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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第23話 All Hope Is Gone


 次のライブが決まった、それだけで私の心の中のモヤモヤやイライラは全て吹き飛んだ。ついでにテストのことも全て吹き飛んだのだけど、それは正直とってもどうでも良い。もういくらあがいたってどうにもならないのだから。


「おっはよう誠二! どうした? なんか眠そうじゃん。ああそうか、次のライブが決まった興奮で昨夜あんまり眠れなかったんでしょ?」


 翌日、ウキウキ気分で登校すると誠二が眠そうなツラで教科書と睨めっこしていた。


「ふわぁ……違うけど、まあそれでいいよ」

「そうだよねえ! 私も嬉しくてついつい遅くまでギターの練習しちゃってさあ」


 昨日は調子が良かったので、中々練習を切り上げられなかった。左手の動きがやたらとキレていて仕方がなかったのだ。


「……本当にテストのことはどうでもいいんだな、奈緒」

「ハハハ、清々しい現実逃避っぷりだと僕も感心するよ~。かく言う僕も昨日はつい遅くまでゲームやっちゃって」


 ぐったりした様子の誠二に続けて、その後ろから佐藤がいつものような脳天気な笑い声をあげる。誠二に反して佐藤は何だか余裕たっぷりだ。ああそうか、あれなのか。実はこいつ私と同類なのか。開き直り系という訳だ。ふふふ、いつもは何考えてるか分からない野郎だが、なぜだか今日は親近感を覚えるな。


「そうかそうか佐藤、うんうん。そうかそうか」

「あっははは~、うんうん、そうなんだよ~」


 そんな会話をしている内にチャイムが鳴りひびき、先生がテスト用紙を持って教室に入ってくる。

 でも私は怖くない。次のライブは決まったのだし。覚悟はできているし、佐藤という無勉強仲間もいるのだから。


「ハッハー、ノーフィアー!!」

「……おい近藤、プロレスが好きなのは分かったけど早く席につけ」


 担任の、冷静なツッコミが入った。

 よし佐藤、糞ったれな中間試験にクロスボンバーでも決めてやろうじゃないか。















 2日間の苦行を経て、晴れて試験の全日程は終了した。色々と終わった気がするがひとまずそのことはさて置き、大事なのは迫り来る次のライブ。私達は放課後部室に集まってミーティングをしていた。


「時間がある訳じゃないしなあ。新曲をやるかどうか、だけど……」


 全くファックだ。先輩も何を日和ってやがるんだ。全曲新曲くらいの気合でいかなきゃダメだろうが。とにかく上手くなるには、何はなくとも量なのだ。ひたすらに量をこなせば、そのうち質は付いてくるのだ。

 やるに決まってるじゃないですか、と


「やるに決まってるじゃないですか!」


 私がそう言おうとする前に、誠二が口を挟んできた。おお、何と頼もしい。この前の上手くなりたいという言葉は嘘じゃなかったらしい。中々見上げたものじゃないか。


「へえやる気マンマンじゃないか坂本。でも大丈夫か? 練習間に合う?」

「それはー、えーっと……多分、大丈夫、かな?」


 って格好良く飛び出した割に頼りないなあ、おい。


「おいおい大見得きった割に頼りないじゃないか、坂本」


 これにはトモ先輩も苦笑いしながら誠二に返す。


「だ、大丈夫だよな、奈緒?」

「私に聞くなっての、アホ」


 少しは格好良いかと思ったら、全くこいつは……。


「でもまあ」


 でもまあ、しかし、


「私も大丈夫だと思いますよ」


 少しはこのアホの肩を持ってやろうと思う。実力は伴わなくても、やる気だけは認めてやろうとそう思う。


「ま、誠二はともかく私に弾ききれない曲なんてないですから」

「さっすが奈緒ちゃん格好良いねえ」

「はは、頼もしいばかりだね」


 トモ先輩の言葉にマサル先輩も笑って続けた。


「うっし、じゃあ新曲決めようか。俺がやりたい曲はねえ~」


 よし、念願の新曲だ。心の中で私はガッツポーズを決める。


「私のやりたいメタ」

「はいはいメタルはまた今度ね~」


 流された、ファック。




 そんなこんなの会議の結果新曲は一曲ということになった。まあ、妥当なところだろう。


「んじゃあ新曲はバックホーンのコバルトブルーで決定ってことで! いやっほう!」


 決定にトモ先輩が嬉しそうな声ではしゃぐ。この曲はトモ先輩の猛烈なプッシュによって決まったので、きっと嬉しさも一入なのだろう。前回のライブでやった五曲はトモ先輩とマサル先輩が昔やったことのある曲だったが、今回の新曲は全員にとっての新曲になる。


「格好良い曲ですね、これ!」


 冒頭から何度も繰り返される攻撃的なリフが特徴的な疾走感のある曲で、初めて聞いた誠二も気に入ったようだった。私も特にこの選曲に文句はない。強いて言うならソロがないところだろうか。目立つポイントが少ない。ギターとしてはそこまで美味しい曲ではない。


