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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第27話 Hail And Kill

 私は学校での用事を済ませてメンバーと合流し、今日の会場である水ノ登ライトニングまでやってきた。


「おはようございまーす」


 フロアへの防音扉を開けてお決まりの挨拶を決める。フロアに居る対バンやライブハウスのスタッフからも同じ挨拶が返ってきた。まだ二回目だがこの当たりは慣れたものだ。


「ねえ誠二」

「ん?」


 フロアをぐるっと見回して、私は誠二に尋ねた。


「……どいつよ?」


 私が気になっているのは今日の対バン、誠二の負けられない相手である田上の所属するバンド『Lily Garden』がどんな奴等なのかということだ。


「どいつって……ああ、そういうことか。えっと……まだ来てないみたいだな」

「そ……」


 果たして一体どういう奴等がくるのか。でもまあどんな奴等が来たって私は全く動じないけれど。誠二曰く奴等は歌モノギターロックのバンドだということなので、きっとヒョロヒョロした奴等に違いない。ロン毛でガッチリしたのギタリストなんている訳が――


「おっす、坂本君。今日はよろしく~」

「いたーーーーーー!!!!」


 ――防音扉を開いてやって来た男が、まさにそれだった。ギターケースを担いでやって来たその大柄の男は筋骨隆々、顔の作りは薄味。そして何よりの特徴は腰まで届くその黒髪、しかもサラサラのストレートなんかじゃなくって、ボサボサの伸び放題。


「ああ早川君、よろしくね。シノたちは?」


 こいつは、まさに、まさにあいつだ。あいつとしか言い様がない。


「もうちょっと遅れるらしいよ。リハ直前になるみたい」

「ふ~ん、やっぱ皆上高校は大変だな」


 世界的なあのギタリストにそっくり過ぎる、困った。もう彼にしか見えない。


「だねー、校則も色々厳しいみたいだし。あっ、ねえ坂本くん、そちらは……」

「ああ、うちのギタリストの近藤奈緒」


 誠二が私を紹介してくれた。こう見えて人見知りの私にとっては中々有り難い。


「よろしく近藤さん。俺は Lily Gardenのギタリストの早川っていいます」

「よろしくハーマ……いや、早川」


 危ない危ない、今まで頭の中にいたイケメンの名前を口に出しかけてしまった。


「うん、よろしくね」


 爽やかな笑み、イケメンだ。ダメだこいつイケメンだ。もう本名は忘れた。これからはハーヤンと呼ぶことにしよう、うん。


「ち、ちなみに出身はどこ? ひょっとして香港?」

「え? 水ノ登市だけど」

「そ、そっか。ごめん……」

「……奈緒、何で残念そうな顔してるんだ?」

「いや、まあ、うん。別に大した理由じゃない」

「おーい二人共、もうすぐにリハだぞ。準備しとけー」


 トモ先輩が私達に呼びかける。もうケースから楽器を取り出して、準備は万端といった様子だった。


「え、もうですか?」

「学校出るの何だかんだ遅れたしな、そんなもんだって。さっさとしろよー」


 う、それは私のせいなので何も言えない。でもまあ、あの時間は多分全くの無駄では無かったわけで。


「じゃあ早川君、また後で」

「うん、楽しみにしてるよ」

「ははは、そんなこと言われるとちょっと緊張するな」


 誠二とハーヤンは和やかにそんな会話を交わす。全く対戦相手だというのにこんなに緩くていいんだろうか。ともかく私もギターとエフェクターを取り出して、急いでステージに上る。


「宜しくお願いします」

「よろしく」


 PAの村松さんに挨拶をしてからセッティングを始める。この人前のライブの時も思ったけど、何かテンション低いな。ダウナー系だ、うん。


 ああでもやはり大きいアンプ使うというのはワクワクする。自分の部屋の練習用アンプとも部室のボロボロアンプとは違う、ちゃんとした真空管アンプ。高価なものだから初めて触った時、楽器屋で試奏した時は少し緊張したものだ。でも今はもう普通に扱える。


「マーシャルでいいんだっけ?」

「はい、お願いします」


 ライトニングのレンタルアンプのラインナップはマーシャル2000とジャズコーラス。もちろん私が使うのはマーシャルだ。

 シールドをつないで、アンプの電源を入れてから少し待って、それから音作りを始める。うん、問題ない。今日も私のギターは良い音がするし、指もスムーズに動く。前回のようにリハーサルから緊張なんて格好悪いことにはなっていない。

