021.雑種-Half-
1991年5月26日(日)PM:12:43 中央区特殊能力研究所付属病院四階八号室
「ここは何処だ?」
久下 春眞は、いまだおぼろげな頭で周囲を見渡した。
上半身を起こして、しばらく周囲を観察する。
聞こえてくる足音。
「あ、お目覚めになったんですね」
ナース姿の女性が彼の視界に入った。
少し茶色気味の髪。
「病院のようだな」
「はい、病院ですよ。少しお待ち下さいね」
ナース姿の女性は早歩きで進んでいく。
そして、一人の女性を視界に捉える。
「美咲さん、目覚めましたよ」
「ん!? 友香か。目覚めたって誰が?」
「あなたのお目当ての方ですよ」
「お目当てってな? 誤解を招く言い方はやめてくれ」
非常に迷惑そうな表情の古川 美咲。
対するナースはにやにやとしている。
「えー? 美咲さんの浮いた話しとかたまに聞いてみたいじゃないですか」
「何だそれ? 意味がわからないっていうかわかりたくもないが」
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1991年5月26日(日)PM:12:55 中央区特殊能力研究所付属病院四階八号室
スーツ姿に、茶色い髪のスレンダーな女性。
古川が、紅い髪の鬼人、春眞を見ている。
その手には何かの資料を持っていた。
「思ったよりは元気そうだな」
病室に現れた古川をじっと見ている春眞。
「あんたは確か・・・古川・・さん」
過去を思い出すかのように、彼は少しだけ遠い目をした。
「そうだ。一年前ここで狂い暴れるお前達兄弟を、何度黙らせたかわからんな」
「まだ一年なのに、何故かなつかしい記憶だな。ところで、長眞と眞彩、仲間達は?」
「弟と仲間達は別室だ。無事だから安心しろ。弟は暴れるから一回黙らせたがな」
「あの馬鹿・・・」
「妹の方は赤子と一緒に上の階だ」
「そうか」
古川の言葉に、安堵した表情の春眞。
「事件の事を聞きに来たんだな」
畳まれているパイプ椅子を一つ持ってきた古川。
ベッドの春眞の直ぐ側に配置すると座った。
「もちろんそうだ。目覚めたばかりで悪いがな。もちろん、お前に話す気があるならだが」
「そうか。話す気ね!? 眞彩には聞いたのか?」
春眞は至極真剣な眼差しだ。
「一年前の事もあるからな。まだ何も聞いてない」
「そうか、それはありがたいな。ならば俺が話すしかあるまい。ただし条件がある」
「なんだ?」
「眞彩には、今回の事件の事も含めて、出来るだけ聞かないで欲しい」
「私の管轄の内なら可能だが、管轄外になった場合は確約は出来ないぞ?」
古川の言葉に、しばし考える春眞。
しばらくして表情が変わった。
「それで構わないさ」
「わかった。管轄外になった場合も、出来るだけの事はしよう」
「ありがたい」
「その前に一応医者の伝言だ。おまえも弟も、単純に魔力を使い過ぎただけで、怪我は対した事ないそうだ。数日もあれば回復するだろう。仲間達も軽症だ。命に関わる事はないだろうな。ただその拳だけは少し時間がかかるだろう」
「そうか」
「それと三井達は全員無事だ。しばらくは入院だがな」
「そう・・だろうな」
安心したような、悔しそうな複雑な表情の春眞。
少し間を置き、春眞は話し始めた。
「一年前の事件については、言うまでもないな」
「ああ、聞きたいのはその後からだ」
「あの事件の後も、両親を失った俺達に紅鬼族は冷たかった」
「何故だ?」
「簡単な事さ。届出上は紅鬼族だが、俺達三人は、紅鬼族と蒼鬼族の混血だからさ」
「お前達はやはり混血だったか」
時折、言葉を挟みながら、鉛筆でメモしていく古川。
「そうだ。紅鬼族と蒼鬼族との間で、どんな密約があったのかは知らない。俺達一家はそれまでは、表向きは紅鬼族として生きていたからな」
