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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第18話 God Of Bravery

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様でーす」


 出番を終えて控室に戻ると、すぐにそんな声に迎えられた。声の主は今日対バンした他のバンドのメンバーたちだった。名前はええっと……覚えていない。うん、だって私には本番ギリギリまであんな状況だったから、他のバンドの名前とか覚えていない。もちろんそれぞれのメンバーの名前も頭に全く残っていない。


「あ、お、お疲れ様です」


 にこやかな彼らに少しの罪悪感を感じながら、お疲れ様の言葉を返す。今度からは気をつけよう。

 いやはや、それにしたって暑い、暑すぎる。汗で顔中ベタベタだし、Tシャツもベタベタ。でもそれは不快ではなくって、むしろ今は気持ちよくすらあった。


「ふう……」


 ギターを下ろして、椅子に座って一息つく。身体にはまだステージの熱が残っている。

 色とりどりのライトに照らされた夢の様な世界から、蛍光灯の光が無機質に均等に降り注ぐ現実世界に戻ってきた。でも気持ちだけはまだあちら側に居るような、フワフワした変な感じ。


「終わった、か……」


 ボーっとしながら、一人で呟いた。ステージは終わった、終わってしまったのだ。25分という時間は、長いようであっという間だった。でもライブの始まる前のあの時間はすごく昔のようにも思える。これまた変な感じだった。


 身体の熱は、消えない。暑い、熱い。ああそうか、こんなに髪が長いから熱がこもってしまっているのか。髪は伸びっぱなしで長いまま、ボサボサとそのまま垂れ流しおくのがメタラーっぽいからこうしていたけれど、いくらなんでもこれは暑すぎる。この暑さに耐えてヘドバンした時の見栄えを重視するのが真のメタラーなんだろうけど、今はもうステージは終わったんだ。ちょっとくらい楽したって怒られないはず。うん、髪を結ぼう。


「お疲れさんでっしたー!!」

「お疲れ様です」


 トモ先輩とマサル先輩がステージの片付けを終えて、楽屋に戻ってきた。


「いやー奈緒ちゃん、今日も最高だったよ。ぬはははは!!」


 トモ先輩はいつにも増してハイテンションだった。ステージ上でも元気だったし、当然か。


「ど、どうもです……」

「んじゃあ俺はお客さんに挨拶行ってくるから! また後でね~!」


 ベースをケースにしまいもせず、トモ先輩は楽屋を出て行った。きっと最前列で熱い視線を送っていた女の子のところに行くんだろう。流石、チャラいな。


「片付けくらいちゃんとしてけよ。……ったくあいつは。近藤さん、お疲れ様」


 そんなトモ先輩の様子を見て、苦笑いしながらマサル先輩は言った。


「はい、お疲れ様でした」


 やはりマサル先輩は落ち着いているな。きちんとシールドを纏めて後片付けをしている。それでも、いつもよりは多少テンションが高いように見える。


「……じゃあ、俺も来てくれた友達に挨拶してくるから」


 テキパキと片付けを終えたマサル先輩も楽屋からいそいそと出て行った。


「……友達、ねえ」


 絶対女だよなあ、とか思ってしまう私は性格悪いんだろうか。こんなんだから友達が少ないんだろうか。


「うおーあっちい! おう奈緒、お疲れ!!」


 そんなプチ鬱に浸っていると誠二が戻ってきた。こいつも元気だな。


「お疲れさん」

「あれ、先輩たちは?」

「来てくれたお客さんに挨拶だってさ。それより誠二、随分遅かったじゃない。何かあったの?」


 持ち込み機材の殆ど無い誠二が一番片付けが早いはずなのに、戻ってきたのは一番遅かった。何かトラブルでもあったんだろうか。


「いや別に大したことはなかったんだけどさ……何かステージの上でボケっとしてたら、次のバンドの人達来ちゃって」


 何だ、そんなことか。まあ確かにあそこに長くいたくなる気持ちもわかるけど。


「転換時間も決まってるんだからさっさとハケなさいよ、アホ」

「んでもってさー、ちょっと話し込んじゃって。そんで戻ってくるの遅れたってことだな」

「ふ~ん……」


 何というか、やはりこいつは私と違うなあと思った。そんな簡単に知らない人とコミュニケーションをとれるというか、誰とでもすぐ仲良くなれるというか。とにかく私にはそんな能力はない。まあ私はギターが上手いし別にいいか。


