2.はじまり
木星宙域外苑に6thゲート開通以来となる、2年ぶりの賑わいが訪れていた。
すでに稼働しているゲートを使っての行き来はあるものの、資源の大量輸送などはいまだ行われておらず、ゲートの先はいまだ調査中だらけの状態だ。
そこには一対となる二つのリングが浮かんでいた。
地球から毎日のように輸送船が到着する。
「いやさ、いろんなところに行きたいっていうのはわかるよ?でもかなりの税金突っ込んで次々こんなもの作らなくても良いと思うんだが」
小型の輸送船の指揮所内で、金髪の男がぼやいた。
「十分な探査が終わっていないうちに次々と他の星系に道を作っても何の役にも立たないだろ?トーマス、お前はそうは思わないのか?」
操作卓を見ながら声が聞こえていないようにしていた黒髪の男が振り返りながら答える。
「知ったことかよ。俺としちゃ特需で仕事が増える。明日も飯にありつけるってだけで俺は十分だ。そんなことよりもエンヴィ、無駄口叩いてないで仕事しろ。もうすぐドッキングだぞ」
トーマスと呼ばれた男は愚痴った男に向かってそういうと再び操作卓に向かった。
「へいへい。給料分の仕事はしますよ」
エンヴィと呼ばれた男も操作卓につく。
「各種システム異常なし。ついでにドッキングアームも問題なし。こっちはいつでも突っ込めるぜ?」
「了解だ。2分後にベイにドッキングする。質量差が十分にあるから、雑でも大丈夫だそうだ」
トーマスの言葉にエンヴィが噛みつく。
「何言ってやがる。俺は一流のパイロットだぜ?雑につけたりはしねぇよ。物音ひとつ立てずにドッキングしてやらぁ」
「はいはい。向こうのアームが捕まえてくれれば腕もなにもあったもんじゃないだろ?まあ事故だけは起こしてくれるなよ」
「ちぇっ」
輸送船は減速しながら巨大な鈍色のリングに近づいていく。7番目のゲートの木星側、大きいリングは近づけばやはりかなり巨大だった。
事前に聞いた話ではこれまでのゲートに比べて小さいという事だったが、小型の輸送船とはいえ、全長80mを超える船体が自動車ほどに感じられる。
「しかしでかいな。距離感が狂いそうだぜ」
エンヴィが小さく毒づく。
輸送船はそのまま減速を続け、ドッキングベイ手前50㎝で静止した。
位置のずれはなし。完璧な静止位置だ。
船体に軽い振動とコン、という金属音が響く。
「ドッキングアーム接続。後は向こうにお任せだ。どうだ見たか?」
「見たかってな。オートパイロット任せで腕も何もないだろ?」
「身も蓋もないこと言うなよ。相棒だろ?」
「相棒だから言うんだ。さあ、荷物を引き渡して帰ろうぜ。なんせ地球までたっぷり3か月かかるんだからな」
「それを今言うなよ。お前の毒舌にさらされると思うと、鬱になる」
許可は出ないとはわかっていたが、荷下ろしの間にこの巨大な構造物への乗船申請を出してはいたが、すぐに却下されていた。
ゲートの目的はアメリカ国内では知られている。彼らもアメリカの企業に勤めるアメリカ人だ。当然このゲートが外宇宙につながる道であることは知っているし、船乗りとして興味を持ってはいる。
「本当にデカいよなあ。これでほかのリングよりは小さいっていうんだぜ?」
「どういう理屈なのかは知らないが、動いているって実績もあるらしいし、俺達には関係ないだろ?」
「どうしてお前はロマンってものがないんだ?俺たちは宇宙船乗りだぜ?」
「いや、ロマンはいらないだろ?宇宙船乗りなんて珍しい職業ってわけでもないし」
「お前、本当につまらないやつだな」
「お褒めにいただき光栄だね」
ドッキング完了のシグナルが操作卓に表示される。
トーマスは音声ログを記録するために声に出して復唱した。
「6702081322Z(2167年2月8日 13:22 UTC)、ドッキング完了」
それからエンヴィに向かい声をかける。
「さあ。楽しい肉体労働の時間だ。荷物運ぶぞ」
「宇宙船乗りも地に落ちたな」
「いや、ここは宇宙で俺たちは宇宙船乗りだ。地に落ちてはいないだろ?」
「お前、本当に面白くないな」
「ああ、俺はどちらかと言えば、普通の運送業だと思ってるからな。宇宙船乗りなんて言えば聞こえはいいが、要は昔の長距離トラックの運転手だからな」
