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13.潮目


 2167年9月10日


 ブラジルが正式に連邦参加を表明した。

 南アメリカ大陸の統一は終わってはいないが、南米における制圧作戦は終了し、維持管理のフェーズへと移行する。

 全域を統一の枠組み内に組み込めてはいないが、必要となるカバレッジは確保でき、連邦軍に対する大きな脅威はもはや存在しない、という判断だった。

 武力侵攻を続け、残る数か国を制圧することよりも、現存の軍を維持することに重きを置いた選択。

 そう、参加しないなら放置すればいい。どうやっても現状の分断した小国が、もはや生き残る道はないのだから。

 連邦政府に合流した各国の保有していた戦力は再編され、半数が旧合衆国軍との混成部隊として、アフリカ戦線に向かうことになる。



 2167年9月29日

 

 中東では既存の武装勢力や軍の指揮下を離れた部隊などが、ゲリラ的に抵抗を続けてはいた。

 だが、各国の政府は連邦への協力体制へと移行が進んでおり、完全制圧には時間がかかると考えられた。

 そこで軍は都市部に集中的に防衛部隊を配備し、積極的な攻勢を終了させる。

 地上戦力の主力を東へと移動させ、インドとの衝突に備える。

 南米と同様に山岳地帯などで活動するゲリラは、放置してもいずれ活動停止する。

 いま連邦政府にとって重要なのは、拠点と補給路の安全確保、そしていまだ抵抗姿勢を崩さないインドに対する圧力を強化することだった。

 アフリカ戦線は赤道付近で膠着状態となった。

 制空権は確保しているが、一方で積極的な爆撃は行われていない。一般市民への被害が拡大することを懸念していたからだ。

 連邦軍は民衆にとっての救い手でなければならない。

 この大義名分の維持が困難になりつつあった。



 2167年10月2日

 

