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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第16話 Rock 'n' Roll Sinners



 弦を抑える左手の指が、思った通りに動かない。ピッキングをする右手が震える。

 つまり、これはいつもの私ではない。いつもだったらもっと運指はスムーズだしピッキングも正確だ。


「ふ、ふふふふ……ははは……」


 楽屋で出番を待ちながら、私は自嘲気味に笑った。リハーサルと顔合わせを終えて会場はオープン、今は私達の一つ前のバンドが演奏し始めたところだ。リハーサルが終わってからずっと控室に引きこもって、何とか調子を取り戻そうとしているのだけど一向にいつもの私に戻らない。


「最悪、だ……」


 リハーサルの内容も散々だった。トチってリズムがコケるだけでなく弾き間違いや展開間違いなんかもやってしまった。思い出したくないくらいの大失態。ああ、死にたくなってきた。

 そんな風に落ち込んでいる間にも、私達の出番は刻一刻と迫ってくる。焦る、焦る、どうしよう、このままじゃ失敗する。本番で大失敗してしまう。嫌な想像が頭を埋め尽くす。


「糞っ……!」


 ギターをがむしゃらに掻き鳴らす。戻れ、いつもの天才ギタリストに戻るんだ近藤奈緒。私はこんな簡単な曲も弾けない初心者じゃないんだ。普段はもっともっと難しい曲を涼しい顔でこなしているじゃないか。出来る、出来る、出来なければおかしい。


 速く、速く、もっと速く。もっと速く私の指は動く。私のギターはもっと重くて、抜ける音が出せる。もっとエッジの効いた音が出せる。もっともっと良い音が出せる。

 高音弦を単音で速く、強く弾く。行け、行け、行け。よし、よし、そうだ。もっとだ。もっと速く――


「――あっ」


 パチンという音と、無くなる右手の弦を弾く感覚。弦が、切れたのだ。2弦がブリッジのあたりで逝ってしまっていた。なんてことだ、この本番直前に。ふざけやがって、ああどうしよう。とにかく急いで弦を交換しなくちゃ。


「この、糞が……!」

「何だよ、こういうときは『ファック』だろ?」


 振り返ると、誠二が呆れた顔で突っ立っていた。何だ、今は忙しいんだ。放っておいてくれ。


「うるさい、今はそんなふざける場合じゃ」

「ないことは分かってる。でも、とにかくお前は一回こっちに来い」


 誠二は私の腕を突然掴んできた。何しやがる、早く弦を交換しないと。本番はもうすぐなんだぞ、分かってるのかこの馬鹿は。


「ちょっと、放してよっ! 早く弦換えないといけないんだって」

「マサル先輩、交換頼んでいいっすか?」

「あんた何ふざけたこと言って」


 他人に自分のギターの手入れを任せるなんて、そんなこと出来るわけが無いだろうが。それに先輩にそんなこと頼むなんて、どうかしているとしか思えない。馬鹿、アホ、死ね。


「了解。やっとくよ」

「マサル先輩!?」


 何をほっとしたような顔で頷いているんだ。アレか、あんたも誠二と同じで馬鹿なのか。


「こっちは俺達に任しとけ。そっちは頼んだぞ、坂本」

「うっす、トモ先輩」


 トモ先輩はいつもと同じくニヤニヤ笑っていた。まあこの人が馬鹿なのは前から知っていたけど。


「よし、奈緒。お前ちょっとこっちこい」

「だから放してって、引っ張んないでよ!」


 誠二は私の腕を引っ張って楽屋の出口へ向かって行く。一体何をするつもりなんだこの馬鹿は。


「どこ行くのよ?」

「どこって、そんなの決まってんだろ?」


 そう言いながら誠二は楽屋の防音扉のノブに手をかけた。


「ライブ、見るんだよ」


 扉が開いた瞬間、飛び込んでくる音。

 大音量。


「……な」


 それは当然だ。だってライブが行われているんだから、音が聴こえるのは当たり前。

 でもその音は私が今まで想像していた音よりもずっとずっと大きくて、ただただ私はそれに圧倒される。驚きの声が出る。でもその自分から発した声は自分の耳には届かない。だってそれを遥かに上回る音量が、この場所に響いているから。私の小さい声なんか簡単にかき消してしまうほど大きい音が、このフロアを埋め尽くしているから。


