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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第20話 Countdown To The Revolution


 初めてのライブ、手応えはまあまあだった。ステージ上で演奏している限りは、自分たちの演奏はそれなりのものじゃないかという感触があった。貰った録音にもそのようなものが入っていると思っていたし、早く聴きたいという期待もあった。

 だがしかし、実際にライン録りを聞いてみるとそんな予想や期待なんていうものはあっけなくふっ飛ばされた。

 テンポは思っていた以上に走っているし、メンバー全員のタイミングが合っていない部分もたくさんあったし、音は細くて頼りないし、気付かなかったミスもあったし……数え上げればきりがないほど欠点ばかりの演奏だ。


 気分はどんより、最低、どん底。未来は灰色、光が見えない。全てをオーディオのメーカーと電力会社のせいにしないと正気を保てない程だった。


「はっはっはー、やっぱりそうだったか!」


 放課後、誠二と一緒に二年生の教室まで行くと、トモ先輩は楽しそうな声で私達を迎えた。


「や、やっぱりってどういう意味ですか!?」


 もしかしてトモ先輩は私達の演奏がゴミ以下の何かであることが分かっていたのだろうか。分かっていてあんなに楽しそうに演奏していたのだろうか。


「ふ……。俺くらいになると、どのくらいの出来だったかなんて演奏しながらでも分かるのさ」

「格好つけんなっての」

「痛てっ、何すんだよマサル」


 偉そうにふんぞり返ったトモ先輩の頭に、後ろからマサル先輩のチョップが突き刺さった。


「近藤さん、坂本。昨日のライン録り聞いたんだよね?」

「……はい、昼休みに部室で」

「最高にファックな産廃以下のゲロ糞でした」


 正直な感想を述べた。想像と違いすぎていたあの大惨事はもはやトラウマレベルだ。


「……なあ奈緒、その言葉遣いは流石にどうかと思う」

「うるさい、その中でも一番酷い演奏してた奴は黙ってろ」

「うぐっ……てめえ、俺も結構気にしてたっていうのによくも」

「まあまあ、二人共落ち着いて」


 誠二と言い合いになりかけたところを、マサル先輩は苦笑いを浮かべながら遮った。


「あんまり過剰に落ち込まなくても大丈夫。ライン録りっていうのはさ、大体そういうものなんだよ」


 そういうもの、とは一体どういうことなのか。マサル先輩の横でトモ先輩もうんうんと頷いているが、私と誠二にその言葉の意味するところは分からない。


「ライブの前にPAの役割について説明したのは二人共覚えてるよね?」

「えーっと……」

「あんたがパーキングエリアとかいう小学生レベルのボケをかましたアレよ」

「ああ、あれか! 思い出した思い出した」


 誠二はピンと来ていない様子だったので嫌味も込めて思い出させてやった。まあ私の嫌味にこの馬鹿は気が付いていない様子だったけれど。


「ライブハウスのメインスピーカーからは俺達がステージで演奏したのがそのまま聞こえてる訳じゃなくて、一度PA卓を経由して加工されたものが出てるっていうのも説明したよね?」


 ボーカルが使うものだけでなく、ギターやベースアンプ類の前にもドラムの各パーツにもマイクは立てられている。そのマイクから拾ったそれぞれの音をミックスして調整して音圧を増やして、そして観客の耳に届ける。それがPAの役割で、PAの人は大体ライブ会場の後ろのほうに居て、目盛りの沢山ある大きな機械ミキサーというをいじっている。


「それでね、ライン録りのラインっていうのはその加工される前の音なんだ。基本的にステージの上で拾った音をそのまんまってこと。だから初めて聞くと、いつも聞いてる音よりもずっと下手に聴こえるものなんだ」


