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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第25話 Fight Fire With Fire

 テストのことは、忘れた。忘れたったら忘れたのだ。そんな瑣末なことは気にしないのがロックだ。

 うん、私の青春はバンドなのだ。つまらない授業は次のライブの妄想でやり過ごそう。


「ねえ奈緒。次あんたの打順よ?」


 そうだな、入場SEは今度はハードロックかメタルがいいな。あの前回使ったワンダーフォーゲルって曲も悪くなかったけど、私としてはもっとガツンと来る曲でテンションを上げたいとも思う。例えばツェッペリンのImmigrant Songとかベタだけどどうだろうか。イングウェイだったらJet to Jetかな。


「ちょっと奈緒、聞いてんの?」


 ああでもそれならSEにするんじゃなくて自分で弾きたい。あの間奏の超絶フレーズを観客に向かって思いっきり見せつけてやりたい。クラッシュのキメと同時に高々と突き上げられる沢山のメロイックサイン、そして演奏に負けない音量で鳴り響く歓声。ううんたまらない、最高だ。


「いい、それいいわ……」

「何言ってんのよ、この子は……。ったく、いい加減にしなさいって」

「痛っ! あにすんのよ透子!?」


 ベンチの隣に座っていた透子が何故だか呆れた顔で私を見つめていた。


「はあ……何ってねえ奈緒、次あんたの番よ」


 目の前に差し出されたのは金属バット。これで私の頭を小突いたのか畜生め。

 そういえば今は体育の時間だった。仕方がない、華麗なホームランでも決めてきてやろうか。





 んでもって、意気込んでバッターボックスに入ったはいいものの、


「ストラーイク、バッターアウトー」

「……ファック」


 結果は今日も三球三振。まあ、誰にだって調子の悪い時はある。そういうものだ。一流のプロ野球選手だって三タコで終わる日だってある。たまたま今日がそういう日だったのだ。


「ナイススイング、奈緒。今日もキレのある素晴らしいスイングだったわよ?」

「お褒めの言葉どうもありがとうございますねえ」


 ベンチに戻るなり透子から爽やかな皮肉が浴びせかけられる。腹は立つけれど歯を食いしばってそれに耐える。そもそも一体どうしてあんな小さい球が、こんなに細い棒に当たるというんだろうか。 無理だろ、絶対に無理だ。前提が間違えている。この競技を考案した奴はきっと頭が悪い。それかドMなんだろう。


 グラウンドの反対側の男子は今日もサッカーだった。飽きもせずにこれまた球を追い掛け回している。無駄に元気だなあ。


「ん?」


 皆元気かと思ったが一人例外を発見。日陰のベンチでダラっと寝転がっているひょろ長いフォルムの男がいる。そのダラけ具合は良くテレビのニュースで見るサラリーマンのアレに近い。猛暑日の公園でぐったりしているオッサンのアレだ。


「佐藤、あいつ……」

「佐藤君、やる気ゼロね」


 私だけでなく透子も呆れた顔で遠くの佐藤を眺めた。


「でもまあ、そろそろ暑くなってきたし、佐藤の気持ちも分かるけどね」


 五月も下旬に差し掛かって日差しはだんだん強くなり、気温も毎日どんどん上がっていく。今日の天気もすこぶる良い。雲ひとつない快晴、太陽はこれでもかというくらい元気に輝いている。

 入学からもうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。季節は徐々に春から夏へと移り変わっていく。この水ノ登高校での生活にも大分慣れてきた。


「梅雨は憂鬱ねえ、雨の日はグラウンド使えなくて筋トレばっかになるし」

「ふ~ん、陸上部も大変ね」


 私は運動部に入ったことはないので彼女の憂鬱にはいまいちピンと来ないが、私も梅雨は好きではない。というか季節で一番梅雨が好き、なんてやつはあまり居ないだろう。ギターの弦もすぐに錆びるしネックも曲がるし、私にとっても憂鬱な季節だ。


 そんなすぐそこに迫った憂鬱な季節なんて何のその、大多数の男子は熱心にボールを奪い合ってグラウンドで激しくぶつかり合う。


 おお、誠二も頑張っているな。でも頑張りすぎて怪我するとかは洒落にならないからやめてくれよ。お前はそんなに運動神経良くないんだから。


 誠二は沢山人が群がる中盤でボールの奪い合いに参加していた。そしてもちろんヘッポコな誠二はボールを奪って脱出することなんか出来ずに、背の高い男子がその集団からドリブルで躍り出る。