 それぞれ準備や音作りが終わって、本格的にリハーサルが始まる。


「それじゃあドラム、バスドラムからお願いしまーす」

「はーい!」


 PA卓からのトークバックが足元のモニターから聞こえる。リハーサルはこのようにPAの指示に従って行われる。

 まずはドラムの音取りから。ドラムセットの各パーツごとにマイクが立てられているので、一つ一つ音量や音色の確認をしていく。足元の一番大きい太鼓、バスドラムから始まって続いて中央に位置するスネアドラム。その後はタム類、シンバル類と進んで行って、最後にドラムセット全体のパターンで演奏してバランスの調整をする。


 ドラムが終わると次はベースに移る。もし音色が複数ある場合はそれも確認するのだけど、トモ先輩はエフェクターを持ち込んでいない。最後にコーラスの音を取ってそれで終了。

 そして次の確認は上手ギターの私だ。


「一番良く使う歪みです」


 適当なコードを掻き鳴らす。しばらく弾いているとPA卓から、


「はーい」


 というオーケーが出た。今回使う音色はもちろんこれだけではない。


「ブーストします。ソロの時の音です」


 ブースターのスイッチを踏んで、実際に弾くソロのフレーズを演奏する。フロアで眺める対バンたちを威嚇するようにいつもより攻撃的に、いつもよりねっとりギターを鳴かせる。どうだこら、上手いだろ。なんつって。


「はーい」


 先ほどと同じく無感動な村松さんの声で、演奏を止める。なんだ、もう少し披露してやっても良かったのに。


「他に音は?」

「クリーンでーす。あんまり使いませんけど一応」


 最後にバッキング用のクリーンで適当にアルペジオフレーズを爪弾いて、私の出番は終了した。

 音取りのラストはマサル先輩だ。私と同じようにギターの音色を何種類か確認して、ボーカルの声の確認をする。


「ハーーーー、ハァーーー、アーーーー、アーーーー」

「はい、オッケーでーす。曲で合わせる前に何かモニターの要望ありますかー?」


 全員の音取りが終わると、実際に曲を演奏してバンド全体での音量バランスの確認が行われる。その時一緒に、モニターの調整も出来るのだ。


「フロントから自分の声を大きく、ベースコーラスを薄く返して下さーい」

「ドラムの三点強めに、後はボーカルを下さい」

「はーい」


 マサル先輩、トモ先輩の順でPA卓に要望を伝える。


 正直に言おう。このモニターの調整という奴、私にはまだ良くわかっていない。この前のライブの時は色々なことが一杯一杯で、何を返してもらっていたのかすら覚えていないし、そのセッティングがやりにくかったかどうかだって覚えていない。


「ええっと俺は……取り敢えずベースを下さい。うん、それでいいっすかね?」

「分かんなかったら曲でやってみて、それで足りないやつを注文すればいいから」

「お、おす」

「で、近藤さんは何か要望ある?」


 どうしようか、一体何を注文すればいいんだ。まるで全くメニュー表記の読めない高級レストランに来てしまった時のような感覚だ。タン塩だったりカルビだったりは分かるし、ホルモンだってどれがどこの部位のものか分かる。だがしかし訳の分からない名前の料理って沢山あるじゃないか。ポワレ、何それ? マカロン、テリーヌ? お腹に溜まらなさそうな響だ、弱そうだ。食っても筋肉がつかなそうだ。


