その名前は?
お題:名前も知らない車 制限時間:15分
2013年7月26日頃即興小説トレーニングに掲載。
僕の住む町は片田舎。
都会の人が来たら、一体なにをして過ごしたらいいのだろうか、と考え込んでしまいそうな所。
土地の人間だったら遊びは無限大なのだが。
いいことなのか、欠点なのか、行き交う人、車も見知ったものしか通ることがない。
知らないものが通ると、皆、目を光らせ囁き合う。
それにしても今年の夏は、暑い。
小高い山に行けば、少しは気温の変化はあるだろうけど、この平坦な土地に日陰は多くない。
子どもだったら、山や小川に行って思いっきりはしゃげるだろう。でも、僕の年齢でそれをやったらただのおかしなおじさんだ。
あぁ、うだるような暑さに今年はさすがにやられそうだ。
朝早くは、家の畑を手伝って、日中は家で涼みながら小説の構想と執筆。夕方は考えた構想を練り直しながら散歩をするのが、今年の夏の過ごし方になっている。
時々夕立にあって散々な目に遭ったりするのだが。まぁ、それも風情があると捉えれば、芸の肥やし、もとい小説のネタの肥やしになるので良しとしている。
「ん?」
前方から爆音を鳴らしながら走ってくる車。目を凝らして見る。
普通の車とは違う。何が、というと色彩が明らかに違うのだ。
しかし、爆音の方は聞き覚えのある音だ。音がどんどん近づいてくる。
一本道のほかには、田んぼしかない。稲が青々としている中、踏み込むわけにもいかず避けたくても避けられない。
「やぁ」
爆音を鳴らしながら僕があるってる所へ横づけし、窓から声をかけられた。
「え……」
車は知らないが、運転してる人はよく知る人で、驚いたあまり、あとに言葉がうまく出てこない。
どうして?アキちゃんが?
「驚いてるね! そうだよねっ、まっさかーだよね」
けらけら笑うアキちゃん。東京の大学に行って最近帰ってきたとは聞いていた幼馴染の女の子。
帰ってきてから会うのは、今が初めてだ。
ロングの艶々した髪は短くなって、緩やかにカールをしている。去年短い帰省の時とは、かなり変わっているけど、これはこれで似合っている。
いや、そうじゃなくて……。
「アキちゃん、どうしたのこの車」
「ふっふふー。よくぞ聞いてくれた」
満円の笑みで、大きな目は細くなった。
「土台は両親と折半。このイラストはね、自分で描いて専門の人に貼ってもらったの」
嬉しそうに説明してくれたけど、半分意味がわからない。
「……イラスト自分で描いたの?」
わかる部分だけ質問してみた。
「うん。好きのなんちゃらって言うでしょ?」
「……いや、それを言うなら、下手の横好きでしょ」
「え? ……さ、さっすがー。小説家さんは違うねっ」
なんだろ、褒め言葉なんだろうけど、心のどこかがチクッとした。
「なおくんはさ、ずっーーと小説書いてくの?」
ふいに話題が変わってしまった。もう少しアキちゃんのこと聞きたかったのに。
「え、あ、まぁ。でも読んでくれる人がいなくなったら職業としてはやってけないけどね」
文芸界は厳しい。好きでも食べていくにはほんの一握りの世界。
そのほんの一握りの片隅にいるだけでも、幸運と呼べるだろう。
「そっか……。いいね。好きなこと続けられて」
さっきまでの明るい声が急にしぼんでしまった。
「何かあったの?」
何かはあったのだろう。前のアキちゃんならこの車。……アニメのイラスト描いた車にアニメの音楽かけるなんてことは想像つかないから。
「ん……。まぁおいおい、ね。ずっとこっちにいるし、暇ならウチに来て。ね?」
「あ、うん。わかった」
幼馴染といえ、東京の学校に行ってる間は、ほとんど会話はしてないし、お互いいい歳して気兼ねなく行けるかはわからないけれど。
「いい?社交辞令じゃなくて。絶対にだよ」
「あ、うん」
念を押されて言われ、頷きとともに答えた。
「じゃ、またね。近いうちにまたね」
そう言い残して、またも爆音を鳴り響かせ夕暮れの一本道を走って行った。
……ところでアキちゃん、その車に描いた絵の名前何て言うの?
気になって仕方がなかったことが聞けなかった。
ネットの接続がおかしく、結局30分くらい書いていたものです。