「っていうかトモ先輩はこの曲大丈夫なんですか?」

「ん? 何が?」

「この曲、ベース結構難しくないですか? 間に合います?」


 ぱっと聞いただけでベースパートはルート弾きだけでなく忙しなく動く曲だと分かる。この曲を一週間そこそこで仕上げるというのは厳しい気がするが、


「ああ、もうほとんど弾けるようにはなってるから大丈夫」

「は?」

「前からこの曲やりたくってさあ、練習しといたんだよね~」

「……そうですか」


 そんな心配は無用だったらしい。自分だけは準備万端で話を進めていたというわけか、中々強かな性格だと思う。マサル先輩も呆れた顔でトモ先輩にため息をついた。


「よっしゃあ、やったるぞー!」


 誠二だけは呑気に意気込んでいた。一番の心配はお前がこの短期間でマスターできるかっていうところなんだけどなあ。


「それじゃあ、練習の日程決めて行こうか」


 マサル先輩の仕切りで再び話し合いが再開した。

 とにかくやるっきゃない。やりたいのだから、やるっきゃあないのだ。













 翌日から、私と誠二の朝練が再開した。

 眠いし眠たいし寝たいし寝てたいけれど、それでもバンドのためだ。


 駅から学校へと続く坂道をギターを担いでのろのろ登っていく。朝練へ向かうジャージの生徒たちに次々と抜かされながら、大きなあくびをしながら五月の陽気の中をちんたら歩く。


「うーっす、はよー」


 ボロボロの部室棟の二階の隅、ガタガタの引き戸を開けて軽音部室に入ると誠二が準備万端でドラムセットの中央に座っていた。


「おう、おはよう奈緒!」


 そう言う誠二の表情は五月の太陽にも負けない明るく爽やかだ。


「あんたはいつも朝早くから元気ねー」

「そういうお前は朝早い時は大抵ダルそうだなー」

「いいのいいの、朝には弱いほうがミュージシャンっぽいじゃん」

「そうか?」

「そうなのよ」


 誠二と何の毒にも薬にもならない話をしながら、私はギターをケースから取り出す。窓から差し込む朝日がピックガードに反射して目に眩しい。


「あ、誠二。あんた今度の対バンチェックした?」

「いや、してない。てかどこで見られんの?」


 呆れたやつだ。こういうところの意識が足りないのだ。


「ライトニングのホームページ。もう私達のバンド名もアップされてたよ。ほら、見てみ」

「お、おう」


 私は誠二にずいっと携帯の画面を押し出す。画面には他の四バンドの名前の最後に私達JUNK ROCKが連なっていた。何だかこういうのって感慨深い。


「前回は高校生バンドを集めた企画だったけど、今回は通常のブッキングだから色んなバンドが出るみたいね。大学生とか社会人とか、ツアーバンドとか」


 昨夜の内に対バンのホームページはあるものに関してだけだが全てチェックした。中にはデモ音源やライブ映像をアップしているバンドもあったりして、メタルバンドがなかったのは残念だったものの中々楽しめた。


「ま、今回も一番ギターが上手いのは私だろうな」


 ツアバンのギタリストも中々上手だったが、私には敵わないな。うん。


「いつもながらすごい自信だよな……ん? このバンド……」

「どした? 知ってるバンドでもあった?」

「うん。まあ、知ってるバンド、っていうか知り合いのバンドだな。この『Lily Garden』っての」

「へー、あんたの知り合いか。高校生?」

「ああ、メンバー全員俺らと同い年だよ」


 ほう、誠二と知り合いの同級生バンドか。一体どんなバンドなんだろう。確かこのバンドにはホームページもなかったはずだ。


「……よし、奈緒。練習始めよう」

「え? ああ、おう、始めようか」


 誠二は私に携帯を返し、こいつにしては珍しい真面目くさった顔でそう言った。

 どうしたんだろうかと気にはなったけれど、ひとまず練習を始めることにした。













 その日、テストが、返ってきた。


「ふ、ふふ、ふふふふふ……」


 しかもテスト返しの初っ端にやってきたのは一番自信がなかった数学だった。流石県内一の進学校の試験だけあって、難易度も高い。平均点が四十九点なんて初めて見た。ははは、そして二十点なんて初めて取った。


「お、おい奈緒。大丈夫か?」


 当然予想は出来ていたし心の準備も万端ではあったが、やはり目の前につきつけられた現実の破壊力は大きい。


「ねえ誠二、あんたは何点だった!? 見せて、ねえ見せて、見せろこの野郎!」


 もし誠二が平均点以上取っていたらどうしてやろうか。そんな優秀な奴は裏切り者だ。殺すしかない。いやまあ完全に八つ当たりなのは分かっているけれど、それでもそんなものを見たら私は完全にキレる。キレてしまう。


「うわっ、止めろって!」


 誠二の手元から返却された解答用紙をぶんどる。そして奴の解答用紙右上に記された点数は、


「四十、一点……くっ!」


 平均点以下なのは良かった、安心した、私は殺人犯にならなくて済んだ。だがしかし、私の倍近い点数だ。糞、この野郎、悔しい。


 誰か、誰か居ないのか私より点数が低い奴は。私より馬鹿なやつは居ないのか。


「……はっ! そうだ佐藤! お前は、お前なら!」

「ん~? どうしたの近藤さん?」


 佐藤は机の上に上体を投げ出した体勢でぐったりとしていた。その反応はきっと酷い点数を取って打ちのめされているからに違いない。そうだ、こいつも私と同じ無勉強仲間だ。夜遅くまでゲームばかりやっていたんだ。こいつなら信じられる。私と苦しみを分かち合える。友情パワーだ。そしてあの無慈悲な数学教師にかましてやろう、私達巌流島コンビのクロスボンバーを!


「テストの結果を、見せろ!」

「ん~、別にいいよぉ~」

「いきます! グオゴゴゴ」


 ペラリとこともなさ気に差し出された佐藤の解答用紙を見て、


「ギャアーーッ!」


 わたしはしんだ。


「あはは、近藤さーん。何そのノーズフェンシング食らったみたいな反応? ねえ坂本?」

「いや、その例えはよく分からない……にしても、お前よくこのテストで九十四点も取れるな」

「あはは~、数学は得意だからね~」


 信じられるものなど、本当は最初から何もなかった。

 全ての希望は、消え去ったのだった。



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