第17話 The Words Unspoken
1曲目『Rock 'n' Roll Sinners』、スネアの16分連打からスタートして最初はギターボーカルとドラムだけで8小節。その最後のキメの後から私とベースは入っていく。
深呼吸して、一音目。
タイミングを合わせて、歪んだギターをぶっ放す。
始まる、始まる、始まった。ライブが、演奏が、私達のステージが始まった。
難しいフレーズではない。でもしかし、油断はせずに確実に一つ一つの音を奏でていく。
誠二の刻むビートに合わせて、トモ先輩のルート弾きに乗せるように、それでもマサル先輩のストロークには埋もれないように、私の音を合わせる。
リズムに同期して、頭上の照明が明滅する。眩しい、眩しい非日常の世界の中に私はいた。
明るいステージ上から、暗い会場の奥まで全てを見ることは出来なかった。だけど前の方の観客の姿や表情は十分見える。リズムに合わせて身体を揺らすオーディエンスが、居る。私達の音楽に反応を示してくれる人が確かにいる。その事実に、鳥肌が立った。
見ている、彼らは彼女らは私を見ている。私達の演奏を見ている。そして、私達は見られている。
人数は決して多いとは言えない。会場の半分と少しが埋まっている程度の人数、せいぜいが数十人だろう。しかも地方都市の小さなライブハウスだ。そんなライブなんてたかが知れている。武道館でもドームでも野外フェスでもなんでもない、ただの片田舎のちっぽけなライブハウスのちっぽけなステージ。
でも、だけど観客は居る。見てくれている人たちが確かに居る。楽器屋の貸しスタジオでも、学校のボロボロの部室でも、自分の部屋でも、だれも観客はいなかった。
ああ、それに比べたら今のこの状況は、とっても、とっても凄い。凄いのだ。家の中に引きこもって一人でCDに合わせちまちま練習していた少し前までとは、世界が全く変わっていた。
明るくて、輝いていて、眩しくて。私が今いる世界は、こんなに鮮やかだ。
笑いがこみ上げる。
おい、最前列の頭の悪そうな女子高生。全くさっきからマサル先輩ばっかり見やがってこんちくしょう。左のお前はトモ先輩がお目当てか。そうかそうかくたばりやがれ。早くヘッドバンキングしろ。それが出来ないならメロイックサインでもしやがれってんだ。それが観客のあるべき姿だろうが。イケメンバンドマンに憧れてライブに来るなんて、お前らみたいなビッチは音楽のことなんてこれっぽっちも分かっていないんだろうな。ファックだな。
でも、今日は許してやる。そんなお前らのことを、私は今日だけは許してやろうと思う。お前らは罪深いビッチかもしれないが、だけどお客様だ。お客様は神様なのだ。ふふふ、あははは。いつかきっと喜んでサークルピットに参加するように、この私が調教してやる。
ああ、バンドって、ライブって楽しい。ねえ誠二、そうだよね? きっと誠二もそう思っているよね?