「おーい、近藤さーん?」


 いや、何かこの喩え違うか? まあいい、というかこんなことを考えていたら焼肉のことを思い出してしまった。ああ糞何でよりによって今日なんだ。


「えい」

「うひゃわぁっ!!」


 いきなり背中を突かれた。振り返ると誠二がスティックを持って私の後ろに突っ立っていた。


「な、な、な、何すんのよ!?」

「いや、話しかけても反応なかったから」

「それにしたって方法ってもんがあるでしょうが!」


 変な声が出てしまったじゃないか、ああ恥ずかしい。


「……ったく。えっとモニターは一先ず自分の音を返してください」

「はーい。それじゃあ曲でお願いしまーす」


 さあ、気を取り直してやって行こう。ハーヤンにも私のギターテクを見せつけるのだ。












「では本番も宜しくお願いしまーす」

「お願いしまーす」


 村松さんの一言でリハーサルが終了した。演奏に特に大きな問題は無かった、と思う。前回のようにリハーサルから緊張しまくって指が動かないなんてことも無かった。


「でも何かリハーサルって本番とは違った緊張があるよなあ」


 ステージからハケて片付けをしている最中に誠二が言った。


「なんつーか対バンの人らの視線とかさ、値踏みされてる感じがするよな。後は演奏中ステージにPAの人が来ると意識しちゃうし」

「……ああ、それは確かにあるかも」

「あれって何やってるんだろうな。急にフラっとステージに上って来るとビビる」

「多分中音の確認してるんだと思うよ。モニターからちゃんと音が出てるかとか、アンプから出る生音とのバランスとか」


 シールドを巻きながらマサル先輩が教えてくれた。


「へー、なるほど。そうなんですか」


 そんな話をしていると、


「さかもっちゃん、お疲れ」

「うす、久しぶり」


 誠二のところに皆上高校の制服を着た二人組がやって来た。


「おお! オガちゃん、シノ、久しぶりじゃんか!」

「今日はよろしくね~」


 誠二は二人と仲よさげに話しだした。

 きっと、多分、こいつらがそうだ。


「……と、まあそういうことでさ」

「ははは、何か大変だな。そっちも」

「そうなんだよなあー。んじゃあ俺らもリハだからまた後で」

「ああ、またな」


 誠二と話していた二人はそう言ってステージにリハーサルに向かった。ハーヤンは既にステージ上でセッティングを始めていた。


「……ねえ誠二、さっきのがひょっとして」

「ああ、あいつらが Lily Gardenのボーカルとベース。シノとオガちゃん」

「ふーん……」


 シノと呼ばれていた奴は細身で中々整った顔立ち、なるほどギタボっぽい。オガちゃんとかいうのは彼と比べて少し丸っこい体型で、黒縁メガネが特徴の親しみやすそうな顔をしていた。


 ステージ上のメンバーの使用機材を眺めてみる。ベースはフェンダーのプレベ。ハーヤンのギターは……うわ、テレキャスだ。何でアイバニーズのSシリーズじゃないんだ。ギタボの機材はセミアコ、カジノか。あれ、でもあのカジノどっかで見たことあるような気がするぞ。どこで見たんだっけ。


「……ん?」


 と、そこで私はある重大な異常に気がついた。ステージだけでなくフロア内もきょろきょろと見回してみる。


「奈緒、どした?」

「誠二、あいつは?」

「あいつって?」

「あいつっていたらあいつしか居ないでしょうが。田上よ、田上。あんたの敵よ」


 そう、さっきから田上の姿が見えない。ステージ上にメンバーは三人しか居ないし、ライブハウスの中を見回してもあのツンツン頭の姿は見当たらない。一体どういうことだ。


「あ、ああ……ええっと、田上なんだけど」


 誠二は気まずそうに苦笑いをしながら、頬をポリポリと掻く。


「うん」


 何だ、何を言いづらそうにしているんだ。


「……遅れて、くるらしい」

「は? リハやらないの? どうして?」

「あー……部活、やってからくるみたいだ」

「部活って……はっ」


 誠二の言葉によって、下校際に感じたあの違和感を私は思い出した。

 確かあの赤色のジャージ、あれはサッカー部のものではなかったか。そしてどこかで見た気がしたあの後ろ姿は田上の後ろ姿だ。


「……ねえ誠二。あいつ、舐めてんの?」

「な、奈緒。落ち着け、なんか凄い顔してるぞ」


 腹の底から怒りがフツフツと沸き上がってきた。掛け持ちはまあ、いいだろう。でもしかしだ、ライブの日に他のことを優先して大事なリハーサルに来ないというのがどうにもムカついた。


 糞、絶対そんなやつがいるバンドに負けてたまるかってんだ。

 私の中で、目の前でリハーサルを始めようとしているバンドへの殺意が芽生え始めた。今までは対抗心というくらいのものだったけれど、たった今、それは間違いなく完全に殺意へと変貌したのだ。


「誠二、今日は殺るわよ」

「お、おう。頑張ろう!」


 他のバンドは演るのかもしれない。

 だがしかし、今日の私達は演るのではない、殺るのだ。



 キル!




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