15.日はまた昇る
2168年3月1日
この日、正式に地球連邦政府の樹立が宣言され、地球連邦憲章が交付された。
組織的な抵抗はなく、一部のゲリラが活動を続けていたものの、規模としては大きくなかった。
何より活動が確認されると、即応部隊が反撃し、確実にその数を減らしていた。
2168年3月28日
アフリカ戦線から南米に戻った兵士たちを中心に、反連邦政府を掲げる武力蜂起が発生する。
南米地域の希望を失っていた多くの民衆の支持を受け、かなりの勢力規模となる。
いくつかの連邦軍の駐屯地が破壊されたが、連邦軍はその地域から速やかに撤退した。
2168年4月24日
連邦軍の南米再制圧が開始される。
反連邦政府軍は、軍を名乗ってはいたが統率は取れておらず、連邦の組織だった攻撃の前に次々と撃破される。
戦う前から勝負は決していたのだ。彼らは食糧問題をどうすることもできず、内部的に反目しあい、ほとんど自滅していた。
この時の連邦軍の攻撃は苛烈を極めたと言われている。
2168年6月
南半球側の大気中の砂塵が落ち着きを見せ始めていることが研究チームからの報告で明らかとなる。
実際に南半球では温度の低下傾向が止まりつつあった。
それでも冬の寒さはこれまでの比ではなく、飢えは変わることなく人々を苦しめ続けていた。
2168年7月
大気の対流が安定傾向を見せ、赤道付近を中心に日照の回復が確認される。
わずか1年の間に地表の生態系は激変していた。それでも生命は途絶えてはいなかった。
この回復傾向を踏まえ、地表における農業再生実験が始まった。
連邦政府は備蓄していた種子を使い、現状の環境で育つであろう植物の生産を目指す第一歩だ。
このニュースは多くの人々にとっての希望の光となった。
2168年10月10日
「トーマス、あんたなんで民間人にこだわってるんだ?宙軍に志願したら、すぐにでも士官になれるだろうに」
輸送機のコックピットで操縦桿を握るハワード中尉が、脇に座るトーマスに話しかける。
トーマスが地球に帰還して1年。すぐに役務につくように達しが来た。
そのリストの中から選んだのは輸送機の作業員だった。本当は陸送のドライバーでもと思っていたが、あいにくと大型車両のライセンスを持っていない。
セカンドチョイスとして輸送の補助を行う作業員を選択した。
そこですぐにコクピットクルーとして働かないかと声がかかった。
トーマスは宇宙船の船長の資格を持っている。航宙士、通信士、機関士の資格の上位に当たるので、声をかけられたのだ。
宇宙だろうと大気内だろうと、大型の機器に関しては軍の管轄になっていて、軍に入ることに抵抗を感じたトーマスは、その申し出を渋ったが、
「軍属にはなるが、民間人には違いない」
という一言の押され、コクピットクルーとして働くことになったのである。
この一言は微妙な嘘が含まれていた訳だが、それに気づく頃にはトーマスはこの仕事を気に入っていた。
サイクルは短く、頻繁に家族のもとに帰れるし、飛び回っている方が性に合っている、トーマスはそんなことを思った。
「民間人にこだわっているわけじゃないですよ。あえて言うと軍人になることに少し抵抗感があるというか。
ぶっちゃけると30過ぎてから入隊ってのは、体力的にきつそうなので。
それに一度宇宙に上がると、簡単に帰ってこれないじゃないですか?今は家族と過ごしたいんですよ」
トーマスは計器類をチェックしながら、自分よりも年下のハワード中尉にそう答えた。
「なるほど、民間人にこだわっているわけじゃない、か。だったらこのまま空軍に入ればいいじゃないか。
任務中は帰れないって点じゃ今も変わらないし、少なくとも今よりは少しは偉くなれる」
「考えないわけじゃないですよ。ただ、今の立場の方が気楽ですからね」
「気楽か。まあ確かにそうかもしれないな」
現在輸送機はダラスから南米のマナウスというところへ飛行中だった。
コクピット内にはハワード中尉とトーマスの二人だけ。
