なごりゆき
「さくら?」
「そう、桜。私が一番大好きな花よ」
私の誕生日に祖母が私の好きな花のブーケをくれた。祖母の手作りのブーケはとても可愛くて、解くのが勿体なくてそのままドライフラワーにした。その時、祖母に一番好きな花を尋ねたら、私の知らない花の名を告げられた。
クエスチョンマークを浮かべる私に、優しく笑った祖母が見せてくれたのは、一冊のアルバムだった。
高校の卒業式に撮ったという友人との写真には、私より少しだけ年上の祖母が、同い年の友人達と泣き笑いしながら写っていた。
笑っている顔、泣いている顔、泣いた後の赤くした目元ではにかんでいる顔。様々な顔で写っている祖母の大事な友人達。
他にも、高校の校舎や、部室の風景、教室の中や、教卓から見た机と椅子、自分の席から見た教卓と黒板、校庭と咲き誇る桜の花。そして―――
「うわぁ」
「あら」
歓声を上げた私の手元を覗き込んで、祖母は照れて目元を紅く染めた。
アルバムの最後のページに大切に仕舞いこまれていたのは、一組の恋人同士の抱擁シーン。降り注ぐ花弁が映画のワンシーンのように綺麗だった。
友人がこっそり撮っていたのだと、照れて笑う祖母はとても可愛らしくて。抱き合う祖母と祖父に優しく降り注ぐ薄紅の花雪と共に、私は憧れを覚えた。
◇◆◇
「身体に気を付けるのよ?」
「はい、行ってきますっ」
両親の転勤に付いて行くと決めた孫は、かつて自分も通った母校に通うのだそうだ。
母校とその周辺のことを孫は詳しく聞きたがった。50年以上の前の事なのだからもう随分と様子は変わっているだろうと言っても、それでも構わないと屈託なく笑って話を強請る。特に、卒業式の日のことを聞きたがって、照れる私よりも寧ろ夫の方が乗り気で話して聞かせていた。当然、お仕置きとして野菜だらけの夕飯を作った。二人にとても不評だった。だったら、そんな恥ずかしいこと聞くんじゃありません。嬉々として話すんじゃありません。
どうやら孫は、随分私達の高校時代に興味を持ったようで、自分も同じ学校に通いたいと言いだした。私にも日本語を習いたいと言い、無駄になるものでも無しと乞われるまま教えていたところ、折しも息子の転勤が決まり、あれよあれよと言う間に息子家族の日本行きの日となった。
空港で見送る私達に笑顔で手を振った孫に、さてどんな高校生活が待っているのか。
どうか、孫にとって良い出会いが待っていますように。
祈る私の視線の先で、息子家族を乗せた飛行機が雪雲に曇った空に離陸して行く。ちらつき出した雪は、私の心を映しているかのよう。
離れていく家族を惜しむ名残り雪。
つい大きな窓の向こうの空を振り返ってしまう名残り行き。
家に帰ったら温かいものを飲もう。
そして、家族にメールを送ろうか。