ゆきみち
「はぁ、赤くなってるなぁ」
除いた手鏡の中で、目元を赤くした少女が眉間に皺を寄せている。
制服の袖で涙を拭った目元はしっかり赤くなり、泣いたことが一目瞭然だった。
だが、まあ、今日は卒業式だ。いくらでも言い訳はたつ。
いい加減に校舎の影から足を踏み出せば、そこでは未だ生徒達が思い思いに集って別れを惜しんでいた。
ある女子生徒達は、互いのカメラで写真を撮り合い、抱き合って別れを交わしあう。
ある男子生徒達は、部活の後輩だろう在校生に花束と寄せ書きを貰って照れている。
ある教師は、卒業生を眺めて涙を浮かべ。
ある父兄は、互いに鼻声で挨拶を交わす。
そんな彼らに等しく降り注ぐ薄紅の花弁は、笑顔も、泣き顔も、泣いた後の赤い目元も、同じく淡い薄紅に染めながらゆっくりゆっくり舞い降りる。
ああ。
雪が、綺麗なモノも醜いモノも全てを覆って真っ白に隠してしまうのなら。
桜は、笑顔も涙も全てに降り注いで淡い薄紅に染め上げるのだろう。
顔を上げると、友人達が桜の下で手を振っている姿が見えた。
彼女らに混じって、思いっきり泣いて、互いに抱擁し合って、そうして一緒に泣き笑おう。
きっと、今日の自分の涙も桜に染まり、溶け合って、やがて笑顔で思い出す日が来る。
泣いて、泣いて、泣き笑って。
そうして、三年間通った学び舎に最後の別れを告げつつ校門から出た時。
そこに、彼が、居た―――
「なん、で」
立ち尽くす私と彼を見比べ、漂う雰囲気に遠慮したように声をかけるのを躊躇う友人達に助けを求める前に、校門に寄り掛かって立っていた彼が私の制服の袖をそっと掴んだ。
彼との別れの涙を拭った袖。
濡れた感触に眉を寄せた彼に、咄嗟に手を振り払うよりも早く腕を引き寄せられた。
「俺からもお前に言いたいことあった」
真っ直ぐな眼差しに早鐘を打つ心臓が煩わしい。
早く腕を振り払わなくては。
早く此処から逃げなければ。
でないと、別れると決めた心が揺らいでしまう。
「はなしっ」
「結婚してくれ」
私の拒絶の言葉を封ずるように被せられたのは、思いもよらぬ言葉で。
真剣な碧い眼に、不覚にも見惚れてしまって。
ああ、この眼差しは告白された時と同じだ―――
「ばかぁ……」
桜が降る。
薄紅の花弁が降り注ぐ。
淡い花雪を肩に髪に積もらせた彼に抱きついて、私は泣きながら言葉を紡いだ。
「……あなたの生れた国に連れて行って………」
貴方と手を繋いで歩くかつての通学路は、まるで桜の雪道。
これからも貴方と共に歩む行き道。
貴方と手を繋いで歩く。
大丈夫、もう、心もちゃんと繋がっていると信じられるから。