しばらく顎に手を当てて思案に浸る古川。
「確か鬼人族は、同族以外と子供を生す事を禁ずる掟があるんだったか?」
「そうだ。あの事件の直後、住んでいた家さえ追い出された俺達は、同じく混血の鬼人達だけが住んでいるアパートに誘われた。そこでなんとか生きる事が出来た。こんな俺達でも混血の仲間達は優しかった」
寂しげな瞳の春眞。
「だがそんなある日。徐々に心が戻りつつあった眞彩を含む、若い混血の女性達六名が忽然と消息を絶った」
春眞の言葉に、訝しげな表情の古川。
握っている鉛筆の動きが止まった。
「たまたまアパートに残っていたそれ以外の十名は殺された。目撃者だったんだろうな、他にも人が数名殺されていたよ」
悔しさと怒りの表情の春眞。
「あの十二人はあの時その場にいなかった生き残りさ」
「ふむ。そんな事があったのか」
「あぁ、そうだ。それから俺達は思い付く限りの手を尽くして、眞彩達の行方を捜した。だがな、後ろ盾も無いもないはぐれ者達の集まりだ。伝手なんてものは知れている。一向に手がかりすら掴む事が出来ないでいた。あんたや三井さんに助けを乞おうとも思ったが、居場所も知らなかったからな」
悲しげな表情の春眞。
「警察や豊平退魔局だったかの局長にも、直接掛け合ったが、鬼の雑種如きがと一笑に付されたさ」
無意識なのだろうが、春眞は悔しさに奥歯を噛み締めている。
「局長は確か・・あの下衆野郎」
怒りに顔を歪める古川。
「そうして一月程、無駄に時間が経過していた時だった。【ヤミビトノカゲロウ】なる組織の一人が俺達に接触して来た」
「【ヤミビトノカゲロウ】?」
「ああ、そうだ。名前は確か、塩辛って冗談めいた名前を名乗っていたな。黒いローブに仮面をつけていた」
「塩辛・・・」
「まあ、名前はともかくとして、塩辛は眞彩達の消息を探すのを、協力すると言って来た。協力する交換条件として【ヤミビトノカゲロウ】にも協力する事が提示された」
「それで協力を約束したって事なんだな」
「そうだ。しかし四ヶ月が経過してもわからないままだった。正直俺達は諦めかけていた。そんな時に塩辛から連絡が来たんだよな。俺達は眞彩を見つける事が出来た」
「無事見つかって一件落着ではないって事か」
「その通りだよ。まずそこにいたのは消息を絶った六名のうち、眞彩だけだった。そこには人と鬼人が十数人。眞彩は監禁され、玩具にされ続けていたのさ」
話しを聞きながら、自然厳しい表情になる古川。
安易な慰めの出来る内容ではない。
その為、彼女は黙って聞いている。
「そして一番驚いたのは有下 雄二と、生き残ったその友人がその場にいた事だった」
「有下 雄二の名前が、ここで出て来るとは思わなかったな」
「俺達はあいつらを許す事が出来なかった。怒りのまま暴れたよ。気付けば有下と生き残った友人も含めて、全員虫の息だった。正直よく勝てたものだ」
「そうか。私が言うのも問題があるかもしれないが、暴れてしまうのも当然か」
「正直言って無我夢中だったからな。人間は兎も角、何をどうやって鬼人達に勝つ事が出来たのか? 今でもわからないよ」
備え付けの棚からコップを二つ取り出した古川。
コップに水を注ぎ、一つは春眞に渡す。
彼は素直に受け取った。
春眞はコップを口につけて喉を潤す。
勢いのまま、彼は一気に半分程飲んだ。
一息いれると再び話し始める。
「眞彩を助けた時には、再びその精神は壊れていた。俺は自分の無力さに心底絶望したよ」
古川は黙って話しを聞いている。
「塩辛は俺達の事を気遣ってくれたのか、あの隠れ家に案内してくれた。有下とその友人も連れて来てな」
「他の虫の息の奴らは?」
「そのまま放置した。その後どうなったのかは知らない」




