031.転機-Juncture-
1991年5月29日(水)PM:18:01 中央区特殊能力研究所二階
今日は、いつも通りのメンバーに加えて、三井さんと吹雪さんがいる。
話しを聞く限り、二人がいるのは珍しいらしい。
包帯ぐるぐる巻きの三井さん。
動かすだけでも、痛みが走るだろうに。
良く動けるものだ。
痛ましいのは三井さんだけじゃない。
沙耶さんは左腕に、伽耶さんは左腕と右足にギブスをしている。
骨折部位と状態によっては、沙耶さんのように三角巾で吊っておくみたいだ。
ふと前を見ると、少し由香さんがそわそわしている気がする。
何かあるのか、それとなく聞いてみた。
由香さん曰く、今日は古川所長からお話しがあるそうだ。
内容については内緒だそうだけど。
一体何の話しなんだろうか?
古川所長から話しがあるのはわかった。
でも、何でそわそわしてるんだろう?
考えられる事としては、最近起きたいくつかの事件について位しか思い浮かばない。
でもそれじゃ、由香さんがそわそわする理由にはならない気がする。
それに今更そんな事、話ししてどうするんだろう?
僕は今、そんな事を思っている。
しばらくして、古川所長が扉を開けて教室に入ってきた。
その手には何やら書類の束がたくさん。
「またせたな」
古川所長と一緒に入ってきたのは、あの時のかわいい女の子じゃないか?
朝霧 紗那さんの胸元を見た事を、僕は思い出してしまった。
それにしても、ここに連れて来ていいのかな?
「今後は、彼女も一緒に授業を受けてもらう」
「朝霧 紗那です。不束者ですがよろしくお願いします」
どうなってるの?
っていうか授業って何だ?
しばらく思考がとまってしまった。
きっと僕は、きょとんとした顔をしているだろうな。
他の皆はよろしくーとか声をかけてるけど、三井さんは無言だった。
一礼をして顔をあげた彼女の顔は、不安そうだ。
それもそうか。
そこでハッとなった。
僕も声掛け損ねている。
逡巡したが無言で通した。
みすったかもな。
やはり声をかけるべきだったか?
でも、今更声かけるのもどうだろう?
「朝霧、適当な席に座ってくれ」
古川さんの言葉で、動き出した彼女は着席する。
着席したのを確認した由香さん。
古川所長から書類の束をいくつか受け取り、僕達に配り始めた。
ホチキス止めされた書類が二種類。
一つ目が【事件報告書 塾生用】と書いてる。
これはたぶん、ここ最近起きた事件の、概要とかが書かれているんだろうな。
塾生用と書いているという事は、内容は僕達に見られても問題ないものなんだろう。
二つ目は【学園入学について】と書いて・・。
えっ、学園入学??
入学って、えっ、何の学園??
意味わからん・・・。
全員に、書類が配られたのを確認したからだろうか?
古川所長が話し始めた。
「聞いた事があるかどうかは、わからないが、東京には、私や由香のような特殊な力についても、学べる学園がある」
そんな場所があるのか?
初めて知った。
「今までは、東京に行かなければ学べなかったが、今年より北海道は札幌市、東北地方は宮城県、中部は愛知県、中国・四国地方は広島県、九州・沖縄地方は福岡県、五校を開校する事になった。関東地方の東京都を含めて、計六校体制になるという事だな」
ん?
今年から?
「本当の事を言えば、今年の四月から開校の予定だったが、いろいろあって予定がずれ込んでしまった」
その瞳はちょっとだけ物悲しそうだ。
理由はわからない。
けど、僕はそう感じた。
「詳しい事は、手元の資料を見てもらいたいが、途中からとはなるが、今年七月一日より開始する事になった」
どうゆう事?
誰も口を挿む事もない。
素直に聞いている。
「通常の授業も行うから、通うという事になれば、今それぞれが通っている学校から転校という事になる。詳細については、口で説明するよりも、手元の【学園入学について】という資料を見てもらった方が早いだろう。ここからは、資料を見てもらいながら説明する」
資料を見ながら、説明してもらいわかった。
学校は小学校、中学校、高校までの十二年間。
普通の授業と、特殊能力の授業。
特殊能力の授業が、どんなものかはわからない。
だけど、並行して行うようだ。
入学する場合の締め切りは、六月二十八日まで。
寮もあるっぽい。
突然こんな事言われてもな・・・。
まあ、考える時間は、一ヶ月近くもあるか・・・?
