115.狼化-Transformation-
1991年6月10日(月)PM:12:05 中央区米里行啓通
歩道沿いに、ほぼ一列に並んでいる木々。
生憎の曇り空だ。
木漏れ日は感じられない。
一人の男が、にやついた表情で歩いていく。
彼の頭の中。
これから出逢う標的。
どのように甚振って可愛がってやろうか、という事しかなかった。
彼的なピンクな妄想モードだ。
男の名は、クサーヴァー・ブルーメンタール。
彼は、団長達の復讐に関しては興味がない。
自分の溢れ出る欲望に忠実だ。
たまたまそれが違法と解釈される国が多い。
本気でそう思っている。
罪悪も罰の意識もない。
この世は弱肉強食。
ただそれだけだ。
本気でそう考えていた。
クサバが目指している目的地。
何処にでもある普通の小学校。
その小学校の教室の一つに夕凪 舞花はいる。
担任と同級生達と一緒。
いつも通りの楽しい授業。
時に真面目に、時に面白おかしく受けている。
彼女の能力は、希少価値の高い部類に入る。
しかし、彼女自身の戦闘力は決して高くはない。
だからこそ、護衛もかねて万里江が一緒にいる。
その生活が当たり前だった。
しかし舞花は今、万里江と一緒にはいない。
彼女がいない、ほぼ唯一の時間である学校。
もしそこで襲撃されれば、抵抗する術はない。
そもそもの彼女を狙う相手。
同属の別派閥位しか考えられかった。
彼等とてまさか、小学校に襲撃をかける程の愚か者ではないだろう。
そんな事をすれば、特殊技術研究所だけではない。
警察組織等の公的機関。
その他、様々な組織を敵に回す事になりかねないのだ。
だからこそ大丈夫。
そんな思い込みがあった。
だとしても、誰を責める事も出来ないだろう。
ほぼ全ての通信が不可能な状態。
情報の遣り取りさえも適わない。
【獣乃牙】の無鉄砲としか思えない今回の襲撃。
その事に対して、把握も対処も出来ない要因の一つだ。
情報の伝達が出来ない。
その為、舞花には襲撃の魔の手が迫っている。
彼女自身には、わかるわけもなかった。
突然教室の扉が開く。
一人の男が入ってきた。
突然の闖入者。
担任の女教師は、毅然と対応しようとした。
だが言葉を発する事はなかった。
彼女は吹き飛ばされのだ。
彼女の胸辺り。
斜めに服が四つに切れている。
血にまみれてわからない。
しかし、が乳房も抉れているだろう。
一瞬にして教室内は様変わりする。
恐怖、混沌、涙声、嗚咽。
それらが入り混じっている。
阿鼻叫喚の世界に変わった。
様々な声や音。
導かれてやってくる他のクラスの担任達。
ある者はクサバに挑み返り討ちにあった。
またある者は、助けを呼びにその場を離れる。
恐慌状態に陥りその場に崩れ落ちた者もいた。
地獄の様相の教室。
半分近くの女生徒の失禁と、数人の男生徒の失禁の匂い。
それらが充満し始めた。
「やはり幼女の失禁の匂いはいい。違うのも若干混じっているようだがな」
その地獄絵図の中。
一人陶酔と至福の顔。
遠くを見つめている男。
「一応仕事はするか。団長に殺されるのだけは勘弁したいしな」
クサバはゆっくりと歩いていく。
辿り着いた先は、舞花の席。
涙目になりながら、目の前の男を睨みつける舞花。
「おうおう、いい顔してるじゃねぇか。これでこそ楽しみ甲斐があるってもんだ」
今にも泣き出したい軟弱な自分の気持ち。
何とか押さえ込んで、舞花は睨む眼差しをやめない。
「あ・・あなた何?」
「あぁん? おまえおもしろいな。それだけ恐怖に満たされているの、バレバレなのに気丈に振舞うなんてよ」
言葉通りだった。
無意識に唇を噛んだ舞花。
「建前は舞花御嬢様、あなた様の拉致か殺害でございます」
「た・・建前?」
「そうだ。建前。本音は、俺の欲情を満たす為に、お前たち幼女皆様にご協力して頂きますよ。まあ、断っても強制するんだけどな」
舞花の目の前の男。
露出している皮膚が毛に覆われていく。
白い手も白い顔も、金色の毛に覆われていった。
口が徐々にせり上がる。
人のそれではなくなっていく。
目の前でその光景を見せられている舞花。
ポカーンと口を開けたまま、驚愕の表情になった。
-----------------------------------------
1991年6月10日(月)PM:12:09 中央区西七丁目通
平和そうに歩く人々の表情は幸せそうだ。
隣では、車の群れが渋滞し始めていた。
その誰もが、直ぐ側の高校での出来事に気付かない。
静寂と混乱が支配し始める高校内部。
その中のとある教室で対峙する二人。
