111.私情-Consideration-
1991年6月10日(月)PM:12:33 中央区大通公園一丁目
停車したZZR1100BM。
その上に跨っている古川 美咲。
視界に入った光景にフリーズしている。
しばらくそのままだった。
背後から複数の人間が近付いている。
その事すら気付かない。
「何ぼーっとしてるの? 美咲?」
「えっ?」
「私は実際の現場にはいなかったから、美咲の話しでしか知らないけど。どうせ過去の記憶に、心を掻き乱されていたのでしょうね」
「ぐっ・・・彩耶に新人達。それに黒金の三人」
「所長なんだから、しゃきっとして指示をよろしく」
「し・・・指示?」
「はぁ、私の前だけならいいけど、新人さん達の前で、その姿曝しちゃうかな?」
「うぅ・・・。はい、彩耶。すまん」
「後で小言は覚悟しなさいよ。いろいろ考えるのは後ね」
「うぅ・・し・指示ね。彩耶と新人達五人は、テレビ塔正面で戦ってるのは誰だ? 誰でもいいか? たぶん八名か? 私と彩耶で八名の援護と妖魔の排除。私と彩耶が前衛で掃討するが、新人五名は撃ち洩らした場合の討伐。反対側にも、おそらくあいつ等の仲間がいると思うので、黒金の三人は彼らの援護と妖魔の掃討」
「佐昂、了解」
「美咲様、沙惟謹んでお受けいたします」
「早兎もいってきまーす」
三者三様の返答。
西側から迂回するように走り出した。
途中で遭遇する妖魔達を排除していく。
「浅田、金本、砂原、田中、七原の五人は初陣だ。五人一チームで行動しろ。チームリーダーは浅田に任せる」
跨っているZZR1100BMから降車した古川。
更に指示を出す。
新人五人の反応を待つ事もなく、彼女は走り出した。
場違いな場所で、醜態を曝して恥ずかしいのだ。
その為、若干赤みが差している。
一転高まる魔力。
瞬時に戦闘用の冷酷な表情になった。
≪乱紫電≫
≪狙撃≫
解き放たれた一撃必殺、必中の電。
百本以上の紫電が上空に解き放たれた。
紫の雷光が、黒翼竜を蹂躙してゆく。
≪白神一刀流奥刃鎌鼬乱追斬(しらかみいっとうりゅうおうじんれんゆうらんついざん)≫
刀を構えた白紙 彩耶が放った一閃。
刃から数多の鎌鼬が放たれた。
比較的低空にいる翼竜を屠っていく。
≪ソード オブ ライト モード サーティーン クラウソラス≫
背後から聞こえた声。
光輝く十三枚の剣が空を舞い、翼竜を貫通。
剣は消滅する事もなく別の翼竜に向う。
古川の隣に現れた小柄な女性。
彼女の姿をみた古川と彩耶。
一瞬驚愕した表情になる。
しかし、口角を少し上に上げて、静かに微笑みを浮かべた。
「何でここに?」
「伝えたい事があったからかな?」
小柄な女性はそう言って、古川を一瞬見た。
しかし、直ぐに正面に向き直る。
「何を伝えたいかはわからないが、とりあえずはこの場を何とかしてからだな」
古川は、戦列の崩壊しかけていた彼らの元へ向かう。
彩耶と新人五人。
後から現れた、小柄な女性を伴い走り出した。
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1991年6月10日(月)PM:12:42 中央区創成川通
多々良 阿月を心配そうに見ている久留 目高。
今にも泣き出しそうだ。
苦しそうな表情のまま、いまだに気を失っている阿月。
相模原 幡は、彼女の手を握っている。
周囲を警戒している久遠時 貞克。
阿月が、生きている事に安堵の表情だ。
「手当てはしましたが、怪我は決して軽くはないでしょう。失礼ながら撤退を進言します」
リーダーとおぼしき少女。
彼女の言い分は有難い。
しかし、プライドとの鬩ぎ合いで唇を噛む貞克。
自分の半分も生きていないであろう年若き少女達。
彼女達にこの場を任せて逃げる。
その選択肢に、素直に頷けないのだ。
「私達の事は気にする必要はありません。その方を大事に思うのであれば、一度退くという選択もあると考えます」
「正直悔しい気持ちもあるが、あんたの言ってる事は正論でもある。名はなんという?」
「私は黒金 佐昂と申します」
「黒金 沙惟」
「黒金 早兎だよー!!」
「私達は、精霊庁所属でございます」
少女三人の名乗り。
更に佐昂が告げた所属。
その言葉を耳に入れながら、歯噛みする貞克。
しかし、彼は決断した。
「東京の? 何でここに? いや、そんな事はどうでもいいな。黒金の佐昂殿、沙惟殿、早兎殿、恩に着る。撤退する。幡は担架を持って来い」
「あいよ」
「目高は周囲の警戒」
「了解です。隊長」
幡も目高も反論する事はなかった。
「阿月、すまんな。もう少し頑張ってくれ。そしてまた笑顔を見せてくれ」
しばらくして担架を持って戻って来た幡。