一ヶ月しかないとも言える・・・か。
行ってみたくない、と言えば嘘になるな。
この力について、もっと知りたい気持ちは少しはある。
だけど、今の生活で別にいいと思う気持ちもあるしなあ。
うーん・・・・、まあ今すぐ、答えを出さなくてもいいか。
「入学するかどうかは、強制ではないからな。そこだけは勘違いしないように。私としては、入学してくれると嬉しいが」
そう言った古川所長。
由香さんはたぶん、知ってたんだろうな。
「さて、疑問質問もあるかもしれないが、この話しは一端ここまで」
ん!?
まだ何か、話しがあるんだろうか?
「【事件報告書 塾生用】を見てもらいたい。まずは一通り目を通してくれ」
あぁ、たぶん朝霧 紗那さんの事か。
隠しても、いつかばれる可能性が高いだろうしな。
古川所長は全員が読み終わった事を確認したみたいだ。
「一部の事件に関わった者は、知っていると思うが、朝霧 紗那は、報告書にある魔導人形の一人だ」
報告書には、実名は一切乗ってなかった。
「他の三人も含めて、私の管理下におく事にした。他の三人についても、おいおい紹介する事になるだろう」
古川所長の管理下って・・・。
もしかして、所長は結構凄い人なのか?
「深く事件に関わった義彦、吹雪、伽耶、沙耶の四人は、思う所もあるかもしれない。だが、出来れば新しい仲間として迎えてもらえるとありがたい」
そこで古川所長は、突然頭を下げた。
僕は、きょとんとしてしまった。
「所長、頭をあげろよ」
三井さんは一人冷静なようだ。
「俺は別に気にしてない。他の三人も含めてな」
僕は、しどろもどろに三井さんの言葉に続いた。
吹雪さん、伽耶さん、紗那さんは更にその後に続く。
三人も、少ししどろもどろだった。
あぁもう、この短時間に、きょとんとするの二回目かよ・・・。
紗那さんが、突然立ち上がった。
何をするのだろう?
白紙姉妹の前に、彼女は移動した。
「白紙 伽耶さん、白紙 沙耶さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
由香さんは、いまだおろおろしている。
古川所長は頭をさげたまま。
「き・・気にしてないから。そもそもあなたに・・な・何かされたわけじゃないしね」
沙耶さんは若干どもっている。
「沙耶の言う通りだよ。これからよろしくね」
伽耶さん、案外普通だな。
「・・・ありがとうございます」
頭を上げた紗那さん。
何故か僕の前に、そして頭を下げた。
あれ?
僕深く関わったけ!?
「命を助けて頂き、ありがとうございました」
あれ?
命なんて助けたっけ?
でも何か言わなきゃ・・・何を?
「白紙 元魏さんに伺いました。私に魔力を注いで助けて頂いたと。微かですが、私も覚えています」
・・・・あぁ、あれか。
良くわからないまま、元魏さんの指示に従っただけだからなぁ。
まぁ、いっか、いいのか?
「気にしないで下さい。僕が勝手にやった事ですし。それに元魏さんがあの場にいなければ、僕はどうすればいいかさえわかりませんでした。お礼なら元魏さんに」
「はい、ありがとうございます」
頭を上げた紗那さん。
、ちょっとだけ照れたような、申し訳なさそうな感じで、微笑んでいた。
なんでだろう!?
でもやっぱかわいいな。
彼女は今度は、三井さんと吹雪さんの前に移動した。
少しだけ、震えているみたい。
言葉は悪いけど、三井さんに殺されかけたわけだ。
当然と言えば当然なのかもな。
やっぱり再び頭を下げた紗那さん。
山本さんは興味無さそうな表情だ。
瀬賀澤さんと夕凪さんは、成り行きを見守っている様子。
「銀斉さん、ご迷惑をおかけしました」
「私は、あなたに何かされたわけでもないですし、気にしないで下さいね」
吹雪さん、突っかかるかと思った。
案外さらっとしている。
失礼だけど、ちょっと意外だ。
「三井さん、知らなかった事とはいえ、兄を助けて頂いたにも関わらず、無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げたまま、そう言った紗那さん。
三井さんは、頭を下げている彼女を、じっと見ている。
彼女は、三井さんの視線に気付いているみたいだ。
さっきよりも震えている。
「そんなに震えるな。別に何かするつもりはない。それに、おまえの兄を助けたのは、元魏さんだ。俺はただ言われるがまま、雑用をしていただけだしな」
優しく、紗那さんの頭に手を置いた三井さん。
紗那さんが一瞬、ビクッとした。
三井さんは気にせず、そっと優しく何回か撫でている。
「まぁ、これからよろしくな」
「・・・はい。よろしくお願いします」