一触即発の状態で睨み合う。
しかし、彼女は動きたくても動けなかった。
「そういうあなたは【獣の牙】の一人ね」
「なんだよ。ばれてるんじゃないのか。その通りだぜ。おっと動くなよ。動けばこの丸眼鏡の似非幼女の血が舞うぜ」
恐怖の表情で涙目になっている。
震える足。
それでも踏ん張っている彼女。
心が強い方なのだろう。
しかし、彼女の事を気にかける様子もない。
瀬賀澤 万里江は、バジリオ・アランゴを睨んでいる。
「おぉ、怖い怖い。確かお前と仲良しの幼女・・舞花ちゃんだっけ? あの娘も可哀想にな。今頃、クサバの玩具にされてる事だろうよ」
「何? どうゆう意味だ?」
「俺も人の事は言えないんだけどよ。あいつは幼女大好き狼なんだよな。特に相手の悲鳴やらを聞きながら、欲情に耐えに耐えて、限界になってもうどうしようもなくなった後に。あれだけは俺には真似出来ないわ」
「くっ、外道め」
「おっと動くなよ。それともこの丸眼鏡は見捨てるか? それはそれで面白い選択だと思うが」
唇を噛む万里江。
「どうした? 舞花ちゃんが大事なんじゃないのか?」
万里江の表情は怒りに満ちている。
バジリオもそうなる事をわかっている。
あえて、挑発しているのだ。
「どうした? そうだな、俺の言う通りにすれば、この丸眼鏡は助けてやってもいいぜ」
「ぐっ・・・・わかった」
「怒りの割には素直じゃないの。裏がありそうで怖い怖い」
「それでどうすればいい」
「そうだな? まずはそこの教壇の前に立って俺の方を向け」
バジリオの指示通り自分の席から立ち上がる。
教壇の前に立った万里江。
そしてバジリオへ向く。
彼女の瞳は敵意丸出しのままだ。
「なんてまあ、敵意丸出しで怖い目。それでこそ虐めがいがあるってもんだぜ。その瞳が従順になるまで、精々楽しませてもらおうか」
「貴様の趣味なぞ知らないが。この後どうすればいい?」
「そうだな。そこで艶かしく、一枚一枚服を脱いで、俺を楽しませてみろや」
「な・・何?」
「おら、どうした? 従わないならこいつの頭が、体から分離する事になるぜ」
彼女の首筋の爪を、微かに突き刺したバジリオ。
呻き声をあげそうになる。
しかしを耐えた、丸眼鏡の女生徒。
健気にもそんな状況で、万里江にぎこちなく微笑んだ。
「ま・・万里江さん、わ・・私はいいから。あな・・あなたは・・あなたの・・出来る・・事を・・」
恐怖と絶望で震えているような声だった。
「・・・斑さん・・・わかった」
彼女の言葉に決断を下した万里江。
そこからの行動は素早かった。
「何言ってやが・ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
いつのまにか、突き出された万里江の左腕。
そこから伸びる黒い光の奔流のような刃。
バジリオの手の平を貫通。
更に右胸に突き刺さり、貫いていた。
「さて、その状態で轍さんに手を出せば、右手も切り裂かれるがどうする?」
「がは・・ふざっけん・・まだ左手が・あぎゃぁぁぁぁぁぁ」
振り上げられたバジリオの左手。
またいつのまにか、振り上げた万里江の右手。
そこから伸びる黒い光の奔流の刃。
突き刺されていた。
瞬時に抜きさられる。
黒い光の奔流の刃。
瞬時に、万里江の体に戻っていく。
突如抜き去られた事による痛み。
一瞬意識が飛びそうになったバジリオ。
よろめいて痛みに顔を顰めている。
咄嗟に、何をどうするべきか、考える余裕もなかった。
黒き刃を抜き去ると同時。
前に進み出た万里江。
彼女は、一瞬でバジリオの目の前に移動していた。
黒い光の奔流が纏わりついた拳による正拳。
教室の壁に激突したバジリオ。
恐怖から解放された。
その場に崩れ落ちる斑 友麻。
万里江から放たれた蹴り。
その足先には、拳と同様だ。
黒い光の奔流のようなものが、纏わりついている。
壁に減り込むバジリオ。
二発目で壁をぶち抜いた。
弾き飛ばされ、吹き飛ばされるバジリオ。
彼に目を向ける事はない。
万里江は崩れ落ちた斑の側に屈んだ。
「斑さん、ありがとう。でも大丈夫?」
「あ・・あは・・。こわ・・怖かったけど・・大丈夫。だから・・ま・・舞花ちゃんの所に行ってあげて」
「・・・わかった」
「で・・出来れば・・後でく・・詳しい話しは・・・教えて欲しいけど」
「うん。あの人狼は、危険だから連れて行く。後助けも呼んでくる」
他の同級生達は怯え、震え泣いていた。
万里江は、バジリオを軽々と担ぎ上げる。
舞花を助けに行く為に、彼女は走り出した。




