第35話 Girlfriend
教室、朝、眠い、だるい。今日は次のライブに備えた誠二との朝練もあったので尚更だ。
「あ、そうだ奈緒、これ」
そろそろ充電タイムとするかと机に顔を伏せかけたところで、誠二が私の背中をたたき、振り返ると数枚のCDケースを突きつけられた。
「……何これ?」
「この前話したロストワールドの音源」
そういえばこの間、誠二の好きなバンドのCDを貸してもらう、そんな話をしていたような気がする。
「奈緒の好みにヒットするかは分かんないけど、取り敢えず聞いてみてくれよ」
そう言うと誠二はさっさと、一限の授業の準備に取り掛かった。
「……ああ、ありがとう」
「おう」
一応お礼を言うと誠二は机の中をごそごそと探りながら、こちらを見ずに声だけでそう答えた。
ふと、気付く。今まで誠二に勉強のためだとか、課題曲だとかと称して私のCDを貸したことはあったけれど、誠二から借りたのは初めてだった。友人とCDの貸し借り、という奴だろうか。
「ふーん……」
手元のCDのジャケットを何となく眺める。窓から差し込む朝の光をケースの表面が反射して、少し眩しい。一枚目のジャケットの写真は黒を中心としたものでもなく、ドクロも描かれておらず、炎も噴射されていない、どこかの街の風景と空だった。まあ、多分私の好みには合わないんだろうなあ、という予想が出来て思わず苦笑いしてしまった。
「どうしたの、近藤さん? 朝からニヤニヤして」
「べ、別にどうもしないわよ。そしていきなり現れるな佐藤。まずは挨拶からしろ」
もうこいつの唐突な登場には驚かないと心に決めていたが、やはり少し動揺してしまう。
「うん、おはよう近藤さん。もうすぐ授業始まるのに寝てないなんて珍しいね」
「そういう日だってあるのよ、たまにはね」
さっきの事にこれ以上突っ込まれると面倒なので、私はそんなことを話しながらカバンの中にそっとCDをしまった。
「それより佐藤、あんた再来週の日曜って暇?」
「その先に相手の予定を聞いて誘うってやり方、誘われる側からすると本当に迷惑だよね~。まあ、暇だけどライブのお誘いなら行かないからね~」
佐藤はこちらの考えを先回りして、ニヨニヨしながら言った。
「ちっ、あんた本当に良い性格してるわよね……」
「そんなことないよ、だって僕も近藤さんと同じくらい友達少ないし。近藤さんの言う通り『良い性格』してたらきっともっと人気者のはずだよ」
嫌味を更に嫌味で返された。ファック。
「人気者、ねえ……」
何とも私とは縁の遠い言葉だろうか。人気者で友達も多かったりしたら、それはもうライブの集客だって楽なんだろうなあ。そう考えると、人気者というのは、トモ先輩とかに近い存在なのかもしれないな。
金髪という派手な容姿で、女の子にモテるために必死に勉強していて、んでもって肝心のベースの腕前はというと標準くらいで。
「ハッ、別に私はそういうのになりたいとは思わないかな」
鼻で笑ってみた。私の目指す姿は、もっと違う。圧倒的なギターヒーローなのだ。こちらから頼み込んでライブに来てもらうような存在ではなく、向こう側から望まれてライブを行う立場なのだ。
「流石、格好いいね近藤さん」
「おう、ちなみにライブにくればもっと格好良い姿が見られるんだけど?」
それでもノルマという経済的な問題から自由になれるという訳では決してなくって、
「それはノーセンキュー」
「……ファック」
こうした粘り強い営業活動を続けなければならないのである。資本主義というのは本当にファックだ。
昼休み、私は美術室で弁当をつついていた。
誠二は放送の当番に行ってしまった上に、今日はクラスマッチの男子サッカーの試合らしく教室の人気も少なくなってしまって居心地が悪かったからだ。美術室には予想通り清田先輩がいて、快く私を迎え入れてくれた。
この前は服装に関しても相談に乗ってもらったし、何だかんだこの先輩にはお世話になっている。それならば、たまには昼ごはんくらい一緒にとってやってもいいのだ。
「清田先輩は、集客とかどうしてるんです?」
「ん~、ふうひゃふはへ~」
「答えるのは飲み込んでからでいいですよ……」
清田先輩はサンドイッチを口の中に入れたまま話し出したので、私は呆れながらそれを制止した。
「んぐんぐ……ぷはあっ、ごめんごめん。集客の話だよね?」