「褒めてたよ、奈緒のギター」

「………………ふ~ん」

「一年生なのにすごく上手だねってドラムの人、田辺さんが言ってた」

「………………ふ~ん、そう」


 私達の次のバンドというとあのLeno Weaveか。なるほど全国レベルのバンドだけあって、中々見る目があるじゃないか。ふふふ、流石私だ。


「ほい、お疲れさん」


 私が心のなかでニヤニヤしていると、誠二は自販機で買った缶ジュースを差し出してきた。


「サンキュ」


 遠慮無く受け取って栓を開ける。


「…………っかー、美味い!」

「…………ったはー、汗かいた後の冷たい炭酸ってたまんないよなあー」


 ゴクゴクと飲んで、そんな感想を言い合う。


「ライブ、楽しかったな」

「……そう、だね」


 充実感。冷たいジュースが喉を通るのと一緒に、大きな充実感が身体中に染みわたる。


「ありがとうな、奈緒」

「は? 何が?」

「俺とバンド組んでくれて」

「……ああ、うん」


 本当ならば私もお礼を言うべきなんだろうけど、それはもうライブ中に演奏で伝えたことだから口には出さない。


「いやあしかし、本当に楽しかったなあ。大満足大満足」

「ったく、何をこんなんで満足してんのよ。確かに楽しかったけど、あんたの演奏なんてまだまだなんだからね?」

「う、やっぱ奈緒は厳しいな……」

「当たり前でしょ? あんなのじゃ私はまだまだ足りないの。もっともっと格好良い演奏を、凄いライブをしなきゃ、とてもじゃないけど満足なんか出来ないの。もっともっと、上手くなんないとダメ」


 でも、そんなライブをするにはやっぱり私一人じゃ無理だ。


「……そうだな」


 ねえ、だから誠二。これからもお願いね?


「そうそう。また明日からもビシバシ行くから」


 なんて、口には出せないから。やっぱり私はこうやって誤魔化す。


「うへえ、お手柔らかに頼みます」

「ム・リ」

「鬼、悪魔、人でなし」

「ふははは、そんなのメタラーには褒め言葉よ!」


 練習して、ライブをして、こうやって馬鹿な話をして。少し前までは考えられなかった夢の様な日々が、きっとこれからも続く。楽しくて、楽しみだ。


 今のところメタルはできていないけど、それもまあ悪くない。そのうち誠二のドラムが成長したらいくらでも付き合ってもらえるんだから。

 色気は無いかもしれないけど、でもバンドがある。ライブがある、ステージがある、メンバーがいる。一人でギターを弾いていただけの日々ではない。これ以上、何を望むと言うんだろう。


「あれ、そういや奈緒」

「ん、何?」

「髪、結んだんだ」

「え? ああこれね。何か暑くて」

「それ、似合うな。ポニーテール」

「……ああ、うん。そう」

「おう、良いじゃん」

「……そ、そっか」


 まあ、色気も少しはあってもいいのかもしれない。









 この日の大トリ、Leno Weaveの出番には更に多くのお客さんが詰めかけた。今まで半分くらいしか埋まっていなかったフロアが満員近くまで埋まった。これの集客力もやはり彼らの実力なのだろう。いつかはこれを軽く超すバンドになりたいものだ。

 演奏の方も流石、リハーサル通りクオリティの高いものだった。演奏する姿には他の高校生バンドと違って余裕が感じられたし、貫禄すら覚えた。 

 そして何より圧巻だったのがやはりボーカル平井慎也の歌唱力だった。楽器陣に生まれない声質に声量、正確で安定したピッチ。まるでプロのCDを聞いているんじゃないかと思わせるほどの完成度だ。

 でもまあ、ギターは私のほうが上手いと思う。








 全てのバンドの演奏が終わると、バンドごとにライブハウスの事務所で精算が始まった。取り置き分のチケット料金と手売りの分を合わせて、今回の出演料をライブハウスに支払うのだ。ちなみに私分のノルマは全く売れてないのでもちろん全額支払い、大赤字。ファックだこん畜生。