予感めいたものを感じながら後ろを振り返ると、案の定あのバカは笑っていた。
観客はマサル先輩とトモ先輩ばっかり見ている。でもそんなのは私達には関係がない。楽器が演奏がライブが楽しくってしかたがないのだから。この音の渦の中に居ることが、眩しいライトに照らされていることが、今は何より楽しいのだから。
ふと目が合うと、誠二は私に向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。なるほど、それは中々格好が良いじゃないか。私も同じように微笑んでみせた。ぐはは、演奏に集中しろよバーカ。ほらほら、今のキメのところリズムこけてたぞ。調子乗るなっつーの。
ああ信じられないほど楽しい時間だ。でもまあしかし、よく考えるとこんな楽しい時間も、このアホが私を強引に誘ってくれなければ決して訪れなかったものだし、本番前の緊張を解いてくれたのも誠二だ。それならば私は誠二にお礼を言わなければいけないだろう。全く実にムカツクけれど、私はこの下手糞ドラマーに感謝をしなければいけないのだ。しかし私は誠二になんてお礼をすればいいんだろうか。
素直に『私をバンドに誘ってくれてありがとう』とか言うのが真っ当な気はする。うん、でもそんなの面と向かって言える気がしない。恥ずかしいし面と向かって言うのはナシだ。
うーん、そしたらどうすればいんだ。やっぱり何も他の手段が思いつかない。
そんなことを考えている内に曲は進んでいって、2サビが終わって間奏に入っていく。
ここからは私のギターソロだ。速弾きでもなけりゃタッピングもスウィープもないソロ。ただブースターで少し音量を持ち上げるくらいだ。
――ああそうか、そうすれば良かったんだ。
ここに至って、私の頭に一つの考えが浮かんだ。これなら面と向かって恥ずかしい思いをすることもないし、面倒な方法を取らなくていい。
私に出来るのなんてせいぜいギター位だ。だったら感謝の気持ちは全てこのギターに乗せよう。誠二が感動するようなソロを弾いてやろう。
だから良く聞いておけよ誠二。初めてのライブでの初めてのギターソロ。これは特別にお前に捧げてやる。光栄に思えよ、将来確実に音楽史に名を残すギタリストからのプレゼントだ。
そして私は左足でブースターのスイッチを入れた。
まあ、誠二なんかにこんなこと言うのは非常に不本意だし気がすすまないけど、それでも礼を失するのも信条に反するので仕方がないので言ってやろう。もちろん心の中でだけどな、絶対に口には出さない。
――ありがとう、誠二。今こんなに楽しいのは、全部あんたのお陰。
最初の曲、『Rock 'n' Roll Sinners』。勢いに乗っていい感じにロックだった。誠二は2サビに入る決めでコケていた。
2曲目『バビロン天使の詩』、一番やりこんだ曲だけあって出来はかなり良かったと思う。これに関しては文句なし。
続いて短いMCを挟んでから次の曲に移る。まあマサル先輩のMCは普通というか可も無く不可も無くというか。それでも前の方にいた頭の緩そうな女どもはステージ上のマサル先輩に目を輝かせていた。簡単なバンドの紹介をして、すぐに次の曲に移る。
続いてはローテンポのバラード、『Scarecrow』。今まで続いたハイテンションな曲から気分を切り替えるよう意識した。バラードナンバーで走ってしまったら格好悪いことこの上ないし、雰囲気も出ない。トモ先輩がBメロで音を間違えていた。ああこんなゆったりした曲でそんな目立つミスやらかしたらすぐバレるだろうが。全く精進が足りないな、と思っていたら私も一箇所エフェクターを踏み間違えた。ファック。
3曲終わって、もう一度MCに入った。マサル先輩とトモ先輩が二人で話している内に私はチューニングを確認した。ステージ上の気温が高いのか、私のチョーキングがいつもより強いのか、予想以上にずれていて驚いた。チューニングは全ての基本だ気をつけなければ。しかし暑い。汗が止まらない。身体中汗まみれだ。次回からステージに上るときには必ずタオルを持ってこよう。そう心に決めた。
4、5曲目とまたテンションの高い曲へ戻る。4曲目はエルレガーデンの『ジターバグ』。会場が盛り上がりやすいナンバーだ。難易度は高くない。トモ先輩はステージの上を派手に動きまわって、更に観客を煽ったりしていた。流石にステージ慣れしている。私もいつかはあれくらい、いやあれよりもっと派手なパフォーマンスをしよう。最低でもヘドバンしながら安定して弾けるくらいにはならないとな、うん。流石にギターを燃やしたり破壊したりは今の財力じゃ無理だから、背面弾きとか歯ギターとかドリル奏法とか練習しよう。
最後の曲は『Supernova』。練習では誠二が一番苦戦していた曲だ。でももうここまできたら最後までかっ飛ばすだけ。細かいミスもあったけれど、それでも最後まで止まらずに通すことが出来た。私の特訓のお陰だな。
そうやって、あっという間に、私達JUNK ROCKの初ライブは終わった。