 ただバスドラムが打たれれるだけで、その度心臓に衝撃が走る。

 ベースの単なるルート弾きが、身体中を震わせる。

 ギターの高音が耳に飛び込んでくる。

 彼らを照らす照明は曲に合わせて点滅し、コロコロと色を変える。

 音の迫力に胸を打たれる。眩しくて、眩しくて、胸が高鳴る。


 細かい技術に関して見てみれば、正直そこまで上手いバンドではない。ヘボもいいところだ。


 でもだけどしかし、ステージの上に立っている彼らは輝いている。ライトを浴びて演奏しているあいつらは、格好良い。


 ああ、これがライブなのか。これが、私のずっと憧れていたステージなのか。

 この後、私もあの場所に立てる。

 立てる。立てるんだ。


「…………ファック」


 ファック、ファック、ファックだ。全く、これはもう、ファックだ。

 ああ、早くライブがしたい。私もあそこに立って、ギターが弾きたい。バンドがしたい。

 早く、早く、早く――。


『みんなありがとう! さて次の曲は……』


 曲が終わって、MCが始まった。左手の違和感も右手の震えも、いつの間にか消えていた。


 思えばリハーサルが終わってから私はずっと楽屋に引きこもっていたので、他のバンドの演奏なんか一切見ていなかった。自分の不調にばかり気を取られて、対バンのステージを見るなんて余裕は全くなかったのだ。これから始まる自分の出番を楽しみに思う気持ちも、どこかに消え去ってしまっていた。


「はあ……」


 一つため息をつく。何か身体中に纏わりついていた悪いものが全部抜けた気がする。もちろん緊張が全て無くなった訳ではないし、いつもの私と同じとは言えない。

 でも、それでも焦りはない。嫌なイメージも頭から消えている。行ける、今の私なら行ける気がする。


「よう、もう大丈夫か?」


 誠二は私の隣で何故かニヤついた顔つきで立っていた。


「……何のことよ?」


 その全てを見透かしたような表情がムカツイたので、私は視線を逸らしてとぼけてみた。

「そっかそっか、全部俺の勘違いでしたか。こりゃあ失敬」


 なんてわざとらしい反応だ。まんまとこいつの思い通りになってしまったということか。悔しいけど、助けられたのは事実で、でもやっぱり何となくムカつくから素直にお礼は言えなくて、


「……ファック」


 結局私はこう吐き捨てるのだった。


「ははっ、それが出てくりゃもう大丈夫だな」

「うるさい、早く楽屋戻るわよ」


 多分戻ってきた私を見て、マサル先輩は全て分かっているかのような穏やかな笑みを浮かべるんだろう。トモ先輩は私をからかって笑うかもしれない。


 全く、バンドというやつはつくづくファックだ。










 前のバンドの演奏が終わって、遂に私達JUNK ROCKの出番がやってきた。

 セッティングを終えた後、一度ステージからはけて楽屋に戻る。水ノ登ライトニングは小さなライブハウスなのでステージと楽屋は防音扉1枚だけで隔てられた作りになっているのだ。


「さて、いよいよ我々JUNK ROCKの初ライブとなるわけだが……野郎ども、準備はいいか!?」

「おっす!」

「当然!」

「……近藤さんは野郎じゃないよね」


 気分が高揚している。あんなに動かなかった指も今では元通りに、いやいつも以上速く動いた。やっぱ天才だな、私。

 私は天才。私以外の奴等はみんなカスだ。ああ、今の私にはスウェーデンの貴族の末裔の生霊が宿っているに違いない。それくらい調子がいい。


「よっしゃあ! したらSEがかかったら入場だからな!」


 フロアの照明が落ちて、入場曲がかかり始めて、それと同時にステージ上のスクリーンが上がっていく。文字通り、幕開けだ。否応なしに気合が入る。


 入場曲は何と言う曲だろうか。初めて聞いた。ギターのカッティングとシーケンスから始まる四つ打ちダンスミュージック。普段はこんな音楽は絶対に聞かない。鼻で笑うような曲だ。でも何だかこの曲は明るいだけじゃなくて少し切ないような、ちょっとだけ悲しいような、変な感じだ。あとで先輩に曲名を聞いてみよう。


