308.灼熱-Incandescent-
1991年7月26日(金)AM:17:28 中央区精霊学園札幌校時計塔五階
「さて、お前達四名を急遽呼び出した理由だが」
古川 美咲の右隣の鎗水 流子。
彼女は、相変わらず眠そうな眼。
逆に左隣の十二紋 綾香は真剣な眼差しだ。
「この資料を見て貰おうか」
資料の束を六人に配る古川。
七部準備されている資料。
その一つは自分の手元に残した。
「見てくれればわかるが、迷宮地下四階でスライマーナ三十三名、サピエマーナ四名が発見された。鑑定眼持ちによる鑑定済みとの事だから、おそらく間違いないだろう。ノイリーフムというスライマーナが村長のような役回りをしているようだ」
「ノイ一族ですか」
無意識に呟いたプルペーニャ。
同意するかのように首肯したカリポーポフ。
ルルニーキャは驚きの表情。
首を傾げているのはプノニャーチだ。
「ペーニャ、知っているのか?」
「あ? いえ、ノイリーフムさんとは面識はありません。でもノイ族の者は私達の中にもおります」
「うろ覚えですまないが、数百年だか数千年だかの過去に、新天地を求めて半分が旅立ったんだったか?」
「はい。おそらくそのどれかの子孫なのではないかなと」
二人の会話に、六人は口を挟む事はなかった。
「それでだ。場所が場所だからな。戦闘も交渉もこなせる人員を選抜して欲しいんだ。同族の方が彼等も安心するだろうしな」
「なるほどです。私達四名を呼び出した理由は理解しました」
「今日は別件で出払っているのでこの場にいないが、鑑定眼持ちも一人同行させる。ただ、サピエマーナについてはこっちにはいないからな。当面は私の両隣の二人が担当する。共同作業にもなるだろうから、その顔合わせだな」
古川の意図を理解した六名。
順番に自己紹介していく。
その後、古川も混ぜてしばし雑談に興じていた。
「他にも理由あるんでしょー?」
今その場に残っているのは二人だけだ。
古川と流子の二人。
流子は、珍しく真剣な眼差しだ。
「小等部のうち、希望者が教師同伴で迷宮見学に行くのは知っているだろ?」
「えぇ、知ってるけど。良く許可したなと思ったわよー」
「あからさまな警備をつけると、萎縮して生徒達が楽しめないかと思ってね」
「それで私はわかるけど、あの娘は何で?」
「経験を積ませる為かな? 迷宮見学時には、表向き別件で他にも人員を出すつもりだけどな」
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1991年7月27日(土)AM:3:11 中央区人工迷宮地下四階
「ただ待ってるだけって暇なのだー!!!!」
地下五階へ下りる階段。
その前で、女の子座りしているシャイニャン。
スライマーナの子供達からもらったドライフルーツ。
その中の一つを口に入れた。
カーラントのように、小さく赤い実。
口内で転がして遊んでいる。
「気のせいかな?」
シャイニャンは耳を澄ます。
「気のせいじゃないのだー」
立ち上がったシャイニャン。
階段を二段下りた。
≪竜炎膜≫
シャイニャンの背後に立ち上る、赤い炎のカーテン。
意に介することもなく、彼女は加速した。
「お姉ちゃん、囲まれちゃったよ!?」
「グラセ、お姉ちゃんから離れちゃ駄目だよ」
十四歳位の少女が前に両手を翳すと何か呟いた。
突如、二人を中心に風が巻き起こる。
「こんなとーころに、子供だー! 羽も生えてるー! そして人参の群れ?」
一メートル程の人参のようなもの。
その群れを跳ね返している風。
風が吹き荒れている空間。
まるでそんなものなどないかのようだ。
二人の子供の背後に現れたシャイニャン。
突然、降って沸いたように現れた彼女。
二人はぎょっと驚きの表情を浮かべた。
二人ともエメラルドグリーンの髪。
白い肌で、オリーブドラブの眼。
背中には髪と同じような色合いの羽が生えている。
片方は見た目十四歳位の少女。
もう片方は見た目十歳位の少年。
「こんなところで何してるーのー?」
微笑みながら、何度か話しかけるシャイニャン。
「む? どうやら通じないようだー!?」
彼女は首を傾げた。
「とりあーえーずー、邪魔なの排除するのだー!」
シャイニャンの視線。
その先、無数の赤い人参が風に煽られながら滞空している。
その数は五十を越えていた。
否、人参ではない。
赤い三角円錐の形状。
三等分するかのように溝が二箇所走っている。
