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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第29話 My Enemy

 最初の大学生のバンドの演奏が終わった。メンバーほとんどが初心者のバンドだったらしく、お世辞にも上手とは言えない演奏だった。コピー元は邦楽バンドらしいが、ついこの間まで「エルレ何それ?」だった私には、当然名前も聞いたことがなかったし曲を聴いてもピンとこなかった。


 今日の問題は次のバンド、私達の一つ前に出演するバンドであるLily Gardenだ。リハーサルではドラム無しだったし、全貌はつかめていない。ギターとベースは、まあそこまで特筆すべき点はないレベルだったが、ボーカルに関しては高音域を無理して出しているような印象を受けた。

 大したことはないとは思うけど、この本番でようやくお手並み拝見といったところだ。


「……いよいよ次ね」

「ああ、そうだな」


 フロアの壁に寄りかかって、私と誠二は話していた。誠二も私も口数は少なく、微妙な緊張感が流れていた。

 会場の様子を眺める。客数はそこまで多くない。先ほど出演を終えた1バンド目のメンバーが出てきて、彼ら目当てで観に来た客と談笑をしていた。出番を終えた彼らはやりきった感にあふれる、爽やかな表情だった。


 何かいいなあ、ああいうの。でも私だって今日は、お客さんを――


「お、いたいた」


 と、いうことをぼんやり考えているとトモ先輩とマサル先輩がやって来た。


「二人共、俺らの出番の準備もあるからさ、最後まで見ないで頃合見て楽屋戻ってきてね」

「分かりました、トモ先輩」

「うっす、じゃあ俺らは楽屋行ってるから」


 先輩たちを見送ってから程なくして、フロアに流れていた音楽がフェードアウトし照明もゆっくり落ちていった。Lily Gardenのステージが、始まる。


 入場SEは女性ボーカルの邦楽だった。聴いたことがない曲だ。ボーカルとピアノのみで始まって、その後3カウントでドラムとベースが入る。ギターは編成に入っていないようだ。派手さはないけれど、疾走感のある曲だった。


「誠二、この曲知ってる?」

「分かんないけど、何かボーカルの声は聴いたことあるような気がする」

「ふーん……」


 その曲をバックに、Lily Gardenのメンバーが舞台上に現れた。まばらな拍手が彼らを迎える。誠二も一応軽く拍手を送っていたが、私は腕を組んだまま彼らの様子を見つめていた。


 一曲目が始まった。勢いのある曲からライブをスタートするバンドが多いが、彼らが選んだのはローテンポのバラードだった。セオリーを外してきたか、と思ったらワンコーラスやったところからテンポアップして、そのまま最後までそのまま進んでいった。


 続いて次の曲、二曲目は頭からハイテンポのナンバーだった。


 二曲の演奏が終わって一回目のMCが挟まれた。ボーカルの、確かシノとかいったか。雰囲気を作ろうとしているのか、最低限の声量でポツポツと話していた。


 ここまで二曲聴いた印象だが、全体的に大したレベルではないという印象を受けた。ボーカルは高音がキツそうだし、ギターは二本とも音作りが下手だ。ベースにも特に魅力は感じなかった。そして肝心のドラム、誠二のライバルである田上。彼のドラムは、まあそこそこ上手かった。リズムを崩すようなこともなく、確実にビートを刻む。センスはある部類に入るだろう。


 誠二とどちらが上かと言われると、ハッキリと答えるのは難しい。しかしここまで聴いた感想では、バンド単位では私達のほうが上なのではないかと思った。もちろん、ここまでの感想ではあるが。


 簡単なMCが終わって三曲目に入っていった。次の曲はミドルテンポのポップな曲だった。


 しかし気になるのが、彼らLily Gardenの演奏している曲だ。何だか展開がどの曲も似ているというか、単調なパターンというか、どうしてそういった曲ばかりを選んでいるのだろうか。メロディーはどの曲もキャッチーな歌モノだ。


 分からないなあと考えていると、特に何の驚きもないまま三曲目が終わった。


 さて次の曲を聴いたら、私達も準備をしなければならないからそろそろ楽屋に引っ込むか。恐らく持ち時間的に五曲目で終わりだろう。ここまで見た限り、一切負ける気はしない。ふふふ、出番が楽しみだ。圧倒的実力を見せつけてやる。ふははは。


 そうして心のなかで私が高笑いをしている間に、四曲目が始まった。ギターボーカルのカジノの指弾きアルペジオからスタートする曲で、どうやらスローテンポのバラードのようだ。