空軍も人員が圧倒的に足りていないのだ。
無人運用する技術も確立されてはいた。
だが、衛星からの誘導が確実に行えない状況では、パイロットを置かざるを得ない。
そして何より、前線を支えるための物資は確実に運ばなければなかった。
連邦政府も兵士を飢えさせるわけにはいかない。
ダラスを飛び立って5時間が過ぎ、輸送機は高度を落として着陸態勢へと入った。
降下する過程でアマゾンの密林が、いや密林だった森が眼下に広がる。
低温化と日照不足により熱帯の植物の多くが枯れた状態だ。
比較的低温耐性がある植物が生き延びていたが、密林の様相はそこにはなかった。
旋回しながら東へと機首を向け、滑走路へアプローチを開始。
程なく空港へ着陸した。
すぐに物資の荷下ろしと、帰りの荷物の積み込みが行われる。
「とりあえず、休憩にしよう。出発までは1時間以上あるからな」
中尉はそう声をかけ、トーマスもそれに従う。
折り返しダラスまで戻る予定だ。
通常なら翌朝の出発というところだろうが、ここで一泊するのはリスクがある。
軍はその日のうちにダラスまで戻すほうが安全と判断し、フライトスケジュールが決められていた。
空港の旧ターミナルは軍の施設となっていて、そこにいるのは軍人か、空港で働く軍属の人々だ。
軍属の多くは近隣の住民で、言い方を変えれば運のいい人たち。
少なくとも軍属でいる間は、食糧の配給が受けられ、家族が飢えることはない。
その一方で、空港を取り囲む防御壁の外側にはスラムが広がっていた。
連邦政府からの配給はあるが、保証はされていない地域。
正確に言えば定期的な配給は行われるが、人数分は限られている。世界の二重構造の境界線のような場所だった。
ハワードとトーマスは空港のターミナル内で、昼食となるチョコレートバーをかじっている。
正確にはチョコレート風味の合成食糧だ。
宇宙ではお馴染みだが、地上でもこれが今の主流となっている。
カップに満たされたコーヒー風飲料で流し込むように、簡易な食事を済ませる。
「もうちょっとボリュームが欲しいよな。これが当たり前になって結構経つけど、正直物足りないよ」
ハワード中尉が漏らした。
トーマスはこの数年宇宙暮らしが長いので、慣れがある。
だが、地上でこの食事が一般的になって1年ちょっと。多くの人たちは食事にも不満を抱いてはいた。
「まあ、食えるだけマシなのはわかってるんだけどさ」
ハワードはそう付け加えた。
今の世界はかつてのような食糧生産ができないことは、空から見れば嫌と言うほど理解していた。
「そうですね。味もいい線までは行ってるんだけど、最後の最後でちょっと惜しい感ありますね」
トーマスも食べ終えて、そう合いの手を入れる。
たまに料理っぽいものも出ることはあるが、そのほとんどが合成食糧だ。
備蓄されている食料は決して潤沢ではない。
メキシコ近辺で飼われている家畜類も多くはなく、大半は未来の資産としての種という位置付けだ。
食料として用いられることは殆どない。
食料の原料の大半が、プラントで大量生産されている藻であることをトーマスは知っていた。
これも宇宙では割と普通に行われている。
藻は育成が早く、栄養分に富んでおり、大量生産向きだ。そのままで食べるのには向かないが、合成食糧の主原料としてはかなり優秀だと聞いている。
「だよな。チョコももっと芳醇な香りとコクが欲しいし、コーヒーに至っては香りが全然足りてない」
ハワードがそう答えると、ターミナル内に警報が鳴り響く。
「食い物の匂いを嗅ぎつけたのかな」
ハワードがポツリと漏らす。
航空機が下りるのを見て、食糧を手に入れようとかなりの数の避難民が基地に押し寄せる。
輸送をしていると、どこでも割と見かける光景だった。
同時に二人の情報端末が小さく震えて着信を知らせる。
ー輸送機C181253は直ちに離陸準備を開始せよー
予定よりも20分以上早い。
「のんびりクソする暇もなしか」