 私がそんなことを考えている内に、マサル先輩は静かにステージに上がっていった。客席から拍手と少しの黄色い声援。流石バンドの華、メインボーカルだ。


「うっし!」


 続いて元気な掛け声を出しながらトモ先輩も楽屋から出て行く。その顔は、いつもよりずっとキラキラした笑顔。


「……次、どっちが行く?」

「誠二、あんたが先に行きなよ」

「そっか、じゃあ行ってくる」

「ん、行ってらっしゃい」


 なんて話してから、このやりとりは変だと気がついた。だって私達はすぐにステージで会うのだから。それに気がついたのか、誠二も笑っていた。いつもだったら絶対に言わない馬鹿なことを言ってしまっている。もしかすると私の頭のなかは脳内麻薬でキメキメになってしまっているのかもしれない。でもまあ別に、こういうのもたまには悪くないだろう。不思議とそう思えた。


 誠二が出て行って、楽屋には私一人が残される。


「……よし」


 あまりぼやぼやもしていられない。一度深呼吸をして、そして私もステージへと向かう。


 初めて上がるステージ、ずっと憧れていた場所。

 外から見た時より、リハーサルの時より、今この本番の時のほうがずっと高く感じた。


「……いいじゃん、この景色」


 客の入りはまあまあといったところだろうか。フロアの前半分は観客で埋め尽くされている。満員というわけではないが、決してガラガラということもない。


 ギターのストラップを肩に通してアンプのスタンバイを解除して、準備は完了。


 メンバーの様子を見る。マサル先輩はいつも変わらずクールで、トモ先輩は自信満々な笑みを浮かべていて、そして誠二は何故だか天井をぼんやり見上げていた。大丈夫か、こいつ。そういえば誠二もライブハウスは初めてだと言っていた。


「ちょっと誠二」


 緊張でおかしくなってしまったんじゃないのかと、心配になって私は誠二に声をかけた。


「ん? おう奈緒。久しぶりだな」

「あんたねえ……緊張感がないっていうか何て言うか」

「ぬはは、ここまで来たらもうやるしかないっしょ? 任せろって」

「そりゃそうなんだけど……」


 心配して損した。大分余裕そうじゃないか。


「それに、俺の目の前じゃお前が……奈緒が演奏してんだろ?」

「……え?」


 誠二は私の目を真っ直ぐ見つめて、そう言い放った。


『……あんたと一緒に、あんたの前に立って演奏してるのは誰?』


 昨日の帰り道、私が誠二の緊張を取り除くために言った言葉だった。


「あんた……」

「期待してるぜ、奈緒。良いステージにしよう」


 なんて目で私を見つめるんだ、この馬鹿は。そんな風に言われたら、気合が入らない訳がない。ふざけやがって、畜生。最悪だ、バンドっていうのは最悪なことに最高だ。ファック。


「……ったりまえでしょうが!! やってやるわよ!」


 脳みその中がハッピーで一杯になる。脳が溶けて無くなってしまいそうだ。多分ジャンキーってこういうことなんじゃないか。こんな気分になるから、身体に悪いものがやめられないんだろう。糞ったれ。


「ファック!」


 マサル先輩がPAに手を上げて合図をしてSEがフェードアウトしていく。



 ライブが、始まる。


 記念すべき一曲目はドラムから、誠二のスネア連打からスタートする。




 曲名は、――『Rock 'n' Roll Sinners』。





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