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3.沈黙


「エンヴィ、そっちは問題ないか?」


「ああ、問題なしだ。システムダウンしていいぞ」


「6702101530Z、カリスト到着だ。ここで一度システムダウン」


 トーマスがそう口にすると、あちらこちらの照明が、操作卓(コンソール)の明かりが消えてゆく。最後には足元を照らす非常灯だけがかろうじて周囲に何があるのかを教えてくれていた。

 フリーダムスター3はカリストの上空にある輸送船ベイにドッキングしていた。

 会社契約のメンテナンスチームが融合炉のメンテナンスと補給を行ってくれることになっている。

 完了までは3日。その間は有給休暇扱いとなる。

 二人はドッキングポートからベイに入り、そのまま地表の基地に向かう連絡便シャトルへと乗り込んだ。


「なんか予定あるのか?」


 トーマスの問いかけにエンヴィが答える。


「気の利かない相棒の顔を3日間見ないだけで立派な休暇になるよ」


「ひどい言い草だな。一応気を使って聞いてやってるのに」


「このあと1年はお前の顔を見て過ごす俺の立場になれよ。静かに一人酒でも飲んで過ごすさ」


「まあ、娯楽って言っても大したものはないしな。俺は船ではできない節制した生活をするよ。地球に戻った時に骨折とか洒落にならんからな」


「言ってろ。俺はお前の顔を見ながらジムで汗を流すとか、悪夢でしかない」


 そんな会話を交わしている間にシャトルはベイを離れて地表へと降下する。

 所要時間は15分ほどだ。

 小さな窓からは地表が大きくなっていくのが見える。

 一面氷に覆われた世界。

 すぐに地上基地の姿が目に入り始める。


「ああ、知ってるとは思うけど、下のベースは半分は軍基地だ。軍人が多いからな。喧嘩騒ぎは起こすなよ?文字通り骨が折れるぞ」


「うまいこと言ってるつもりかよ」


 無人運航の連絡便は地上基地の端へと降り、ドッキングを完了した。

 ベルトを外し、座席を立ち上がるとき、わずかな重力を実感する。

 月と大して変わらない低重力ではあるが、無重力との差を歴然と感じる。

 遠心力などを利用した人工重力と、実際の重力は違っているように感じる。不思議なものだ。

 二人は接続されたハッチから通路を進む。

 この程度の重力では歩くというより、ほとんど浮いて移動する。

 無重力下であってもマグネットブーツが環境に合わせて自動でコントロールしてくれるので、コツさえつかめば歩くこともできる。

 だが無重力で歩くのはぎくしゃくする。足の裏にほんの少し荷重が戻るだけで、意外なほど「普通に歩けている気」がするのだ。

 ベイエリアからシティエリアへの境界を超えると、ドーム状の空間に、地球の街並みを模した感じの商業エリアが目に入ってきた。

 同じタイミングでアームバンドが通知音を続けざまに鳴らす。


「ああ、このところ通信管制のある区域にずっといたからな。軍の仕事はこれだから…」


 トーマスが表示エリアを投射させて内容を確認しながらそんなことを言っていたが、言葉と足が不意に止まった。


「トーマス、どうした?」


 エンヴィも立ち止まり、トーマスを振り返る。


「親父が死んだ。4日前だ……」


「そうか…」


 帰ってきたトーマスの言葉に、エンヴィはそれ以上何も言えなかった。

 親の死に目には会えない。ある種の宇宙勤務の常識ではあるが、わかってはいても、感情はついてこない。

 うつむき立ち止まったままのトーマスの肩をエンヴィは軽くたたくと、


「一杯やろうぜ。親父さんのために」


 そう声をかけ、肩を組んで歩き始めた。






「反応炉8番まで出力安定25%出力で安定中。リンケージ98%を維持」


「α自動制御システム異常見られず」


「電磁シールド出力安定」


 最終報告の声が制御室内にこだまする。

 総制御卓(マスターコントロール)に座るロレンツ大尉はその声を聴きながら目でも各部の状況を確認していた。


「最終テストに入る。各員モニターを続けて。

 システムα、システムβのフルチェックを実行して。

 システムβ、システムαのフルチェックを実行して」

 