 ゆったりと、しっとりと、クリーンのアルペジオが鳴り響く。流石カジノのセミアコだけあって、音が良い。抑えた照明の効果もあってか、雰囲気がとても出ている。

アルペジオに続いてボーカルが入る。無理をした印象を受ける高音ではなく、落ち着いた低音から始まった。


 これは、うん。ここまでの曲で一番いいかもしれない。


 Bメロからベースが入る。単純なルート弾きだが、この曲調にはこれで合っている。メロディラインは静かに盛り上がり、スムーズにサビへと進行する。シンプルで覚えやすく、耳に残るメロディ。良いじゃないか、これ。

 一番のサビが終わって、間奏に入ると同時にドラムとリードギターも参入し、そのままギターソロ。チョーキングやビブラートはまだまだ下手だけど、でもラインの良いソロだと思う。


 さて、最後まで観たい気持ちもあるが、私達の出番も迫っている。そろそろ楽屋で準備に入ろう。誠二に目で合図をし、楽屋へと戻る。


 と、その前にフロアをぐるりと確認。おお、来てる来てる。よし、頑張ろう。









 楽屋に入ると、トモ先輩とマサル先輩はそれぞれの楽器を抱えて既に準備完了といった様子だった。確認のためのシャカシャカという生音が楽屋に響く。ステージと楽屋を隔てるのはたった1枚の防音扉だけだが、しかし楽屋に届くステージの音はかなりぼやけたものだった。


「お、二人共ようやく来たか。で、どうだったよ、坂本のライバルバンドは?」


 やって来た私達に気がついたトモ先輩が話しかけてきた。


「ま、大したことないですね。私の方が上手いです」

「ははは、奈緒ちゃんはいつも通りですなあ。で、坂本はどう思った?」

「そう、ですね……。ええ、はい。やっぱり田上には負けたくないですね」


 噛み合っているようで、微妙に噛み合っていない返答だった。


「ねえ誠二」

「ん、どうした?」

「もしかして緊張してる?」


 そんな誠二の様子が気になって、私は素直に尋ねてみた。


「まあ、緊張してない訳はないな。なんせまだ二回目のライブハウスだし」

「でも何か、あんた前回の方がリラックスしてなかった?」


 誠二の様子を見る限り、前回の初ライブ直前の方が身体の力が抜けていたような気がするのだ。


「えーと、あの時はほら、あれだよ」

「あれって?」

「俺よりずっと緊張してる奴がいたじゃん? だから冷静になれてたっていうか」

「……ファック」


 またその話を持ち出すかこいつは。心配して損したぞ。糞ったれ。


「ぬははは、大丈夫だって。田上達の演奏見てちょっと気合が入ったって感じだから問題ないよ」

「ならまあ、いいけどさ……」


 軽口が叩ける位なら、本当に大丈夫なのだろう。この先はいくら私が心配したって、きっと仕方がないことだ。


 その後誠二は自分の機材を取りに行ったところでマサル先輩となにやら言葉を交わしていたけれど、私も急いで機材の準備とウォームアップをしなければいけないので会話内容に関しては気を向けなかった。











最後の曲が終わってLily Gardenのメンバーが引き上げてきた。入れ替わりで私達も準備のためにステージへ向かう。誠二はすれ違うメンバーと二三言葉を交わしていたが、私はそれを尻目にさっさとステージへセッティングに行った。


 携帯電話で撮影した写真を見ながら、アンプの目盛りをリハーサルでやった通りに設定していく。出音を軽く確認する。よし、問題ない。音もOK、指もOK。気分が上がってきた。

 他のメンバーも直前の最終確認を行っていた。誠二もドラムパターンをドカドカ叩いていた。気になって何となく耳がそっちに向いてしまう。


 ……よし、落ち着いているな、いつも通りだ。これなら大丈夫――


「痛っ!」


 と、思っていたところで突如後頭部に軽い痛みが走った。そして聞こえる何かが床に転がる音。後ろを振り返ると、気まずそうな笑いを浮かべる誠二。その右手にはあるべきスティックがなかった。


