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9.それぞれの道


 2167年7月16日 10:00 地球標準時


 カリスト基地内に滞在しているエンヴィとトーマスは、退屈な時間を過ごしていた。

 順調にいっていれば地球に到着していたはずが、いまだ木星の宙域から出られずにいる。

 苛立ちが募り始めるころだった。


「まったく。いつになったら地球に戻れるんだ?今戻っていいぞと言われても、地球まで3か月かかるんだぞ」


 苛立ちを隠さないエンヴィにトーマスは手にしていたパッドをわきに置いて答えた。


「イライラしても何も変わらん。俺たちは運がいいからな。そのうちに戻れるさ。有給扱いだしな、今は待っているのが仕事だ」


「いくら給料が出ても、使い道がないだろ?酒代が増える一方だぜ」


「飲む方が悪い。俺としては国の家族が問題なく暮らせるんだ。文句はない」


 トーマスは何度か地球の家族と通信で話をしていた。

 今のところは国内で混乱が起きることもなく、安心していい状況であることを実感している。

 一方エンヴィは特に地球に連絡することはなく、時間を持て余し気味だった。


「いまさらだが、お前は家族はいないのか?」


 トーマスの問いかけにエンヴィが答える。


「うちは両親とも健在だ。だが、どちらとも疎遠でね。結婚もしてないし、恋人がいるわけでもない。恋人がいるならこんな遠洋航路勤務は選んでねーよ。

 お前は子供もいるんだろ?よくそんなに落ち着いていられるな?」


「連絡は取ってるし、通信で顔も見てる。

 もともと高い給料に釣られての、この仕事だ。いまさら焦る理由はないよ」


「そんなもんか。俺としちゃ、せめて船で移動していないと…そう、ロマンがない。俺がこの仕事についたのはそれが最大の理由だからな」


「ロマンね。まあ、人それぞれだとは思うが…」


 高度にシステム管理され、無人でも行き来できる世の中で、ロマンもないだろう。そう思ったが、トーマスは最後までは口にしなかった。

 話を変え、トーマスは続ける。


「しかし地球はこれから大変そうだ。大統領の演説はちゃんと聞いたんだろ?」


「ああ、こうしてカリストにいると実感は今一つ湧かないが、世界が大きく変わるってのは俺にも理解できる。

 家族のいるお前には、不安だろうが、俺は少しだけワクワクしているよ。こんな時代に生きてることが運がいいとさえ思う」


「お前らしい言い草だな」


 トーマスがそう口にしたところで、壁にある通信端末が一方的に話し始めた。


「1030に両名とも領事のもとに出頭せよ。これは政府の命令だ。遅れるな」


 そう告げて通信は終わった。一方的に。


「領事のもとに出頭?なんか悪いことでもしたか?」


「いいや、身に覚えはねーよ。地球に帰れって話かな?退屈とおさらばできるのはありがたい」


「気が早いな。ろくでもない話かもしれんぞ?まあ、ここで何言っても埒が明かん。行って話を聞いてみるか」


「ああ。こうしてるのも飽きてるんだ。刺激がある話だとうれしいよ」


 エンヴィが答え、二人は部屋を出た。

 行政ブロックへと移動し、セキュリティエリアへと進む。

 普段よりも配置されている軍人の数が多く感じる。

 これも大統領演説の影響だろうか?