 大尉がそう口にすると、システムαがβ側のシステムデータの解析を始め、システムβがα側のシステムデータの解析を開始する。

 相対する位置に存在する巨大な二つのリングが、表面から虹色の光をお互いに浴びせ、その情報を読み込んでいく。

 その状況は各セクションの担当者にも表示されており、センサーの実測データと反対側からの測定データの突合せのチェックを行っている。

 詳細な量子スキャンが完了するまで約1分。一回り大きなαをスキャンするβのシステムのほうがわずかではあるが時間がかかる。

 そしてそれぞれのシステムが相手のシステムのスキャンに基づくレポートを返す。


「α、β、情報接続を確立。両システムの健全性を検討して」

 

 そろえられた4つのデータ、すなわちαの実測データ、βが作成したαの観測データ、βの実測データ、αが作成したβの観測データに基づいて、αシステムとβシステムの「討論」が数秒行われ結論が返される。

 

ーシステムの稼働健全性、99.985%。オールクリアー


 そのあとに詳細なレポートが続けて表示されるが、いずれも測定誤差や事前に設定された閾値しきいち以内で問題となるものはない。

 αとβは双子と言っていい。その制御系人工知能も同じものだ。

 だが、AIの最終教育はその肉体とも言えるゲートの作成状況をデータとして用いられる。

 そうすることによってそれぞれのシステムは、それぞれのいわば体の部分の情報をより詳細に得ることができる。

 その過程でAIの挙動にわずかな差が出るのだ。

 いわば個性で、その個性自体は歓迎されるべきものである。それにより発生するエラーに対してより柔軟な対応が可能になるからだ。

 だが、逸脱しすぎた個性は問題となる。

 そこで最終的に相互システムの稼働テストを兼ねて、それぞれのシステムに相手のシステムの状況を確認させる。

 システムの健全性を調べるのと同時に、大規模な情報交換を行わせて、二つのリングのシステムの一体性を確立させるいわば儀式だ。

 もちろんAI任せにはしない。

 各セクションの担当者はそれぞれのブロックの情報を精査し、問題がないことを確認する。

 総制御卓に次々と各セクションからの正常動作のメッセージが並ぶ。


「大丈夫みたいね。現時点をもって7thゲートの稼働準備完了を報告します」


 通信窓の向こう側に映るコーベックは一つ頷くと、こう口にした。


「予定通り12時間後にゲートを稼働させる。各員準備に入れ」


 7thゲートはその最初の関門をくぐるための、最終準備に入った。






 ゲートの稼働自体は行おうと思えば今すぐにでも実行に移せる。

 だが、行うべき手順は定められている。

 最初のゲート起動はゲート内に人を配置せずに、遠隔操作で行う。

 これはルール。変えられないルールだ。


 調整作業に当たっていた技術者や、実運用を行う人員は一度ゲートから退去する。

 そのうえで、αを起動し、βを向こう側に送る。その後通信専用の相互ゲートを開いて、同期を確立させる。

 すべてを遠隔操作で行い、ここまで終わって初めて成功と認められる。


 それぞれのゲートから作業を終えた人々が小型船を使って離脱。制御を行う母艦へと移動し続ける。

 当初の予定通り4時間ほどで、全員の退出が終わった。

 その後、制御の中枢が母艦側に移り終えると、着々と準備が続けられた。


「216702110300Z、最終決定が通告されました。予定通り起動です」


 操作卓の一つについていた乗員が報告の声を上げると、コーベックは全員に向けて放送を行った。


「政府の決定が下りた。最終手順に移行する。予定通り0500に7thゲートの開通を行う。各員緊張感をもって任務に当たれ。以上だ」


 一同の緊張感が増す。

 コーベックは少し深く座りなおした。

 いつも思う。

 こうして全員が緊張感をもって作業に当たっているのを、ただ見ているだけの時間はいつも長く感じる。自分も手を動かして何かできればもう少し気もまぎれるだろうに、と。だが、その状況でじっと構えて状況を見守り続けることが、指揮官の最大の仕事であることも理解していた。