 穀物不足が深刻化する。

 日照不足による影響で、多くの地域で収穫が壊滅的であった。

 あらかじめ予期されていたことではあったが、多くの人々が現実を目の当たりにすることになる。

 多くの難民が連邦軍の駐屯地へと押し寄せた。

 現実問題として、前線では対応ができない。

 実際のところ、連邦に参加した地域、制圧した地域は、それ以外よりはマシではあったが、すでに十分な食料供給はできない状況だった。

 自治政府は統制の機能を失い、各地で暴動や略奪が日常化し始めるが、警察権は自治政府にあり、軍の統帥権を持つ連邦政府は、軍による介入を行わなかった。

 これは当初から予定されていたシナリオでもある。

 デモや暴動が組織化する気配を見せた段階で、軍を投入する計画だ。

 連邦としては個人を攻撃することはしないが、組織だって抵抗するものは容赦しない方針だ。

 連邦政府は、それが口減らしになることを最初から計画に織り込んでいる。

 どうやっても餓死者が出るのは避けられない。だからと言って無作為に人を殺すわけにはいかない。

 こうすることで、反乱を鎮圧するため、治安維持のためやむを得ずという大義は残るのだ。

 少なくとも、この時点ではその大義名分はまだ生きていた。

 北米、ヨーロッパ諸国はコロニー建設が進んでおり、現時点で食料の供給は計画通り進んでいるが、住民の不満は高まりつつあった。


 そしてこの日。アフリカ戦線では難民に紛れ込んだ南部アフリカ連合の兵士による乱射事件が起き、かなりの数の避難民が犠牲となった。

 疑心暗鬼となった連邦軍による民間人に対する銃撃があったこともまた事実だった。





 2167年10月8日


 3か月の旅が終わろうとしている。

 途中で紆余曲折はあったものの、フリーダムスターは当初の計画に近い形で戻ってきたのだ。


「船長、肉眼ではまだ先ですけど、そろそろ画像では見えてくる頃ですよ」


 船は後ろ向きに飛行しており、推進機構側が地球を向いた状態だ。

 カメラにより進行方向を監視しているので、前寄りに配置されている制御室からは、小窓を覗いてみたところで、いつまでたっても見えては来ない。


「久しぶりの地球だ。見ようじゃないか。最大望遠で画面に出してくれ」


 トーマスはそう指示を出す。

 すぐに目の前の画面に、地球の姿が映し出された。


「これが…地球なのか…」


 トーマスは反射的に口にした。

 宇宙に浮かぶ青いマーブルの姿はそこにはなく、画面に映し出されたのは、少し濃いめの茶とグレーの中間のような星の姿だった。

 対流が生じているので、縞模様があり、まるで小さな木星のようで、あまりにも衝撃的だった。


「粉塵の影響が…これほど大きいのか。これじゃ地上には太陽の光が届かない…」


 トーマスは大統領が演説で「人類存亡の危機」と言っていたが、それは大げさではなかったことを実感する。


「おい、おいおい。あれで本当に地上は無事なのか?」


 トーマスの問いかけに緊迫感なく船員が答えた。


「直接交信こそしてませんが、航路誘導システムは正常に動いていますし、衛星軌道上からの誘導ビーコンも正常です。

 多分大丈夫ですよ、定時連絡もつながってますし。大統領…おっと国家主席は人類を救うと言ってましたからね」


 航路誘導も、誘導ビーコンにしても全自動で稼働する。定時連絡の応答が合成音声ではない保証もない。

 トーマスは船員ほど楽観的にはなれなかった。


「こちら輸送船フリーダムスター3。地球連邦宙軍、聞こえていたら返答してくれ」


 思わずトーマスは通信を入れる。

 程なく応答があった。


「フリーダムスター3、こちら月面基地管制。感度良好だ」


 月面基地からの応答で少しホッとする。だが、ここで地球は大丈夫か?と聞くのが少しはばかられた。


「近隣に病院船はいないか?乗船している海兵隊の隊員に重傷者がいる。一刻も早く治療を受けさせたい」


「フリーダムスター3、状況はわかった。残念ながらそっちが到着するよりも早く合流できる治療設備を持った船はない。

 月面基地への直接入港を許可するので、コースの変更を行ってくれ」


「了解した。コースを再設定する」


 そう言って操作卓で新たな航路計算を行い、コース変更を行う。

 姿勢制御のプラズマ噴射を行い、コースを月への落下コースに。そして減速用の推進エンジン点火を行った。


「コース変更完了だ。今新しいプロファイルを送った。確認してくれ」


「フリーダムスター、確認した。コースは認証されたので、そのままこっちに来てくれ」


「入港予定は10日の1627Z。負傷者は2名。うち一名が重傷で低温輸送状態だ。受け入れ準備を頼む」


「了解した。以上通信を終わる」


 地球の状況については結局聞けなかったが、結果的には通信して良かったと思う。

 トーマスはすっきりしないモヤモヤ感を抱えたまま、月面へと向かった。





 2167年10月10日 16時30分 地球標準時


 予定通りにフリーダムスターは月面基地へと着陸した。

 通常民間船が入ることはない、軍のドックだったのでトーマスは少々驚いたが、大尉の「この船はすでに軍の指揮下にある」というセリフを思い出し、妙に納得した。

 最後のドッキングは手動でと思っていたトーマスだったが、慣れない環境であること、特に1/6とはいえ重力があり、推進エンジンを使いながら降下する必要があり、残りの推進剤がかなり厳しいこともあって自動で行うことにした。

 着床するとドック内はすぐに加圧され、直接船から降りられる体制となる。

 待ち構えていた医療スタッフが、医療カプセルごと運んでいき、腕を負傷した兵士もストレッチャーに乗せて運んで行った。


「お疲れさん。俺たちはここで降りる」


 そこにはバーグマン大尉の姿があった。

 船のカーゴスペースも開けられて、荷下ろしがすでに始まっているようだった。


「地球までは行かないのか?」


 トーマスの問いかけに大尉は答える。


「予定変更だ。ここから別便で火星に向かうことになった。人使いが荒いよな」


 大尉は不機嫌そうに言った後、付け加えた。


「なあ、船長さん。カリストでも声をかけられたんだろうが、あんたこのまま軍に入らないか?

