第3話 Through The Fire And Flames
最近、私にしつこく話しかけて来る奴が居る。
「お、近藤。おはよう」
正直に言うとうざったくて仕方がない。私もそういうオーラを全開に出しているつもりなのだけれど、そいつは気付いているのかいないのか、全く私の気持ちなど関係なしにしつこく付きまとってくる。
「ん」
私はそれだけ言って、彼に目も合わせず自分の席についた。
「今日もいい天気だな、近藤」
「ん」
「近藤は晴れと雨ってどっちが好きだ?」
「……晴れ」
「あはは、そりゃそうだな。俺も晴れのほうが好きだ。ところで近藤、俺とバンドやらないか?」
「嫌だ」
あの軽音部のミーティングの次の日から、この坂本誠二という男はずっとこの調子だ。ことあるごとに私をバンドに誘ってくる。その度私は断っているのだが、それでも彼はめげずに誘い続けてくる。席がすぐ後ろだから、ものすごく厄介だ。
「いいじゃんよー。近藤もまだバンド組んでないんだろ? だったら俺と一緒にやろうぜ」
こいつも私と同じで、まだ軽音部でバンドを組んでいないらしい。まあこいつの場合は私と違って、ミーティングに遅刻してくるのが悪いのだけど。
「だから嫌だって言ってるでしょうが」
もう何回彼の誘いを断ったのか分からない。私はこの学校の軽音部でバンドを組むつもりなんてもうないのだ。レベルの低い連中とつるんだって自分の技術が向上するわけがない。
「まだバンド組んでない奴、もう近藤しかいないんだよー。なあ頼むって、この通り」
「頭下げられたって、私の気持ちは変わらないの。下手な奴と組む気はないから」
第一ギターが見つかっても最低でもベース、あとボーカルがいなきゃどうにもならないだろうが。こいつはそこんとこ分かってるんだろうか。
「た、確かに俺はまだ下手糞だけど、近藤に釣り合うように頑張るからさ、な? 一回だけ、ちょっとだけでいいからさ、頼むって」
「……はあ、何度言われても返事は同じだから。諦めて他のやつ探したほうがいいんじゃない?」
「いや、俺は近藤と組みたいんだって」
ここまで言われると悪い気はしないのだけれど、それでも私の決意は揺るがなかった。
「はあ……」
こいつ結構頑固な奴みたいだ。面倒臭い。
「……授業始まるから、また今度ね」
「おう、またな!」
予鈴を機に会話を切り上げようとすると、素直に引いてくれた。こういうところに関しては、悪いやつでは無いとは思う。まあ、面倒臭いことに変わりはないけれど。
「奈緒、あんたそれモテ期だよ。人生に3回しか無いっていう、アレ」
「んなアホな」
昼休み、私は中学からの友人、透子と一緒に教室で昼食をとっていた。数少ない友人が同じ高校に合格し、そして彼女と同じクラスになれたのは幸運と言っていいだろう。
「ま、モテ期ってのは冗談にしてもさ。坂本、だっけか? 彼のこと、そこまで頑なに拒まなくてもいいんじゃない?」
透子は陸上部のエースでバリバリの体育会系だ。そのせいなのかは知らないが非常にクールでサバサバしている。私はあんまり女の子女の子したのが苦手だから、そういう彼女の性格は付き合いやすいので助かる。
「だから私は下手糞と組む気はないの」
「まだ彼の演奏を見てもいないのにそんなこと分かるの?」
「それは……」
確かに透子の言う通りではある。演奏を見てもいないうちから下手糞と決めつけるのは間違っている。
「だったら一回くらいチャンスをあげたらいいんじゃない?」
透子の言うことは間違いなく正論、正論なのは分かっている。
「でもさあ……」
でも私はやっぱり気乗りしない。
「一体何がそんなに引っかかってるの?」
透子は呆れた顔で私を見ている。
私があいつとバンドをやりたくない理由は沢山ある。下手糞だとかしつこいだとか。そしてその中で最大の理由は、
「でもあいつは、メタルを分かってないんだ!」
