149.方法-Method-
1991年6月13日(木)PM:14:04 中央区特殊能力研究所五階
「悠斗君、悪いな、その体でここまで来て貰って」
「いえ、ここまで運んでくれたのは元魏さんですし」
「いやあ、気にする事もないさ。これから話す事は、余り大っぴらには出来ないしね」
元魏さんの言葉に僕は少し困惑する。
だけど、悪い話しであるとは事前に聞いていた。
なので一応、覚悟はして来たつもりだ。
おそらくだけど、愛菜に逢わせてもらえない。
その理由にも関係するのだろうし。
「本当は、彼女にも逢わせてあげたいのだがな。さすがにあの状態ではな・・・」
申し訳無さそうな古川所長の表情。
悪い考えばかりが、僕の頭の中に浮かんでくる。
「あぁでも、勘違いしないでくれ。現状は命に関わるわけではないから」
そこで、彼女の現状ではという言葉に、引っかかりを覚えた。
現状という事は、今後、命に関わる可能性があるとも取れる。
そんな考えが一度浮かんでしまうと、再現無く広がりそうになった。
「所長、言ってる事は間違ってはいないけども、その言い方はちょっと、失言じゃないですかね?」
「む? 言われてみればそうかも。元魏の言う通りかもしれない。悠斗君、すまない」
「いえ。それよりも現状と言う事は」
「焦らしてもどうしようもない事だからな。目覚めた後の症状と、過去の症例から考えて、今後も彼女が力を使用する事があれば、生命に関わる可能性があるという事だ」
「えっ? そんな・・・」
僕や三井さん、それに、他の皆もこの力を何度も使っているはず。
それでも、生命の危険性について聞いた事なんてない。
皆もそんな可能性なんて、気にしている様子もないけど。
そう言えば、三井さんが前に言ってたな。
でも、ニュアンスとしては、少し違った。
けど、危険だというような事を、言っていたような気もする。
ならば愛菜と僕の違いは一体なんだろうか?
「悠斗君、前に光白因子と闇黒因子について、話しをしたのは覚えているか?」
「え? はい。あの時の話しは、衝撃的だったので覚えてます」
「あの時の話しで、何故暴走してしまうのか、考えた事はあるか?」
「え? いやそこまで考えた事は・・」
古川所長と話している僕。
何故、あの時の話しが出て来るのか考える。
暴走するのと、愛菜に逢わせられない理由が結びつかない。
「暴走する理由として、私達は、能力を発動させる、即ちあの因子が霊子と混ざり合うと、精神を侵蝕していくのではないかと考えている。理性を本能が上回っていくという事だ。実験したわけではないが、過去の実例から、三井君の全力開放での制限時間は推定七分。小さい頃から能力と接して来ている、彼でさえ七分だ。これがどうゆう事かわかるか?」
そこまでの話しを聞いて、僕はある一つの結論に辿り着いた。
「もしかして、愛菜も三井さんと同じ因子持ちという事ですか?」
「本人の許可もとってないし、勝手に調べるわけにもいかないから、実際にどうかは調べてはいない。だが事件時の状況と、今現状の症状から十中八九そうじゃないかと思う」
「ただ再生する力を使った事から、持ってるとしたら光白因子だろうね。そもそも因子には純度というものがあって、純度が高い程、発揮できる力も強力になっていく」
所長の言葉に続けて、そう言った元魏さん。
そう言われてみれば思い当たる事はある。
今回も十年前も、愛菜がいなければおそらく僕は死んでいた。
死に瀕している肉体。
それを、僅かな時間で再生する。
きっとたぶん、途方もない力なのだろう。
「医者としての見立てというか、個人的な推測だけどね。怒りという負の感情と、悠斗君を助けたいという正の感情、その鬩ぎ合いで、精神に凄まじい負担が掛かった為の結果なんだと思う。大分回復したとは言えども、話す事も難しい程に、思考というか精神が衰弱している状態と言えばいいかな?」