「いえ、こっちから質問したんだし別にいいですけど」
笑う清田先輩は、まるで子供みたいだった。
「私は集客に関しては、特別なことはやってないかなぁ~。たまに友達に声かけたりメールしたりするくらい」
「……それでノルマとかは大丈夫なんですか?」
「う~ん……ほら、ウチのバンドはホームページにライブ情報載せるだけで予約いっぱい来るから」
「なるほど、確かにLeno Weaveならそうなりますよね……」
尋ねる相手を間違えたな。と、言っても私の交友関係ではバンド関係の相談ができるのは、メンバーを除くとこの人以外いないのだけれど。
「でもさ、そういう集客に悩むっていうのもバンドの醍醐味じゃないかなぁ」
「そんな気楽なことも言ってらんないですよ。現在進行形で悩んでる身としては、経済的にもメンツ的にも大いなる問題なんですから……」
特に私のメンツ的な問題が大きい。また集客ほぼなしという結果では、誠二には馬鹿にされ、マサル先輩には生暖かい視線を送られてしまう。それは避けたいのだが、今回の私の集客活動は全敗中だった。
佐藤にはもちろん断られたし、透子も部活、そして最後の砦の清田先輩も、その日は水ノ登市街の別ライブハウスでライブの予定が入っているという。
「贅沢な話かもしれないけどさ、私はそういう苦労をしないでここまで来ちゃったんだよね。平井くんの作った曲に乗っかって、大会で成績残しちゃって。正直、私よりギター上手い高校生なんて腐るほどいるのにね」
少しだけ悲しそうに、清田先輩は言った。確かに清田先輩のギターはそこまで上手くない。私のほうが数段上手い。でも、ギタリスト個人の技術とバンドの評価というのは、そこまで比例しない。
「今のバンドの人気も、私が掴んだものっていう気がしなくて、実感がないっていうか有り難みが少ないっていうか……」
ボーカルが圧倒的なスターならば、ファンは増えやすい。だからLeno Weaveというバンドは一気にその名を上げたのだ。本来ならばバンドとして味わう苦労を感じず、一歩一歩昇って行かなければならない階段を一気にすっ飛ばして、彼らは成功した。清田先輩は、そこに寂しさを感じているのかもしれない。清田先輩の寂しさは納得できないものではない。
ただ、しかし、
「……清田先輩。その話、聞く人によってはブチ切れてもおかしくないですから気を付けた方がいいですよ」
でもそれは所詮、彼女の言う通り贅沢な話だ。誰もがその道を歩くことを希望する。誰だって、険しいデコボコの道を歩くよりも、楽をして成功したいと思う。Leno Weaveの成功は、バンドマンならほぼ皆が憧れるものなのだ。
「奈緒ちゃんは怒らないの?」
「残念ながら、私が目指してるのは先輩達みたいなバンドじゃないんで。特に羨ましいとも思わないですね」
私の望む成功は、そんなちっぽけなものじゃない。音楽ジャンルも方向性も全く違うし、もっともっと大きな舞台で私は活躍したいと思っている。だから本当に、全く、一切、全然、羨ましくなどはない。
「……そっか。奈緒ちゃんはいい娘だねえ」
「どうです? そんないい娘からチケット買いませんか? 来てくれなくてもここで買ってくれるだけで私の懐はとっても助かるんですが」
「んふふ~、それはまた今度ね~」
ちっ、ケチだな。儲かってるんだから少し位私に恵んでくれたっていいじゃなか。
「代わりにこの冷食つくね棒を進呈しよー」
「はいはい、どーも。とっても嬉しいですよー」
「うふふ、それは良かった」
弁当箱に放り込まれた食料をつまみながら、私達の会話は続いた。
「清田先輩って勉強は得意なんですか?」
「んー、勉強は得意だったよ」
「どうして過去形なんです?」
「得意だったんだよ……この高校に入学するまでは」
「あー……私もその口です」
こんな何てことはない学生生活の話や、
「奈緒ちゃんのギターってやたらと抜ける良い音してるけど、値段とか凄い高いやつ?」
「ん~、お下がりなんで正式な販売価格はよく分かんないです。でもモデル的には今新品で買っても十万はしないタイプのやつですね」
「へえ、倍はするかと思ってたけど。そんなもんなんだ」
「アレです、使用者の腕による所が大きいって感じですね」
「むむむ、否定出来ないのが悔しい……」
バンドマンらしく機材の話、