 そんなことを思いながら3つ目のセキュリティゲートを通過し、領事の執務室に到着する。


「10時20分か、少し早いな。待たされるかな?」


「遅れて怒られるよりはマシだろう。トーマス・ジェファーソン、エンヴィ・エンリケス。指示に従い出頭しました」


 トーマスがコールボタンを押してそう口にした。


「ジェファーソンって本名だったんだな。冗談かと思ってた」


 エンヴィが口にするが、扉が開き中から「お入りください」と言われたのでトーマスは何も言い返さず、中へと進む。

 エンヴィもそれに続いた。

 扉を入ると小さなスペースで、3名くらいが座れそうな小ぶりなソファと、秘書、あるいは政府職員の執務机と思われるデスクがある。

 二人が中に進み、声をかけた男性の前に進むと、すぐに二人に告げた。


「領事からお話がありますので、中へお進みください」


 奥にある扉を刺しながらそう告げられ、二人は顔を見合わせると、奥に向かい進んだ。

 躊躇なくエンヴィが扉を開く。


「おい!」


 トーマスが慌ててその動作を制しようとしたが、時すでに遅し。

 扉は開かれてしまった。

 中は宇宙基地や宇宙船においてはかなり広いスペースがあり、当然のように宇宙では珍しい木製のデスクが正面に見えた。

 その前には応接セット。


「かまわんよ。入りたまえ」


 トーマスの意図を汲んだのであろう、奥のデスクに座る人物がそう告げる。

 応接セットには別の男性が座っていたが、立ち上がってこちらに向き直る。

 その脇を歩きながらこちらにこの部屋の主、デスクに座っていた人物が近づいた。


「呼び立てて申し訳ない。領事として君たちと直接話をしたいと思ったんだ。まあ楽にしてかけてくれ」


 進められるがまま、二人はソファへと移動し、腰かける。

 座るとすぐに領事は話し始めた。


「大統領の演説は聞いているな?

 我が国は、いや地球はこれから大転換期を迎える。そのために使える人材は有効に活用したいと思っている。

 現時点で君たちは民間人で、宇宙輸送を担う民間企業の所属だが、それはもうすぐ終わる。

 そこで、君たちをスカウトしたくて来てもらったんだ。

 こちらは木星宙域宇宙軍のコーベック准将。当地域の副司令官だ」


 座ったままの握手を交わし、トーマスが訪ねる。


「つまり、私たちを宇宙軍にスカウトする、ということですか?」


「話が早いのは助かる。要はそういうことだ」


 コーベックがそう答え、話を続ける。


「地上でもこれから統一に向けた動きが加速するが、火星と木星宙域でも同様に他国を抑えねばならない。

 それと同時に外宇宙側からの脅威に備えねばならない。

 増員はされるが、大規模な増員は望めない。地上での作戦が優先されるからだ。

 そういう理由もあって、航行資格を持つ人員を現地スカウトしているというわけだ」


 状況についていけていないエンヴィをよそに、トーマスは問い返す。


「徴兵ではなく、現時点ではスカウトなのですね?」


「その通りだ。だが先も触れたように民間企業はもうすぐその活動を停止する。君たちはそれでも民間人のままだが、そう遠くないタイミングで民間人であっても政府の統制下におかれることになる。自然と軍属として扱われる」


 コーベックの言葉になおもトーマスは問い続けた。


「法的根拠がありません。経済活動の停止も、民間人の軍による統制も、法律違反ですよね」


「ああ、その通りだ。だが、来週には合衆国はなくなる」


「え?」


「アメリカ合衆国政府は統合政府へと移行するんだ。当然アメリカ合衆国憲法は効力を失うことになる」


「そんな、あまりにも乱暴な話じゃないですか!なんの権限があってそんなことを!」


「まあ、当然の反応と言えばその通りだと思うよ。だが、大統領の演説を聞いているだろう?

