317.宿酔-Hangover-
1991年7月17日(水)PM:21:44 中央区月寒通
腕を組んで中睦まじく歩く二人。
相模 健一と阿賀沢 迪。
健一は紺のストライプのスラックスに、薄い水色の半袖ワイシャツ。
ネクタイもしっかりしめている。
「自宅謹慎中なのに、こんな出歩いていいのかよ?」
迪はレザーのミニスカートに半袖のレザージャケット。
臍の部分が丸見えになっている。
「いいのいいの。謹慎中のまま暇だしね。それに、たまには飲みたいもの。でも、健一こそ大丈夫なの?」
「とりあえずは、一段落したからな」
「そっか。良かった」
満面の笑みで微笑む迪。
「しかし、よくあいつ等が留守番する気になったもんだな?」
「留守番してくれないなら、二度と呼び出さないって脅したからね」
「迪、おまえ鬼だろ!?」
「あ、ここだね」
健一の言葉はスルー。
組んでいた腕をはずした迪。
健一の右手を掴んだ。
彼の手を引いて階段を下りて行く。
二人が入ったのは、黒で統一された内装のバー。
静かな音楽が奏でられている。
テーブル席に案内された二人。
店員に渡されたメニューを受け取り、ドリンクの欄を見ていく。
迪はシャンディ・ガフを、健一はカルーア・ミルクを頼んだ。
迪の注文したシャンディ・ガフ。
ビールとジンジャー・エールを同量で合わせたカクテル。
苦味を和らげる。
同時に、ピリリとした生姜の風味を味わえるカクテルだ。
健一の頼んだカルーア・ミルク。
牛乳でコーヒー・リキュールのカルーアを割ったカクテルである。
甘い口当たりではあるが、甘さに反して度数は決して低くは無い。
自分で作るのも比較的簡単だ。
カルーア・リキュールと牛乳の量を調節。
それにより、口当たりや度数を調節する事も出来る。
「ラムのステーキおいしかったな」
「確かにうまかった。あれは絶品だったな」
店員が健一の前にカルーア・ミルクを置いた。
次に迪の前に、シャンディ・ガフを静かに置く。
チャームをテーブルに置いた店員。
健一がソーセージの盛り合わせを、迪はサーモンのカルパッチョを注文した。
「でも今日のお店、高かったんじゃないの?」
「ん? まぁ安くはないかな。でも、あんまり金使う暇がないしな。スーツとかも有名なブランド品買ってるわけでもないし。まぁ、乾杯」
「唐突だなぁ。かんぱーい」
軽くグラスを掲げる二人。
迪は、シャデンィ・ガフを一口飲んだ。
その後チャームのナッツを一つ口に入れる。
健一はカルーア・ミルクを半分ほど飲んだ。
「明日、二人とも二日酔い過ぎてぐでんぐでんになってるかもな」
「たまにはいいじゃない」
「そうだな。たまにはいいか」
「うんうん」
健一はカルーア・ミルクの残りを一口飲んだ。
「そういえば、健二君とあの娘はどうなったの?」
迪はシャンディ・ガフを一口飲んだ。
「どうって言われてもな。一緒にいる時に遭遇したのは俺も日曜日が始めてだったし」
「そっか」
彼女はナッツを口に入れた。
「健二君、恋人出来た事あるんだっけ?」
「ん? あぁ、学生時代はあったと思うが、今は知らないな」
「そうなんだぁ」
健一の言葉に、迪は残念そうな表情だった。
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1991年7月18日(木)AM:10:55 豊平区中の島通
「あぁくそ、何で俺がお使いなんかいかなきゃいけないんだ? 二日酔いで頭いたいからって普通竜をお使いに出すか? あの女」
栗色の髪で、前髪だけが胡桃色の男。
ブツブツとひたすら文句を言っていた。
髪にはグラデーションがかかっており、二十歳ぐらいに見える。
赤褐色のパンクスーツに身を包んでいた。
「えー? 外に出れていいじゃないの? 札幌だっけ? 人工的な素材に囲まれたジャングルもいいでしょ」
隣を歩くのも見た目二十歳ぐらい。
彼女の髪は黄丹色で前髪だけが桜色。
同じように、髪にはグラデーションがかかっている。
