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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第38話 Serpent Eve

 三回目のライブでの、三回目のリハーサル。流石にもう緊張はしない。まあ、PAの松田さんが何を考えているか良く分からない表情でいきなり演奏中にステージにぬっと上ってくると、少しだけドキッとしてしまうのだけれど。先輩達曰く、あれはステージの中音のバランスを確かめているのだ、とのことだったはずだ。何も言わずにすぐ近くで立っているのは不気味なので正直やめて欲しいが、必要な作業ならば仕方がない。


 今回のリハーサルも、中音のバランスに関してはよく分からなかったが、特につつがなく終了した。メンバーの調子も悪くなさそうだし、今日のライブはいい出来になるかもしれない。


「……ねえ君、いくつなの?」


 ステージからフロアに降りて、機材の整理をしていると、私はいきなりそう話しかけられた。声の方を向くと、問いかけてきたのは誠二と先ほど盛り上がっていたあのSMKというツアバンの陰気な男だった。

 その目つきで女子に向かってそんな質問をするのが、少しだけ不審者っぽくて引いてしまったが、無視するのも失礼だと思うので素直に答えてみる。


「今年で、十六ですけど……」

「ってことは今は十五歳で高校一年生?」

「ええ、まあ……」


 何だ、どうしてそんなに私の年齢が気になるんだ。援助交際か。そんなものはお断りだぞ。


「っかー……いいなあ、俺も十五の時からそんなにギター弾けてたたらなあ……」

「は?」


 陰気な眼鏡男は、いきなり額に手を当てて天井を仰いだ。


「俺の十五の頃より百倍は上手いじゃん、羨ましい……」

「はあ……どうも」


 私は今、褒められているということでいいのだろうか。相手の雰囲気が褒めているとは思えないほど暗いから、どう反応したらいいか分からない。


「ピロウズとかのコピーやってるみたいだけど、そういうのが好きなの? 俺もピロウズ結構好きなんだよね」

「……私以外のメンバーは好きみたいですね」


 社交性のある人間ならここで同調してみたりするんだろうが、あいにく私はそういった類の人間ではない。なので正直に答えた。


「あれ、それじゃ君はどんな音楽が好きなの?」

「メタルです。ヘヴィ・メタルです」


 さて、ピロウズなどのギターロック好きには大抵こう言うとドン引きされるわけだが、この人は私のこの発言にどう反応してくれるのだろうか。


「へー、メタルかぁ……道理で、ギターも上手いわけだよ」


 何と、この人はドン引きするでもなく、素直に関心を示してくれた。予想外の反応に、私はしばし言葉を失う。


「やっぱメタル出身の人って、全体的にテクニックが凄いよね」


 苦笑いもせずにメタルに理解を示してくれる人なんて、そうそういない。


 はっ、もしかしてこの人もメタラーなのではないだろうか。このSMKというバンドも、ガッチガチのメタルバンドなのではないだろうか。思えばこの雰囲気の暗さや身にまとうオーラの重さは、どことなくドゥームメタルっぽい。この死んだ目はこの世の破滅や終末を望んでいるが故の暗さなのか。今着ているパーカーの下にはカテドラルのTシャツを着ていたりするのではないだろうか。ギターは二音半下げのダウンチューニングにしているとかそういうことは――


「ま、俺はメタルとかは全然通って来なかったんだけどね」

「……ですよね」


 ――まあ、案の定果たしてなかった訳だ。そこまで私にとって都合よく世の中は動いてくれないらしい。ファック。


「ああ、ギター辞めたくなってきたわ……」

「え、いや、あの……」


 何やら、本気で落ち込み始めてしまったようで、私にはどうしていいか分からない。慰めでもしたほうがいいのだろうか。いや、下手な慰めなんかは反感を買うかもしれない。では、曖昧に笑って流したほうがいいのか。いや、そんなことをしても適当な奴と思われるだろうか。私の事を褒めてくれた相手なのだし、出来るだけ悪い印象は抱かせたくはない。糞、こんな時自分の対人スキルの低さが悔やまれる。


「おーい、風岡。リハ始まるぞー」

「ああ、分かった。今行くよ」


 と、私が散々迷っている内に、会話の相手はとっととリハーサルに向かってしまった。どうやら風岡さんというらしい。抱えているギターは水色のストラトキャスターで、その人格とは合わない爽やかなカラーリングが印象的だった。










 他のバンドのリハーサル、顔合わせと順調に終了して会場がオープンした。客も呼んでいない私にとっては手持ち無沙汰な時間だ。楽屋に引き篭もってギターを弾きこんでいるのもいいかもしれないが、出演者全員で共用の楽屋なのでそこを占領するのも気が引ける。出番直前のバンドに使用を優先させるのが暗黙のルールとなっているのだ。


