190.機微-Nicety-
1991年7月6日(土)PM:13:22 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階
テーブルの席について食事を取っている二人。
桐原 悠斗と中里 愛菜だ。
悠斗はザンギ定食を、愛菜は焼鮭定食を食べている。
「当分は食費は何とかなるけど、折角だし六人以上のチームでいろいろとやってみたいよな。たぶん経験にもなるだろうしさ」
「うん、ゆーと君に賛成」
「マサと有紀も同意してくれてたけど、後二人か」
そこで少し思案する二人。
「義彦は、頼めば来てくれるかもしれないけど。いろいろと大変そうだしなぁ」
「うん、そうだよね。そうすると誰がいいだろう?」
「俺がどうしたって?」
彼等二人の前に現れた。
トレーに載った塩ラーメンと三井 義彦。
二人の対面に座った義彦。
塩ラーメンのスープを散蓮華で一口飲んだ。
「チームの話しなら俺は別に構わないぞ。最も後数日は、名前だけの幽霊になりそうだけどな」
「それは構わないんですけどね。そうなると最低人数のあと一人を、誰にするのかって言う話しに」
麺を啜り、咀嚼している義彦。
飲み下してから答えた。
「そうだな。候補はいろいろと思い浮かぶわけだが」
「後でマサと有紀にも一応聞いてからですかね」
「まぁ、そうだな」
「それで思い出した。マサに風紀委員に指名されたんだった」
「お返しに保健委員に推薦したんだから、お互い様じゃない? 二人で頑張ろうよ。ゆーと君」
「何だ? お前らも風紀委員なのか?」
「え?」
「俺も推薦されてしまった」
「義彦さん、そんな恐い顔しないで下さいよ」
「授業以外はだらだらという野望が打ち砕かれたんだ」
「だらだらって?」
若干呆れ顔の悠斗と愛菜。
「チームで仕事は、基本土日と夏休み冬休みとかの長期休みの時だけだからな。委員に入ってても、それ程問題はないだろうけど。土日にしてもそう難しい仕事は出来ないだろうし」
「そうですね。でもどんな仕事があるんですか?」
「俺も知らないな。閲覧可能になるのは月曜の登録後になるから、見てからのお楽しみじゃないか?」
「でも、チーム名どうするの? ゆーと君と五人の仲間達とか?」
「愛菜、何でそこで僕だけ名前なのさ? それにそれはマサと有紀にも、もう一度聞いてからじゃないか?」
「それなら、明日にでも集まればいい。結果報告もかねてな」
-----------------------------------------
1991年7月6日(土)PM:13:24 中央区精霊学園札幌校第二学生寮一階
「フィーアが言ってましたが、テナントで入っているアリアベーカリーってお店のパンおいしいそうです」
そう口にしたのはリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルト。
竹原 茉祐子と食事をしている。
「フィーア? 妹さんだっけ?」
「はいです」
「アリアベーカリー? そうなんだね? 後で行ってみる?」
「はい、義彦さんのお見舞いついでに、お土産にすればいいと具申します」
「おいしかったらそうしようっか。でも試食とか出来るのかな?」
「どうなんでしょう? 言ってみればわかります」
「そうだね」
茉祐子が食べているのはオムライス。
カレーうどんはドライだ。
「いろいろと食べた事のないメニューがあっていいです」
「そうなんだ? それじゃ明日は和食の御飯でもつくろっか?」
「本当ですか? 涎じゅるじゅるです」
「喜んでくれるのは嬉しいけど、その表現はどうかと思うよ?」
ドライに注意を促した茉祐子。
苦笑していた。
-----------------------------------------
1991年7月6日(土)PM:16:42 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号
ベッドで大人しく横になっている義彦。
しかし、その表情は不満げである。
明らかに暇を持て余している感じだ。
頭の後ろで手を組んでいる。
「あれだけ忙しかったのに、急に寝てるだけってのも暇だな」
室内には、土御門 鬼那と黒金 佐昂。
まるで見張っているかのようだ。
椅子に座っていた。
「義彦さん、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