 つまり、


「あー奈緒、ゴメンゴメン。ついスッポ抜けちゃって。ははは」


 そういうことだった。


「あはは、そうかそうかスッポ抜けちゃったかー」

「そうそう、はははは、こんなことってあるんだなあ」

「……あんた、それ本番でやったら殺すから」

「……はい、すみませんでした」


 ガチガチに固まっているよりはマシかと思うが、スティック飛ばして曲が止まるなんてのは最悪だ。あの馬鹿、やらかしたら本当に殺すからな。

 音楽というのは集中力が大切なのだ。油断するなよ、誠二。


「……うわ、顔は笑ってるのになんという迫力。凄いな、近藤さん」

「ぷぷぷ……だな、怒りマークがピクピクしてるのが見えそうだ」


 私はというとしっかり集中していて、油断なんて全くないので、


「……おいトモ。お前もルート間違えたらきっと殺されるから、気をつけろよ」

「……くふふ、マサルこそ歌詞間違えたら殺されるから気をつけたほうがいいぜ?」


 ステージの端っこの方でトモ先輩とマサル先輩がコソコソやっているのも、


「先輩、聞こえてますよ?」


 もちろん全部聞こえている。


「は、はははは! お、俺達も頑張るよ奈緒ちゃん!」

「そ、そうそう。 だからあんまり怖い顔は」

「やだなー、私はさっきから一切怖い顔なんてしてないですよ? ともかく、しょうもないミスしたらたとえ先輩だろうと……ね?」

「ひぃっ!」

「ひゃい! 真面目にやります!」


 全く、いつも何だか締まらないなこのバンドは。


「なあマサル、最近バンド内のパワーバランスが偏り始めた気がするんだ」

「まあ、文句は言えないよなあ」

「ところで俺、軽音部の部長なんだけど知ってた?」

「そうだったのか。でも偶然だな、俺は副部長だぜ?」

「第三者が見たら、そうとは思えないよなあ……」

「うん、そうだな……」












 準備が終わると一度ステージから楽屋へと戻る。この流れは前回と変わらない。そして流れる入場SE、これも前回と同じものだった。確かワンダーフォーゲルという曲だったはず。これから始まるステージに向けて気持ちをワクワクさせてくれる良い曲だと、素直にそう思った。


 最初にマサル先輩がステージに入って、トモ先輩がそれに続く。

 次にステージへ向かう誠二に、私は後ろから声を掛けた。


「誠二、今日は勝つわよ」

「勝つ、か……」

「誠二?」

「いや、何でもない。任しとけ! やったるさ!」

「う、うん」


 何となく、一瞬だけ、誠二の表情がいつもの馬鹿みたいに明るいものとは違ったものの様に見えた。何かを思い起こして、その思い起こした何かを大切に噛みしめるような、そんな雰囲気。でもそれはすぐに消えて、いつもの誠二の笑顔に戻っていた。


 さて、ボーっとしている訳には行かない。私もステージへ向かおう。











 薄暗いステージには独特の雰囲気があると思う。少し甘いような匂いは、多分スモークの香りだ。

 最前列の観客の顔が、すぐ目の前にある。今から思いっきり、嫌と言うほど音楽を叩き込んでやるから覚悟していろよ。口許を釣り上げてニヤリと笑いながら、スタンドに立てかけていたギターを装備する。


 全員の準備が終わると、マサル先輩がPA卓に手を上げて合図を行い、SEのワンダーフォーゲルはフェードアウトしていく。


 今日の一曲目は新曲の『コバルトブルー』。したがって、一発目の音は私のリフから。


 さあ、始まりだ。

 始めよう。


 息を軽く吸い込み、SEが消えきる前に歪んだ第一音を繰り出す。ここまでの空気を切り裂くような、鋭く暴力的なリフで突っ込んでいく。この二小節は私の独擅場、観客の視線を一身に受け止める。


 私のリフの後、全員が同時に入る。圧倒的な音の奔流。ガツンと、ドカンと訪れる衝撃に、テンションがスイッチを入れたかのように一気に上る。


 これだ、これだ、この感覚だ。たまらない。スピーカーから放たれる大音量で、フロアに向かって風さえ吹いたような気がする。


 その風の中を切り裂くように高音弦を掻き鳴らす。重く金属的な音で繰り返すメインリフを終えて、展開はAメロと繋がる部分に移行していた。


 最初の問題部分はAメロに入る直前、全員のキメ部分だ。誠二はこの部分が苦手なのか、よくここで転ぶ。


 さあ、頼むぞ誠二。視線を軽くドラムに向ける。


 目が合う。


 誠二はわざとらしい不敵な笑みを浮かべて、そして曲は例のキメに突入した。


 ほんの一秒ほどの短いフレーズ。


「……ファック」


 それが終わってからの笑顔は、ムカツクほどのドヤ顔満開。確かに成功したのはいいが、調子に乗るなっての、アホ。まだライブは始まったばかりだっていうのに。


 しかしまあ、これで良いスタートが切れた。この調子で最後まで乗り切れれば、きっと良いライブになるに違いない。

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