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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第19話 Heavy Metal Thunder

「うーっす」


 やっかいな家族を逃れて登校し、やっとのことで教室にたどり着く。なんだか今日は朝から余計に疲れた気がする。


「んあー、おはよー近藤さん……おろ?」

「な、何だよ?」

「ふ~ん、へえ~……」


 人の顔を見るなり、佐藤は何やら意味深な笑みを浮かべてこちらを見つめた。


「いや~、そっかそっか~」

「だから何だって言ってるでしょ?」

「うんうん、僕からは何も言わないことにするよ。最初に誰が言うかって結構大事でしょ?」


 あれか、こいつもウチの家族と一緒なのか。全く皆、なんでこう揃いも揃って脳みそがピンク色なんだろうか。


「意味分かんないっての……」

「なはは~」


 今日も椅子の上にしゃがむというおかしな姿勢で佐藤は席に着いていた。変な奴だ。


「そういや昨日のライブはどうだったの? 上手く行ったー?」

「ふん、この私が失敗する訳ないでしょ? そりゃあもう完璧よ」

「そっかー、良かったねー」

「次は佐藤も来なさいよ。そしてチケット買え」

「あははー僕お金ないしゲーム買いたいし無理かなー」

「いいからチケット買え」

「うん、今度ねー」

「チケット買え」


 佐藤とそんな話をしていると、予鈴ギリギリのところで誠二がやってきた。


「おっすおはよー」

「あ、坂本おはよう」

「お、おはよう誠二……」

「お、奈緒昨日はお疲れ。あれ? その髪」

「へ? あ、ああ。うん、これは、その」


 いや、別に、誠二に似合うとか言われたからポニーテールにして来たわけじゃないし。全然そういうんじゃないから、勘違いしないで欲しいんだよね。本当にマジで。うん。


「そっか、そっか。今日も熱くなりそうだしなー」

「………………」

「なあ夏彦、数学の課題っていつ提出だったっけ?」

「あー、あれ? 確か先週の水曜だよ」

「………………」

「げえ!? マジかよ完全に忘れてた……」

「ハハハ、大丈夫大丈夫。僕もやってないから~」

「そっか、うん。そしたら大丈夫だな」


 ……大丈夫な訳、ないだろうが。何だお前、それは。それだけか、反応はそれだけなのか。いや、別に褒めて欲しいとかそういう訳じゃなかったし、変に思われたくもなかったけどさ。でもあまりに額面通りにとられるのもなんか気に食わないっていうか。


