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Element Eyes  作者: zephy1024
第八章 獣牙復讐編
109/327

109.硬化-Harden-

1991年6月10日(月)PM:12:04 中央区西七丁目通


三井(ミツイ) 龍人(タツヒト)、私の事を知っているのね。さすが探偵という所かしら。そうね、私も仕事で来てなければ、口説かれてみたいわね。もっとも私の本当の姿を見て、同じ事が言えるとは思わないけど」


 その言葉に肩を竦める龍人。

 冷笑としか取れないファーミア・メルトクスルの表情。


「いい女は嬉しそうに笑ってる方がいいと思うけどね」


「そう? 残念ね。嬉しそうに笑いながら、標的を甚振る趣味はないのよ」


「それで、そんなに殺気塗れで俺に何か御用なのかね?」


「ええ、おとなしく死んでくれないかしら?」


「そう言われて、おとなしく命を差し出すような馬鹿は、そうそういないと思うけどね?」


 再び肩を竦める龍人。

 しかし、ファーは冷笑のまま、靴を脱いだ。


「普通そうよね。それでは実力行使させてもらいますね」


 冷笑から一転、嬉しそうな表情になったファー。


「なんか嬉しそうだな?」


「うふふふ、抵抗してくれなきゃ楽しくありませんしね」


 歓喜の表情が徐々に、狂喜の表情に変わっていく。

 彼女の変化に、龍人はごくりと唾を飲み込んだ。


 ファーの素肌が金髪に覆われ、手足の爪が鋭くなっていく。

 どちらかというと、美しいという言葉が似合う顔も変化。

 口が大きく裂け、前に盛り上がっていったのだ。


「まじで狼化族かよ。そりゃ、そうそう手を出すわけにはいかないわな・・・」


 目の前の女性は、既に人間ではない。

 一般的には人狼と呼ばれる姿になっている。

 その場を通行していた人々。

 彼女の変化の過程を、全て見ている。

 その場に足を止めて、しばしの疑問顔になった。


「何かの撮影?」


「で・・・でも、あの人ちょっと前まであんな姿じゃなかったわよね?」


「そ・そんな馬鹿な事あるわけ?」


第一狼化(ファーストウルフ)


 どんなものも切り裂きそうな手足の爪。

 計二十本の爪が、その言葉により更に伸びていく。

 まるで爪に合わせるかのようだ。

 手と足もサイズを大きく変えた。


第二狼化(セカンドウルフ)


 しなやかな全身の金色の体毛。

 全てがまるでレイピアのように硬化。

 しかし不思議と服を激しくぶち破る事ない。

 穴を開ける事も無かった。


「おいおい、なんだよこれ。全身凶器じゃないかよ。ゆっくり見てる場合じゃなかった・・・」


≪ロウプ ガロウ レンフォルセメント デス キャパシテス≫


「――聞き取りにくいな、おい」


 龍人の僅かな呟き。

 その言葉の通りファーの発生は、若干聞き取りにくい。

 発声器官も、変化してるのだろう。


「ワたシは、ドんナとキでモ、てハぬカなイ」


 その言葉と同時。

 その場で左回りに一回転したファー。

 ただそれだけの動作。

 周囲に血の臭いと肉槐が散らばった。

 一瞬で、地獄絵図と様変わりする。


「おいおい・・・無関係な人達にも問答無用かよ・・・」


「コんナ、かリそメだケへイわノくニ、だレもシんジつカらメをソらシて」


「ま・まぁ言いたい事はわからないでもないが・・・」


 周囲にいた人達は即死だろう。

 呻き声一つあげなかった。


 その光景を見てしまった人達。

 目の前の惨事の咀嚼が終了。

 叫び声や悲鳴、泣き声をあげはじめた。


 龍人は目の前の人狼ファーから目を逸らすわけにもいかない。

 周囲の喧騒等に、構っている余裕はなかった。


「ジゅウねンいジょウまエ、わタしヲこンなカらダにシたニんゲんタち、フくシゅウすラかナわヌこトに、ゼつボうシかケた。デもイまハ、かンしャしテいルきモちモあル」


 ――仮にこの場から逃げたとする。

 執拗に追いかけて来そうだ。

 標的が俺なんだろう。

 けど、この場から逃げれば無差別に攻撃しそうだな。


 俺は別に偽善者じゃないからな。

 だから、赤の他人がどうなろうが知った事じゃない。

 でも、本気で戦わないと俺が死ぬ。


 自分の攻撃で巻き込む。

 それはさすがに、寝覚めが悪くなりそうだ。

 たどすると、邪魔な一般人のいない場所に移動する。

 それしかないか・・・。


「十年以上前って何の話しだ?」


 龍人の瞳が緑白に輝き出す。

 体を、緑白の薄い闘気の膜、のようなものが覆いだした。


「ハなシはオわリ。かクせイしャよ、ゼんリょクでコい。タのシもウ」


 この近くで人の少ない所。

 頭をフル回転させて、この近辺の地図を思い出す龍人。

 豊平川に出れればいいが、何処をどう通ったとしても人はいる。

 いっそ切り捨てるか?