「最終確認よし」


「放熱パネル正常稼働中」


「α側反応炉、出力最大。リンケージ安定。出力合計定格の97%で安定」


 各操作卓からの報告が上がる。

 コーベックは告げた。


「固定座標、エレフォス星系外苑。空間圧縮シーケンス開始。βはスラスタ起動準備」


 その声に次の手順が進められ、引き続き状況を告げる声が上がり続ける。


「初期接続開始、空間の穴を確認。亜空間側の空間圧縮進行中。圧縮完了まで1分」


 リンク状の構造物の内側に向けて幾条かのプラズマが走ると、空間の中央部分が一瞬マーブル上の輝きを放つと、漆黒に変わる。

 そしてα全体が、淡い赤い輝きを放ち始める。


「7thβ、初期スラスタ起動。毎秒2メートルで前進開始。移動軸誤差なし。姿勢安定。突入まで5分」


「放熱限界まで10分」


「圧縮完了。出入り口の開口域を最大に広げます。展開完了まで3分」


 ここでコーベックは一つ判断を下す。


「展開完了直後に突入を開始。βの移動速度を少し上げろ」


 その指示に各員が補正作業を始める。


「β加速。相対速度が上がりました。最終突入速度は維持。現時点で最大開放完了後12秒で突入開始」


 報告に対してコーベックは頷き、短く答える。


「よろしい」


 刻一刻と状況が進んでいく。

 移動するβの筒状の構造が、遠目にはすでに接触しているのではないかと思えるほどに接近。


「突入口完全開放まで30秒。速度毎秒200メートルで固定。姿勢制御良好。突入軸誤差無し」


 制御室内の緊張が最大に達する。


「ゲート、最大開放。β突入開始まで8秒。5、4、3、2、1、突入開始」


 βの構造が、αの内側に現れた漆黒の闇へと吸い込まれていく。そしてあっという間にβの姿が消えた。


「β速度安定。突入完了。モニタ上のβ消失」


 その報告を聞いてコーベックは次の指示を出す。


「開口部を閉じ始めろ。通信領域だけを残し、その時点で空間圧縮開放。空間衝撃に備えよ」


「了解。ゲート出力落とします」


「圧縮開放による空間衝撃検知。想定範囲内です。各艦、姿勢制御問題なし」


「通過シーケンス完了、リアクター出力50%まで落とします。現在の放熱容量78%」


「α各部のチェックを行え」


 コーベックは短く指示をだすと、大きく一つ息を吐く。

 これで、できることは終わった。後はβが自動的に手続きを続け、通信が確立するのを待つだけ。

 βからの応答は計算では2分ほどで返ってくるはずだ。

 そしてこの2分間が、最も長く感じる。


 制御室内は静まり返る。

 誰もが同じ思い、早く返事を返してこい。

 祈るようにその時を待つ。


「空間に小規模のゲートを出現確認。βとのリンク確立。データ受信中…応答は肯定応答、設置成功です」


 歓声こそ上がらなかったが、一斉に安堵の息を大きく吐く音が重なる。

 そんな中、データを見ていたひとりの技師が声を上げる。


「大尉、周囲の観測データがおかしい、いや…もしかすると暗黒物質の影響を受けているのか?」


 送られてくる宙域のデータが、特に重力測定に関して通常の宇宙空間と異なる。

 密度は高くはないが、このデータが正しいとすると、βはなんらかの質量をもつ物の中に存在していることを示していた。

 報告を受けたロレンツ大尉は、αのシステムに解析を指示する。

 返答は一瞬だった。


ー 推測不可能。β側は機器の異常を報告しておらず、未知の物質がそこに存在する可能性あり。物質の特定は不能。追加のデータを求む ー


 その回答をコーベックに報告する。

 コーベックは眉を寄せ難しい顔をする。

 そして一拍おいてから答えた。


「暗黒物質の密度の濃い地域という事前情報とは一致している。暗黒物質がどういうものなのか、我々は情報を持たないからな。現時点では正常に推移していると考えても差し支えないだろう。データの収集を続けてくれ。本部へ報告するのに必要だ」


「了解しました」


 ロレンツ大尉は自分の操作卓に戻り、状況のモニタリングを続ける。

 モニタリングする限りでは、ほかにおかしな点はないように思える。7thゲートは計画通り稼働した。多分それは事実だ。

 だが、言いようのない小さな不安を拭い去れなかった。


 30分後、初期のデータリンクとシステムチェックを終えて、通信用ゲートも完全に閉じられた。

 以後は4時間ごとの定時通信、必要に応じての都度の通信。必要な際に通信を行う為に改めて極小のゲートを開くことになる。

 通信だけでも、船一隻を動かすほどのエネルギーが必要だ。

 何かあれば緊急の通信が入るはずだし、ある程度の自律機構での修復も可能になっている。

 なんの問題もない。

 

 はずだった。

 4時間後最初の定時通信にβは応答をしなかったのである。





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