第28話 I Will Kill You
今日のライブの出演順はトップバッターがは地元の大学生バンド。続いてLily Garden、そしてその後が私達JUNK ROCKの出番だ。五バンド中三番目、悪くない位置だと思う。私達のすぐ後はツアーバンドで、トリは地元のベテランバンドだった。
ライブハウスのオープン、すなわちお客さんを入れ始める時間は十七時三十分、ライブのスタート時間は十八時。水ノ登ライトニングではオープン直前に、全出演バンドを集めた顔合わせがある。
顔合わせではスタッフから諸注意事項の説明とバンド紹介が行われる。ちなみに田上とか言う舐めた野郎は、この顔合わせにも間に合わなかった。
「じゃあ今日の三バンド目ー。JUNK ROCKさんでーす」
ブッキング担当スタッフによって、出演順にバンドが紹介されていく。たいていは「よろしくお願いしまーす」など無難な一言を代表が言って終わるだけ。ウチのバンドだったらトモ先輩かマサル先輩が一歩出て何かを言うところだが、
「よろ」
「JUNK ROCKです。今日はとことん殺ります。よろしくお願いします」
「し……え、ちょっと奈緒ちゃん、何言ってんの!?」
今日は私が言う。滾るやる気、いや殺る気が私にそうさせる。トモ先輩の抗議も無視する。
「はははー、やる気マンマンだねー。じゃあ次のバンド四番目ー、モノクロームマーブル」
「東京から来ましたモノクロームマーブルでーす、よろしくお願いしまーす」
その後はつつがなく顔合わせが進んでいき、一バンド目のスタート三十分前。ライブハウスがオープンしお客さんを入れる時間になった。
各バンドが呼んだ客がポロポロと入り始める。あくまでポロポロと、だ。メジャーで活躍するプロの単独ライブのように、オープン前にライブハウスの前に列が出来るようなことはない。今日出演するバンドは全てレーベルに属していないインディーズのバンドだし、今日はライブハウスの通常ブッキングイベントだし、熱心なファンもそこまで居ないしフロアが一杯になるほどの客数は見込めない。
観客がぽつぽつ入ってくる様子を、フロアの壁にもたれかかってぼんやりと眺める。チャラチャラとした女とか頭の悪そうな男とかは、多分最初の大学生バンドの客だろう。何か雰囲気が似ている気がする、なんてことを考えていると案の定そのバンドのメンバーと話をし始めた。やっぱりそうか。まあ、当たったからといって何もないのだけれど。じゃああの制服を着た女子はどのバンドの客だろうか。ウチのバンドか、もしくはLily Gardenの客じゃなかろうか。制服はうち高校のものでも皆上高校のものでもない。これは難しいな。
そんなことをぼんやり考えていると、
「よ、何やってんだ?」
誠二がいつの間にか直ぐ側までやって来ていた。
「別に、特に何もやってないけど」
「そか」
「誠二、あんた今日何人呼べたの?」
「うーん、確実に来てくれるのが一人。もう一人は行けたら行く、みたいな感じ。一応取り置きだけはしといたけど」
「ふーん」
この間一回目のライブをやったばかりだし、そんなもんだろう。アマチュアコピーバンドに客なんてそうつかない。来てくれるのは知り合い位だ。
「奈緒は……と、すまん。来る前にも聞いたな」
誠二は苦笑いしながら謝った。全く、失礼な奴だ。でもしかし、今の私はその言葉にファックと言って会話を切り上げるような状態じゃないのだ。
「ふふふ、いやー坂本くん。君ね、ちょっと情報が遅いんじゃないかなあ?」
「な、何だよ急に変な喋り方して?」
「はははは。うんうん、分かるよ坂本くーん。確かに私は友達が少ない。だけど今日の私はちょぉっと違うんだなあ~」
「ど、どういう意味だ?」
ふふふ、誠二の奴驚きのあまり表情が微妙に引きつってるぞ。
