第1話 Wooden Pints
「1年1組、見革中からきた柏翔太です! ギターは初心者ですが、これから頑張って練習したいと思ってます! あ、あと好きな音楽はラッドとかワンオクとかです。よろしくお願いします!」
私はギターが上手い。どのくらい上手いかと言われると難しいが、とにかく私はギターの腕には自信がある。ジャンルは主にハードロックやヘヴィ・メタルで速弾きや刻みなどを私は得意としている。
「同じく1組の古谷敏英です、多島中出身です、ボーカルやりたいです。ミスチルとかスピッツとかが好きですが、モンパチとかエルレとか激し目な奴も聞きます。よろしくお願いします」
高校在学中17歳で所属するバンドの自主制作フル・アルバムをリリース、ライブ会場のみでの販売となるが300枚を1ヶ月で完売させる。その後国内でライブ活動を続け、18歳でメジャー・デビュー。日本にヘヴィ・メタル旋風を巻き起こす。ヨーロッパ・アメリカでのツアーを成功させバンドの知名度は世界的なものとなるが、20歳でバンドは音楽性の違いやメンバーの不和により解散。その後はソロ活動に移り、音源制作の傍ら大規模なヘヴィ・メタルフェスティバルにも出演するなどギタリストとしての精力的な活動を続け、そのメタル界での地位を確立していく――
「赤津中から来ましたぁ、佐藤織江っていいますぅ。クラスは4組でぇす。ギターボーカルが出来たらいいなぁって思ってます。あと一応昔ちょっとピアノやってたのでキーボードも出来ると思いまぁす。ギターは買ったばかりで全然出来ないので、誰か教えて下さぁい」
――というところまで、私の人生設計は出来上がっている。実際の私は高校1年生になったばかりの15歳で、まだバンドすら組んでいない。ギターは今まで一人で練習を続けていて、ギター歴は約3年ほどになる。
だから今日の軽音楽部の新入部員ミーティングは、これから始まる私の輝かしい経歴の第一歩となる重要なイベントなはずだったのだが、
「……だったんだけどなあ」
目の前で繰り広げられるあまりにも悲惨な自己紹介の光景に、思わずため息が出てしまう。
まあRADWIMPSとかONE OK ROCKとかが好き、別にいい。どんな音楽が好きかなんて人の勝手だ。
ただそこのボーカル志望のお前、お前はダメだ。お前はただ単にカラオケが得意なだけだろ。そんな匂いがプンプンする。ただ何となく歌が上手いって周りにチヤホヤされるから、じゃあバンドでもやってみるかってそういう口だろ。調子に乗って彼女とかスタジオに連れてきそうだ、死んでしまえ。あとエルレガーデンもモンゴル800も大して激しくねえよ、くたばれ。
次、ギターボーカルがやりたいとか言う女、お前もダメだ。チャラチャラしやがってこのビッチが。ギター誰か教えてくださいって、ギタリストの彼氏作る気マンマンじゃないか。そんなにチンコが欲しけりゃ私のストラトのヘッドをてめえのあそこにぶち込んでやろうか。あとお前が昔習い事でやってたピアノとバンドで求められるキーボードは別物だ。キーボーディストを甘く見るな、殺すぞ。
「磯田中出身の黒澤弘樹です。ギターやろうと思ってます。まだ買ってすら居ないんですけどね、アハハ」
あとギタリストばっかり多すぎ。予言する、お前らのうちの半数以上は、半年以内にギターが部屋の置物化するだろう。命賭けたっていい。だからそこの黒澤とかいうの、悪いことは言わないからこれから買うのは1万円くらいの入門セットにしておけ。最初に調子に乗って高いギターを買うと挫折した時、絶対後悔するからな。
全くどいつもこいつも、使えなさそうなクズばっかりだ。高校から始める初心者が多数を占めるし、経験者でも私の趣味と一致する奴は今のところいないし、高校の軽音楽部ってこんなもんだったのか。それとも私が期待しすぎたのだろうか。
その後も似たような自己紹介が十数人ほど行われ、やがて私の番が回ってきた。教室の端に座ったので私が順番は最後のようだ。
とにかく、周りがどんなに糞だらけでもこれが私のスーパーギタリストとしての第一歩になるのだ。気を取り直してしっかりやろう。
「石山中出身の近藤奈緒、3組、ギターです。初心者じゃないです。好きな音楽のジャンルはヘヴィ・メタル、好きなギタリストはイングウェイマルムスティーン。好きなバンドはジューダス・プリースト、アングラ、ソナタ・アークティカ……あとはドラフォとかインフレイムスとかちょっとダサめでクサめな奴も好きです。あ、コルピクラーニとかも実は好きです。そういうの好きな人、バンドやりましょう。以上です」
好きな音楽については話し出せばきりがないので、手短にまとめることにした。
さて、周りの反応はどうだろうか?
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
静まり返る教室、まばらな拍手さえ起こらなかった。スベったみたいだ、それも盛大にだ。コルピクラーニの下りなんかは大爆笑モノだと思っていたのだが、どうやら誰にも通じなかったみたいだ。
「……………………………ファック」
小さな声で、そう吐き捨てた。聞こえてしまったのか近くに座っていた小柄な女子が、ビクリと身体を震わせた。そんなにメタラーが怖いのか、畜生め。
「ええっと、これで自己紹介は全員終わったかな?」
静寂を切り裂いてちゃらそうな部長が笑顔で話し始めた。ちなみにこの人はベーシストらしい。名前は、忘れた。若干その笑顔がひきつっているのは私の気のせいだろうか。
「それじゃあ、次は部活動についての説明を……」
「す、すいません、遅刻しました!」
部長の言葉を遮って教室に入ってきたのは、見たことのある男子生徒だった。背は高くもなく低くもなく、太っているわけでもなくガリガリでもなく、顔も大して良くはない、普通のやつだ。
「君も入部希望者かな? じゃあ自己紹介、よろしく。みんなはもう済んじゃってるからさ」
「は、はい遅れてすみませんでした!」
ああそうだ、こいつ同じクラスのやつだ。しかも私のすぐ後ろの席だったはずだ。道理で見覚えがるわけだ。名前は確か、
「双葉中から来ました、坂本誠二、三組です! ドラマーです!」
そうそう坂本だった。へえ、こいつドラムやっていたのか。ドラマーです、という辺り経験者なのだろうか。それにしたって元気な奴だなあ、声がデカイしよく通る。
「音楽もそんなによく知らないし、ドラムも下手ですがバンドがやりたいです! 一緒にバンドやってくれると嬉しいです! よろしくお願いします!!」
無難な自己紹介だなあと思った。それでもギターがやりたいでも、ベースがやりたいでも、ドラムがやりたいでもなく、『バンドをやりたい』という言葉は、こいつが今日初めてだったのではないだろうか。まあ、だからどうしたという訳でもないけど。
「はーい、それじゃあ坂本くん。空いてる席に適当に座ってねー。んでは我が部の活動について説明していきますねー」
坂本の自己紹介が終わり、部長は次の説明へと移っていった。
それをぼんやり聞きながらまた一つため息を付いた。これじゃきっと、ここでバンドを組むのは無理そうだなあ。まあ学校でバンドを組めなくたって、いくらでも道はある。前向きに行こう。
なんて考えていたこの時の私は、まだ知らなかった。
この坂本誠二という男が、私のその後の人生にどれだけ影響を及ぼすのかを。
この坂本誠二という男を、私がどれだけ愛してしまうのかを。