六本の肢が虫のように存在。
葉の部分が触覚にも見えた。
葉と根の間に、こじんまりと頭部が存在する。
尾を前に突き出して、何度も突貫してくる偽人参。
徐々に風の威力が弱くなっていく。
両手を前に翳している少女。
その呼吸が乱れ、汗も掻いている。
そして、とうとう風が消失した。
絶望の表情になった二人。
容赦なく迫り来る偽人参。
≪大気灼熱≫
少年と少女の前に一歩進んだシャイニャン。
周囲にいた偽人参の群れが、一瞬で燃え上がる。
まるで体内の温度が急上昇したかのようだ。
内側から燃え上がり炭化した。
完全に度肝を抜かれている二人。
振り返ったシャイニャン。
二人は意識を喪失していた。
少女が少年を守るかのようにも見える。
抱き合いながら倒れていたのだ。
「あれれれぇー? 困ったなー? どうしようか?」
二人を優しく抱えるように抱きかかえたシャイニャン。
誤まって落とさないように注意しながら加速する。
極力静かに加速していった。
≪火裂弾≫
放たれる無数の火の弾。
シャイニャンに近付く多数の偽人参。
情け容赦なく屠って行く。
そして下層への階段前に辿り着いた。
「あそこから出て来るのかー。発生源はこの中じゃないみたいだー?」
濃密な力をその中に溜め込んでいるクリスタル。
その上に静かに自己主張する黒い球。
偽人参はそこから現れている。
抱かかえている二人。
足元に静かに寝かせたシャイニャン。
その間も、周囲に現れる数多の偽人参。
弾け燃え、斬り裂かれている。
≪竜火膜≫
少年と少女を包む半円状の赤い揺らめき。
「念の為、重ねた方いいよねー?」
一人呟いたシャイニャン。
≪竜炎膜≫
二重の赤い半円状、半透明の赤い膜に包まれた二人。
≪紅蓮斬≫
右手を前に突き出したシャイニャン。
指を鉄砲の形にしている。
人差し指から放たれたオレンジ色の煌き。
クリスタルをあっさり貫通。
直後、シャイニャンと少年少女の姿が消失。
三人は力の奔流に呑まれていった。
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1991年7月27日(土)AM:5:01 中央区人工迷宮地下二階
天幕に寝かされている少年と少女。
少しだけ微笑みを浮かべている阿賀沢 迪。
彼女は少しだけ眠そうな眼差しだ。
隣ではトルエシウンがじっと少年少女を見つめていた。
「トルエシウン、どう?」
「僕の知ってる羽持ちにしては、凄い弱々しいです」
「そっか。状況がいまいちわからないけど。シャイニャンはこの子達を助ける為に殲滅した感じなのでしょうね」
「その可能性が高いかと」
少女の瞼が、数回ピクピクと揺れた。
その後、ゆっくりと瞼が持ち上がる。
迪とトルエシウンは彼女が完全に覚醒するまで待った。
数分して、隣に寝かされている少年に気付いた少女。
安堵の顔になるも、迪とトルエシウンに気付く。
その表情が驚きと恐怖に変わった。
「えっと、私は迪。言葉通じるかな?」
少女が何かを口走る。
一生懸命何かを訴えかけているようだ。
だが、迪にはその意味は理解出来なかった。
「トルエシウン、何を言ったかわかる?」
「残念ながらわかりませんね。聞いた事もない言語です」
「そっか。やっぱり念話しかなさそうね。私達の紹介。少年も無事である事。二人の名前。後は何があったのか聞いてみてくれる?」
「わかりました」
トルエシウンは優しい微笑を浮かべている。
念話で少女と会話を始めた。
徐々に恐怖の表情が安堵に変化していった少女。
「少女はレイエル、少年はグラセエル。二人は姉弟のようですね」
「レイエルとグラセエルか。何か天使の名前みたいね」
レイエルに優しく微笑む迪。
彼女もぎこちないながら微笑んだ。
意識を失っていたグラセエルも目を覚ました。
安心したのだろう。
涙を流し始めたレイエル。
グラセエルに何かを伝え始めた。
気を利かせたトルエシウン。
レイエルをグラセエルの隣に座らせて上げる。
「喉渇いてるかな?」
「渇いてるそうですよ」
「刺激しない程度にお願いね。何か飲み物を持ってくるから」
「わかりました」
缶ジュースを二つ持って戻った迪。
トルエシウンに念話で通訳させる。
その上でレイエルとグラセエルに缶ジュースを渡した。
最初は興味津々に缶を触っていた二人。
トルエシウンの説明に、飲み口を開けようとする。
しかし、手に力がはいらないようだった。
 




