第34話 Snot
次回のライブの日程は、前回のライブの時に決めていた。またしても二週間後、しかし今度は日曜日開催のブッキングに組み込んでもらった。前々回、前回と平日のイベントだったが、今回は休日。
「休日なら観客も来やすいしな、女の子もいっぱい来るぜー坂本」
「マジっすかトモ先輩!? こりゃあ張り切っちゃうなあ~」
ライブ終了後の精算の最後にさしかかり次のライブが決まった所で、トモ先輩が誠二にニヤニヤしながら言うと、これまた誠二も期待で表情を明るくさせた。
「……女子が沢山来たって、そんなだらしない顔してたら意味ないと思うけどねえ」
理由は分からないけど、何だかちょっとイラッとしたので私はこんな嫌味を言った。
「だ、だらしないって、そそそそんな顔してねーし!」
「そう? 顔も良くなくて楽器の腕も大したことないんだから、あんまり調子に乗らないほうがいいわよ?」
「ぐぬぬ、奈緒貴様ぁ……。ふっ、まあ? 奈緒も次回は集客頑張った方がいいんじゃないか? 流石に日曜のライブで客がゼロって言うんじゃ『友達が少ない』ってだけじゃ済まないしな」
この言い分には流石にカチンと来た。ファック、ギタギタにしてやる。
「誠二、あんた言ってはいけないことを……」
「はいはい、二人共そこまでねー」
という所でマサル先輩が割って入ってきた。
「だってマサル先輩、誠二の奴が」
「けしかけてきたのは奈緒の方っすよ」
「はあ……どっちだっていいから。今はまだ精算の途中だよ?」
マサル先輩は呆れた表情でそう言った。店長の倉田さんも苦笑いを浮かべていた。
「す、すみませんです」
「ごめんなさい……ファック」
「いや、別に構わないよ。メンバー間で仲が良いっていうのは、バンドとして大事だよ」
別に仲良くないし、とか言うときっと冷やかされるだろうから、そこはぐっと堪えることにする。
「……にしても、君たち高校生にしては結構ハイペースでライブ入れるのねえ。もう次回で三回目でしょ?」
「青春は短いですからね、止まってる暇なんてないんですよ」
トモ先輩は倉田さんの問いにドヤ顔で答えた。これも何故だかちょっとイラッとした。
「……トモ、お前そのフレーズ好きだな。前もそんなこと言ってなかったか?」
「ぬっはは~、何か良いっしょ、これ?」
「いや、別にそう思わないけど」
私の気持ちを代弁するかのようにマサル先輩がツッコミを入れてくれた。ナイスです。
「青春は短い、か……へえ、トモ君結構格好良いこと言うじゃないの」
倉田さんは呆れた私達とは対照的に、しみじみとした様子でそう呟いた。タバコの灰を灰皿にポンポンと落としながら、ぼんやりとした顔で中空を見つめる。
「格好良い、ですか?」
「ええ奈緒ちゃん、素敵だって私は思うわよ」
私の若干引き気味の質問に答える倉田さんの表情は全く迷いがないもので、だからこそ逆に疑わしくて仕方がなく見えてしまった。
何はともあれ、ライブは決まったのだ。新曲もすぐに決まったし、後は突き進むだけだ。
今回の新曲はマサル先輩の意見が通った。私の意見はまたもあっさり却下された。ファック。
「なあマサルー、アジカンの曲を演るにしてもこれはちょっと古くないか?」
放課後の練習、部室で新曲を全員で合わせてみた後にトモ先輩がそうぼやいた。
「いいんだよ。大抵バンドの曲ってのは初期からアルバム二、三枚ぐらいまでが一番輝いてるんだよ」
「あ、何かそれわかります。期待して聴いた四枚目辺りは大抵何かコレジャナイ感があるっていうか」
そして更に五枚目は迷走してしまい、六枚目で原点回帰を謳うけどこれまたなんか違和感を覚えてしまう。そうこうしている内に音楽性の違いでバンドは解散、というよくあるパターン。惜しいバンドがいくつもあった気がする。
「……ま、それはさて置き、ねえ誠二?」
「な、ななな、何でしょうか奈緒さん?」
私の問いかけに、誠二はあからさまに挙動不審な態度で目をそらす。あ、こいつ心当たりあるんだな。
「コレジャナイ感、分かるわよね?」
それに気がついたから、だから私は多くを言わない。
「……精進します」
「にしても、四つ打ちかあ……。確かに今までの課題曲では私も出してこなかったからね。苦手だなんて全く気が付かなかったわ」
四つ打ちのダンスリズム、そしてミドルテンポ。今回コピーする曲として選ばれた『君という花』。どうやらこの曲は、誠二の苦手ど真ん中のタイプの曲のようだった。合わせている時の違和感がかなり目立った。
「エイトビートとかより簡単そうに見えるのにな。何でだろうな?」
「そうですねえトモ先輩。俺も分からないんですよ。苦手な原因が分かったら対処のしようもあるとは思うんですけど……」
誠二はドラムセットの中央に座ったまま、がっくりと肩を落とした。
「回数よ誠二。近道なんてないんだから回数やるしかないの。私レベルになればこんな曲、鼻くそほじりながらだって弾けるんだから」
「いや、奈緒ちゃん。女の子が鼻くそなんて言っちゃダメだよ」
「そうだぞ奈緒。大体鼻くそほじってたら片手塞がるんだから、物理的に無理だろ」