ハワードはそういうと席を立つ。
トーマスもそれに続いた。
滑走路に出ると、次々と無人攻撃機が離陸していくのが見える。
どうも難民が殺到しただけではなさそうだ。
輸送機のコクピットに入り、離陸の準備を始めると同時に、ハワードは管制に連絡を入れる。
「こちらC253、離陸準備中だ。状況はどうなっている?」
その呼びかけに歓声が答えた。
「輸送機C181253、武装勢力の攻撃を確認した。現在駐留部隊が対処中。滑走路まで危険はないと思うが、念のためだ。離陸準備をして待機していてくれ。
現在、カーゴの積み込み作業は継続中だ。追って指示を出す」
「C253、了解。待機して指示を待つ」
管制との連絡が終わると同時にトーマスがハワードに告げる。
「各機器に異常なし。エンジン始動準備完了」
「了解、現状維持で待機」
短く言葉を交わし、外の様子を伺う。
空港の南方、かなり遠くで次々と爆発が起こるのが見えた。
交戦状態なのだろう。
待機している時間が長く感じる。
5分ほどそのままだっただろうか、管制より再び通信が入った。
「C181253、荷物の積み込みは完了した。2番から滑走路に入れ」
「こちら253、これより離陸準備に入る」
「ロータースタート。推力1/4」
管制とハワードが通信を終えると、すぐにトーマスが機体のプロペラを回し始める。
機体はカーゴエリアからゆっくりと移動を始めた。
「大丈夫だとは思うが、離陸時に狙われるのはごめんだ。通常よりも早くあがる」
ハワードがそう言うとトーマスは機内電力を確認して、返答する。
「電圧正常、離陸プロファイルの変更。手動制御に切り替え」
「了解。このまま滑走路に入るぞ。管制、C253は離陸を開始する」
「C181253、離陸を許可する」
その言葉と同時に推力が最大まで引き上げられる。
通常の離陸では周囲への騒音を配慮し、推力を抑えて長く滑走するが、今はそうではなかった。
ローターが空を切る爆音が響きわたり、機体が急加速を始める。
「離陸」
ハワードは短く告げると、少し強めのGを感じ、機体が上向く。
なおも加速しながら機体は上昇を続けた。
見る見るうちに空港が遠ざかってゆく。
「着陸装置、補助翼、格納完了」
「了解。高度2万5千フィートまで上昇する」
輸送機は高度を上げ続け、数分後に水平飛行へと移行した。
「あとはいつも通りだ。しばらく航行をオートに切り替える」
「オートパイロット切り替え確認」
二人は一息ついた。
世界は統一された。
だが、火はくすぶり続けている。
それをしみじみと実感した。
2168年12月
低温状況でも続けられていたシェルターの建設事業が終了する。
1年半の間に建設されたシェルターは28地域、総数8万4千に達した。
それでもそのシェルターで暮らすことができたのは、9億人に満たない。
そしてその建設地のほとんどが、北緯20度あたりに集中していた。
2169年1月
各国で続いていた小規模のゲリラ活動はほぼ停止する。
武装勢力への武器の供給が止まり久しく、その運用が困難になった為と考えられている。
公式には記録されていないが、この時期も飢餓による死者は出続けていた。
寒冷化が底を打ったものの、依然として北半球は人が暮らしていくには厳しすぎる状態だった。
2169年4月
北半球においても大気を覆っていた粉塵の減少が確認される。
赤道付近では日照が40%程、南半球では60%以上回復していた。
だが、依然として気温低下は進んでいる。一度冷えた世界が温まるには、まだ時間が必要だった。
2170年4月
僅かながら南半球の温度上昇を確認、北半球でも気温低下が止まったことが確認された。
これを機に連邦政府は第二フェイズに入ったことを宣言する。
展開している連邦軍の重機を使い、大規模な農園の整備を開始した。
それと同時にその地域にいる人々を農園へと配置。南北緯15度付近での穀物の生産が始まる。