「拾った音そのまんま……ってことはいつも聞こえてる音ってことじゃないんですか?」


 誠二の質問に、今まで黙っていたトモ先輩がチッチッチ、と三回舌打ちをしてから答えた。


「それが違うんだなあ坂本、音っていうのはそんな単純なものじゃない」


 トモ先輩は胸を張って得意げな顔だった。なんだろうか、ムカツク。


「今ここで歌を歌った時と風呂場とかカラオケで歌った時、どっちが上手く聴こえる?」

「そりゃあ当然、風呂場とかカラオケじゃないすか?」

「うん、そうだな正解。じゃあ、それはどうしてだ?」

「どうしてってそりゃあ、風呂場とかカラオケのほうが音が良く響くからっすよね」

「そう、音の響き! これが今回の大きな問題なんだぜ!」


 ビシッと誠二に向かって人差し指を向けるトモ先輩。なんかこの人は一々大げさというか芝居がかっているというか。


「いつも俺達が演奏しながら聞いてる音ってのはさ、反響して部屋の中をグルグル回った後耳に届いてる音なんだよ。それに対してこのライン録りっていうのは演奏したそのまんまの音、つまりいつもの響きがない音なんだ!」


 なるほど、だからいつもの自分の音色やバンドのサウンドに違和感があったわけか。納得した。


「普段ロックバンドって大きい音出して演奏してるでしょ? デカい音がグルグル回ってるわけだから細かいメンバー間のタイミングのズレとかも誤魔化されちゃうわけ。実際お客さんの耳に入ってるのはライン録りとは違う音だから、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ」


 マサル先輩が補足するようにそう言った。

 なるほどなるほど、やはり私が天才というのは間違えていなかった。うん、少し自信を取り戻すことができた。安心安心。


「いやー俺達も初めてライブハウス出た時、録音聞いて滅茶苦茶落ち込んだんだよ。懐かしい思い出だねえ、マサル」

「まだ懐かしむ程時間経ってないだろ、せいぜい半年ちょっと前だ。……でもまあ、あれは落ち込んだなあ。結構バンド辞めたくなったよ」


 二人は遠い目をして昔を思い出していた。そういえば私達とバンドを組む前も先輩たちは一緒にバンドをやっていたのか。どんなバンドだったんだろう、少し気になる。


「そんなわけだからさ、初めての録音を聞いて落ち込むっていうのはバンドマンとしての通過儀礼みたいなもんだから、あんまり気にしなくてオッケー。これに懲りずにこれからも頑張っていこうぜ!」


 トモ先輩は明るい笑顔でそう言った。これにて『私達のライン録りが糞なのはどう考えてもソニーと東電が悪い』問題は無事解決した――











 ――と思っていたのは私だけだったようだ。


「なあ奈緒」


 その日はギターも持ってきていなかったのでそのまま帰ることにした。先輩たちの教室を出てしばらく歩いた後、誠二が突如口を開いた。


「ん、何?」

「さっきの話なんだけどさ」

「さっきの話って、ライン録りのこと?」

「うん、そう」


 誠二は歩みを止めて話し始めた。


「『ライン録りは反響がほとんどないから下手に聴こえるもの』って話だったけど、それだけで納得できたか?」

「え?」


 誠二の表情が、いつになく真剣だった。


「確かに反響がないから下手に聴こえるっていうのはあると思うけどさ、あの録音がダメダメだったのはそれだけが理由じゃないと思うんだよ」

「う、うん」


 何だかその迫力に私は少し押されてしまっていた。


「バンド全体としてテンポは走ってたしミスはちょこちょこあったのは、反響とかそういう問題じゃないし。それにタイミングだってまだまだ揃えられるし。……俺たちバンドとして、全然まだまだなんだな」


 確かに誠二の言う通り反響の問題を言い訳にできない事項もあるし、それを言い訳にしていてはいけない部分もある。正論、全くの正論だ。その正論を目の前に私は何も言えなくなってしまった。


「って、一番足を引っ張ってる俺がいうことじゃないか」


 ハハハと自嘲気味に誠二は笑った。それでも私は一緒に笑うことは出来ない。


「いや、まあ、あんたは間違ってないよ。うん」


 だって、自分が恥ずかしかったから。先輩の言葉に安心しきって、呑気に考えていた自分がとっても恥ずかしかったから。だから私は笑えない。誠二の顔をまっすぐ見れず、私はそう答えた。