 我々は滅びる瀬戸際にいると言っても過言ではない。

 大統領の苦肉の策なのだよ。統合政府樹立は。

 このまま状況の推移に任せれば、食糧と温暖な土地を巡って戦争になる。

 それはやむなしと言えるが、その戦争でどこかの愚か者が核でも用いようものなら、地球の寒冷化に拍車をかけ、人類の居住域を狭める結果になりかねない。

 これは私の推測だが、無秩序に世界が滅ぶよりはマシだと今回の宣言をなされたのだろう」


「世界が滅びると決まったわけじゃないですよね?これは合衆国による他国の侵略、ではないのですか?」


 トーマスも一歩も引かない。

 コーベックは表情を変えず続ける。


「仮に合衆国の侵略であったとして、国民を守るにはこの方法しかないと私も考える。

 他国が合衆国を攻撃する機会自体を奪い、可能な限り合衆国に資源を集めることができる。

 侵略だろうと、仮に虐殺であろうと、合衆国の人命を守ることであれば、軍人として迷うことはない。

 …すこし脱線したな。いずれにせよ政治的判断に口を出す立場にはない。

 まずこの書面を確認してくれ」


 そう言うとコーベックはトーマスとエンヴィにパッドを渡した。


「地球ではすでに配布済み、この宙域の米国人には明日渡される資料だ」


 トーマスはそれに目を通す。

 そこには到底考えられない内容が列記されていた。


「経済活動自体の凍結、貨幣経済の凍結、個人資産の接収、政府による労働管理…。まるで独裁国家じゃないか」


 トーマスの口から自然と零れ落ちた。


「トーマス・ジェファーソン氏の言葉と思うと少し重く感じるな。

 だが、我々に選択の余地はない。そうしなければより多くの人命が損なわれる。合衆国国民の命を守るために必要な措置だ」


「ちょっと待ってくれ。俺たちは機械じゃない。生きた人間だ。

 自由ってのはアメリカの血液だと俺は思っている。俺はメキシコ系だが生まれたときからアメリカ人だ。

 政府の命令に従わないと死ぬぞって脅されて、はいわかりましたっていえるかよ!」


 エンヴィが反射的に食って掛かる。

 それを冷静に聞いてからコーベックが口を開く。


「君の意見はもっともだと思うよ。それが合衆国の信念でもあり、国のよりどころだった。

 そう、現時点ですでに過去のお話なんだよ。

 君たちが接触した飛翔体の影響で、世界は選択肢を失ったんだ。だから合衆国はなくなる。

 だが、その信念は合衆国国民のなかで生き続けると信じたい。

 トーマス、君には家族がいるだろう?

 もし君の家族が飢えに苦しんでいたらどうする?」


「手段は選べませんね。必要なら持っている奴から奪ってでも手に入れるでしょう…」


「その通りだ。それ自体を悪とは言えない。共倒れをするよりはより意志の強いものが生き延びるほうが正しいと私も思う。

 ただ、合衆国人同士で殺しあうことは絶対に避けたいのだ。大統領も同じ気持ちだろう」


 エンヴィは再び言葉を失っていた。

 コーベックは言葉を続ける。


「すでに正しい、正しくないを議論できない状況なんだよ。少なくともそれは理解してもらえたと思う」


 コーベックはそう言って少し椅子に掛けなおしながら二人を見た。

 トーマスが再び問いかける。


「現状では民間人で、徴兵ではない、そういいましたよね。私には選択肢がある、そう考えていいのですか?」


 その問いに領事が答えた。


「もちろんだ。まず最初の選択は次の2択。

 今の書類にサインするか、しないか。

 その影響は改めて説明するまでもないね?

 次の選択はこの場で入隊を決めるか、民間人でいることを選択するかだ。

 今入隊すれば合衆国宙軍に入ることになる。かなりの特別待遇でだ。

 民間人であることを選択すれば、地球に向かう輸送船に乗ることになる。その後は現時点ではわからないが、君たちのキャリアを鑑みればいずれ徴兵の対象になるだろう。

 もちろん、その場合は特別待遇にはならない」


 沈黙を続けていたエンヴィが口を開いた。


「わかった。俺は入隊する。脅されて入隊させられるようなのは癪だが、それが国のためになるんだ。それに特別待遇っていうのは悪くない」


「現地採用でしかもここはカリスト、木星宙域だ。新兵訓練はできないし、実地訓練は少し受けてもらうが、君たちの操船技術を活かしてもらいたい。

 士官学校を出たわけでもないのに、士官からスタートできるのは、特別待遇以外の何物でもない。

 トーマス君。君はどうする?」


「今判断しなければならないのでしたら、私は民間人として地球に帰ります。

 その後徴兵にかかれば仕方ありませんが、少しでも夫として、父親としての時間を過ごしたい」


「そうか、我々としては残念だが、その判断も正しいと思うよ。

 いずれまた逢う日もあるかもしれん。

 輸送船の運行日程は現時点では決まっていない。だがひと月以内には出港するだろう。

 最初の船に乗れるように手配するよ」


「領事閣下、ありがとうございます」


「では今日の話は終わりだ。エンリケス君、あとで迎えを出す。その指示に従い、軍基地に移動してくれ」


 二人は領事の執務室を出て宿舎に戻る。

 その道すがら言葉を交わすことはなかった。

 宿舎に戻りエンヴィは私物をまとめる。私物の量は大したことはない。

 大きめのボストンバッグ一つに入り切った。


 1時間ほどして、宿舎の彼らの部屋を一人の人物が訪れた。


「ランドウッド軍曹だ。当面の間の指導教官を務める。エンリケス候補生、荷物をもってついてこい」


 エンヴィは立ち上がり、トーマスに歩み寄った。


「全く想像してなかったお別れだが、悪くはないと思う」


 差し出された手をトーマスは握り、答えた。


「そうだな。俺たちのツキはまだあるようだしな。またな」


「ああ、また」


 そう言って荷物をつかみ歩き出す。


「エンリケス候補生、ぐずぐずするな。貴様は軍人なんだぞ!」


 頃合いを見計らって入り口から怒声が飛んでくる。

 トーマスは思わず笑った。鬼軍曹ぶっているが、いい奴じゃないか。そんなことを思ってたのだ。

 エンヴィは振り返らず、通路へと消えていった。




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