026.轟音-Boom-
1991年5月26日(日)PM:22:58 中央区特殊能力研究所付属病院一階
エレベーターから降りた私。
ロビーに向かうと、桐原君と元魏さんが見えた。
誰かが長椅子に寝かされている。
私の足音に気付いた桐原君が、こちらを向いた。
元魏さんは、何か手帳のようなものを見ているみたい。
近づくと、長椅子に寝かされているのは女の子だった。
「桐原君、何しているの? 三井君を探しに行ったのでは? それにその女の子は誰?」
椅子の上には、黒髪ロングの可愛い女の子が寝かされている。
愛菜ちゃんじゃないけど、誰なんだろう?
「由香さん、詳しい話しは後です」
「・・・・それじゃ、三井君がどっちいったかわかる?」
「たぶんですけど、北の方に飛んでいったみたいです」
「わかったわ。私は近藤さんと合流して行くね」
その間も元魏さんは、口を一切挟まない。
真剣に手帳のようなものを見ている。
「お願いします」
元魏さんが突然、私の方を向いて口を開いた。
「状況はよくわからないが、三井君と彼等を私達が行くまで止めてくれ、頼む」
「わかりました」
元魏さんのお願いの意味はわからないけど、私は三井君を助けたい。
私は近藤さんと合流する為、その場を後にした。
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1991年5月26日(日)PM:23:09 中央区特殊能力研究所付属病院四階十号室
元魏さんは、黒髪ロングの女の子を車椅子に乗せ、僕をこの部屋に案内してくれた。
「拓真さん、起きてますか?」
「はい、起きてます。どうしました? 元魏さ・・・」
拓真と呼ばれた人は黒髪を肩まで伸ばしている。
彼は、車椅子に乗っている女の子を、驚愕の瞳で見ていた。
「サナ・・・・」
「妹さんですね」
「はい。成功していたなんて・・・」
「彼女はしばらくすれば、目覚めると思います」
彼は嬉しそうな申し訳なさそうな、そんな眼差しで彼女を見ている。
「他の三人も魔導人形として生存しているはずです」
拓真さんに、僕はそう告げた。
僕の考えが正しければ、今三井さんを追っているのはその三人。
「そして彼らは僕の仲間を、三井さんを殺そうと追いかけています」
「それは一体?」
「時間が余りありません。移動しながら説明します」
「・・しかし、僕は動く事が出来ません」
「どうゆう?」
「拓真さんは、足が動かないんだよ」
「桐原君、その手帳を持って先に行くんだ。私達もなるべく早く準備して向かう」
「それは・・・僕の手帳ですね」
「はい、そうです」
「桐原さんでいいのかな? 皆をよろしくお願いします」
「はい」
僕は再び走り出した。
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1991年5月26日(日)PM:23:12 中央区特殊能力研究所付属病院四階十号室
僕が見てるのは、車椅子の上のサナ。
何度か瞬きを繰り返している。
最後にゆっくり瞼をあげた。
「あ・・れ・・? サナ・・は・・たし・・か」
「サナ、おはよう」
「え? あれ? あなたは?? まさ・・か、た・・く・・に・・い?」
「うん、そうだよ」
「拓兄!!」
「サナさん、感動のご対面中申し訳ないんだが」
「彼は元魏さん、僕を死の底から救ってくれたお医者様だ」
「え? あ・・ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「サナ、詳しい話しは後だ。カイナ、アタル、ホッシーも生きているんだね?」
「はい、拓兄」
「僕には状況はさっぱりわからないけど、カイナ達は三井さんを殺そうとしているんだよね? 僕はカイナ達を止めたい。でも今の僕の足は動かす事が出来ない。僕をカイナ達の元へ連れて行ってくれ」
「・・・拓兄、わかりました」
サナは僕をお姫様がするように抱っこしてくれた。
「サナ、ありがとう」
今の状況は、僕にも原因の一端はあるだろう。
だからカイナ達を止めなければならない。
「私も行きましょう」
僕はサナ、元魏さんと病室を後にした。
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1991年5月26日(日)PM:23:34 中央区円山原始林
こんなにも体が重いのはいつ以来だろうか。
暗がりにもだいぶ、目が慣れてきたとはいえども。
足元もまともに見えやしない。
遠くの木々の間に、動いてる何かが見える。
あれが奴なら、気付かれるのも時間の問題だな。
普段ならまだしもどうするか?