彼女が着ているのは、珊瑚色と錆色のパンクドレスだ。
「うっせぇ。こないだ竜姿で呼び出されたと思ったら人運びさせられただけだし。後は掃除だの雑用ばっかじゃねぇか? あの女、竜を何だと思ってんだ?」
二人は周囲に奇異の眼差しで見られている。
その格好や髪の色が特異なのももちろん理由の一つだ。
だが最大の理由はそこじゃない。
日本語でも英語でもない耳慣れない言葉。
二人の口から聞こえてくるのだ。
「お仕事与えられただけいいじゃん。私なんて迪に呼び出してもらえたの、最初の顔合わせ以外では始めてなんだから。うらやましいんだから」
彼女のジト目にも、男は不貞腐れた顔をやめなかった。
「でも本当は嬉しいくせに? ツンツンしちゃって可愛いんだから」
「ツンツンなんてしてねぇ!?」
周囲の奇異の目も気にする事ない。
二人は目的の店目指して歩いていく。
「でも太っ腹だよね。帰りに好きな食べ物買っていいってお札四枚も渡してくれるんだから。イチマンエンだかが四枚だからヨンマンエンだよね? あってる?」
「あぁ、あってるぞ。一人二万までだからな。お前一人で四万円じゃねぇからな? そこ間違うなよ」
「ケーキ屋さんで一杯買うんだ。どれぐらい買えるんだろう? ケーキって食べた事ないけど、どれぐらい甘いんだろうなぁ?」
屈託の無い笑い顔の彼女。
隣を歩く男の話しを全く聞いていなかった。
「無視すんな? ったくよ。何で地下の箱に金払って移動しなきゃいけねぇんだ。飛んでいけばすぐつくのに」
ケーキの妄想に浸っている彼女。
反応すら返さなかった。
男が左に曲がり細道に入る。
女は男に腕を引っ張られて気付いた。
「妄想すんのは勝手だがよ。入り浸りになるんじゃねぇ!」
「うぅ。ごめんちぃ」
「ちぃって何だよちぃっ、ん?」
二人の進行方向。
セーラー服姿の少女が一人。
六人の僧らしき人間に囲まれていた。
複数の輪がついた棒を握っている彼等。
何かを唱えている。
「やっかい事は勘弁なんだがな。しっかし、あいつ等相手の実力もわかんねぇのかね?」
≪三鎖三日月の陣≫
六人の僧らしき人間。
二人一組でねりあげた三日月。
少女をその場に縛り付ける。
動く素振りのない少女。
微笑を浮かべたままだった。
「あの六人、殺されるかもな」
「そうかも。どーするの?」
立ち止まって成り行きを見ている二人。
「この突き刺さってるの、人払いの何かだろ? とりあえず成り行き次第じゃねぇ?」
「うん、めんどくさいんだけどなぁ」
「馬鹿な? 怪異如きに破られるだと?」
何事もないかのように、前に進んだ少女。
それだけで縛っていた三日月は三つとも砕け散った。
その刹那、突如少女が消える。
ほんの僅かな時間。
六人の僧らしき人間は意識を刈り取られていた。
あるものは鼻血を流し、あるものは歯が折れている。
六人とも物理的に殴られたのだ。
「何かようかよ?」
目の前に現れた少女に、男は日本語で話しかける。
「わらわは・・・・私は西園寺 寧子」
「何で言いなおしてるの?」
女が少し笑みを溢した。
「あなた達ただの人間じゃないようじゃ・・ようですね」
「だから何で言いなおしてるんだ? つーか何のようだよ?」
怪訝な眼差しの男。
「いえ、面白いのがこの時代にはいるなと思いまして。確か英語では別れの挨拶にこう言うのじゃ・・・ですよね。シーユーアゲインっと。なのでシーユーアゲイン」
少女はその場から立ち去った。
空を高速で飛んで行ったのだ。
「なんだったんだか?」
「さぁ? あそこのハゲ軍団、気を失ってるだけみたいね。ゴミは死ねば良かったのに」
「気持ちはまぁわからんでもねぇけどよ。殺されるの黙って見てたとかばれたら、二度とだしてもらねぇんじゃねーか?」
「えぇ? それは困る。超とっても困るよぅ」
「んじゃ、一応助けてやるか。良い事したって思われれば少しは見直してくれるんじゃねぇの?」
「そうかも!! そうしよう。うん、そうしよう」




