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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第14話 The Beautiful People


「おはよう奈緒……って、何か朝からやつれてないか?」

「ああ、誠二……別に何にもないわよ」


 教室に入って席に着くなり誠二に心配そうな声をかけられた。身内の恥ずかしい話をするのも憚られるので取り敢えず適当にごまかす。


 結局あの後私は舞い上がる両親の説得に何とか成功した。ライブは見に来ないと誓わせたし、洋服も美容院も思いとどまらせた。その結果、朝からとても疲れてしまったけれど。


「そうか? 元気ないっていうか、疲れてるっていうか。そんな感じがするんだけど」


 いつもさっぱりしてる誠二にしては何だかやけに突っかかる。ああ。あれか。今日がライブ本番だから気になるのだろう。


「大丈夫。心配しなくても本番には影響ないから。誠二、あんたあたしを誰だと思ってんの?」

「いや、そういうこと言ってる訳じゃなくてだな」

「まーまー、坂本。ほら、女の子って男と違って色んな事情があるんだからさ。あんまり詮索したらダメだよ、ね?」


 そんな会話をしていると、佐藤がニヤニヤと的外れなことを言いながら割り込んできた。


「夏彦、色んな事情ってなん……って、すまんかった奈緒、俺のデリカシーが足りなかった!」


 そして誠二も的外れな謝罪をしてくる。うん、死ね。誠二は本気で悪いことしたと思って頭を下げているに違いない。違う、今日はそういう日じゃない。死ね。


「悪かったね近藤さん。坂本のやつ、悪いやつじゃないんだけどさー。ちょっと配慮に欠けるところがあるっていうか。本当、申し訳ない」

「……佐藤、あんたは分かってやってるよな?」

「え、何のこと?」


 佐藤は顔色一つ変えないで、平然と言ってのける。ムカツクやつだ。


「あ、もしかして今日はその日じゃなかった? そしたらえーっと……ああそうか。全く近藤さんは朝からお盛んだね。思春期真っ盛りの僕たち男子もビックリだよ」

「黙れ、くたばれ」

「な、奈緒お前ってやつは……」

「誠二、あんたも佐藤の言うこと一々信じるな。このアホ」


 馬鹿二人に囲まれて、またしてもどっと疲れてしまった。今日の放課後はついに本番だというのに、特別な日だというのに、何だかとても締まらない一日のスタートだった。









 退屈な授業を乗り越えて、やってきた待ちに待った放課後。ホームルームが終わると私はすぐに席を立った。


「よし、それじゃあ誠二、行こう!」

「え、おま、早っ! ちょっと待ってくれ、今荷物まとめるから!」

「早くしろよー」


 私は荷物の準備なんかホームルームの前に終わらせていた。この瞬間をずっと、うずうずしながら待っていたのだ。全く誠二は呑気なんだから。


「あー、今日はこれからライブだっけかー。二人共頑張ってねー」


 佐藤は椅子の上に正座して上半身は机の上に預けるという奇妙な姿勢で、適当な感じの口調で言った。


「おう、サンキュー夏彦!」

「んー、陰ながら応援してるよー」

「じゃあチケット買え」

「ははは、頑張ってねー」

「チケット買え」

「うんうん、応援してる」

「チケット買」

「な、奈緒、そろそろ行こう! 俺も準備出来たから」

「おい佐藤チケット」

「じゃあな、夏彦! また明日」

「おい誠二引っ張るな私はあのアホに話が」

「さあ頑張ろうなー奈緒ー」


 誠二に引っ張られながら私は教室を出た。納得行かない部分はあるけれど、何はともあれ出発だ。










 水ノ登市街にはライブハウスが三つある。というか、三つしかない。まあしかし水ノ登市は決して都会とは言えないのでそれも仕方ないし、ゼロでないだけいいのかもしれない。

 そしてその内の一つが今日私達が出演するライブハウスである。


「おお、ここが……」


 誠二はビル前で立ち止まり、緊張した表情で呟く。

 そう、ここが水ノ登ライトニングだ。学校から徒歩十分ほどで私達は決戦の場所に到着した。


「このビルの地下がライトニングね。二人は来るの初めてかな?」 


 トモ先輩の様子は誠二とは違って落ち着いていた。その傍らに佇むマサル先輩もいつも通り、穏やかな雰囲気だ。


「私は場所だけは知ってましたし、前を通ったことは何度か。だけど中に入るのは初めてですね」


 私も緊張なんか全然していないので、つまり緊張しているのは誠二だけ。もうちょっと頑張れ。


「うーっし、じゃあ入るぞー」


 トモ先輩が先頭を切って地下への階段を降りていく。階段の壁には沢山のバンドのポスターが隙間なく貼られていた。全国色々なところから、色々なバンドが、色々なところをツアーで回る過程で、この色々なポスターが生まれるのだろう。いつか、いつか自分もこんな風に自分のバンドで全国を、いや世界を回るツアーをしてみたい。この景色を見ると、そんな思いが湧き上がってきた。