 短い髪をツンツンに立たせた、いかにもスポーツマンですといった風貌の男子だった。顔に見覚えはない。恐らく合同で授業をやっている別のクラスの男子だろう。


「おお、早い早い」


 素早いドリブルで迫り来るディフェンスを躱し、その男子はどんどんゴールへと向かっていく。


「たしか彼、サッカー部じゃない? グラウンドで見たことある」


 透子がそんなことを言っていたが、


「ふーん」


 まあ当然、興味はない。

 そしてその男はフィールドを独走状態、そのままゴール目前へ――


「あ」


 と、いうところで猛スピードで彼に迫る人影が現れた。密集地帯を素早く駆け抜けていく彼の後ろから、あいつがそれを上回る速度で追いかけて行って、


「おおっ!」


 そして遂に追いつく。

 そのまましばらく身体をぶつけあいながら二人は走る。

 壮絶なポジションの取り合い。何とかボールをキープしていた彼だったが、とうとうディフェンスの足がボールに届く。

 ずっと彼に支配されていたボールは前方に流れて、二人はまた身体をぶつけ合いながらボール追いかける。しかし後ろから追いかけていっているディフェンスのほうが勢いがあって早い。


 何とあいつはサッカー部からボール奪うことに成功――


「う、うおおっ!!」


 は、残念ながらしなかった。


「誠二っ!!」


 肝心な所で抜けているあの馬鹿はボールを完全に手にする直前に足を絡ませて転倒。それはもう思いっきりずっこけた。

「んの、馬鹿っ!」


 砂埃まみれでグラウンドに横たわるアイツに駆け寄ってぶん殴りたくなる気持ちを抑えて、私はハラハラしながら起き上がろうとする誠二を眺めた。













「なあ、奈緒……何か機嫌悪い?」


 体育の授業が終わった後の休み時間、誠二は私に尋ねてきた。


「ええ、、そうねえ」

「何かあったのか?」

「……どの口がんなこと言ってんだか」

「お? どういうことだ?」

「うるさい馬鹿、アホ」


 結局誠二は軽いかすり傷で済んでいた。全く騒がせやがってこの馬鹿は。もうライブまで日にちがないっていうのに、一体何をやっているんだか。


「何故罵られているのか、全く意味がわからない……」

「ははは、坂本は本当に鈍いなあ~。近藤さんはねえ、坂本が大怪我したんじゃないかって心配してたんだよお」

「へ? そうなのか?」

「う~ん、愛だねぇ。愛だよ」

「うるさい佐藤は黙ってて。ってか、そんなんじゃないっての」


 死ね。適度に苦しみ続けて禿げ上がって腹も出て周囲に白い目で見られ続けて絶望して、そして死ね。


「いい誠二? あんたが怪我したりして演奏ができなくなったら、バンド自体が死ぬの。前も言ったでしょ? ドラムはバンドの心臓なの、いい?」

「お、おう。すまんかった、心配かけて」

「誠意がこもってない、やり直し」

「ご、ごめんなさい……」


 ったく誠二は分かってるのか分かってないのか。取り敢えず頭は下げているけど、私の勢いや不機嫌に押されているだけに感じる。もっと反省しろ、アホ。


「何か坂本って将来尻に敷かれそうなタイプだよね」


 ムカツクけれど佐藤の言葉は無視。


「はあ……。っていうかさ、何であんなにマジになってたのよ? 相手は本職のサッカー部みたいじゃない。そんなの張り合っても勝てる訳ないのに」


 まあ、見る限り割りといいところまで行っていたみたいだけれど。その辺は黙っておこう。


「う~ん……それは、その……」

「何よ?」

「ええっと……男のプライドってやつだ!」


 迷った挙句、誠二は堂々とそんなことを宣った。


「…………は? 何それ」

「あいつはさ」


 と、行ったところで鳴り響くチャイムの音。


「はーい、始めますよー」


 すぐにやって来た世界史の教師が私達の会話を早速遮って今日最後の授業が始まる。誠二の言った謎の『男のプライド』とういうのは気になるけれど、授業が始まってしまうと流石に聞くことは出来ない。とにかく授業の終了を待つしかない。


「……プライド、ねえ」


 そんな言葉が誠二の奴から出て来るのが、何となく意外だった。

 そして教師の語る古代インド文明の話は全く入って来なかった。それはまあ、いつものことだけれど。















「無理、カタカナ語ばっかり続くの無理。意味分かんない。ちなみに漢字ばっかり続くのも意味分かんない」

「それってお前、世界史全般無理ってことだろ……」


 誠二のツッコミを否定出来ない。全く無理だ、メソポタミアとかエジプトとかインドとか全く興味が沸かない。私の興味がある地域は北欧だ。メタルの聖地だ。イングウェイの出身地だ。あとバイキングメタルとかジャーマンメタルとかもダッサクて格好良くて好きだ。

 授業がその辺までいくまで息を堪えて耐え忍ぼう。多分テストにチュリサスとかカイ・ハンセンとかを書く問題は出てこないだろうけど、それでも勉強する上で興味感心って大切だと思う。まあこれは言い訳できないほど、言い訳だけれど。

