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第2話 Carry On

 私の家は自営業だ。正確に言えば酒屋を営んでいる。

 『近藤酒店』なんの捻りもないネーミングだと思う。まあ別に、嫌じゃないけど。


「ただいまー」

「おう、奈緒! 随分早いじゃねえか、今日は初部活じゃなかったのか?」


 レジカウンターに座って、タバコを咥えてスポーツ新聞を読んでいるオッサンが私の父親、近藤龍一。


「ま、色々あってね。帰ってきた」

「何でえ、浮かない顔してるな?」

「別に、何でもないよ」


 もう高校生なんだから、父親に何でも話すことはないのだ。靴を脱いで店から家に上がる。


「お、分かった! 高校入学、早速失恋か!?」

「んな訳あるかっての、このアホ親父」


 このオッサンは酒の飲み過ぎで脳細胞が死滅してしまったんだろうか。


「つれないじゃないか奈緒ちゃんよお。お父さんは心配なんだよ、お前に一生彼氏なんて出来ないんじゃないかって」

「別にどうだっていいよ、そんなの」

「はあ……どうしてこんなに色気のない娘に育っちまったのかねえ」


 うるさい、大きなお世話だ。


「お前ももうちょっと髪型とか服装に気を使えば、それなりになりそうなもんなんだけどなあ。顔は母さんに似て悪くないし」

「そんなことしてる暇なんて、私には無いの」


 そう、おしゃれだとか恋愛なんかしている暇があったら、私はギターを練習しなければならない。髪は伸びっぱなしのボサボサだけど、これはこれでメタラーっぽくて良いと私は思っている。


「んじゃ、晩御飯まで部屋にいるから」

「ほいほい~」


 2階の自室へ入り、部屋着に着替える。Tシャツとスウェット。もちろんTシャツはメタルT、今日はアングラのにしよう。


 着替えが終わったので、スタンドからギターを外してベッドに腰掛ける。私のギターは父親のお下がりだ。フェンダージャパンの赤いストラトキャスター、年季は入っているがしっかりメンテナンスもしている。悪い音ではない。


 私がギターを始めたのは父親の影響だ。若い頃からあの親父は大のヘヴィ・メタルファンで、私は幼い頃からそういった音楽を聞いて育ってきたのだから、まあこうなるのも当然の結果と言えるだろう。ちなみに親父はギターを全く弾けない。格好付けて買ってみたはいいものの、Fコードで挫折したという何とも情けないタイプの人間だ。ああいう大人にはなりたくない。


「よっし、今日も始めますか」


 練習用アンプのスイッチを入れる。もちろん大きな音を出すことは出来ないので、音量は控えめだ。ああ自分の部屋に防音設備があれば、大きなアンプで思いっきり爆音を垂れ流して練習ができるのに。今はそんなことを考えても仕方がないが、いつかプロになってしこたま金を稼いだら自宅には絶対防音スタジオを作ろうと思う。


 音色を適当にクリーンで作って、まずは運指の練習から始める。これはいわゆる準備体操みたいなものだ。

 ゆっくり力を抜いて、ローテンポのメトロノームに合わせて、一音一音をしっかり、丁寧に鳴らす。慌てず、動きは最小限に抑えることを意識しなければならない。ローテンポでしばらく練習をしたら、徐々にスピードを上げていく。スピードが上がっても音は変わらないよう、気をつけて弾く。


「……こんなもんか」


 ギリギリ弾き切れないぐらいの速さのところで、一旦運指練習を止める。時計を見ると15分ほど経過していた。さあ、ここからが練習の本番だ。


「今日は、どれにしよかなっと」


 CDラックの前に立って、今日の教材を探す。私の背より少し低いくらいのラックの中には、ぎっしりとCDが詰まっている。この大量のCDはあのヘタレ親父の昔のコレクションと、私が集めたものだ。


「折角だし、今日はTシャツに合わせてみよ」


 今日着ているTシャツのアングラはブラジルのメタルバンドだ。私はラックの中からアングラのファースト・アルバム、エンジェルズ・クライを取り出して、コンポのなかに入れた。


 アルバムの1曲目は荘厳な前奏曲。それが終わると攻撃的なギターリフで2曲目、キャリーオンが始まる。アングラの代表曲といえるこの曲に、私も合わせてギターを弾く。心地よく歪んだ音色でお馴染みのリフを、刻みを、ソロを演奏する。上手く出来なかったところは一旦停止して、出来るようになるまで繰り返し練習する。そして最初の曲を弾き切ったら、次の曲。そしてそれが終わったらまた次の曲、と基本的にアルバム1枚を完全にコピー出来るようになるまでギターを引き続ける。


 このように私の練習は大きく分けて2つのパートに分けられる。前半は運指などの基礎練習をして、後半はコピーをする。比重的には3:7か2:8ぐらいだろうか、難しくなるほど後半の方が長くなりがちだ。


 今日は約1時間のアルバムに対して、大体2時間弱かかった。


「……あー、ギター楽しい」


 一仕事終えたような充実感と共に、私はギターを抱えたままベッドに倒れ込んだ。仰向けになって大きく伸びをすると、凝り固まっていた筋がぎゅっと伸びて気持ちが良かった。


 中学時代、私は部活もやらずに、友達と遊ぶこともなく、ひたすら部屋に引きこもって一人でギターを弾き続けた。一人で毎日やっていても、一向に飽きる気配がない。こんなに何かに熱中出来たのは、ギターが初めてだった。


 だからこそ、プロになりたいと思う。他の夢なんて特に無い。こんなに夢中になれることを一生続けて、それで食って行きたい。


「やっぱ、バンドは組まなきゃだよなあ……」


 そのために、やっぱり私はとにかくバンドを組まなきゃいけない。一人じゃライブもできないし、私は他の楽器ができないから音源だって作れない。


 私の前途は多難、であった。

 それでもとにかく、めげずに、私は頑張って行かなければならない。


「キャリーオン、か……」


 今の私にはピッタリの曲だと思った。

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