第5話 Painkiller
それから私は誠二を避ける事を止めた。というかむしろ積極的に関わっていくことにした。
「おはよう、誠二」
「おう、おはよう!」
朝からこいつは元気だ。こいつには悩みとか無いんだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
「はい、これ」
私が誠二に手渡したのは数枚のCD。目玉はアルカトラズのアルバム『NO PAROLE FROM ROCK N ROLL 』。これは私の尊敬するギタリストであるイングヴェイマルムスティーンの参加しているバンドだ。あとはジューダス・プリーストとかソナタとかのアルバムを渡した。
「ん? 何だよこれ」
イングヴェイは様々なバンドを、ミュージシャンを踏み台にしてのし上がった男だ。私も誠二を踏み台にしてのし上がるつもりだが、踏み台になるためにはそれなりのレベルに達して貰わないと困る。
「これ聞いて、ちょっとは勉強しなさい」
「お、おう……」
だから私はこいつに積極的に関わろうと決めた。私の目的のために、この男は最大限利用させて貰おう。
「ありがとな、奈緒」
そんな私の意図を知る由もなく、誠二は嬉しそうに言った。ふん、せいぜい私の明るい未来の為に努力するのだ。
「あれ~坂本、もしかして近藤さん口説き落とせたの~?」
誠二の後ろの席から、間延びした緊張感のない声が聞こえてきた。すぐに視界にひょろ長い男の姿が飛び込んできた。ええと、こいつは誰だったか。
「おう、夏彦おはよう。もうバッチリだぜ!」
ああそうだ、こいつは佐藤夏彦だ。出席番号は誠二の一つ後だからすぐ後ろの席になるのか。
「そうなんだ~凄いね~」
本当に凄いと思っているのか居ないのか、そんな適当な言葉を発しながら佐藤は自分の席についた。いつでもふにゃふにゃしている変な奴だ。
「別に私は誠二に口説き落とされた訳じゃ」
「えー、でも二人共名前で呼び合ってるし。近藤さん坂本に落とされちゃったんじゃないの? 身も心も」
ニヤニヤしながら佐藤は言った。うわ、きっとこいつ性格悪いぞ。
「み、身も心もって、んなことあるわけ無いでしょ!? ただ一緒にバンドやるってだけで」
「ふ~ん。……ふわぁ……じゃあ、おやすみ」
「ちょっと、最後まで聞きなさいよ!」
佐藤は机に突っ伏して、すぐに寝息を立て始めた。
「……誠二、こいつ何なのよ」
「ははは、面白いよなあ夏彦」
相変わらずこいつはお気楽だ。私は佐藤みたいな男は苦手だ。ふにゃふにゃしてて、何を考えているのか全く分からない。
「んで、誠二。メンバーは見つかりそうなの?」
「あー、うん、まあ、多分」
「はあ……」
これまた頼りない発言だ。恐らくメンバーの目処すら立っていないのだろう。
このままでは踏み台すら成立しなさそうだ。先行きは相変わらず暗い。
「大丈夫、大丈夫、何とかするって!」
朝から苦手なタイプの佐藤と会話したり、誠二の頼りにならなかったりで、少々頭が痛かった。
とにかくメンバーが見つかれば、バンドが動き出せば、きっとこの頭痛も消えてくれるのだろう。
だから頼むぞ誠二。早く鎮痛剤を見つけ出してくれ。
「……なんて、他力本願過ぎるか」
私も出来る限りのことはしよう、そう思った。