「……誠二」

「ん、あんだよ?」

「部室」

「は?」

「部室、行こう」

「お、おう……」


 今日は全体練習はないけれど、とにかく珍しく歯切れの悪い誠二の様子が気になって、私は誠二を部室に誘った。


「ああっ、放課後になるなり若さを持て余した二人は、またも薄暗い密室にしけこむのだった。何て不健康、いやむしろ動物的には全く正常超健康!」

「じゃーなー夏彦ー」


 放課後になったばかりの騒がしい教室を抜けて部室棟へと向かう。後ろから聞こえる騒がしい佐藤の戯言も無視。誠二は律儀に挨拶なんかしていたけれど、私は当然無視をする。いつか必ずお返しに嫌がらせしてやるからな。



 相変わらずガッタガタの部室の引き戸を開いて部室に入る。自然に私はギターアンプ前に設置された粗末な椅子へ、誠二はドラムスツールへ腰掛ける。


「んで、『男のプライド』って何よ?」

「……何で覚えてんだよそんなこと。奈緒って成績の割に結構記憶力いいのか?」

「うっさい、成績のことなんて今は関係ないでしょうが。はい、いいから答えなさい。拒否権は無し」

「う~ん……」


 誠二は少し悩んだ後、


「あいつさ、あの俺とボール取り合ってたあいつ。田上っていうんだ。小学校から一緒なんだよ」


 ポツポツと、話し始めた。


「へえ、そしたら幼馴染って奴?」

「初めて会ったのが小五の時だから、ちょっとそれとは違う気がするけどな」

「で、その田中だっけ? そいつが何なのよ?」

「田上、な。やっぱ成績通りの記憶力なのか?」


 イラッと来たので右足で床を一発、思いっきり踏み込んで遺憾の意を表明する。木造の部室棟はやっぱり床も頑丈ではないので、いい感じに迫力のある音が鳴り響いた。


「お、怒るなって!」

「だったらいちいち茶々入れるの止めなさいっての」

「へいへい……。んで俺はな、あいつには、田上には負けたくないんだよ」


 そう言いながら俯いた誠二の表情はいつになく真剣なものだった。


「……仲、悪いの?」

「いや、そういう訳じゃない。むしろ昔から仲は良いと思う。でもまあ、色々あるんだよ」

「ふ~ん」


 色々、か。確かに長い付き合いならば、私の想像できない色々というものもあるんだろう。トラウマに触れてしまってもいけないので、私はこれ以上深入りしない事にした。


「んでさ、奈緒」

「何よ?」

「次のライブ、頑張ろうな」


 何だこいつは唐突に。ライブに向けて頑張るのは当然だけど、どうしてここでその話に飛ぶのかが私には理解できない。


「っていうか……ライブのことなんて忘れて、体育で本気になって大怪我仕掛けた奴が何言ってんのよ。今の会話の流れ全く関係ないでしょうが」

「それが関係あるんだよなあ」

「は?」

「今度の対バンの Lily Garden。あれ、あいつのバンドなんだよ。しかも田上はドラム。他のメンバーもリードギター意外は小学生の頃からの友達っていう」

「お、おお……」


 なるほど、誠二にとっては馴染み深い連中になる訳か。それは確かに負けられない。バンドだろうがサッカーだろうが負けたくないという気持ちにもなる訳だ。そして必然的に、メンバーである私にとっても負けられない戦いということになる。


「ねえ誠二、そのバンドって上手いの?」

「まあ、そこそこ……。田上は俺と同じ位、かな? リードギターに関してはちゃんと聴いたことないけど、結構上手いって話しらしい」

「よっしゃあ誠二、早速練習だ!」


 男を賭けた負けられない戦いってやつか、何か気分が盛り上がってきた。


「おうやろう! 新曲ももう大体覚えたぜ」


 バトルだ、ファイトだ、燃える展開だ。やはりこれこそ私の青春じゃなかろうか。


「また迷子になんてなったら承知しないかんね! もし見失ったら今度はチャー定ダブルに餃子もつけるから覚悟しなさい!」

「そ、それは流石に俺の財布が死ぬってば!」


 そんな話をしていたら何だかお腹が減ってきた。誠二が迷子になってもならなくても、今日はどこかに寄り道していこう。ファストフードでもラーメンでも牛丼でも、何でも構わない。

 そうだな、もし誠二がちゃんと一発で最後まで新曲を通せたら、たまには誠二の希望を聞いてやってもいいか。


「さあ、いっちょやりますか!」


 でもまあ、迷子になったら本当にちゃんと奢らせるから、だから調子に乗るなよアホ誠二。

 


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