第10話 Emerald Sword
「トモ先輩! さっきのメール、どういうことですか!?」
その昼休みのうちに私は誠二を引っ張って先輩たちの教室までやってきてた。
「んー? どういうことって言われても、そういうことなんだけど」
トモ先輩は焼きそばパンを齧りながら、軽い口調でそう言った。
「ちょっといきなり過ぎじゃないですか? まだ私達持ち曲一曲しかないんですよ?」
持ち曲はこの前やったピロウズのバビロンのみ、しかも練習もこの前の一回のみ。これでは準備不足が過ぎるのではないだろうか。
「大丈夫だろ~、おへはちなら」
呑気にそう言うトモ先輩は、焼きそばパンが口の中に入っていてちゃんと喋れていない。本当に大丈夫なのかこの人は。
そう思っていると、マサル先輩が苦笑いしながらフォローしてきた。こちらは行儀よくお弁当を食べている。口の中にモノを入れたまま喋ったりはしないようだ。
「ほら、近藤さんは俺よりよっぽどギターが上手いしさ」
「そりゃまあそうですけど」
「おい奈緒……」
誠二が咎めるような目で見てきたが無視する。私はギターが上手い、それはやっぱり揺るがない事実だ。
「ははは、別に本当のことだから良いんだよ。それに坂本だって結構やるしさ」
「そ、そうですか……」
誠二は褒められたのが嬉しいのか、満更でもなさそうな顔でそう言った。こいつちょろいな。
「それにしたって再来週っていうのは急じゃないですか?」
私の問いかけに、トモ先輩は口の中のパンを牛乳で流し込んでから言った。
「急かもしれんがな、俺達に立ち止まってる暇はないんだ! 俺達の青春は思っているよりずっと短いんだぜ?」
「……まあ実際は、丁度ライトニングから高校生バンドを集める企画に誘われたっていうだけなんだけどね。前にやってたバンドでライブハウスとの繋がりもあったしさ」
「おいマサル、折角俺がカッコいいこと言ったのに簡単にバラすなよな~」
「はいはい、別に格好良くもなかったからな。まずは残りの曲決め。出番は25分だから、あと三曲か四曲だな。それは今日の放課後、部室に集まって決めよう」
なるほど、急にライブが決まったのにはそういう事情があったのか。
「とにかく、ライブは二週間後だ! 覚悟は良いか野郎ども!」
トモ先輩の呼びかけに、
「おっす!!」
誠二は真っ先に元気よく応え、
「元気いいなあ、二人共」
マサル先輩は落ち着いてそう言って、そして私は――
「やってや……あ」
やってやりますファック! と言いかけて、大切なことに気がついた。これはバンドをやる上で必ず必要な、重大問題だ。これが上手くいくかどうかで、今後の活動が左右されると私は思っている。
「奈緒、どうかしたか?」
誠二が不思議そうに私の顔を覗きこむ。糞、このアホは全然このことに気がついていない。
「いや、私大事なことに気が付きました……」
「大事なことって何だ?」
トモ先輩もマサル先輩も分かっていないのか、キョトンとした目で私を見つめた。
「まだ、決まってないじゃないですか! 大事なこと!」
バンドをやる上でまず大事なこと、それは――
「私たちの、バンド名です!!」
バンドが組めたら、その名前はどんなものにしようか。それは誰もが考えることだと思う。
『名は体を表す』という言葉もあるように、名前というのは非常に大切なモノだ。
例えば『ザ・ビッグインパクツ』なんてバンド名は最悪だ。メンバー全員が奇抜な格好をしているコミックバンドなんかには似合っていると思うが、真面目なロックバンドにはこんなもの付けてはいけない。
英和辞典なんかを適当に開いて、格好良い英単語を引っ張ってくるのも問題がある。例えば『Zephyr 』という単語。何か『Z』で始まっているし格好良い感じはするが、意味は『そよ風、やさしい風』。こんなの全然ロックじゃない。あとバイクの名前と被ってる。
『Thunder』雷、『Fire』炎。うん、まあ格好良い単語だ。でもそれらだって組み合わせを間違えるととんでもないことになる。例えば『Thunder Fire』なんてバンド名はもう意味がわからない。それに単語のレベルが小学生だ。
あとはメンバー全員の名前なんかをアナグラムでそれっぽく纏めたものも最悪だ。『KTMS』なんて『S』が無ければこれもバイクのメーカーじゃないか。ちなみにK=近藤(私)、T=トモ先輩、M=マサル先輩、S=誠二らしい。死ね。
「……と、言うわけで誠二。あんたのネーミングセンスは最悪、最低、全部却下」
「そんな馬鹿なぁ!」
ちなみにこれらの例は全て誠二が考えたものだったりする。このセンスの無さには流石の私も呆れる。
「おっかしいなー、全部イケてると俺は思うんだけどなあ……」
「んな訳ないでしょうが」
あの後私たちは、各自バンド名を放課後までに考えてくることに決めて別れた。
誠二が授業中熱心に書いていたメモ帳を休み時間に覗いてみたら、このような惨状が広がっていたという訳である。
「じゃあ奈緒はどんなのを考えたんだ?」
私に散々否定されて、誠二は恨めしそうな声で言った。
「ふっふっふ、これを見なさい」
私は自信満々にノートを誠二に差し出す。
「あれ? これ、さっきの時間の数学のノートじゃん」
「うん、だから?」
「いやお前、授業は……」
「授業よりもバンド名の方が大事に決まってるでしょ? あんた、もしかして頭悪い?」
何をつまらないことを聞いてくるのだこいつは。
「……多分俺より奈緒のほうがよっぽど」
「ああもう、いいから早く見なさいよ!」
「お、おう……」
誠二は何だか微妙な顔をしながら、私のノートに書かれたバンド名候補を見始めた。
「私的に一番良いと思うのがこの『Emerald Blade』かな? 言われなくても分かるとは思うけど『Rhapsody』の『Emerald Sword』のオマージュね。あとはえーっと……これ。『Violate the Low』、これはもちろんこの前貸したジューダス・プリーストの『Breaking the Low』からね! それとねえ……」
「……なあ、奈緒」
これらは全て私の自信作だ。うん、改めて見ても格好良いな。最高だ。
「自分でゼロから考えたのは~、『Lunatic Chaos』とか『Crimson Bullet』とか『Bloody Fang』! あとあと『Eternal Black』! どうよこれ!? 滅茶苦茶格好良くない? いやー私、自分の才能が怖いわ」
実はこれらはもう何年も前から考えていたもので、自宅に帰ればもっと沢山のバンド名がストックされたノートも出てくる。その中の選りすぐりを今私は誠二に見せているのだ。
「………………………………………」
誠二は私のネーミングセンスに脱帽して、黙りこんでしまったようだ。まあ仕方がないだろう、ここまで圧倒的な差を見せつけられたら言葉を失ってしまうに決まっている。
「で、誠二。あんたはどれが好み?」
「……うん、どれも中々じゃないか」
「ははは、甲乙付けがたいか! そうかそうか、そうだよねえ。どれも良いもんね~」
「……あ、ああ。どれも同じくらいだよ、うん」
ちなみにそれからしばらく、私を見る誠二の目が生温かった。
何故だ、ファック。




