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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第36話 Heavy Metal Machine

 面倒な化学の実験が終わった後の休み時間、私は歩きながら誠二に昼休みのことを話した。


「へ? 俺の姉ちゃんに会った?」


 誠二はまさに鳩が豆鉄砲を食ったような表情で問い返してきた。


「そう、偶然ね。私も驚いたわ。まさかあんなところで会うとは思ってなかった、っていうかあんたに姉弟がいるのも、同じ高校に通ってるなんてのも知らなかった」

「あー、そっか。言ってなかったか」

「……まあ、別に私も今まで自分から聞いたこともなかったしね」


 友人の家族構成なんてよっぽど親密な付き合いをしていない限り、特に機会がなければ尋ねない情報だ。知らなくたって無理はない。


「しかっし、あの人って誠二に全然似てないのね」

「へえ、どの辺でそう思ったんだ?」


 真面目そうで知的な雰囲気、これらが誠二とは決定的に違った。私の見る限り、誠二はそういった落ち着いているタイプではなくて、もっとエネルギーに満ち溢れている人間だ。どこか抜けているようなところもあるし、ああいった隙のない人とは人間の種類が全く異なっているといっていいだろう。そういったことを長々と説明するのも面倒なので、


「あんたの方が、頭悪そうだ」


 私はこの一言で片付けることにした。


「ハッキリ言うなあ……まあ、否定は出来ないけどな。高校に入ってからの俺の成績は散々だし」

「うん、それは知ってる」

「ちなみに俺もお前の成績が悲惨なことはよーく知ってるんだからな」

「今は私の話は関係ないでしょうが、ファック」


 隣を歩く誠二の足を軽く蹴る。



 その後誠二は、姉である一希さんのことについて幾つか教えてくれた。成績優秀で生徒会の書記をやっているということ、それともう引退したが茶道部の部長もやっていたということだった。


「……なんじゃそれ、本当にあんたとは正反対の人ね。もしかして趣味は読書?」

「おう、そうだな。家でも暇さえあれば本読んでるよ。よく分かったな」


 適当に言ったありがちな趣味まで正解してしまうとは、類型的な優等生じゃないか。どうして弟はこうなってしまったのか。成績も大したことないし、運動神経も皆無、容姿だってパッとしない。ひょっとして反動だろうか。ならば仕方がないな、うん。


「おい、何だよその可哀想なものを見る目は」

「出がらしのお茶っ葉だって、消臭剤とか肥料として立派に世の中の役に立つんだよ、誠二。前向きに生きていきましょう?」

「……お前すんげえ失礼なこと言うのな。で、そういう奈緒は兄弟いるのか?」

「ああ、弟が一人いる。中二」

「ふーんそうなのか。弟もメタラーなの?」

「いや、あいつはセンスが無いからな。メタルの良さが分かんないらしい。可哀想な事に、毎日不毛な球蹴り遊びに夢中になってる」

「不毛な球蹴り遊びって……ああ、サッカーのことか」

「そう、全く何がそんなに楽しいのか理解に苦しむわ」


 残念ながら姉の天才的な音楽の才能は、弟である翼には発現しなかったらしい。ああ、そう考えると私のところも、誠二と一希さんの関係と同じなのではないだろうか。


「ねえ誠二、弟って哀れな存在なのね。全ての才能や生きていく上で重要な能力を姉に奪われてしまっているんだから。うん、そうね。私の弟にも誠二にも、もう少し優しくしてあげてもいいのかもしれないわね」

「お前は今の発言で、全世界の弟という存在を敵に回しているわけだが」


 そんな話をしながら校舎内を歩き、一年生のフロアまで辿り着いた。



 賑わう廊下の中、基本的に二種類の制服姿しかない中に、他と同じ制服を着ているのにまるでオーラが違う一人の女生徒が向こうから歩いてきた。

 学年一のブッチギリの美少女である、桃瀬姫子だった。その嘘みたいに整った容姿と独特の存在感は、嫌でも周囲の視線を集めてしまう。彼女とすれ違った生徒たちは皆、その後姿を目で追っていた。

 ゆるく巻かれた黒髪は今日も輝いているし、真っ白なその肌にだって一点の曇りもない。ただ教科書とノートを抱えて歩いているだけなのに、何だか特別な動作に見えてしまう。ファンタジーに登場するお姫様がお城の廊下を歩いているような、そんな錯覚すら覚えてしまうほどだ。