「一番聞きたくない例えを言いやがって」
「それが現実だ。さ、仕事だ」
二人はコンソールから離れ、指揮所の後部ドアから船室へと中を移動する。
その先で船外服を身に着けると、気密ハッチから貨物室へと移動した。
そこの操作盤で貨物室の大型ハッチを開く。
するとハッチ外で待機していた作業員からオープン回線で通信が届く。
「運搬ご苦労さん。荷物の引き上げ作業に入るが、問題ないな?」
「ああ、始めてくれ。必要なら手伝うが?」
作業員の声にトーマスが答えると、作業員は手を振りながら答えた。
「気持ちはありがたく受け取っとくが、人手は足りてる。一応ここは軍の最重要機密扱いなんでね。あんたらは船から出ないでくれよ」
作業員はそう言ってから彼の後ろにいた数名に合図を出した。
二人ほどが貨物室内に移動してきて、位置を確認すると、貨物用のアームを遠隔操作し始める。
手慣れた様子だった。
作業は順調に進んで、積載されていた4つの100ftコンテナは10分ほどで降ろされた。
トーマスとエンヴィは文字通り立ち合うだけだった。
作業員に手で挨拶を交わし、貨物室のハッチを閉じる。
船内に戻ると船外服のまま指揮所に戻り、発進の準備を始めた。
「カリストベースで補給の時に少し羽が伸ばせる。長くはないが休暇があると思えば労働意欲も沸くだろ?」
「カリストの休暇ねえ。港ごとに女がいるような時代じゃねえし。休暇と呼べるほど楽しいところじゃねえよ」
エンヴィは操作卓を触りながらトーマスに答えた。すぐにトーマスが答える。
「休暇ってのは楽しむためのものだけじゃない。重力下に体を慣らすために必要なリハビリだと思えよ。帰ってからいざ本番って時に骨折とか洒落にもならんぞ」
「くそまじめなご意見ありがとうよ」
通信要請があることを示すサインが表示されると、回線を開きながらエンヴィが答える。
「こちら輸送船フリーダムスター3。発進準備完了している」
その声に通信相手が無感情に答えた。
「こちらゲート7コントロール。輸送船C7815659、発進許可が出ました。これより分離シーケンスに入ります」
「了解。シーケンス同期を確認。分離後発進する」
「了解。良い旅を」
形式通りの短いやり取りが終わるころには船体はベイから切り離され、ゲート側のアームによってゆっくりと押し出されていた。
「スラスター起動、安全距離確保。姿勢制御完了」
「航路確認、クリア」
「リアクター出力上昇。プラズマ推進点火5秒前、3、2、1、点火」
「プラズマ出力正常、予定速度到達まで8秒。5、4、3、2、噴射停止、今」
10秒ほどの薄く青白いエネルギー放射が起こり、輸送船フリーダムスター3は船体を加速させた。
リングまでの距離が近いので、最小限度の加速。噴射による事故を防ぐための作法だ。
それから120秒後、フリーダムスター3は再加速を始めた。航行用エンジンが稼働したのだ。
積み荷を降ろした船体は小気味よく加速し、リングから遠ざかってゆく。
その姿はすぐに星々の海の中へと消えていった。
フリーダムスター3とは比較にならない大きさの、おそらく制御室だろう。
操作卓に座った状態の10数名のクルーが声を掛け合いながら作業を進めている。
「なんか少しセンチな気分。7thβはゲート超えたら二度と帰ってこないのよね」
20代後半くらいに見える栗色の髪を短くそろえた女性がポツリと漏らす。
それを聞いていた30代半ばくらいの男が彼女の前の操作卓から振り返って、話しかけてきた。
「βは無人ですし、機械ですよ大尉?」
さらに隣の若い男が笑いながら話に加わった。
「中尉は御存じないのですか、大尉は機械オタクなんですよ。普通の人より機械に感情移入するのはいつものことなんです。気にしたら負けですよ」
その言葉を聞いて気か聞かずか、大尉と呼ばれた女性は言葉を続ける。
「それはわかってる。けどね。βを組み立て始めてから1年ちょっと。目の前で大きくなったでしょ?愛着みたいなものがあるのよ」
「大尉。βの初期起動完了しました。現在全システムアイドル中です」
「確認した。ありがとう」
最前列の操作卓から振り返り、大尉に若い女性が声をかけた。大尉は即座に返答し聞き返す。
「こっちのシステムの状況はどう?」