「何と! 実は! 今日私には! お客さんが!」
居るのだ、と続ける所を、
「あ、田上だ」
誠二はその言葉で遮ったのだった。その目線を追って行った先には、砂埃まみれの赤いジャージ姿のつんつん頭がこちらに向かって歩いてきているところだった。
つんつん頭はきょろきょろと周りを見回して、
「お、坂本くんじゃん!!」
ニコニコしながらこちらに笑顔で駆け寄ってきた。
「よ、田上」
「やっほー! ねえねえ、楽屋ってどこ? てか今日オレ出演何番目? あ、あとあと今日スティック1セットしか持ってきてないから、本番の時予備貸して貰っていい? あー、マジ部活疲れたわ。ところで今週のジャンプ読んだ? あ、オレまだ読んでないから絶対ネタバレしないでね! 昔から坂本くんネタバレ半端無いんだもんさ―」
到着するなり田上は人懐っこい表情で、誠二に向かって詰め寄ってきた。な、何なんだこいつ、いきなり。
「楽屋はあっち、お前の出演は2バンド目。スティックは貸してやる。今週のサンピースはエーズが死んだ」
「うわっ、マジでとんでもないネタバレ!! ちょっと待ってよ、何であいついきなり死んじゃうのさ、意味分かんねー!」
「はいはい、いいから早くシノ達のとこ行っとけよ」
「おっす! んじゃあ、またあとでね~」
田上がそう言いながら離れていくのを見て、誠二は一つため息を着いた。
「……あれが田上、よね?」
「そうだな」
「普通に仲良いじゃん」
少なくとも田上のやつからは、誠二に対する対抗心とか、そういったものは一切感じられなかった。
「ああ、まあ。悪いとは一言も言ってねえだろ?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
田上からは誠二に対しての敵意など、全くなさそうだ。むしろ懐いて居るような、そんな印象さえ受ける。
「まあ、昔からあんなやつでさあ……」
「あんな、ねえ……」
「悪いやつじゃねえんだよ。悪いやつじゃない」
「うん」
確かに見たところ、悪人という感じはしなかった。
「スポーツも得意だし、頭も良い。顔だって悪くない。男に使うのもアレだが、無邪気で天真爛漫って感じだ」
「へえ」
何だ、誠二は随分田上のこと評価してるんじゃないか。
「だけど、それが問題っていうか」
「は?」
少し、誠二の言っていることの意味が分からない。
「あれはそう、小学五年の頃だった。あの時俺の好きな子は由利香ちゃんっていってなあ。エクボが可愛い背の低い女の子でさ。うん、懐かしい。俺はある日、その娘に勇気を出して告白したんだよ」
うわ、何かいきなり語り始めたぞこいつ。
「でも、その娘が好きだったのは田上だった。まあ、うん、それは俺が彼女に好かれてなかったってだけで、仕方がないことだ」
別に誠二が小学生時の恋の話なんて、聞いちゃいないんだけどなあ。まあいいか、話したいみたいだから黙って聴いてやろう。
「んで、俺が振られてしばらく経って、その娘は田上に告白したんだよ。だけど田上は由利香ちゃんとは付き合わなかった」
「はあ」
それも誠二の言葉を借りるなら仕方がないことだと言えるだろう。田上がその女を好いていなかったというだけだ。
「田上は俺がその娘を好きだったの知らなかったのかさ、由利香ちゃんに告られて断ったことを俺に伝えに来たんだよ……笑い話みたいに」
「うわあ……」
「あいつは言った。『坂本くん坂本くん! 何かいきなり中村に告られたんだけど! 超笑えるよね、あんなちっちゃいのと付き合うわけないじゃん!』って」
私にはそういう経験がないから上手く想像できないけど、きっとやりきれない気分になるんだろうな。
「……取り敢えず俺は黙って田上を殴って、そして当時やってたRPGのヒロインが途中で死んで離脱することをネタバレしてやった」