 そんな浮き世離れした彼女に気安く話しかけることなんて普通の人間には出来なくて――


「お、桃瀬さんお疲れー、教室移動?」


 ――でも、私の隣を歩いている坂本誠二という男は普通の人間では無かったようで、全く気負った様子もなく桃瀬姫子に声をかけた。


「ええ、それじゃ」

「おっす」


 二人のやりとりはそれだけで終わって、桃瀬姫子は颯爽と廊下を進んでいった。私はすれ違った後も、その後ろ姿を呆然と眺めていた。


「…………ね、ねえ誠二」


 彼女が角を曲がって見えなくなってから、私は誠二に恐る恐る尋ねた。


「ん、どした?」

「知り合いなの?」

「誰と?」

「そ、そんなの桃瀬姫子とに決まってるでしょうが!」

「そうだけど? 何焦ってんだ?」


 うろたえる私とは対照的に、誠二はごく普通に言い放った。


「だって、あんたとあのお姫様のどこに接点があんのよ?」

「放送部だよ、桃瀬さんも部員なんだ」

「へ、へ~、そうだったの……」


 同じ部活の部員ということか。なるほど、それなら納得がいく。それ以外の理由で彼女みたいな存在と誠二が係る要素なんて微塵も想像がつかない。


「……仲、良いの?」


 それでも、一応聞いておく。仲が良いなんていう可能性は全く考えられないけれど、一応確認だけしておこうと思う。


「うーん、仲良いってわけじゃないなあ。桃瀬さんとはいつもさっきみたいな感じでさ、碌に会話続いた試しがないんだよね」

「ははは……ふぅ、やっぱそうよねえ、誠二じゃあそんなところよねえ」

 やはり思ったとおりだ。この男ではそんな所がせいぜいだろう。全くこの野郎、びっくりさせやがって。

「何だそれ?」

「何でもないのよ、何でもいいのよ。あっはっは」

「はあ、そうっすか」

「んーっ、何か次の授業はゆっくり寝られる気がするわ」


 ゆっくり眠っていい夢を見て、放課後の練習に備えよう、そう思った。

















「……さーて、誠二君。いよいよライブまであと一週間を切ったわけだが」


 土日を越えて週の頭の月曜日、今日は先輩たちは用事があるとかで放課後の全体練習はなし。部室で誠二と二人で練習をしている。


「そ、そーですね。迫ってますね……」


 現在の状況は、今回のライブで追加した新曲を二人で合わせてみたところだ。


「そう、迫ってるんだよねえ」


 そしてここで顕在化した問題。ライブが迫っているというのに、


「そうですねえ……」


 だというのに、誠二は、


「てめえ、全く状況改善してねえじゃねえか馬っ鹿野郎ぉぉぉ!!!」


 怒りに任せてクラッシュシンバルを素手で思いっきり叩く。全く四つ打ちのコレジャナイ感を克服出来て居なかったのだ。


「いや、その、申し訳な……っておい、手大丈夫か」

「うるさい、大丈夫だボケ! 人の心配より自分の心配しやがれってんだ!」


 本当はかなり痛くて涙目になってしまっているけど、素手で叩いたことを後悔しているけど、でもそんなことを気にしている場合ではないのだ。問題は差し迫った本番に向けた準備なのだ。


「とにかく、四つ打ちに関しては対策が必要ね」

「……ああ、そうだな。でも、正直どんな対策を取ればいいか全く思いつかなくってさあ……。何か考えつくか?」


 私にそう尋ねる誠二の表情は疲れきった影のあるもので、彼自身も試行錯誤をしていることが窺えた。んなもん自分で考えろやファック、とそんな誠二を強く突き放すようなことも言えず、


「そうねえ……」


 私も何か役に立ちそうなアドバイスが出来ないものかと考えてみる。

 四つ打ち、ねえ。正直ダンスミュージックなんてのは趣味じゃないから、あまり聞かない。だから今回のリズム問題については、私にもすぐに解決策が思いつかなかった。


「うーん……」

「あー……」


 しばらく、二人して黙って考えこむ。中々答えは出ない。しかし、真夏を間近に控えた部室の中は暑い。汗が止まらない。


「はあ、暑いわね……」

「……だな」


 遠くで吹奏楽部の金管楽器のロングトーンの音が聞こえた。同じ音楽系の部活なのに私達軽音はこの空調もないボロ部室、吹奏楽部は本校舎の立派な音楽室、ちなみに空調有り。何なんだ、この待遇の差は。ああ、何かそんなことを腹が立ってきた。