「あ、この前の服装見てあげたデートの件ってどうなったの?」
「デートじゃないです」
「で、どうなったの? 上手く行った?」
「……聞かないでください」
その他の話など、適当な会話が続いた。
と、昼休みも終盤に差し掛かったところで突如美術室の扉が開いた。
「あ、キヨ、やっぱこんなところに居た」
姿を表したのはメガネの真面目そうな女子生徒。ストレートの黒髪は肩のあたりで切りそろえられていた。制服も着崩さず、きっちり標準仕様。しかしこの人、どっかでみたことあるような気がする。ああ、確かこの先輩は生徒会の人じゃなかっただろうか。生徒集会の司会かなんかをしていたのを見たことがある。
「カズちゃん? どうかした?」
清田先輩はポカンとした顔で首をかしげた。
「どうかしたじゃないわよ。次、体育よ?」
「へ? 嘘、本当?」
「嘘なんてつかないわよ。今日は体育館でバスケット」
「わわわ、急がなきゃ! ありがとう、カズちゃんが来てくれなきゃ間に合わなかったよ~」
「ったくもう……」
全く抜けてるなあ清田先輩は。私はそんなヘマはしたことがない――
「ん、電話だ……もしもし、どうしたの誠二?」
『どうしたじゃないぞー奈緒。次の授業なにか覚えてるか?』
「は? 別に興味ないけど」
『興味があるかないかは関係ないから。次、理科室で実験だぞー』
と、思っていたが私もやらかしていたようだった。誠二が電話してくれなかったら、完全に次の授業に遅刻するところだった。
「……ダルい。ねえ誠二、私のフリして出席しといてくんない? 女装でもしてさ。行けるって、えーっと坂本せいこちゃん、みたいな」
「ん……誠二? 坂本?」
『止めろよ、自分の女装姿とか、想像したら気持ち悪くなっちゃったじゃねえか……』
「うん、私も吐きそうになった」
『ならんなこと言うなっての。とにかくさっさと来いよー』
そう言って誠二は電話を切った。ああ授業か、しかも化学の実験。ダルい、ダルすぎる。でも仕方がない、行くか。
「ねえ、あなた」
と、弁当箱を纏めて立ち上がった私に、清田先輩を迎えに来た眼鏡女子先輩が声をかけてきた。
「はい、何ですか?」
「さっきの電話の相手って、もしかして一年の坂本誠二?」
「はあ、そうですけど……誠二の知り合いですか?」
同じ中学の先輩とか、もしくは誠二の所属する放送部の先輩だったりするのだろうか。
「知り合いもなにも……弟がどうもお世話になってます」
そう言って、眼鏡先輩は丁寧に頭を下げた。
「へ?」
弟、誠二のことを弟と呼ぶということは、この眼鏡先輩は――
「ええええええ!!?? カズちゃんって誠二君のお姉ちゃんだったの?」
――という、私の驚きは全て清田先輩が代弁してくれた。
「……何で私より清田先輩の方が驚いてるんですか」
「だって私、一年生の頃から同じクラスなのにカズちゃんに弟がいるなんて聞いてないもん!」
「あら、言ってなかったかしら? まあいいわ。私、三年の坂本一希。よろしくね」
坂本先輩は誠二とは正反対の落ち着いた、知的な雰囲気だった。顔立ちも、あまり似ているとは思えない。本当に姉弟か?
「ど、どうも。近藤奈緒です……」
「奈緒さんね、よろしく。さて、それじゃあキヨ、急ぐわよ」
それだけ言うと、坂本先輩は颯爽と美術室から立ち去って行った。
「あー待ってよカズちゃ~ん! じゃあ奈緒ちゃん、またね~!」
「あ、はい」
そして私は、美術室に一人取り残された。まさかこんなところで誠二の姉に出会うなんて思ってもみなかった。というか、姉がいるなんていうのも知らなかった。
よく考えると、約二ヶ月誠二とは一緒にいたけれど、知らないことはまだまだ沢山あった。
今日借りたCDは、趣味に合わなくても全部最後まで聞いてやろうかと、何となくそう思った。
そして、そんなことをぼんやり考えていた私は理科室への移動に遅れて、先生にちょっぴり怒られて、誠二に呆れられたのだった。
「……全く、せっかく連絡してやったのに遅れるとは」
「うるさい、責任の一端は誠二にもあるんだからね」
「は? どういう意味だよ? 俺はそうならないようにお前を助けた訳でだなあ」
「そういうことじゃないのよ、馬鹿。……ま、あとでゆっくり話すわ」
聞きたいこともそれなりに色々とある訳だし、ね。