「……なあ奈緒、俺はどうやったらもっと上手くなれるんだろう。どうやったら、奈緒や先輩の足を引っ張らなくて済むようになれるんだ?」


 誠二はもっと自分を高めようとしていた。私は天才だ、とか抜かして満足しかけていた私とは違った。彼は立派で、格好良くて、そして私は果てしなく格好悪かった。


「それは……」


 あんな演奏で満足しかけていた私に、何が言えるだろうか。何と言っていいんだろうか。言いよどむ、言葉が見つからない。


「……まあ、あれだよな」


 一つ小さく息を付いて、誠二は言った。


「とにかく練習あるのみ、だな。近道なんてない、迷っている暇があったらとにかくやれって、そういう話だよな」


 私が言葉を探している間に、誠二の表情はいつものものに戻っていた。


「そ、そうね、うん。とにかく奢らず、休まず、怠けず、練習あるのみ、ね」


 誠二に合わせて私も明るめの表情を意識してそう言った。言ったけれど、その言葉は自分自身に返って来て、刃をこちらに向けて、グサグサと心に突き刺さって、熱い血が流れ出て、それでも私はそれを誠二には悟られないよう必死に隠す。


「うっし、じゃあ俺部室で練習してくるわ。奈緒はどうする?」


 どこまでもこいつは前向きだった。眩しいくらいに前向きだ。そんな誠二と自分を比べると恥かしいし落ち込む。


「……私は、ギターも持ってきてないし、帰るわ」


 だけどいつまでもそうしてはいられない。こいつに負けてはいられない。私も前を、上を向かなければいけない。感傷に浸る暇なんてないのだ、そんなものはファックなのだ。


「そっか、じゃあまた明日」

「ん、また明日」


 誠二と別れて早歩きで家路に着く。

 一刻も早く家に帰ろう、家に帰ってギターを持とう。

 ギターを弾こう。私だってまだまだ、もっともっと上手くなれる。ライン録りのお陰で、伸びしろはたっぷり見つかった。

 もっとタイトなリズム感を身につけなければ。もっともっとバンドで映える音を作らなければ。

 やるべきことは沢山、一杯、山のようにある。

 早く、早く、早く帰ろう。早くギターを弾こう。もっと速くギターを弾けるようになろう。



 上履きを履き替えて昇降口から出る。下校途中の生徒をどんどん抜かして、駅へと向かう。

 五月の空は高く青い。いい天気だ。これから家に引きこもってギターを弾きまくるのだから天気なんて関係ないか。


「でも、まあ……」


 関係ないけれど、悪くはない。


 そんな風に空を見上げながら早足で歩いていると、


「うわっ!」

「きゃっ!」


 前を歩いていた女子生徒とぶつかって、転倒。やはりしっかり前を向いて歩かなければ危ない。うん、当然のことだ。気をつけよう。


「す、すいませんでした!!」


 勢い良く立ち上がって頭を下げる。


「……ごめんなさい、私もちょっとボーっとして」


 耳に飛び込んできたのは冷たい、でも綺麗な高音。上品な声だった。頭をあげてぶつかってしまった相手を見ると、それは私の知っている人物だった。


「……も、桃瀬……姫子」


 ゆるりふわりと巻かれたセミロングの黒髪、雪のような白い肌に恐ろしく整った顔立ち。少女漫画のように大きな瞳と長いまつげ、艶かしい桜色の唇。まるで童話の中からそのまま出てきたかのような、名前の通りお姫様みたいな存在。それが桃瀬姫子だった。


「えっと、あなたは……」


 桃瀬は学年でも有名な美人、美少女。私とは住む世界が違うお嬢様。クラスも違うので私のことは知らなくて当然だろう。別にお知り合いになりたいわけでもないし、名乗るのはやめておこう。


「怪我は無い? 大丈夫?」

「ええ、特には」


 立ち上がり制服についた埃を払う姿も何故か様になる。


「そっか、良かった。本当にごめんね、私の不注意で」

「いえ、いいのよ。さっきも言ったけど、私もぼんやりしていたから」


 上品だ、落ち着いている。うーん、こういう相手は苦手だ。さっさと逃げ出そう。そして帰ってギターを弾こう。


「じゃ、じゃあ急ぐから! ごめんね!」


 そう言って私は坂道を駆け下りていった。

 桃瀬には申し訳ないけれど、私には時間がないのだから。


 練習して練習してもっと上手くならなければ、私はあいつに置いて行かれてしまうかもしれないから。



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