すべては軍の統制のもとに行われた。
また、通貨をクレジット(CR)に統一。1CRは1USD程度と発表される。
北米や欧州圏で避難指示に従ったすべての人に対して、保証という形でクレジットによる支払いを行うと発表。
避難時に記録されている資産に応じて、発表と同時に電子的に配布が行われた。
銀行は存在せず、連邦政府のシステムが直接管理する形での貨幣制度である。
もっとも、この時点でクレジットによる購入できるものは存在しなかった。
2170年10月
気候変動後、初めての収穫が行われる。
農業機械類は乏しく、そのほとんどが人力による収穫となったが、予想以上の収穫となる。
政府はいったん全量を接収し、農作業に参加した人々に賃金という形でCRの付与を行った。
この時、1CRで100gの穀物を買えると伝えたが、そのほとんどが即座に穀物に交換を希望した。
結果として食料の備蓄量は増えなかったが、少なくとも広大な農地で働く意味を、多くの人に示す結果となる。
以後、この初期農場は政府直営の形で生産が続けられる。
2171年1月
「遅くなっちまったな。みんな無事に暮らしている。多分これからはよくなる一方のはずだ」
半分ほどに空いている酒瓶の蓋をあけ、小さなショットグラスに注いで墓の前に置く。
デンバーの南、コロラドスプリングスからさらに南に行ったプエブロという街の墓地にトーマスの姿はあった。
彼が地球に帰ってできることならすぐに訪れたかった、父親の墓であった。
この地域には民間人はいない。
実際にひどく乾いていて気温はマイナス20度くらい。防寒服を着ていても、寒さを感じる。
エネルギー供給のない状況で人が生きていくのは困難だ。
トーマスは軍に所属した。
政府の今後の運営方針が明らかになったからだ。
ほとんどの産業やサービスは政府が運営する方針であり、個人経営が許可されるのは、小規模の商店やサービス業に限定される。
基本的にすべての国民は政府系組織に所属する形となる予定らしい。
それを聞いてトーマスは軍属から軍人になる決意を固めた。
どのみち政府の統制下であるなら、何をやっても変わらないし、家族を養うために働かない選択はない。
それなら少しは役に立つところで働くのが良いだろう、そう考えたからだ。
最初から軍に所属するのが賢かった、ずいぶんと回り道をした、そんな声が聞こえてきそうだったが、トーマスに後悔はない。
この2年間は家族と共に過ごせた。決していい生活とは言えないが、ちゃんと生きてこられた。
そして何より、気になっていた墓参りに来れたのだ。
トーマスは小型機のフライトライセンスを取得して、主に哨戒任務に当たっている。
今日のコースがデンバー付近のフライトだったので、上官に事情を説明したところ、「休憩」をプエブロでとって構わないと言われたのだ。
デンバー付近を周回しての帰り道である。
「デンバーはひどい荒れ様だったから、ここも心配したが、かなりマシだな」
デンバーにはいずれ治安担当の部隊が向かうことになる。
この過酷な環境で生き延びた人たちが、相当数いるようだった。
それも武装して。
中口径ライフルと思われる銃撃を受けた。
想像するに、政府の方針に異を唱え、ここに残ることを選択した人々。
そして、ここは自分たちの街と主張しているのだろう。連邦政府が戻ってくることを拒む人々。
トーマスは思う。
彼らはいまだにアメリカ人なのだと。
「ちょくちょくは来れない。次にいつ来れるかもわからないが、いつか、俺が生きているうちにもう一度くらいは会いに来るよ。
親不孝だとは思うが、この状況だ。理解してくれ。それじゃ、またな」
そう口にするとトーマスは墓地のはずれに降ろした小型機に戻った。
「自由と民主主義。生き延びることとどちらが大切なんだろうな」
一人呟き、小型機の水素エンジンを回す。
低温で少し渋ったが、エンジンに火が入った。
機体は垂直に上昇し、ダラスへと向かう帰路へとついた。