真面目な顔で、義彦に顔を向けた佐昂。
「何だ?」
「何故、吹雪さんと柚香さんにも処罰を?」
「確かに二人は処罰を受ける必要性はないと私も思いました」
佐昂の質問に同意するような鬼那。
「そうだな。確かに実際には処罰対象じゃない」
「では何故に?」
「確かに実際に問題を起こしたのは凌霄花 朱菜だけだ。処罰対象は正直彼女だけでいい。だが彼女だけ処罰すると吹雪も柚香もたぶんルラも、その事に罪悪感、いや負い目を感じるだろう。だからこそ四人共処罰しただけだ。彼女達の気持ちの問題だな。下手をすればその友情にすら亀裂が入るかもしれないし」
「理解できるような理解できないような? 機微という奴でしょうか? 難しいです」
佐昂は何処か、納得し切れていないようだ。
「実際に負い目を感じなかったかはわからないけどな」
彼の言葉に少しだけ納得したような鬼那。
「感情というのはやはり不思議です」
-----------------------------------------
1991年7月6日(土)PM:20:11 中央区精霊学園札幌校時計塔五階
ソファに座っている三井 龍人。
コーヒーをブラックで飲んでいる。
彼と対面で座っている古川 美咲。
今日は珍しくカモミールティーにしていた。
「それで最近どうだ?」
「どうって言われてもな? 警察はやっかいな事件の連続に頭を抱えているみたいだがな」
「やっかいな事件?」
「あぁ、大二郎に聞いた話しだが、二十代前半だけを狙っている殺人魔に手を焼いてる状況なのに、先週月曜日には完全に血を抜かれていた仏が見つかったってよ」
「夜魔族なのか?」
「さてね? 可能性も無いわけじゃないだろうけど。自分が夜魔族ですって申請してる奴が、そんなバレバレな犯行するかね? すぐ足が付くような事したら、俺達や警察から逃げる事は出来ても、その手のお仕事を本職にされている方々から命狙われる日々なんだぜ」
「まぁ、そうだよな。未申請か夜魔族と見せかける為の犯行か?」
「どっちかの可能性は高いかもね。どっちに転んでもそれぞれ違う方向で面倒な事になるだろうがね」
「そう言えば図書館への登録書類を確認してた中で、美唄の方で何件か吸血事件があったようだな。いやさすがに関係ないか」
少し思案顔になった龍人。
「美唄ね。関係ないかもしれんが、一応大二郎には伝えとく」
「それで、図書館で調べたい事があったんだったな」
「あぁ」
「長谷部関連か?」
「一応そうかな? あの男が豊平退魔局と何処かの繋がりを調べてたのは間違いないんだけど、退魔局はあんなんなっちまったし。生存者に話しは一応聞いてみたけどな」
「わかった。案内を呼ぶ。ちょっと待ってろ」
立ち上がった古川。
そこで何故か少しにやけるような表情になった。
机の上の電話で内線を掛ける。
「あぁ、そうだ。案内を頼みたいから、直接理事長室まで来るように」
受話器を置いた古川。
再びソファに座った。
「前に所長が言ってた薬の事もあるし、必ず何処かの研究機関なり何なりが関与していると思うんだよね。証拠も何もないけど、状況から考えればそれなりの設備が必要になると思うからさ。そのへんの情報は、警察ではどうしても限界があるものでね。俺の順位で何処までアクセス出来るかはわからんけどな」
「なるほど」
そこに扉をノックする音が響く。
「入れ」
古川の声に、扉を開けて入室してきた。
現れたのはファーミア・メルトクスル。
スーツ姿の彼女。
金髪を頭の後ろでまとめている。
「へぇ。あの時の格好もセクシーだったけど、またこれはこれでいい女なんじゃないか」
龍人の何気ない賞賛の言葉。
頬を染めたファーミア。
立ち上がった古川。
ファーミアの側まで歩いて囁いた。
「責任取ってもらわないのか?」
古川の言葉に、ファーミアは更に赤面した。
その様子を疑問に思いながら見ている龍人。
「しかし何でファーミアがここに?」
「他は学園に入学しているし、私の側に置いてた方が、万が一何か問題が起きた時に対処しやすいだろう? そのへんも考慮して秘書みたいな事をしてもらっているのさ」
彼女はそのまま、扉に向かっていく。
「古川所長、どちらへ?」
「ファーミアもそいつの案内が終ったら、たまには仲間の所に顔を出してくるといいさ」
「そんで所長は何処行くんだよ?」
龍人の訝しげな質問。
優しく微笑みながら振り返る古川。
「たまには妹の顔でも見に行こうかと思ってな」




