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あいぞめ

仕事先で見た桜があまりに綺麗だったので、書きたくなりました。

 ふと見やった窓の向こうに、白いひらひらと舞う欠片。

「ああ、もうそんな時期なんだ……」

 ごつごつとした枯れ木然とした樹々に、一斉に霞みがかる季節がまたやって来た。

 細長い大地を最南端から最北端へ駆けあがるように、遥か昔から愛でられてきた彩【いろ】が染め上げていく。

 数多の通信媒体が、ただ一つの花の名を揃って声高に称える。こんなにも、ただ一種の花を狂気のように愛する国はきっと他に無い。


 ひらりと流れて来た一片【ひとひら】に手のひらを伸ばす。

 ひらりと指先を掠りもせずに風に流れた。


 ああ、まるで『あのひと』のよう―――



 あれはいつのことだっただろう。

 初めてこの地を踏んで、そして、初めてその花を見た日。

 季節が巡るたびに祖母が懐かしそうに話してくれた花は、私には春に降る雪のように見えた。

『見て、花弁【はなびら】が雪みたい。辺り一面、真っ白ね』

 風に舞う白い欠片を見て感嘆の声を上げた私に、あのひとは小さな笑い声をたてて『真っ白?』と聞き返した。

『ご覧、あれは雪柳と言って、名前の如く柳に積もった雪のように真っ白い花だ』

 ついと指さした花は、柳のように垂れる緑の枝葉を覆い隠すほど小さな真白い花を咲かせた樹。そして、次につつっと指を動かして、葉の全く無いごつごつとした枯れ木に見える万枝に雪を積もらせたような樹を指さした。

『見比べてご覧。ね? 此方はほんのり色付いているだろう? この限りなく白に近い薄紅色を“桜色”と言うんだよ』

 あのひとが、ひょいと掴んで見せた風に遊ぶ花弁は、一枚一枚は白く見えたけれど、重なった彩【いろ】は確かに一滴の紅を混ぜたような綺麗な薄紅色をしていて。

『雪柳は、まだ恋を知らない無垢な童女。

 桜は、初めての恋を知ったばかりの頬を染める少女。

 桃は、恋を繰り返して艶【いろ】付いて行く年頃の娘。

 紅梅は、幾つもの愛を重ねた匂いたつ大人の女』

 くすくすと笑いながら、歌うように花を女性に例えたあのひとは、私の髪を一房手に取り、

『君は何色に咲き染めるんだろうね?』

 花弁のような口づけを、ひとつ落とした。 



 ああ、ああ、本当に―――


 それは、喉に刺さった小骨。

 それは、喉にまで出かかった言の葉。


 それは、この季節に付随する断片。

 それは、この季節に手放した欠片。


 そう、それは、たった一片【ひとひら】の花弁【はなびら】だった。

 真っ白だった心を染めた、一刷けの紅だった。


 あの日着ていた着物、深紅の裏地に真っ白な表地を重ねた桜の重ね。

 花の名に相応しく、纏う彩【いろ】は薄紅色。

 碧い眼には似合わないと言ったのに、『きっと似合う』と選んだのはあのひと。

 茶色の髪には似合わないと言ったのに、『大丈夫』と着付けたのはあのひと。


 ああ、ああ、私は―――


 ひらりと流れて来た一片【ひとひら】に指先を伸ばす。

 ひらりと触れる寸前に真逆に流れた。


 ずるいひと。

 ひどいひと。


 染めておきながら、染まらぬと疑いもしなかった。

 染まらせておきながら、染まらせられぬと信じていた。


 ああ、ああ、なんていけずなひと。


 今年も会い初めの季節が巡ってくる。

 愛染めの季節が巡って来る。

ねぇ、先輩。

あの日、貴方に染められた心が、どんどんどんどん色付いていくんです。

私はどうしたら良いのでしょう?

ねぇ、先輩―――

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