「はい、それじゃあ確かに丁度ねー」


 水ノ登ライトニングの店長、倉田さんは小柄な女性だった。歳は30代後半位だろうか。音楽好きの元気なオバちゃん、という印象だ。


「今日はお疲れ様。マサル君とトモ君は久しぶりのライブだったけど、どうだった?」

「このバンドとしての初ライブとしては中々だったんじゃないっすかねー」

「そうだな、トモが思いっきりルート間違えてたの以外は良かったんじゃないか」

「あ、あれは俺なりのライブ感の演出というかだな!」

「いや、流石にそれは無理があるだろ」


 マサル先輩がトモ先輩に毒づく。まあ確かに、あの外しっぷりは私も擁護できないけど。


「ふふふ。まあまあ、全体としては悪くなかったと私も思うよ。えーっと、奈緒ちゃんと誠二君、でいいかな?」


 ここで倉田さんは私達の方へ向き直った。


「あ、はい」

「うっす」

「二人はどうだった? 初ライブは?」


 どうだったと聞かれると、


「はい、楽しかったっす!」


 という誠二の答えの他に、私も言えることはなくって、


「そうですね。楽しかったです」


 そう乗っかった。


「そっかそっか。うん、楽しいっていうのがやっぱり一番大事なことだと私も思うよ」


 その言葉を聞いて満足したのか、倉田さんはタバコを吸いながらニコニコ笑った。


「いやーそれにしても奈緒ちゃん。あんたギター上手だねえー。大したもんだよ」


 うわ、褒められた。ライブハウスの人に褒められた。嬉しい、嬉しい。


「……まあ、あの位当然ですね」


 しかしそれでも、ニヤけたい気持ちをぐっとこらえて私はサラッと言ってのけた。うん、最高にクールだ。


「アハハ、頼もしいねえ! 次回も期待してるよ!」


 そう言ってから、倉田さんは一枚のCDを手渡してきた。


「これは?」

「今日のステージの録音。これ聞いて、今後の練習に役立てな」


 おお、スーパーギタリストの記念すべき初ライブの音源と言うわけか。これはいつかプレミア出るな。

 でもこれ、一枚しか貰えないのか。メンバーは対して四人。CDを四等分なんて出来るわけないから、まずは誰かが持ち帰ってコピーするということになるだろう。


「これ、誰が持ち帰ります?」

「あー……俺は取り敢えずいいかな」

「……うん、坂本か近藤さんのどっちかでいいんじゃない」


 私の問いかけに何故かトモ先輩もマサル先輩も微妙な顔で答えた。何だろう、この表情は。まあいいか。


「よっし。じゃあ奈緒、じゃんけんしよう」

「オッケー、負けないかんねぇ!」


 ぜひ持ち帰って一番に聞きたかったのだが、結果私は誠二にじゃんけんで負けてしまった。悔しいが、誠二がコピーするまで一晩はお預けだ。ガックシ。











 家に帰ると何だかんだ疲れていたのか、私は風呂にも入らずそのままベッドに倒れ込み泥のように眠ってしまった。


 そして次の日の朝。目覚めは、なぜだかとっても良かった。目覚ましも使わず、いつもより早い時間にすんなり目が覚めた。いつになく良い目覚め、爽やかな朝。


「ん~~~っ…………はあ」


 大きく伸びをして、一息。静かな朝だった。昨日の夢の様な時間が嘘に思えるほどいつも通り、普通の朝。

 今日は木曜、平日。ああ、学校行くの面倒くさい。でも誠二から昨日の音源も受け取らなきゃいけないし、学校には行かなければいけない。


 昨日風呂にも入らず眠ってしまったから身体がべとついて気持ち悪い。とにかくまずはシャワーでも浴びてこよう。


「おはよー」


 一階に降りると母さんが朝食の準備をしているところだった。


「あら奈緒おはよう。珍しく早いのね」


 母さんは調理を続けながら、顔をこちらに向けず答える。


「んー、シャワー浴びてくるねー」

「はいはーい、ごゆっくりー」


 脱衣所に入って服を脱ぐ時、鏡に映った自分の姿が目に入った。


「……そういや、これ」


 後頭部で一つに纏められた自分の髪に気がつく。


『それ、似合うな。ポニーテール』


 ふと、昨日の夜のそんな言葉が蘇る。


「……何言ってんだか、あの馬鹿は」


 そう吐き捨てて結ばれた髪を解いて、風呂場に入っていった。








「風呂上がったよー」


 シャワーを浴びて居間に戻ると、父さんが新聞を読みながら食卓で朝食ができるのを待っていた。


「おう奈緒、おは……」

「な、何だよ?」

「お前、それ……」

「……そ、それって、何のこと?」


 父さんは私を見るなり目をまんまると見開いて、アホな顔をした。何だ、文句でもあるのか。


「おい母ちゃん! 赤飯だ! 赤飯炊いてこい!!」


 馬鹿親父、急に騒ぎ出しやがって。一体何だと言うんだ。


「もうお父さんいきなり何言って…………あら? あらあらあら!?」


 何だババア、そのニヤついた顔は。無性に腹が立つぞ。


「な、何なのよ二人とも……」

「おーい、翼ぁ! 今日はお祝いだぞ! 早く来ーい!」

「あんだよ朝からうっせえなあ……って、うお! どうしたんだ姉ちゃん、その頭!?」


 うるせえ球蹴り馬鹿。うるせえのはお前も一緒だ。


「あらあら、奈緒。あんたも遂にねえ……母さんも嬉しいよ。中々似合ってるわよ」

「いやいや奈緒、父さんももずっと心配してたんだぞ。うん、でもこれでちょっとは希望が持てるな。ぬはははは!」

「姉ちゃんにも春が来たのかー、本当ビックリだなあー。いいじゃんいいじゃん、ポニーテール」


 全く、この家族は馬鹿ばっかりだ。小さなことで騒ぎ過ぎだ。


「…………ファック」




 私が少し髪を梳かして髪型を整えただけで、騒ぎすぎなんだよこの馬鹿一家は。

 




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