「おはようございまーす」


 そう言いながらトモ先輩はライブハウスの中に入っていった。マサル先輩も同じように挨拶したので、私と誠二もそれに続いた。もちろん今はおはようございますの時間ではない、ばっちり夕方だ。


「おはようございまーす」

「おはようございます」


 それでもしかしホールの中の人々は同じ挨拶を返す。おお、これは何だかとっても業界っぽくていい感じだ。


 ホールの中を見渡す。今日の対バンで私達と同じ位の高校生がちらほらいて、楽器を出してリハーサルの準備だったりいくつかの集団に分かれて雑談なんかをしたりしていた。彼らが今日のライバルか、と思うと自然と力がこもる。

 ステージの上ではライブハウスのスタッフさんがマイクのチェックやアンプの移動などステージ準備を進めていた。恐らくそれが終わり次第リハーサルが始まるという流れだろう。


「あ、そういえば……」

「ん、どしたの誠二?」

「俺らって今日出番何番目だ?」

「ああ、そういやそうだね。トモ先輩、今日の出演順って何番目ですか?」

「ん? ああ、それならあっちの壁にタイムスケジュール貼ってあるから見てきなよ」


 トモ先輩に言われた通り、私は壁に貼ってある今日の日程を眺めた。

 ええと、今日はバンドが全部で五つ出るのか。それでオープンが十八時でスタートが十八時半。私達JUNK ROCKの出番は、と……。


「おー、中々良い順番じゃん」

「トリ前、か……確かに。初っ端と大トリはちょっと嫌だったし良い順番かも……」


 私達の出番は最後の一つ前、四番目だった。会場が暖まっていないトップバッターでもなく、色々な意味でプレッシャーの掛かるアンカーでもなく、丁度いい立ち位置じゃないだろうか。誠二も少し安心したような表情をしていた。


「まあ俺たちこのバンドでライブハウス出るの初めてだし、そういうのも考慮してくれたんだろうな」


 出演順はライブハウス主催のイベントの場合、基本的にライブハウスのブッキング担当が決める。その日のバンドのタイプとか実力とか色々を基準にするらしい。そういう意味で、今日は順当な位置なのだろう。


「……それに、今日はあのバンドと一緒だから俺たちがトリってことは絶対なかっただろうしね」

「そりゃそうだ。悔しいけど、キャリアが違うしな」


 マサル先輩の言葉に、トモ先輩が複雑な笑みを浮かべて答えた。


「最後の、バンド?」


 私と誠二には、先輩たちの言っていることの意味がよく分からなかった。

 今日のタイムスケジュールの最後に記されたバンドの名前。


 『Leno Weave』。


「レノ……ウェーブ、でいいんですか、これ?」 

「正確にはレノ・ウィーヴ、かな。近藤さんは英語苦手?」


 マサル先輩に優しく間違いを指摘された。恥ずかしい。


「え、誠二も奈緒ちゃんもレノ知らないの?」

「そうっすね、知らないっす」

「私も、聞いたことない」

「うちの高校にいて、しかもバンドやっててレノ知らないって……」


 トモ先輩はそう言って苦笑いを浮かべる。何だ、そんなに有名なバンドなのだろうか。


「そんなに有名なんすか?」


 そう思っていると誠二が私の思いを代弁してくれた。


「そうだなあ……。お、もうすぐレノのリハーサル始まるみたいだな」

「……見れば、ある程度は分かるかもね」


 トモ先輩もマサル先輩も言葉を濁す。一体彼らは、どんなバンドなんだろう。

 もしかして超過激なバンドだったりするんだろうか。顔面白塗りだったりするんだろうか。ステージ上でコウモリ食ったりするんだろうか。だったら、楽しみだ。


「……なあ奈緒、きっとお前が想像してるのとは違うと俺は思うぞ」

 そして、Leno Weaveのリハーサルが始まった。



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