「近藤さん、近藤さん」

「……何?」


 佐藤が何やらこそこそ声で私に語りかける。そして親指を立てて右拳を突き出す。


「ドンマイ!」

「……殺すぞ」

「お、何だ? 奈緒も課題忘れてたのか?」

「うるせえファック」


 違う、そういう問題じゃない。アホが。


「はっはっは、まあ過ぎたことを言っても仕方がないさ。うん、気楽に行こうぜ」


 まあ、確かに課題は全く忘れていたけれど。兎にも角にもファックだ。


「あ、そうだ奈緒。これ」


 ひとしきりアホな笑いを続けた後、誠二はかばんから1枚のCDを取り出した。


「あっ、これ昨日の録音!? 聞いた? どうだった?」

「お、おう。凄い食付きだな」


 身を乗り出した私に、誠二は若干引き気味の苦笑いで言った。


「で? 出来はどうだった?」


 引かれようが関係ない。内容のほうがよっぽど重要だ。


「実はまだ聞いてないんだよな」

「はあ? 何よそれ?」


 意味がわからない。折角私とのじゃんけんに勝利したのに、一番に聞かないなんて勿体無いじゃないか。


「なんか一人で聞くの怖かったていうかさ」

「あんたねえ……」


 呆れる、変な所でビビりなやつだ。


「それにやっぱ、折角俺達の初ライブだったんだから奈緒と一緒に聞きたかったし」

「……ふ~ん」

「昼休み、弁当食いながら部室で一緒に聞こうぜ」

「……まあ、いいけど」


 まあ、それはそれでいいか。誠二がそこまで言うのなら付き合ってやらないこともない。


「近藤さん、近藤さん」

「何よ、佐藤?」


 そして佐藤は先程より明るい笑みを浮かべて、親指を突き立てる。


「やったね仲良くお弁当イベント!」

「黙れ糞野郎」


 中指を突き立てて私はそれに対抗した。













 午前の授業が終わった。何だかんだほとんど寝ていたので内容は覚えていない。


「よし誠二、部室に行こう! さあ行こうすぐ行こう」

「……授業中はあんなに静かだったのに終わった途端元気になったな、奈緒」

「うん、ゆっくり休んだから元気一杯だぞ私は」

「そして全く悪びれていないこの態度、流石だな」

「授業が終わった途端元気いっぱいに薄暗い密室に男女二人でしけこんで行くなんて、流石不健康だね近藤さん」

「うるせえファック」

「やだもうファックだなんて、若いって良いわね~奥さん」


 いや佐藤、お前は何キャラなんだよ。もうこいつはあまり相手にしないようにしよう。



 賑わう昼休みの校舎を歩いて、人気のない部室棟まで向かう。相変わらずボロボロの辛気臭い建物だ。新し目の校舎と比べて浮きまくっている。

 そんなボロボロの部室棟の2階の端、ガタガタの引き戸を開けて軽音部室に入る。


「……このコンポも古いねえ」


 部室の隅に設置されたホコリ被ったコンポ。ちなみにソニーだ。再生できるのはCDとカセットのみ。MDの再生機能すらついていないレトロな品だ。


「こういうのは使えりゃいいんだよ、使えりゃ」

「いやいや誠二、オーディオっていうのはそんな簡単なものじゃないって。もちろん音源自体の音質も大事だし、それ以外にもスピーカーとか配線でも大きく音は変わってくるんだよ。こだわる人だと電源ケーブルとかにもお金かけるし、後は部屋の造りだってオーディオのために変えるらしいよ」

「音楽聞くためにリフォームとかしちゃうわけ? 贅沢だな……」

「後は電力会社ごとに音に違いが出るとか、そういう事言う頭のぶっ飛んだオーディオマニアもいるんだから。発電所から自宅まで直通の電線を繋いだりとかする人もいるみたい」


 どこの世界にもマニアというのはいる。中でもオーディオオタクという人種は頭のおかしいのが多い。


「はー、信じられない世界だな」

「まあ、あたしも流石に電力会社ごとの違いとかは信じらんないけど……。でもレコーディングをわざわざ海外でするアーティストとかいるでしょ? あれって現地の電気にやっぱり適したものがあるとかないとか」

「うげえ……音楽って凄いんだな」


 そんなことを話しながらコンポのセッティングを済ませて、いよいよ後は再生ボタンを押すだけというところまで辿り着いた。


「……それじゃあ奈緒、行くぞ」

「う、うん。いつでも来い」


 妙な緊張感が走る。誠二の人差し指が再生ボタンをひと押し、少しの無音の後入場のSEが流れ始めた。


「そういえば誠二、これってなんて曲?」


 昨日の晩気になったけど聞くのを忘れていたことをふと思い出し、私は誠二に尋ねた。


「これ? くるりの『ワンダーフォーゲル』って曲」

「ふーん、これがくるり……名前は知ってたけど初めて聞いた」

「ま、メタルじゃないしな」

「うん、メタルじゃないから聞こうと思ったことなかった」


 SEがフェードアウトして行って、遂に演奏が始まった。




 私と誠二はスピーカーから流れるそれをただ黙って聞いた。

 せっかく持ってきた弁当にも手を付けず、ただ黙ってそれを聞いた。

 約30分のステージがあますところなく収録されたCDを、最初から最後まで黙りこくって聞いた。



『ありがとうございましたー!』


 マサル先輩のその一言で、ステージは終わっていた。あとはライブハウスで流れていたバックミュージックが少し入って、フェードアウトして、CDも再生終了。


 再生が終わっても、私達はしばらく黙ったままだった。

 言葉なんか、すぐに出てこなかった。静かな部室の中では昼休みの喧騒が遠く聴こえるだけで、私達の間に会話はなかった。


「……その、何て言うかさ、奈緒。これ」

「ストップ! 何も言わないで!」


 沈黙を切り裂いて誠二が口を開く。しかし最後まで言わせてはいけない。私はすかさず、誠二の言葉を遮るように言った。


「……ぜ、全部ソニーのせいだ! ソニーと、後は東電だ! うんそうだ誠二、全部ソニーと東電のせいなんだよ!!」


 こうしないと、こんな風に誰かのせいにしないと耐え切れなかった。


「……奈緒、この俺達の演奏ってさあ」

「や、止めて誠二! これ以上言わないで!」


 だってここまで聞いた私達の昨日のライブの録音は、


「下手糞、だよな……」

「だから言うなって言ってるだろうがあああ!!」


 しばらく言葉を失うほど酷いものだったのだから。




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