブリット=マリーは気にした様子はない。
健二の指差した部屋に入っていく。
頭を巻いているバスタオルをはずす。
髪の毛を乾かし始めた。
ドライヤーの音を聞きながら、溜息を溢した健二。
片手で頬杖をつき、冷蔵庫を見ていた。
「そういや、ヘアブラシどーすんだ?」
立ち上がると、ブリット=マリーのいる部屋に入る。
案の定、彼女は手櫛で髪を乾かしていた。
「これ使え」
未開封のヘアーブラシを取り出す。
健二はブリット=マリーに押し付ける。
そして再びテーブルに戻った。
「お気遣いありがとうございます」
背後からそんな声が聞こえてくる。
健二は、片手を上げる事で彼女に答えた。
髪を乾かし終わったブリット=マリー。
頭に巻いていたバスタオルを手に戻ってきた。
バスタオルは綺麗に畳まれている。
何か言おうとした健二。
だが、結局口を噤んだままだった。
彼が見つけた見慣れぬ旅行鞄。
その前で屈んだ彼女。
中から何かを取り出し始めた。
「やっぱり、お前のかよ? ったく」
「はい。着替えは必要かと思いまして」
「あぁ、そうかよ」
彼女の両手には、薄い青紫の下着と濃い青紫の服。
手に持つ下着と服を、一度テーブルの上に置いた。
体に巻きつけていたバスタオルがパサリと落ちる。
またかよと思いながら、健二はコーヒーを口に含んだ。
彼の内心など気にする様子もない。
ガーターベルト、ストッキング、パンツ、ブラジャー。
順番に、薄い青紫の下着を着ていくブリット=マリー。
濃い青紫の、背中が露出しているワンピース型のドレスを着る。
「なぁ、ブリット=マリー・エクさんよ」
「ブリットもしくはマリーと呼び捨てにして下さいませ」
裾を持ち上げ一礼する。
「あぁじゃ、ブリットよ。とりあえず羞恥心持てや。安易に人前で下着姿や裸にならねぇほうがいいぞ。道徳的にとかいろいろと理由はあんだけどよ」
「大丈夫ですわ。ここにいるのは健二様だけですから」
内心で頭を抱える健二。
「いや、そうゆう問題じゃなくてよ。あと、様はいらねぇ。むしろつけられるとむず痒いって」
彼の言葉に、左右に首を傾げるブリット=マリー。
「それでは相模? 健二? サガミン? ケンミン? 健二ですわね。これがしっくりきます」
「あぁもう、それでいいや」
「健二」
「あぁで、ブリットよ」
「はい」
「冷蔵庫の中身はお前の仕業か?」
「健一お兄様、迪お姉様から食生活が余りよろしくないと伺っておりましたので。ご迷惑かとは思いましたが、整えさせて頂きました」
再び、裾を持ち上げ一礼するブリット=マリー。
心の中で、糞兄貴カップルめを連呼する健二。
ブリット=マリーがお兄様、お姉様と呼んだ。
その事にまで意識が回らなかった。
「あぁ、もういいや。歩きで行くけど、いいか?」
「喜んで」
屈託のない笑顔のブリット=マリー。
諦めた健二は、財布と家の鍵をポケットに入れる。
その後でカーテンで隠れている半開きだった窓を閉めた。




