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4.再起動


「現時点で確かなのは、7thβは通信ができない状況にある。これだけだな?」


 コーベックの言葉にロレンツは少し遠慮がちに答える。


「はい。その通りです。どの程度の故障が発生したのか、何が起きたのかは判断する情報がありません」


「そう萎縮しないでくれ。責めているわけではない。責めを負うべきは私なのだから。

 しかし、初めてのケースだな。1stゲートは突入時には失敗が判明していた。今回は移動そのものは成功したことが確認されている。

 定時連絡までの間に何かが起こった。その“何か”は不明」


「はい。そう考えられます。通信だけなら、4機の空間干渉機構のうち1機が稼働可能なら開けます。反応炉(リアクター)も予備を含めて12基中1機がフル稼働できるならエネルギーの供給も可能です。ほかのシステムを落とさなければなりませんが、通信アレイと1機の空間解放機構が低出力で動かせれば、通信自体は可能です。通信アレイが故障しただけなら、ゲートは開くでしょう。こちらに状況を伝えるシグナルになります。

 ですのでもっとも考えられる可能性は制御系、βのAIシステムの故障かと」


「いずれにしてもそれを証明する手段はない。とりあえず現状を本部に報告しよう。我々だけでは打つ手がない」


「早急に報告書作成します」


「頼んだぞ」


 ロレンツは敬礼してコーベックの執務室を退出する。

 コーベックは椅子にもたれかかり、天井を見る。


「想定していない事態は起こりうる。当然想定していないから、何が起きたかわからん。…道理だな」


 制御系AIも故障した場合にはバックアップが存在する。性能こそ劣るが、少なくとも自動復帰に関しては同レベルで動くことが確認されているのだ。


「数日たって自動復帰したと通信が入る可能性も…これは楽観的過ぎるな」


 クルーたちはこの時間もαの維持と機器のチェックに奔走している。

 自分だけ何もすることがないのは、コーベックにとって本当に苦痛だった。






「本当にもう大丈夫なのか?」


「ああ。お袋にはろくでなし呼ばわりされたが、最後には落ち着いてくれたよ。応答が遅れたのも理解してくれた。

 早く帰るには、船を飛ばすしかないしな」


「まあ、もう少しのんびりしてろ。俺一人でも船を飛ばすのは問題ない」


「何かしてるほうが気がまぎれる。実際にハイウエイに入ったら、することはなくなるしな」


「そうか…」


 エンヴィの言葉にトーマスはそう答えた。

 エンヴィもこれ以上は言うことがない。

 二人は黙々と出発の準備を続けた。


「こちらフリーダムスター3。管制、反応炉に火を入れる。電力供給を頼みたい」


 エンヴィの声にベイのコントロールが返答する。


「フリーダムスター、回路は接続済みだ。いつでもどうぞ」


「ありがとうよ」


 エンヴィは通信を切り操作卓を反応炉のモニターに切り替える。

 すでに反応炉の起動手順(シーケンス)が進んでおり、すぐに反応炉が稼働し始めた。


「反応炉起動完了。航路設定を始める」


 トーマスの声に、エンヴィは少し間をおいて答えた。


「了解。今のうちにエンジンのチェックを終わらせておく」


「了解」


 それからしばらく二人は黙々と作業を続けた。

 一通りのチェックと準備が終わり、再びベイの管制に通信を入れる。


「こちらフリーダムスター3。発進準備完了した。許可を求む」


 問いかけたエンヴィに管制からの返答が入った。


「フリーダムスター、ツイてるな。ついさっきまで航行規制がかかってたんだ。航行経路も認証された。発進を許可する」


「何かあったのか?」


「わからん。軍の規制だからな。俺たちの知るところじゃないさ」


「そうか、まあいい。運があるうちに俺たちは帰るよ。世話になったな」


「了解。フリーダムスター、良い旅を」


 会話を終え、発進の準備を始める。

 操作卓上の発進工程を表示する内容が、固定クランプ解除の状態に切り替わった。


「スラスター噴射。ベイを離れる」


「離脱完了。相対距離2m、3、4、5m」


 トーマスが声に出し、エンヴィがそれに答える。


「エンジン点火準備OK。反応炉出力50%なおも上昇中。船体シールド出力安定」


「相対距離50m。6702141200Z、カリストベースを発進」


 トーマスの宣言に続き、エンヴィがエンジンを点火させる。

 船体を軽く震わせながら航行用の核融合エンジンが推進力を生み出す。


「エンジン点火確認。エンジン出力80%で安定。初期加速完了まで3分」


「コースに乗った。木星での重力加速フライバイを経由して、定期航路(ハイウエイ)に入る」


 船体はなおも加速を続け、瞬く間にカリストベースが遠くなり、カリストそのものも小さくなっていく。


「さあ、地球に帰るぞ」


 エンヴィが自分に言い聞かせるように言った。

 カリストだろうと火星だろうと、いざ離れる時は不安を感じる。慣れるものじゃない。

 本能的に重力が恋しくなる人間の性のようなものだとエンヴィは思っていた。だからこそ、地球に帰ると口に出したのだ。

 フリーダムスター3はこれから3か月の孤独な飛行を続けることになる。





 調査機能と最低限の通信機構を備えた無人探査機を送る方向で調整され、実際に1週間ほどでαから送り込まれた。

 当初は正常通りに通信が行われ、物理的にβが存在していることは確認された。だが探査機とβは通常の通信を行うことができなかった。

 探査機からのデータではβが稼働していないことを示すデータが送られてきた。融合炉が一つでも稼働していれば、相当量の熱が観測されるはず。

 だが、部分的なシステムが動いていると思われる熱量しか観測されなかったのだ。

 そして探査機からの通信は、探査機が重力の影響を受けていることを示すデータを最後に、途絶えることになる。

 今回も何が起きたのかわからないまま、消息が途絶えてしまった。

 7thゲートで起きた事象に関してアメリカ合衆国宇宙軍は、詳細不明事態につき、継続して調査する。という方針を維持していた。

 