「そ、そうなんだ……」
黙って殴ったまでは少し格好良い気がするが、ゲームのネタバレに関しては陰湿極まりない嫌がらせだ。
「同じようなことが中学卒業までに二回くらいあった。俺はその度田上のハマっているマンガやゲームのネタバレをし続けた」
「……あんたって、実は嫌な奴?」
「俺なんかより田上の方がよっぽどだよ。そういうこと、全部悪気なくやるんだからな。普通の嫌なやつより、ずっと厄介だ」
「なるほどねえ……」
誠二はため息をつきながら遠い目をしている。何だか田上とは色々あったらしい。
「……昔から俺たちの学年のヒーローだったんだよ、田上は。さっきも言ったけどさ、あいつは昔から頭も良くて運動も出来る。男子からも慕われてるし、女子からもモテモテ。みんな、何をやっても田上には敵わなかった」
「ふーん、あのちっこいのがねえ」
「確かに、中学に入ってから、あいつの身長は伸び悩み始めたな。それでも相変わらず勉強も運動もできるから、チヤホヤされることに変わりはない。俺が何とかあいつに勝てたのは身長くらいのもんだな」
ははは、と誠二は乾いた笑いを付け加えた。
「でもさ、何の因果か俺も田上もバンドを始めた。しかも同じ楽器を同時期に始めたってんだ。だから俺は、これはチャンスだと思ったんだ」
「チャンス……」
「そう。田上と同じ土俵で勝負して、そしてあいつに勝つチャンス」
小学生の頃からずっと敵わないと思っていた相手に勝つチャンス、誠二が今回のライブに特に気合が入っていた理由はそういうことだったのか。これまで気になってはいたものの、詳しく聞くことが出来なかった背景を、誠二は私に話してくれた。
「……と、こんなこと聞かされたってだから何だよ、って話だよな。悪い」
確かに第三者からしたら大した話ではない。だけどきっと誠二にとっては、それなりに大事なことのはずだ。
それに負けたくない相手がいる、というのは私にも理解できる。中学の時に私をバンドに誘ったけれど、音楽性の違いで口論になった当時の同級生の女子たちがいた。もし彼女たちのバンドとこの先対バンする機会があったら、私も絶対に負けたくない。
「誠二」
だから曖昧な返事で流していいことではないと、私は思う。
「ん?」
誠二を景気良く戦いへと向かわせなければならない、そんな言葉を掛けなくてはいけないはずだ。
「あんたと田上は端から同じ土俵に何か立っちゃいない」
誠二は不思議そうな顔で私を見つめた。そのマヌケな顔を真っ直ぐ見つめて、私は言い放つ。
「だって、あんたのバンドには私がいる」
この天才ギタリスト近藤奈緒がいる限り、敗北の二文字はあり得ないのだ。
「奈緒……」
ふふ、私のナイスな気遣いに誠二は言葉も出ないようだ。そうやってもっと私を尊敬しろ。そしてもっとメタルへの理解を深めろ。さっさとツインペダルを買え。
「……何か奈緒のそういう言葉を聞くと、前回のライブの時のことを思い出してちょっと不安になるよな」
「は? 前回のことって?」
「奈緒はさっきみたいにライブ前日に緊張してる俺を励ましてくれただろ? だけど当日の奈緒といったら、直前に緊張でガチガチになって」
「そ、そそそ、そんなことあったけ? き、きききき、緊張なんした覚え、私はないけど」
「ははははっ、悪い悪い。そうだな、あれは全部俺の勘違いだったんだよな」
「この野郎……」
折角人が励ましてやろうとしたっていうのに、昔のことをほじくり返しやがって。結構陰湿な嫌がらせだ。やっぱりこいつは嫌な奴だ。いつか殺す。
「……でも、ありがとうな奈緒。そういうこと言ってくれる奴がメンバーにいるのは心強いし、いつも助かってるよ」
「う、お、おう……」
本当に、嫌な奴だと思う。