「いや、坂本も突っ込むところはそこじゃないだろ」
「何ぃ? 見てなさい誠二! 今からこの曲のメインリフを左手だけで弾いてみせるから」
「二人共、俺の話聞いてないよね? ねえ、無視?」
「なはは~、このバンドは今日も愉快だねえ~」
部室棟から出て、すっかり日が落ちた敷地内を四人で歩く。六月、梅雨の時期。今日は幸いなことに雨は降っていない。雨が降っていると、機材の運搬は格段に面倒になる。このボロボロ部室棟周りは、地面は当然完全に舗装されているわけでもないし足元も不安定になってしまう。だから今日の好天は、本当に有り難い。
「今回のライブが終わったら、次回は期末の後かなあ」
トモ先輩は携帯をいじりながらそう呟いた。
「うげ、テストかあ……考えたくもない」
期末試験、その言葉だけで背負ったギターがどっと重くなってしまったような気がする。
「特に奈緒は中間散々だったもんな」
「ファック、誠二だって似たようなもんだったでしょうが」
「ほら、俺はあの時は本気出してなかっただけだし」
「それならあたしだって全く勉強してなかったし。なんせテストの日程知らなかったくらいだし」
「いや、近藤さん。それは胸張って言うことじゃないと思うけど……」
次回は流石に少しは勉強しよう。この前の中間の成績は今までの人生で一回も取ったことの無いレベルで酷いものだった。マサル先輩のツッコミを胸に刻み込んで、決意を新たにする。
「諸君、文武両道ですよー。勉強も手を抜かずに頑張りましょうね~」
「トモ先輩、そんな偉そうなこと言って~。トモ先輩だってどうせ私達と似たようなもんじゃないんですか~?」
この金髪いい加減チャラチャラ野郎先輩も、きっと私と誠二と同類に違いない。碌に勉強なんかせずに、女の尻ばっかり追いかけているに違いない。そうじゃなきゃ詐欺だ。訴訟も辞さない。
「ん~? 俺は成績良いからね~。毎回学年二十位までには入ってるし」
「あっはっは、ワースト二十ですか? 流石期待を裏切りませんねえ」
「いや、普通にトップ二十位だけど?」
「は?」
「ん?」
おかしい。それはおかしい。嘘だ、嘘に決まっている。
「う、嘘ですよね? マサル先輩、トモ先輩は私を騙そうとしてるんですよね?」
「……あー、奈緒ちゃん。ゴメン、それ本当」
マサル先輩は私の問いかけに苦笑いしながら答えた。驚きの結末に、私は言葉を失う。
「ったく、俺ってどんだけ信用ないんだよ……」
「それは普段のお前の言動に問題があるからじゃないか?」
「いやいや。こういう見た目してるけど実は成績が良いっていうギャップでさ、結構あっさり女の子釣れちゃうのよ? 特に偏差値低めな高校の女の子とかはあっさりね。坂本も試してみたら良いと思うぜ」
「……試したくても成績が悪くちゃあどうしようもないんですよねえ。はあ……」
「謝罪と賠償を要求します」
「奈緒ちゃん?」
大きく息を吸い込んで足を止め、ビシッとトモ先輩に指を突差して言い放つ。
「ふふふ、トモ先輩。法廷で会いましょう!」
「何アホなこと言ってんだ」
「痛っ! 何すんのよ誠二!」
後頭部に鋭い痛みが走る。
「ああゴメン、こんな風に頭叩いたら更に頭が悪くなっちゃうかもな」
「……あんたねえ」
「ははは、やっぱ二人共仲良いねえ」
「ちなみにこうやって、俺は無関係ですとばかりに笑ってるマサル君の成績は、下の上から中の下あたりをウロウロ。まあ、これと言って面白いところのない普通な成績です」
「あ、それは予想ついてました」
「俺もですね」
「……なあ俺、今けなされてるってことで間違ってないよね? 怒ってもいいよね?」
こんな馬鹿な話をしながら、暗くなった学校敷地内をてくてく歩く。
「にしても、次のライブが終わったら期末終了後までライブはお預けかですかぁ」
仕方のないことではあるけど、残念であることに変わりはない。ため息が出てしまう。
「あれ? 俺の怒りは流された?」
「期末が終わったら、すぐに夏休みですね」
「あ、坂本も俺のこと流すんだね」
夏休み、か。学校に行かなくて良いというだけで夢のような期間である。今までの夏休みは特に何をするという訳でもなく、やることといえば店番とギターの練習位だった。
「夏休みはガンガン練習もライブもやるからな~。お前ら覚悟しとけよ~」
「うんトモ、お前が無視するのは分かってた。これはもうアレだね。まさに俺もアレを言いたい気分だよ」
でも、今年は違う。バンドがあるのだ。
「楽しみっすね」
「私も、楽しみです。望むところって感じです」
「ファック! ってね」
「おいおいマサル、いきなりどうしたんだ? そんなこと唐突に言って」
「そうですマサル先輩、真似しないでください」
「確かにその言葉、マサル先輩には似合わないと俺も思いますよ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
今年の夏はバンドがある。この三人がいる。それだけで、楽しくなる予感がする。楽しい予感で胸が高鳴る。背負ったギターが軽くなったような気がした。