 販売するCDやグッズなどがあれば物販スペースを設置してそこに陣取っていることもできるのだが、残念ながら私達のバンドに販売できるものなどない。いつかはCDやステッカー、Tシャツなんかの販売を行ってみたいものだ。


 と、いう訳でいつもの如く私はフロアの壁に寄りかかって、入場してくる客の様子を眺めていた。


 今日の出演者に地元の社会人バンドもいたからか、平日の客層よりも少し平均年齢が高めな気がした。

 客の中に見知った姿は当然居ないと、思ったところで入り口の防音扉を開いて一人の男が姿を表した。

 強靭な体躯に腰まで届く垂れ流しの黒い長髪、薄暗いライブハウスの中を見つめるその目は細く、そして鋭い。黒いシャツにジーンズを身にまとい、威風堂々とフロアを歩く。

 周囲とは明らかに異なるイケメンオーラを纏ったその男と目が合うと、男は若干その表情を緩ませて私に歩み寄ってきた。


「あ、近藤さん。お疲れ様」

「ハーマ……いや、早川じゃないか」


 私に声をかけてきたのはLily Gardenのギタリストである、ハーマ……いやハーヤンこと早川だった。いけないいけない、突然登場したハーヤンに動揺して、危うく呼び方を間違えるところだった。


「早川、今日はどうしたの? ブラジリアン柔術の練習は大丈夫なの?」

「坂本君に呼ばれたんだ。……で、ブラジリアン柔術って何のこと?」

「ああ、それはこっちの話だから気にしないで」

「う、うん。なんかよく分かんないけど、分かった」


 そう言いながらハーヤンはイケメンスマイルを披露した。いつの間に誠二はライブに呼ぶほどハーヤンと仲良くなったのだろうか。全く油断ならないやつだな。


「ところで、今日の対バンはどんな感じ? 凄いバンドとかはいた?」

「うーん……まあ、リハーサルを見る限り、ギターは私が一番上手いと思ったけど」

「ははは、近藤さんは流石だね」

「あ、でも私達の出番の一つ後のSMKってツアーバンドはちょっと注目かも」


 あの陰気な風岡さんという男の率いるSMKというバンドは、ギターボーカル、ベース、ドラムというシンプルな構成のバンドだった。わざわざツアーで回っているバンドだけあって、演奏はカッチリしていて完成度も高かった。


「へえ、どんなバンドなの?」

「そうねえ……一言で言うなら面白いバンドって感じかな。ジャンル的にはギターロックに分類されると思う。ポップなんだけどどこか暗いというか、そういう曲をやるバンドだったわ」


 自然破壊を嘆く歌を明るい曲調で歌ったり、友達がいないというような内容の曲を小気味よく高いテンションで演奏したり、なぜだかその世界観に引き込まれるような面白いバンドだった。売れるのか、大衆ウケするのかと言われると微妙なところではあると思うが。


「ギターも丁寧に弾いてたし、結構上手だったから勉強になったわ。音作りも丁寧だったし、エフェクターの使い方も面白かった。三人のバンドだと音数が少なくなるからだろうけど、曲中にループステーションを使ったりなんかしてね」

「ループかぁ、面白そうだし俺も買ってみようかな」

「ループ単体のエフェクターを買うのも良いけど、ディレイとか他の機能も一緒に付いてる奴を買うのもアリかもね」

「ああ、ラインシックスのやつとか? でもあれちょっとデカイし電源必要だし」


 へえ、ハーヤンの奴、結構機材に関して詳しいじゃないか。ちょっと見なおしたぞ。マサル先輩も一応ギタリストだけれど、そこまで機材には詳しくないので、こうやって機材の話ができる相手というのは貴重だ。


「でもループってバンドで使おうとすると合わせるの大変じゃない?」

「そこはやっぱりバンドの実力なんでしょうね。主にリズム隊。誠二にもあれくらいは出来るようになってほしいわね。あいつはまだ全然ダメね。練習が足りない、そしてメタル筋も足りない」


 一定のリズムに合わせてテンポをキープする、基本的なことだけれどバンド全体、全員がそれを一斉に行うというのは中々難しい。特にドラムはバンドの中核だ、ここが一番しっかりしていなければならない。


「……やっぱり近藤さんって、坂本くんに厳しいんだね」

「やっぱりって何よ、やっぱりって」

「坂本くんって俺らの学年の中では、結構上手い部類に入ると思うんだよね」

「え、そうかなあ……」


 まだまだあいつは上手いというレベルには達していないと私は思っている。油断するとすぐにコケたりもたったりするし、四つ打ちという基本的なリズムで苦戦したりするし、難しいフィルインなんかは全然叩けない。正直、いまいちとしか言いようがないレベルだ。


