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第8話 Angry Again



 ベース、古田友宏。我らが水ノ登高校軽音楽部の部長。チャラい。ベースの腕は、まあそこそこ。基本的にピック弾き。音楽はギターロックやパンク、メロコアなどを好んで聞くらしい。見た目通りチャラい音楽が好きなようだ。ベースも結構、細かいところを気にせず勢いで弾くところがある。まあそれはそれでロックなドライブ感も出てるし悪いことではない。


 次、ギターボーカル津島勝。軽音楽部の副部長をやっている。見た目は普通の真面目な高校生男子、成績も結構良いらしい。残念ながら、ギターはそこまで上手でない。歌に関しては楽器に負けない声量を持っている点は非常に評価できるが、ピッチや表現力に関してはまだまだ。好きな音楽のジャンルはポップロックやギターロック。


 んでもってドラム、坂本誠二。私の同級生で、このバンドに私を引っ張りこんだ張本人。明るい。ドラムはまあ、大して上手くはない。だがしかし私が課題で出した曲はしっかり事前に練習してくるし、素直で努力家だ。今後青春の全てをドラムに捧げるなら、大分期待の持てるドラマーに成長するだろう。



 以上の3人と、私はバンドを組むことになった。まあ本音を言えばベーシストはベースタッピングが出来たり超速ダウンピッキングができたりするやつが良かったし、ボーカルはハイトーンが出せたりデスボイスが出来たりするほうが良い。ドラムだってツーバスが基本だ。


 でもだがしかしこのメンバーもそんなに悪くはない、というのが今の私の素直な気持ちだ。というか、バンドというのが楽しくて仕方がないのだ。自分以外の誰かと同じ物を作り上げようとしていることが、合わせるごとに少しずつ曲の完成度が上がって行くのが楽しくて仕方がない。

 初めて合わせた日も、同じ曲を何度も何度も繰り返した。一人だったら退屈過ぎる曲が、バンドでやっているというだけで別物のように楽しくなるのだから不思議なものだ。


 メタラーでないメンバーを集めてきた誠二に一度は腹を立てたものの、今はメンバーを見つけてきてくれたことに感謝している。まあ、恥ずかしいのでもちろんそんなことは言えないけれど。







 私に衝撃を与えた初練習の日から数日後のことだった。


「あー、だるい……」


 2限が終わった後の休み時間、私はぐったりと机の上に突っ伏して呟いた。原因は前日の夜更かしと直前の授業の2つ。昨日の夜はギターの練習が何だかいつもよりはかどってしまって、寝るのが遅くなってしまった。そんな日はいつもなら授業なんてそっちのけで夢の世界へ直行するのだが、今日の1,2限は体育と音楽。体育はバスケットボール、音楽はリコーダー、どちらも実技で居眠りが出来なかった。


「次は、絶対寝てやる……」


 次の授業は古文、担当の城田先生は生徒の居眠りに何も言わない好人物だ。定年間近の城田先生は喋りも非常にゆっくりで内容も全く面白く無いので、生徒の半数近くは眠りに落ちる。授業が始まってたった3週間ほどでこれだけの撃墜数なのだから、1年が経つ頃には一体何人が残っていられるのだろうか。


 水ノ登高校は県内有数の進学校である。正直に言うと、入学するのは多分県内で一番難しい高校である。設立は明治時代という長い伝統を持ちながらも、生徒の自由を最大限尊重する校風を持つため部活動も盛んで学校行事も数多く存在する人気校だ。特に毎年9月に行われる学園祭にはかなり力が入れられており、二日間で数千人が訪れるという規模の大きいものだ。


 その自由な校風のせいなのか、勉強に関してはうるさく言う教師は少ない。もともと優秀な生徒が集まっているためかもしれないが、生徒は基本的に信頼されている。だから生徒ものびのびと、高校生活を楽しんでいる。まさに楽園のような学校だ。私もその雰囲気に惹かれて入学を決めた生徒の一人だったりする。



 実際に入学してみての感想だが、思った通り、いや思った以上にこの高校は緩い。



 例えば課題について。当然ながら授業では宿題が出る。問題集の数ページをノートに解いて提出するものだったり、直接書き込むドリルだったり、そう言ったものは当然ながら存在する。が、これらのほとんどは提出しなくても怒られない。教師も校風と同じく緩いのだ。


 ではそんな提出しなくても何も言われない宿題に、果たして生徒はまじめに取り組むだろうか。もちろんその答えはノー。たとえギター以外にやることのない私でも、そんなものやる気にならない。部活なんかで忙しい生徒はなおさらだろう。


 そういえば今日の古文も宿題が出ていたような気がする。


「なあ佐藤、もしかして今日の古文って宿題出てたっけ?」


 誠二は席を外していたため、空席を挟んで一つ後ろの佐藤に私は尋ねた。


「ん~、そうだっけ~?」


 佐藤は椅子の上に上靴のまましゃがんで膝を抱え込むという妙な姿勢だった。何時見てもこいつは変だ。


「まあ、別にいっか」

「そーそー、今更気づいたってどうせ間に合わないんだしさー」


 佐藤はそう言いながらヘラヘラ笑ってみせた。確かに言うとおりなので、私も宿題の事なんて忘れることにした。


 さて寝始めるかと机に伏せようとした矢先、校内放送のお馴染みのメロディーが鳴り響いた。いつもならそんなものは聞き流すのだが、今日はその放送にふと違和感を覚えた。


『サッカー部員に連絡します。ミーティングを行いますので、本日放課後16時に、多目的室3へ集まって下さい。繰り返しサッカー部員に連絡します……』


 どこかで聞き覚えのある声だ。スピーカーから流れる男の声はハリがあって滑舌も良くて、非常に聞き取りやすい。どこかでこの声、聞いたことがあるような……。


「なあ佐藤」

「んー、なーにー?」


 佐藤は虚ろな瞳で化学の教科書を眺めていた。はて、次の授業は古文だった気がするのだが……まあそれはどうでもいい。


「この声、どっかで聞いたことない?」

「この声って……あ、今の放送?」

「そうそう、どっかで聞いたことあるような気がするんだけどなあー」


 この声を私は聞いたことがある。でもそれが一体誰のものなのか、いまいちピンと来ない。


「えっ、近藤さん分かんないの?」

「分からないから聞いてるんじゃない」


 私がそう答えると、佐藤はニヤニヤと心底意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「それはそれはいけないねえ近藤さん、そんなんじゃ全然ダメ。全く愛が足りてないよ」

「はあ? 愛って、一体何が言いたいわけ?」


 私の問いに佐藤は答えず、ただ性格の悪そうな笑顔で私の顔と目の前の空席へチラチラ交互に視線を送った。

 最初はその意味が分からなかった。だがしかし佐藤の目線と、


『……蔵書の整理を行いますので、明日昼休み、図書室に集まって下さい』


 スピーカーから流れる声を聞いて、一つの推測にたどり着いた。


「もしかしてこの声って……」


 嫌な予感を感じながら佐藤に私は問いかけた。


「そうです大正解! 坂本は放送部に所属してるのです! もしかして知らなかった?」


 眠気を吹っ飛ばす怒りが、私の中に芽生えた瞬間だった。




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