彼の音楽に対する知識の乏しさにあった。彼はジューダス・プリーストも聞いたことが無ければ、イングウェイなんて名前すら聞いたこともない。メタルの「メ」の字も知らない、彼はそれほど無知な人間なのだ。
「はあ……」
私の言葉に透子は深い溜息を付いた。
「あのねえ奈緒。今日日あんたの大好きなヘビメタなんて流行ってないのよ」
「ヘビメタじゃない、ヘヴィ・メタルだ! 訂正しろ!」
「はいはい、ヘヴィ・メタルね。とにかく、あんたの好みにバッチリ合うメンバーなんて中々見つかんないの。それどころか思い出して見なさいよ。あんたがメタラーだって自己紹介して、反応はどうだったの?」
「うぐっ……」
それは思い出したくもない、私の中で非常にファックな思い出だった。
「こんなあんたとバンドがやりたいなんて言ってくれるの、彼だけなんじゃない? これを逃したら、奈緒は『また』きっとバンドが組めない」
「そ、それは……」
「いいの? 中学の時みたいになっても」
この前の自己紹介の時よりも、さらにファックな記憶が蘇る。
私はバンドは組んだことが無い。だけどバンドを組みそうになったこと、それは経験があるのだ。
中学3年の時のことだった。中学時代最後の思い出に文化祭でバンドをやろう、同級生の女子たちの間で、そんな話が持ち上がったことがあった。もちろん彼女たちは初心者で、楽器なんて習い事でピアノやっていたものが居るくらいだった。
どこで聞きつけたのかは分からないが私がギターをやっていることを知った彼女たちは、私にギタリストとしての加入を頼んできたのだった。
『ねえ近藤さん、私達バンドやろうと思ってるんだけどね。良かったらギターの引ける近藤さんにお願いしたいなあって。どうかな?』
『へえ、どんなのやるつもりなの?』
同級生がバンドに興味を持ってくれた、私に声をかけてくれた。正直に言うと、この時の私はかなりはしゃいでいた。一体彼女たちはどんなバンドをやりたいのだろうか。
『うん、スキャンダル!』
『……は?』
『あれ、近藤さんスキャンダル知らない?』
『い、いや知ってるけど。どうせバンドやるならそういうのじゃなくってさ、もっと本格的なやつやろうよ』
私は彼女に自分のMP3プレーヤーを渡して、自分の趣味の音楽を聞かせた。聴きやすくってキャッチーなものが良いと思ったので、ドラゴンフォースの『Through The Fire And Flames』を聞かせてあげた。
聴き始めて約2分ほどで、彼女はイヤホンを外した。まだ2分足らずではハーマンとサムのソロの掛け合いまでも行っていないのに。
『近藤さんって、こういうの好きなの?』
『え、うん。そうだけど……』
私が肯定すると、彼女はもうこらえきれないとばかりに大爆笑を始めた。
『あはははははっ、もう止めてよっ、こんな音楽無理だって!! あははっ、お腹痛い、何これ超ダサい、ダサすぎる、信じらんない~! 近藤さんってヘビメタ聞く人だったんだあ、マジウケるんだけど~』
確かにメロスピはダサい、それは否定出来ない。だけどメロスピはダサいけど、格好良いのだ。矛盾するかもしれないけど、それでもこれは譲れない。だからこんな風に馬鹿にされたら、私は許せない。
『このっ……!』
その後はもう、最悪だった。口汚く罵り合い、私は彼女の音楽趣味に対してめちゃくちゃに暴言を吐いて、否定して、最後には泣かせてしまった。自分の大好きなものをあんな風に否定されたのが許せなかった。スキャンダルだなんてあんなものに憧れてバンドをやろうとするなんて糞だ、ゴミだ。お前たちのバンドが上手くいくはずがない、失敗しろ。そんなことを言った記憶がある。
結局彼女とは喧嘩別れになった。バンドにはもちろん加入しなかったし、それ以降一切口をきかなくなった。