貞克は幡と協力して、阿月を静かにゆっくりと担架に乗せた。
前方を幡、広報を貞克が持ち上げ退避してゆく。
目高はM3A1を手に持っていた。
大槌は背中に引っ掛け、周囲を警戒する。
生き残っている黒翼竜。
動きの遅い貞克達を襲いたいようだ。
しかし、少女三人の猛撃に阻まれて、手出しが出来ない。
選手交代した戦線。
その周囲は、凄まじい光景と化している。
ほとんどが、妖魔達の血と肉に溢れかえっていた。
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1991年6月10日(月)PM:12:44 中央区テレビ塔地下一階
防衛省特殊技術隊第四師団第六小隊。
オーロラタウンと直結している通路に待機している。
第六小隊隊長である琴田 玲菜。
彼女は、どうするか迷っていた。
玲菜はレミントンM870を装備している。
11.4mm短機関銃M3A1。
両手で抱えているのが、隊員の伊亜有 伊唖。
レミントンM870を抱きしめている仁奈菜 仁奈。
所在なさげな表情の莉螺良 莉良。
11.4mm短機関銃M3A1を足元に置いている。
彼女は何故か膝立ちしていた。
待機してから既に三十分以上は経過している。
しかし、待機の上で戦闘が必要と判断した場合。
各小隊の隊長の判断に一任する。
という、何とも中途半端な命令しか下されていない。
この先のテレビ塔地下部分で、何かが起きた。
そして今は、何か人ではないような者達が蠢いている。
玲菜は理解はしている。
彼女が根っからの軍人。
かつ、その事に誇りを持って愛国心に溢れていた。
ならば、また判断も違ったのかもしれない。
しかし、彼女は十年以上一緒に過ごしてきた子供達。
その生き残りの、彼女達三人の安全を最優先した。
登録上は部下であり同居人だ。
しかし玲菜は、そうは思っていない。
三人に、娘のような妹のような親愛の情を感じている。
待機して少し経過した。
通路の向こう側。
時折、黒い大きな鎌手の黒い蝿が見えていた。
見えてはいたが、こちらには来る気配がない。
その為傍観に徹している。
しかし、少し前に何か雷らしきものが迸ったのと、轟音がした。
その後に、めっきりとその姿が見えなくなっている。
今まで聞こえていた羽音。
感じていた気配もが一切消えている。
どうするべきか、彼女は思案し迷った。
この場で待機を続けるべきか、それとも確認に行くべきか。
しかしそう長くはない思考時間で、彼女はこの先の行動を決めた。
「伊唖、仁奈、莉良はここでまっていなさい。何が起きたのか確認してくるから」
彼女の気持ちを知ってか知らずか、見事に三人に反対された。
「駄目なのです。伊唖も姉様と行くのです」
「仁奈も伊唖と同じなのです」
「莉良も待機するのは嫌なのです。気持ち悪い蝿さんの気配は、完全に消えてるので大丈夫なのです」
玲菜一人と同居人三人による論争。
しばらく続いた論争は、結局は玲菜が折れる形になった。
それでも譲歩として自分が前衛。
少し距離を置いて三人が後衛を務める。
という事で納得というか、隊長命令という形で無理強いさせた。
三人共、非常に不愉快な表情をした。
撤回させようと努力する。
しかし、彼女は心を鬼にして命令は撤回しなかった。
そして視界に入ってきた光景に絶句する。
かつて研究者として、非人道的な行為に加担していた玲菜。
彼女はまだ衝撃は少ない。
だが、後ろの三人はそうはいかなかった。
蒼白な表情に、なり各々の武器を手から零しそうになる。
幸い誰一人として落とす事はなかった。
震えの止まらない足に、耐え切れなくなる。
三人ともその場にへたり込んだ。
玲菜は三人を抱きしめて、慰めたい衝動に負けそうになる。
それでも周囲の安全を確認しなければならない。
三人に危険が迫る可能性があると躊躇した。
だが彼女は、己の心の中の衝動に流された。
三人を抱きしめる。
嗚咽をあげ泣き出した三人。
かける言葉すらも浮かばない玲菜。
破裂したのか、原型すらおぼつかない鎌蝿らしき物体。
そして人間だった者達の骸。
所々欠損し、五体満足の姿は、見る限り一つもない。
血なのか体液なのか、それともまた別の液体なのか。
それすらも、も判別の難しいゲル状の物体。
阿鼻叫喚、地獄絵図、惨状の後。
それらの言葉を使っても表現しきれない程だ。
血の香りや、何かの腐ったようなかすかな匂い。
表現のしようのない香り。
何かの饐えたような臭いすらも、鼻腔に感じる気がする。
彼女達を守る為に矛盾する立場にいる自分。
それは理解している。
しかし、彼女はその事を、今までで一番感じる事となった。