「ムカツク……」

「は? 何だいきなり?」

「……何でもないわよ」


 暑さのあまり思考が逸れてしまった、気をつけなければ。リズムの問題だ、決して部活間の格差にまつわる問題ではない。


 バスドラムを四つ打ちの、ハイハットを裏拍でオープンするダンスミュージック、ポップスなどで使用されるポピュラーなリズム。現在誠二の目の前に壁として立ちふさがっているのはそれだ。良く耳にするありふれたパターンだ。しかし誠二が叩くと、何だかいつも耳にしているそれとは、感じが違う。どこに違いがあるというのだろうか。

 以前スーパーノヴァをやったときに苦戦した2ビートの方がよっぽど難しいと思うのに、何故ここで躓くのだろうか。私にはさっぱりわからない。


「……四つ打ちなんて、リズムマシーンにも標準装備されてる何てことはない単純なやつなんだけどなあ」

「リズムマシーン、ねえ……はっ! 分かったぞ奈緒!」


 私の言葉に、誠二は何かを思いついたのか目を見開いて言った。


「機械、機械だったんだよ俺に足りなかったのは!」

「は?」

「機械っぽさ、マシーン感、それを出せれば良かったんだ!」


 なるほど、そういうことだったのか。確かに四つ打ちは人の手で演奏されるより打ち込みで表現されることのほうが多い。均一な音色と、ブレることのない音量、崩れないビート。誠二に足りないのはそれだったということか。この朦朧としそうな暑さの中、誠二は答えに辿り着いたらしい。やるじゃないか。


「よし、じゃあ誠二、ここからは機械っぽさを意識して練習だ!」

「よし、じゃあここからは機械っぽく行こう! ウィーン、ガシャン、ソレデハ、奈緒サン、演奏ヲ、始メマス。準備ハ、イイデスカ」


 なるほどなるほど、やるじゃないか誠二、演奏だけじゃなくて形から機械っぽさに入っていくわけだな。こいつは天才的なかもしれないな。よし、私もやってみよう。


「準備ハ、大丈夫デス、始メルゾ、ファック」

「デハ、イキマス」


 そうして私達は練習を再開した。


 この時点で気がつくべきだった。暑さのあまり、私達は二人共ちょっとおかしくなっていたということに。








 演奏が終わった。


「奈緒サン、今ノドウデシタカ?」

「マダマダ、機械ッポサガ、足エリナイト思イマス」

「ソウデスカ、デハ、モウイ一度、ヤリマショウ、ウィーンガシャン、ウィーン」


 私達ハ演奏ヲ始メタ。







 演奏ガ、終ワッタ。


「奈緒サン、今ノドウデシタカ?」

「解析中……少々オ待チクダサイ……」

「ハイ」

「ガガガ、ピー。解析終了シマシタ、モウ少シ音色ヲ安定サセテクダサイ。マタ、サビニ入ル部分ノフィルイント、ソノ後ノリズムガ不安定ニナリガチナノデ、注意シテクダサイ」

「ガリガリガガガガ……ピコン。インプット、完了シマシタ。モウイチドハジメショウ」


 私達ハエンソウヲ始メタ。











 モウナンカイメカワカラナイエンソウガオワッタ。


「ウィーン、ナオサン、イマノドウデシタカ?」

「ガシャンガシャン、プシュー。イマノハ、スコシハヨカッタトオモイマス」

「ピロピロピー。ウレシイデス、ソレデハモウイッカイヤリマショウ」


 ワタシタチハエンソウヲハジ――


「……ねえ二人共、何やってんの? 用事が早めに終わったから様子を見にきたんだけど」

「マサルセンパイ、オツカレサマデス。コレハ、キカイッポサヲダストイウ、セイジガオモイツイタ、カッキテキナレンシュウホウホウデス」

「ソウナノデス、コウスルコトデ、ヨツウチノ、コレジャナイカンヲ、ナクスノデス」

「……ちょっと一回窓開けようか。あと何か飲み物買ってくるね」

「ネンリョウノホジュウデスカ、アリガトウゴザイマス。ウィーン、ペコリ」

「レイキャクカイシ、マドヲヒラキマス、ガラガラガラガラ」


 私達が自らの行為の馬鹿らしさと恥ずかしさを実感したのは、マサル先輩が買ってきてくれたスポーツドリンクを飲み終わった後だった。


 今日の教訓、夏場の部室での練習は適度に換気や水分補給などの休憩を取るようにしましょう。でないと思考までもが鈍り、こんな馬鹿なことをしでかしてしまいます。


熱中症、ダメ、絶対。



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