「α側のシステムは最後の融合炉の調整中です。完了まで30分の報告を受けています。制御系は起動待ち。異常の報告はありません」
「了解。順調ね」
時々会話があるものの黙々と作業を皆が進めている。
無駄口を挟むのは余裕があるからではなく、緊張を和らげたいからだ。
予算規模、使うエネルギー量。いずれにしても国家予算規模のプロジェクトである。
そして今、まさにプロジェクトは最終局面を迎えようとしている。当然ながら失敗は許されない。
「状況を報告してくれ」
そこに入ってきた人物が操作卓についてた大尉に声をかける。
大尉は慌てて立ち上がろうとするが、声をかけた人物はそれを手で制した。
「そのままで構わない。進捗状況を」
50代前後、落ち着いた感じではあるが、がっちりとした体つきは肉体労働者を想像させる。
ただ、その物腰や振る舞いには折り目が見え、労働者ではないことを物語っていた。
「コーベック指令。現在システムの最終調整中です。β側のシステムはすでに稼働中。全体の進捗率は104%。今のところ問題は発生しておりません」
「今のところ、か。その通りだな。ここのところは成功を繰り返している。とはいえ、気は抜けない」
この場に満ちる緊張感を感じてか、そんな言葉を返すと正面の漆黒の宇宙空間に目をやる。
「実利になるかわからないものに、これほどの予算をかけるのは……」
7thゲートはこれまでのゲートと性格が少し異なる。
これまでのゲートはある程度の事前調査に基づいて現実的な線で接続先が決められた。
だが、このゲートの接続先は発見されてから20年に満たない、エレフォス星系。
地球から50光年ほどの距離であるにも関わらず、これまで発見されていなかった。
この事実だけでも胡散臭さを感じるが、この構成はG型主系列星。我々のよく知る太陽と似た星だ。
これまで発見されなかったのは、この宙域が暗黒物質の濃度が比較的高いため、何らかの干渉を受けていた可能性があるというが…
これまでのゲートよりも5倍以上の距離をつなぐ長距離用のゲートとしての実験的要素を持つ。
これ一つ取ってもリスクは高いはずだ。
もちろん、個の整形の価値は理解できる。
地球に似た環境を持つ惑星の可能性。
これまで実観測したことのない暗黒物質。
人類の宇宙開発を大きく飛躍させる可能性がそこには確かにある。
だからこそより慎重になるべきではないのか。
コーベックは7thゲートのプロジェクトはギャンブルが過ぎると感じていた。
「対になるゲートをセットで配置しなければ運用できないのが最大の難点だな…」
意図せずして口から出た言葉だったが、大尉はその言葉に答えた。
「ゲートの性質上、送り出すことしかできません。ゲートを通れるサイズでないと送れないですし。
向こう側に送り出される7thβは帰ってくることはありません。そう考えると少しセンチメンタルになりますね」
当然これまでにゲートの起動実験自体は行われている。7thゲートのαもβも問題はない。
現在は最終調整中。αとβのシステムがリンクして動作することが確認されると、最初の実稼働として、一回り小さく作られたβがαの作ったトンネルをくぐり、向こう側に配置されることになる。いわば最初の関門だ。
「決して戻ることのない旅、か。確かにセンチメンタルを感じるな」
コーベックはせめて片側ですむならと思っていたのだが、自分の柄ではないと思いつつも、大尉の言葉に何となくではあったが小さな共感を感じた。
一つ咳払いをしてから、
「何にせよ我々の任務はβを完全な状態で向こう側に送ることだ。忙しいのは承知しているが、最善を尽くしてくれ。ロレンツ大尉」
「はっ」
座ったままで受け答えしていた女性…ロレンツ大尉は敬礼をし、操作卓での確認作業に戻った。
人が忙しく作業を続ける制御室内は、わずかな会話と活気、そして重圧に埋め尽くされているようだった。
「ではシステム起動の準備に入りましょうか。1番融合炉を起動します。作業船に起動電源の要請を。
1番起動後、安定次第2番の起動。順次4番まで起動を進めます」
「了解」
大尉の声に、制御室内全員の声が返る。
7thゲートの稼働準備は山場を迎えようとしていた。