「悠斗君に逢わせて、覚醒を促すというショック療法もあるにはあるが、ショックが事態を好転させるかはわからない。リスクが大きすぎるからな。無理にでも逢おうとした時は、力付くでも止める様に、義彦に頼んでおいた」
「まぁそれでも、数日もすれば回復すると思うから、逢わせられないのは悪いけど我慢してくれ」
そうかそうゆう事情があったのか。
だから三井さんは、力付くで僕を止めた。
あの時、あんなに申し訳なさそうな顔をしていたんだ。
「愛菜ちゃん、彼女の場合は、事前に訓練を受けているわけでもなく、自分自身でコントロール出来るわけでもないだろう。そんな状態で発動すれば、精神的にも肉体的にも負荷は凄まじい。それこそ発動を重ねれば、負荷が蓄積していくだろう。そうなれば精神か肉体、どちらかあるいは両方が壊れる事になりかねない。だから」
そこで、真直ぐ僕の瞳を見つめる古川所長。
「悠斗君と共に学園に入学して欲しい」
「彼女自身も、自分の能力についての知識が習得出来れば、完全に能力を開放する事は出来なくても、ある程度コントロールする事と、短時間なら耐性もつくだろうしね」
彼女の後に言葉を続けた元魏さん。
彼の言う事ももっともだ。
コントロールする方法を知ってるか、知らないかだけでも違うのだろうな。
「それに悠斗君、因子持ちというのは、様々な理由から狙われる事もある。もし君が彼女を守りたいと思うならば、自信の力を理解し効率的に利用する方法を習得するのは、損にはならないはずだ」
確かに古川所長の言う事はもっともだ。
僕自身が、自分の能力について漠然としか理解してない。
「お話しはわかりました。いろいろとショックだったり、思う所もあります。学園入学については今一度考えてみたいです。ただその話しとは関係なく、僕自身の能力を生かす方法として、考えている事があるのですが、技術的にそもそも可能なのか話しを聞いてもらっていいですか?」
「どんな方法を考えているのかわからないが、可能かどうかなら判断しよう。是非聞かせて欲しい」
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1991年7月1日(月)AM:9:12 中央区精霊学園札幌校競技場
「特殊な学校という事にはなるが、だからといって勉学を疎かにしていい、という事にはならない。勉学と共に、それぞれが求める知識、技術に磨きをかけていってくれ」
異例の中途開始での入学式。
理事長の挨拶と言う事だ。
壇上では古川所長が、挨拶の言葉を述べている。
いや、ここでは理事長か。
結局は僕は、以前説明を受けていた学園に入学した。
壊れかけていた平和な日常。
完全に壊れる事になるのかもしれない。
そんな事もなく、壊れかけていた平和な日常。
案外は元に戻るのかもしれない。
でも忌避しているだけじゃ駄目なんだ。
結局何も変わらない事に気付いた。
この先、この忌避感が消える事はないのかもしれない。
けど、この力が何なのか、知らないままじゃ駄目だ。
そう思い始めている。
だからこそ、今までの、普通の中学生。
それを振り払って学園に入学した。
もちろん、通常の学校で行なうような授業も普通通りあるらしい。
並行して、合間にここでしか教えれないような事も教えていく。
「だからといって勉学にだけ勤しまないで、学園での生活を楽しむ、という事も忘れないように」
小学校一年生から高校三年生まで。
全校生徒が今この体育館に整列している。
たぶん百名以上はいると思う。
もっと少ないのかと思っていた。
けど、案外いるものなんだな。
それが今の僕の、正直な感想だ。
これからどんな事を教えられるのか。
どんな技術を身につけていくのかはわからない。
それでも自分が提案した。
自分なりの能力の、有効活用の試行錯誤も始まったばかりだ。
色々と悩んだりするのだろうけど、気持ちを新たに頑張らないとな。
「余り長く話しをしても、退屈だろうと思うので、私の話しはここまで」