「そうだよ、同い年のドラマーってもっと酷いのが多いよ? ライブなんか出来ないほどグチャグチャな奴も結構いる」


 しかしハーヤンはそれに反論してきた。私達の歳の他のドラマーはそこまで悲惨なのだろうか。


「でもほら、田上はまともだったじゃない?」

「あー、そうだね。田上くんは結構上手いよ。あれでもうちょっと練習も真面目だったらねえ……」


 ハーヤンは何故だか遠い目をしてそう言った。他のバンドも、何だかそれぞれ大変みたいだ。深く突っ込むのはやめておこう。


「ともかく、坂本くんは今でも結構上手いし、それに練習熱心だしね。もう少し認めてあげてもいんじゃない?」

「練習熱心? どうして早川がそう思うの?」


 確かに私は誠二が苦労しながらも課題に取り組んでいるのを知っている。その点では練習熱心と言ってもいいとは思うのだが、しかし早川はどうして誠二に対してその評価を下したのだろうか。


「僕、写真部に入ってて、土日にも結構部室棟行くんだけどさ、その度よく坂本くんが一人で練習してるの見るんだよね」

「……へえ、そうなんだ」

「うん、バンドの足を引っ張ってるのは自分だから頑張らないと、って」

「……へえ、そうなんだ。さて、早川、私ちょっと楽屋で本番の準備してくるわね。また後で」

「お疲れ様。また後でね」


 何となく、楽屋に足を向ける。確か誠二はさっきまで楽屋にいたはずだ。別に、労ってやろうとかそういう意図はない。ただまあ、厳しくし過ぎるとやる気をなくしてしまったりするかもしれないし、本番で思わぬミスをしてしまうかもしれない。だから、たまには、少しくらいは優しい言葉をかけてやってもいいのかもしれないと思う。それくらいは、うん、いいだろう。


 でも、どんな言葉をかけてやればいいだろうか。楽屋とフロアを隔てる防音扉に手をかけてから、ふとそんなことが頭をよぎった。お疲れ様、ぐらいでは漠然としすぎてて上手く伝わらないだろうけれど、あまり具体的な言葉を使いたくはない。恥かしいし。

 まあ、取り敢えずは会話の流れで、出たとこ勝負で何となく自然に褒めてやったらいいだろう。あまり扉の前に長く突っ立ていると不自然に思われるし、さっさと中に入ることにした。


「お疲れ様でーす」


 特定の誰かに言うでもないけれど、お決まりのフレーズを口にしながら私は楽屋の中へ入った。

 誠二は他のバンドの人と話をしているようで、楽屋へ入ってきた私には気が付いていないようだった。どうしようかと思いながら、私は少し離れた位置に腰掛けた。狭い楽屋なので離れたと言っても数メートル、会話内容はハッキリ聞こえてきた。


「へ~、そうなんだ。同い年だから仲良くキャピキャピバンドやってるのかと思ったけど」

「まっさか、んなことある訳ないじゃないっすか、風岡さん。本当にそういう生温いものじゃないんですよ」


 話し相手は先ほど私も話したSMKの風岡さんのようだ。さて、一体何を話しているのだろうか。


「練習中も俺がミスするたびに睨んでくるし……いや、まあミスする俺が悪いんですけどね。でも、プレッシャー半端無いんですよ」


 練習中にミスすると睨む、ねえ。


「ははは、確かにメンバーに一人だけ突出して上手いのがいると大変だよねえ」

「今日のライブもいつの間にかワンミスごとに罰金って状況になってたし、チャー定奢らされるし、酷いんですってば」


 ワンミスごとに罰金、ねえ。


「もうマジで鬼ですね、悪魔ですね」


 鬼、悪魔、ねえ。


「いや、あいつは鬼や悪魔という言葉すら足りない、もっと」

「やあやあ誠二君、何だかとっても楽しそうなお話をしてるわねえ」

「邪悪な何かで――なーんて、それはちょっと言いすぎですよね。小悪魔的なところがある、とっても素敵な女の子だと僕は常々思ってるんです。可愛らしい上にギターも凄く上手い彼女と一緒にバンドが出来て、とっても幸せなんです」

「私もとっても練習熱心で上手なドラムと組めて嬉しいと常々思ってるわ。今日の演奏も期待してるわね」

「は、ははは……身に余る光栄です。今日も張り切って頑張ります……」


 結果的に、会話の流れで誠二を自然に褒めてやることは出来た。

 まあ、目標を果たしたことに対する達成感は微塵もなく、心の中に残ったのは沸々と湧き上がる怒りだけだったのだけれど。


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