 ――そんな事を思うが、深く考える時間は与えられなかった。


 突如真直ぐ突っ込んでくるファー。

 膨れ上がった手足。

 それをを差し引いても、ありえない速度だった。


 避ける事は不可能だと瞬時に判断。

 真上から振り下ろされた一薙ぎ。

 相手の手首辺りに、前腕がぶつかるように防ぐ。


 その衝撃は、龍人が想像する以上だった。

 攻撃を防いだだけで、少し痺れた右腕。

 足元のコンクリートの歩道が、衝撃で陥没。

 体を駆け巡る激痛。

 闘気を纏っていなければ、一撃で即死しかねない威力だ。


 繰り出された右腕の突きを、後ろに下がり回避。

 同時に風の刃を複数射出。

 全て信じられない速度で避けられる。


 更に追撃してくるファー。

 時に紙一重で躱し、時に攻撃の衝撃を受け流す。

 しかし、攻撃は非常に重い。

 徐々に龍人の腕の、耐久力を削っていく。


 腹部に直撃を喰らった龍人。

 彼は、衝撃と共に吹き飛ばされる。

 闘気のおかげで爪が突き刺さる事はなかった。

 しかし、その衝撃だけでもダメージは侮れない。


 口の端から垂れてきた血を拭う。

 時に突き出され、時に振りぬける爪撃を避ける龍人。

 躱しながら反撃の糸口を思案する。

 なんとか相手の攻撃の反動を利用し、距離を取った。


「さスがダ。だガこウげキすルよユうスらナいノなラ、わタしニはカてナい」


「俺の全力を見たいと思っているのか? ここじゃ、余計な奴らがいて本気をだせないんだけどな」


「ほウ? ほンきデいッてイるノか?」


「本気も本気。超マジだぞ」


 激しい遣り合いから一転。

 睨み合っている二人。

 だが、僅かな時間で周囲は悲惨な状態だった。


 紙のように引き裂かれた路上駐車の車。

 所々、五本の爪に切り裂かれている民家や電柱。

 恐怖と絶望と現実を受け入れられない人々。

 彼等彼女等の泣き叫びや金切り声。


 ゆったりと走っている市電。

 その中から、この光景を、まるで他人事のように眺めている人々。


「そレがホんトなラ、なッとクでキるイちゲきヲわタしニはナっテみセろ」


「やれやれ、そう簡単には乗ってはくれないか」


「あタりマえダ」


「いいぜ、放ってやるよ。本気の一撃を」


「わタしハこコかラうゴかナい、エんリょナくブちカまセ」


「上等だ。逃げんなよ」


 龍人の右腕を中心に、風が集まる。

 極小の台風の如く加速してゆく。

 その風に周囲の物が巻き上げられ始めた。

 粉々のガラスやコンクリートの破片。


 集束していた風の加速が瞬時に止まる。

 彼の右腕の周囲。

 そこだけに、物凄い密度の竜巻が回転している。


「いくぜ」


「コい」


 瞬時にファーの真上に飛んだ龍人。

 振り下ろされる左腕。

 上から下に解き放たれた竜巻。

 彼女の動きを封じ、瞬時に放たれた場所を抉っていた。


 抉られた穴。

 その中で、様々な破片に埋もれているファー。

 彼女は、うつ伏せに倒れている。


 さほどダメージになっている様子もない。

 即座に立ち上がり、穴から外へ飛んだ。

 周囲を見渡し、龍人の存在を探す彼女。


 放った風の勢いで、しばし空を飛んだのだろう。

 龍人は、北側の何かの倉庫のような所。

 そこの屋上に一瞬姿が見えた。


 彼の存在を確認したファー。

 先程の衝撃で、若干重い体。

 奮い立たせて追いかける。

 倉庫の前から飛び上がり、屋上に辿り着くファー。

 龍人は、社宅のような建物の、向こう側に消えていった。


「ニがサなイ」


≪ロウプ ガロウ ジェ スプポセ アウスシ ウン フェウ デボラント≫


 手足の爪を中心に、全身に火を纏ったファー。

 前方に勢いよく飛び上がりなら、同時に詠唱を開始する。


≪ロウプ ガロウ レ トウル レ チエル デビエント ドッウン コウプ ペルギャント サ スブスタンス≫


 業火に包まれたままに、一直線に突撃をするファー。

 立ち塞がるコンクリートの壁を削っていく。

 小学校の校庭の端を走っていく龍人。

 彼に即座に追いついた。


 追いついただけではない。

 そのまま龍人に突貫する。

 僅かな差で気付いた龍人。

 風の力も利用し横に飛び退く。


 直撃は避けた。

 だが、残念ながら火で燃えた彼女。

 剱山の如き毛に撫でられた。


 右手、右足等の右半身。

 背後を中心にズタズタにされた龍人。

 衝突の衝撃で校庭を転がっていく。


 血をだらだらと垂らしている。

 痛みに顔を顰めつつ、吹き飛ばれた衝撃のベクトルを変えた。

 校庭と向こう側の道路を隔ててるフェンスを飛び越える。


「ドこマでニげルつモりダ」


 同様にフェンスを飛び越えたファー。

 龍人が視界に入るや否や再び詠唱を開始。


≪ロウプ ガロウ レ トウル レ チエル デビエント ドッウン コウプ ペルギャント サ スブスタンス≫


 加速し豊平川の階段状の堤防を削っていく。

 そのまま、龍人に直進していくファー。

 しかし今度は龍人も予期していたのだろう。


 先程よりも距離が近い。

 にも関わらず、直進する彼女を余裕をもって避けた。

 更に自らの体を風で飛ばす。


 血を撒き散らした龍人。

 豊平川の真ん中にある小島。

 その一つに、転がりながら辿り着いた。

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