「やっと見つけたぞ」
気付かれたようで、声が聞こえて来た。
動かないで、隠れているべきだったかもしれない。
徐々に近づいてくる仮面野郎。
この状況じゃ、追いつかれるのは目に見えている。
相手が一人のうちに何とかするしかないようだ。
考えなしなのか?
それとも深い考えあっての事なのか?
仮面野郎は真っ直ぐに突っ込んで、貫手を繰り出してきた。
体の反応がやはり鈍い。
左肩をかすった。
奴はそのまま、木に激しく突っ込む。
激しく揺れ、亀裂がはしり倒れる木、轟く轟音。
もしかして、奴の目的は音を出して、自分の位置を知らせる事か?
このままでは、他の奴らがここにたどり着くのも時間の問題だ。
立ち上がった仮面野郎から二度、三度と繰り出される貫手。
四度目の貫手をかわし、風の力で一気に吹き飛ばす。
だがやはり、まだうまく使う事が出来ない。
背後の木に叩きつけた程度だった。
「その体でやるじゃないの。でも何処まで持つかな」
これは困った、絶体絶命って奴だな。
冷や汗が出て来てやがる。
深く考えないで森に来たのは、間違いだったかもしれない。
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1991年5月26日(日)PM:23:35 中央区環状通
「おい、今の音はなんだ?」
「何かが倒れる音ですかね?」
「由香、闇雲に探しても、この暗がりじゃどうしようもねえ、音の方へ行ってみるか」
「はい」
三井君、お願いだから無事でいて。
「しかし、この暗がりじゃ進むのも一苦労だな」
「それでも進むしかないです」
「まあ、そうなんだがな」
近藤さんは胸ポケットから、箱型の何かを取り出した。
「煙草なんか吸ってる場合じゃないですよ?」
「吸うわけじゃねえよ、まあ見てろって」
近藤さんが何をしているのかは、影になってよくわからない。
だけども、箱から何か取り出して火をつけるような音が聞こえた。
やっぱり煙草と思ったけど違った。
近藤さんの右手に、火が纏わりついていく。
そうだ、近藤さんのエレメントは火。
その操作能力だと前に聞いたような。
近藤さんの右の手の平に集まった火が強くなった。
まるで松明の様に周囲を照らしだす。
「これで少しはましだろ。まあ、向こうさんにもばれるだろうけど、この際しゃーない。山火事なんて起こさないように注意しねぇとな」
しばらく進んでから、私はふと疑問に思った。
ライターか何かを使ったのは何故?
自分で発火する事が出来ないのかもしれない。
でもどうやって火を維持しているの?
何かを燃料にしている?
疑問には思ったけど、今はそんな事考えてる場合じゃないわ。
三井君を助けなきゃ。
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1991年5月26日(日)PM:23:35 中央区円山原始林
「音はアタルの向かった方からかな」
カイナは方向を変え、音の方へ飛ぶように走り出す。
彼女の心にあるのは復讐心だ。
その後自分がどうなるかなんて考えていない。
「必ず、仇を討つんだ。その後の事なんてどうでもいい」
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1991年5月26日(日)PM:23:35 中央区円山原始林
「何の音なんだろ?」
私は音の方角へ体を向ける。
何かが見えるわけじゃないけど。
「アタルが向かったほうね。見つけたのかな? ホッシーも行かなきゃ」
サナ、仇はきっと取るから待っててね。
アタルと私は守れなかった。
親友の残した大事な大事な妹分なのに。
だからこそ、二人で決めた。
何を犠牲にしたとしても仇を討つんだ。
私かアタルどちらかが死ぬ事になったとしても、必ず敵を殺すと決めていた。