そして私の呪いも虚しく、彼女たちは文化祭でのステージをへっぽこながらも成功させたのだった。
その光景は私にとって、非常に屈辱的なものだった。一人で部屋に引きこもってギターを引いている私と、下手糞ながらもステージに立って拍手を受ける彼女たち。どちらが惨めなのかは、誰が見ても明らかだった。
もし私が彼女の言葉にカッとならずに一緒にバンドをやっていたのなら、彼女の反応を笑って受け流せていられれば、私もあのステージに立てたのだろうか。そんな無意味な「たられば」を考えずにはいられなかった。
「ねえ奈緒、これはチャンスなんじゃない?」
透子が私に静かな口調で語りかける。
「あんたがバンドを出来るチャンス、あの時のあいつらを見返すチャンスなんじゃないの?」
「…………でも、あいつも私の趣味を笑うかもしれない。そしたら私は我慢ができない、そんな奴とはバンドは組めない」
また過去の彼女のような反応をされたら、そう思うと私は一歩を踏み出せないのだった。
「全く、奈緒って格好つけてるくせにビビリね。ウカウカしてたらきっと彼、他の人とバンド組むんじゃない?」
「う、うぐぐぐ……」
バンドは組みたい。ステージに立って、ライトを浴びて、ギターを弾きたい。でもメタルを否定するような人間とはバンドは組みたくない。
「ま、あんたのことだから私には関係ないし。好きにしたらいいんじゃない?」
そう言って弁当を食べ終わった透子は席を立った。
「どこ行くのよ」
「トイレよ」
透子がいなくなって、私は一人残された。昼休みの教室を見回してみるが、坂本の姿は無かった、きっと中庭にでも弁当を食べに行っているのだろう。確かに透子の言う通り、私とバンドをくみたいと言ってくれるのなんて、あいつ位だ。あいつを逃したら、次はしばらく無いかもしれない。
でもあいつは音楽は普通の歌ものギターロックが好きって言ってたし、そもそもあんまり楽器上手そうじゃないし、メタラーとしての素養以外にも問題点はあるのだ。
「はあ……」
一つため息を付いて、上着のポケットからMP3プレーヤーを取り出してみる。モヤモヤした気分を払うために何か聴こう、さてどれにするか。
「うわ、何かすげえ一杯入ってるな。しかもタイトル英語ばっか」
「まあね……って、うわ! あんたどっから出てきたのよ!?」
気がつくと後ろから覗きこむように、現在の私の悩みの種である坂本誠二が立っていた。
「どっからって言われても、普通に入り口から入ってきたぞ?」
「そういうこと言ってるんじゃないのよ、ったく……」
全くこの坂本という男は、何というか邪気が無いというか、とにかく苦手なタイプだ。果たしてこんな奴とバンドを組んだとして、上手く行くのだろうか。いや、絶対に上手く行く気がしない。
「なあなあ近藤、俺と一緒にバンドやろうぜ」
またその話か。お前にはそれ以外言うことがないのか。
「いつまで粘るつもりよ」
「もちろん、近藤が頷くまで」
「はあ……」
何てしつこい男なんだろう。厄介な奴に目をつけられてしまったものだ。こうなったらどうにかして諦めさせるしか無い。
どうすればこいつを諦めさせることが出来るだろうか。一方的にダメだといってもこいつはいつまでも粘り続ける、それはこれまでで分かった。それならば、こいつを納得させればいいのだ。このしつこい馬鹿を納得させる方法、それは一体なんだろうか。
考えて、すぐに答えが出た。
「……分かった、分かったわよ。あんたとバンドを組んでやってもいい」
「本当か!? ひゃっほー! サンキュー近藤、よろしくな!! よっしゃあ!!」
坂本は私の言葉に素直に喜びを爆発させる。そんなに大きな声で騒ぐな、目立つだろうが。
「まだ喜ぶのは早いわよ馬鹿。あんたと組んでやってもいいとは言った。だけどね」
「だけど?」
「だけど、一つ条件がある」
果たして彼は、この私に見合うだけのドラマーであるのだろうか。