第6話 Monkey Business
結論から言うと、誠二はメンバーを集めることができた。それは良かった、まずは一安心。ドラムとギターだけのバンドというのは存在しないわけではないが、格好がつかないし私のやりたい音楽ではない。
集まったのはギターボーカルと、ベース。それは良い、それは良いのだが。
「……誠二、あんたあたしの言ったこと聞いてた?」
「無茶言うなって。メタラーなんて居なかったんだよ」
「……ファック」
こいつは私の掲げた条件のひつである『メタルが好きな奴』というのを思いっきり無視してきた。
それでこいつが集めてきたのが、
「お、ヘビメタちゃんじゃんか。よろしくね~」
ミーティングに居たチャラチャラした軽音部の部長と、
「よろしく……」
とても大人しそうな副部長だった。そして現在私たちは、放課後の空き教室で顔合わせをしている。
「ヘビメタじゃない、ヘヴィ・メタルです、訂正して下さい!!」
ミーティングでの自己紹介の滑りっぷりを思い出して、私は頬が赤くなるのを感じた。あの自己紹介のせいで私のアダ名は「ヘビメタちゃん」か、ふざけている。
「まあまあ奈緒、落ち着けって」
「落ち着いてられるわけ無いでしょ! これは大事なことなの」
誠二のやつは、全然分かっていない。ヘビメタなんて俗称は許していい言葉では無いというのに。
「ハハハ、取り敢えず自己紹介な。俺はベースの古田友宏。まあ、この前のミーティングで会ってるけど一応ね」
私の主張に構うことはなく、軽薄そうな方は自己紹介を始めた。話を聞け、この脳みそ空っぽ野郎。部長は、この学校にしては珍しく頭を金色に染めていた。いやもしかすると染めたのではなく、その内面の軽薄さが髪ににじみ出ているのではないだろうか。何て、そんなことを思うほどこの男はチャラチャラしていた。
「津島勝、ギターボーカル。二人共よろしくね」
軽薄な部長と対照的に、副部長の津島先輩は非常に普通だった。髪型も、髪色も普通。顔は前髪が長くてあまり見えない。こんなのがボーカルで大丈夫なのだろうか。もっとこう、ボーカルっていうのはカリスマ性というかオーラみたいなものがあるのが理想なのだ。何と言ってもボーカルはバンドの顔だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
誠二は元気に二人に向かって頭を下げた。
「…………よろしくです」
不安や不満は残るけれども、それでもやっと揃ったバンドメンバーだ。いずれ踏み台にするにしても、そこまではしっかり利用して行かなければならない。だからここは、ぐっと我慢だ。
「なあ、奈緒」
その日の帰り道は誠二と一緒になった。今日初めて知ったが、こいつは私と最寄り駅が同じらしい。まあそれならわざわざ別々に帰る必要もない。
「ん、何?」
「メンバー、不満だったか?」
不機嫌な私に気がついたのか、誠二はそんなことを言ってきた。
「……まあ、そこそこね」
メタラーじゃないし、一人はチャラチャラしてるしもう一人は何か普通すぎるし。この私が初めてのバンドを組むメンバーなのだから、もっと凄い奴らがいいという気持ちもある。理想を言うならコウモリをステージ上で食べるボーカリストとか、ソックスで局部を覆う以外全裸のベーシストとか、そのくらいのインパクトは欲しい。まあ、あくまでも理想にすぎないけど。
「そっか」
「でもあんた、どうやってあの先輩たちバンドに引き入れたわけ?」
そういえば私は誠二から、どうやって彼らを誘ったのかを聞いていなかった。
「ん~……まあ、タイミングが良かったっていうかさ、ちょうど前のバンドのメンバーをクビにしたとこだったらしくて」
「ふ~ん」
そこに上手くつけ込んだというところか。なるほど確かに運が良かったみたいだ。
「でもさあ誠二、やる曲がさあ」
私達のバンドで最初にやることになった曲はザ・ピロウズの『バビロン天使の詩』。特徴的なギターリフやドライブ感のあるサビの、ピロウズの代表曲と言っていいだろう。
「いい曲じゃないか? 俺今日初めて聞いたけど、ああいうの好きだぞ」
確かに私も嫌いではない。嫌いではないのだが、
「簡単過ぎるっていうか、目を瞑ってでも弾けるっていうか」
難易度が低すぎるのが問題なのだ。あの曲は大したソロもないし、変拍子も転調もない。
「そういうことか……」
「私はもっと難しくて忙しくて、目立つソロがある曲がやりたいっていうかさあー」
正直、こんな曲ばかりでは私のやる気が起きない。演奏中に眠ってしまいそうだ。
まあこんなことを言ってもしかたがないことは分かっている。今はひとまずバンドを組めたことを喜ぶべきで、自分のワガママを言っている場合ではないのだ。
「…………よし、分かった。そしたらこうしよう」
しばらく黙って私の隣を歩いていた誠二が、唐突に口を開いた。
「奈緒がやりたい音楽には、俺が付いて行く」
「は?」
こいつの言っていることが、私には理解できなかった。
「奈緒がやりたい曲があるなら俺が付き合うよ。ライブでやるっていうのはメンバーが揃わないから無理だけど、この前のディープ・パープルみたいにスタジオで合わせるくらいならいくらでもやってやる」
彼の言っていることはつまり、私のワガママに付き合ってくれるということなのだろうか。同志のいない私の音楽趣味に合わせてくれるということなのだろうか。
「ほ、本当に?」
「ああ、バンドは俺が頼み込んで一緒にやってもらうわけだし」
私の問いに彼は事も無げにそう答えた。
「どんなのでも良いの?」
「お、おう。俺に出来る限りは」
「ネオクラでも、メロスピでも、スラッシュでも?」
「いやお前の挙げたジャンルがどういうのかは全然分かんねえけど!」
「は、ははは……やった」
私がこいつと、あの先輩たちとバンドをやれば、こいつは私とヘヴィ・メタルをやってくれるということだ。なんという幸運だろうか。
「よし! そうだな~、まずは何がいいかな……」
いきなり速いのとか難しいのはこいつでは叩けない。この前のディープ・パープルが多分誠二のギリギリ一杯だ。それと同じくらい、それよりちょっと難しいくらいの曲は何だろうか。いや、ここはひとまず違うタイプの曲をやらせてみてもいいかもしれない。今後のためにもう少しこいつの力量を把握しておきたい。
「お、お手柔らかにおねがいしますね?」
「ううん……いっそプログレとかやらせてみてもいいかも。流石に厳しいかな? いや、簡単目の変拍子でも慣れさせるのは大事だし……」
「お~い、聞いてるか?」
「でもプログレなんて基礎がしっかりしてないと駄目だし。……う~ん、そしたらスキッド・ロウとか? ねえ誠二、どう思う?」
「いや、どう思うって言われてもなあ……」
この後の帰り道で私はずっと、そんなことを考えていたのであった。
そういえば男子と一緒に下校するなんてこの時が初めてだったのだけれど、頭のなかが重金属で一杯の私はそんなことには一切気が付かなかった。