 8番目のゲートの計画はすでに進行中であったが、それも一時停止となり、各種の調整がまだ完全にはついていなかった。

 プロジェクトの規模が大きいだけに、方針変更も簡単ではない。

 実際にほかの恒星系から得られる資源は希少なものもあるので、有用ではある。だが、ゲートの建設費用などを考えれば黒字と呼ぶには無理があった。

 それでもゲートの数を増やすのは、地球上の他国に対する技術的アドバンテージを誇示する目的もあったために、失敗は認められないし、継続する必要があった。

 ゲートを開く技術はアメリカで開発された独占技術であり、恒星間を航行するうえでの唯一の現実解でもある。

 木星からのガス供給すら、現時点では採算ベースに乗っていない。

 だが、それでも各国が木星近くでエネルギー採取事業を展開しているのは、宇宙技術の開発と未来への投資、何より産業自体を大きくすることで、経済の枠を拡大するという目的が大きかったのだ。アメリカにとってゲートは木星の延長線上にあるだけでなく、未知のものを他国に先駆けて入手する戦略的投資でもある。


「12回目の詳細解析終了しました。αの最終スキャン時のデータにはやはり異常も、異常の予兆と思える部分もありません。自然故障やなんらかの瑕疵かしがあったとは考えられませんね」


 中尉の報告にロレンツは頷いて答えただけだった。

 システム起動からひと月が経過している。

 その間β側から通信も、通信用のゲートの開放も確認されていない。


「大尉。探査機から送られたデータも、同じですね。βの反応炉は全基停止中。原因は特定できません」


 別の操作卓からの報告も届く。つまるところ、何もわからないのだ。


「何か手がかりがあるといいのだけど…」


 ロレンツはつぶやく。丸ひと月調査して、異常が見つからない。だとすれば外因を疑うしかないのだが、βが送ってきた周囲の観測データは周囲の宙域にその原因となるような物は報告されていなかった。唯一の情報はそこが低密度ではあるが重力の影響が存在する空間であるという事。だが、それだけでは事故は起こらないはずだ。


「ファルムト4127の観測データで、何か見落としていることはない?」


 ロレンツが中尉に尋ねる。

 

「ええ、観測データが多いとは言えませんが、50光年越しの観測データでは、銀河系中心方向にある褐色矮星の恒星系で暗くはっきりしないってのが特徴です。

 暗黒物質の分布予想からある程度の密度の暗黒物質が存在することが推測されています。断言はできませんがβが返してきた観測データの低密度重力は暗黒物質の影響が考えられます。

 まあだからこそ7thゲートの接続先に選ばれたわけですよ」

 

 ロレンツはこのプロジェクトに配属された際、真っ先に思った。よくわからないところにゲートを接続するのはギャンブルが過ぎると。

 だが、わからないものがあるからこそ調べたいという、科学者たちの意見はわからなくはないが。


「できることは限られてる。愚直な方法しかないけど…もう一度データを洗い直しましょう。何か見落としがあるかも…」


 そこまで口にして言葉が遮られた。


「空間に高エネルギー反応確認。空間干渉の痕跡です。βからのゲートが開けられる模様」


「え?」


 その報告を聞き、ロレンツは奇跡的にβが機能回復を果たし、連絡をしてきた、と思った。

 だが、その考えはすぐに否定される。


「空間干渉継続中。通信用途には大きすぎます。センサーに実体を確認、何かが出てきます!」


「総員緊急配置に。何が出てくるかわからないわ。コーベック指令に至急連絡!」


「ゲート固定されました。来ます!」


 モニターにゲートの放出面が拡大して映し出されると、非常に高速なものがゲートを通過し、こちら側に出てくるとそのまま飛行していった。

 直後にゲートの出口は消え、文字通りそこにはもう何もない。


「センサーで飛翔体を追跡中。速度、0.1(コンマいち)Cで木星方面に飛翔中!」


「光速の1/10ですって?!」


「木星の重力圏に入りました」


「予測進路を計算して」


 ロレンツの声と同時に通信機からコーベックの声が聞こえてきた。


「大まかな状況はこちらでも把握している。飛翔体の詳細な情報をくれ」


「飛翔体、進路を修正した模様。木星の重力を利用して方向を変える模様です。自然軌道ではありません。軌道をわずかですが変更したと思われます!」


 近くから上がる声を聴いて、ロレンツは一瞬硬直したが、すぐにコーベックへ報告した。


「飛翔体は0.1Cの速度で木星重力圏に侵入。わずかにコースを変え、木星のフライバイに入る模様です」


「コースを変えた?隕石の類ではないという事か」


「断言はできませんが、その可能性が高いと思われます」


 そうロレンツが口にすると、次の報告の声が上がる。


「軌道計算の結果出ました。木星のフライバイを使い進路変更。木星の定期航路に入ります」


 その声と同時に手元の画面にコースの予想結果が図式として表示される。それはコーベックのもとにも送られているようだった。


「目的地は…地球か。司令本部に緊急連絡。急ぎデータとともに送れ!」


 コーベックの表情が曇る。

 断定はできないが、何かの意図をもって動いている。恐らくはβを起動させてやってきた。

 確かなことが何もない状況だが、コーベックは確信していた。

 地球人類が経験したことのない事態が、今進行していると。




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