 あんた位の腕があるなら、俺たちも乗せてもらうのに不安が無いんだが」


「いつから採用担当になったんだ?

 多分あんたにとって最高の誉め言葉なんだろうけど。まずは地球に帰る。そして家族の顔を見ないとな。そのあとの話はそれからだ」

 

 トーマスが答えると大尉は少し声を抑えて、トーマスに言った。


「その地球の家族の待遇がよくなるんだ。軍人の家族なら一般区画じゃなくて、セキュリティの高い区画で生活できるって話だ」


「ちょっと待て。一般区画ってのはやばいのか?」


「すぐにどうこうって話じゃない。昔の軍基地内の官舎と一般住宅のどちらが安全かってレベルの話だ。官舎に暴徒は近づけないだろ?」


 その言葉にトーマスは一瞬考えこむ。

 そして大尉に答えた。


「やっぱり一度帰るよ、家族のところに。今回のフライトの間に親父が死んじまったんだ。

 ちゃんと挨拶の一つもしてやらないと」


「そうか。意志は固いようだからこれ以上は言わんよ。それじゃ、元気でな」


 そう言うと船の脇に集合している海兵隊の隊員たちの方へ歩き始める。


「あんたもな。あんたのおかげで帰ってこれたってことにしておく、礼を言うよ」


 トーマスがそう言うと大尉は振り返りもせずに、ひらひらと手を振った。

 その後トーマスは他の民間人とともに、地球に降下する連絡船に乗ることになる。

 このドックで見たのが、フリーダムスターの最後の姿だった。





 2167年10月14日 14:05 アメリカ標準時


 ひどい砂嵐の中を飛んで着陸船はダラス・フォートワース基地へと着陸していた。

 地上に降り立ってまず思ったのは、ダラスってこんなに寒いところだったのか?

 乾燥していて冬場は冷え込むと聞いたことはあるが、通信デバイスの表示では現在気温が摂氏5度。この季節の気温としてはかなり低い感じだ。

 民間の空港、という感じではない。民間機は一機も見当たらない。

 タラップを降り、滑走路を誘導されながら小走りに移動する。

 建物に入って、一息つけた。

 コーヒーでも、と思って周囲を見渡すが、コーヒーショップはおろか自販機も見当たらない。

 きょろきょろしていると、一人の軍人に声をかけられた。


「トーマス・ジェファーソン、だな?」


 特段有名人というわけじゃないので、名前を呼ばれたことに少し驚きながら、そちらへと歩み寄る。


「そうだけど、なにか?」


 するとその軍人は書類を手渡してきた。


「これは?」


 トーマスの問いかけに軍人は素っ気なく答えた。


「地上での暮らすために必要なものだ。そこに今後の移動ルートが書いてある。それに従えば家族に会える」


 そう言うとその場を去っていった。

 トーマスは渡された書類に目を通す。


「今時紙の書類だとさ…」


 そこにはここから南に向かうフライトが書いてある。

 出発まで10分もなかった。


「時間がないじゃないか!」


 思わずそう口にすると、近くを歩いていた軍人に声をかけて、そこに記載された飛行機がどこから飛ぶのかを聞いて、滑走路に向かい走った。

 そこにあったのは軍の大型輸送機。

 次々と荷物が運び込まれている。

 近くにいた作業員に声をかけ確認し、巨大なハッチから貨物の脇を抜けて奥へと進む。

 中にいた作業員に上の座席に座るように指示されたので、階段を上ってカーゴスペースの脇に並ぶ座席の一つに座る。

 程なく、積み込み作業が終わったようで巨大な開口部が閉じられた。

 風が吹かない分体感気温が上がったものの、正直言って寒い。

 そうしていると、壁のランプが赤く点灯し機体が動き始めた。

 慌ててベルトを締める。

 1時間半ほどのフライトでメキシコのウルアパンという街に到着した。

 さすがにこれだけ南に来ると寒くはない。だがイメージしていたほど暑くもなかった。

 輸送機を降り、歩いて空港のターミナルらしいところに向かうが、ほとんど人影がない。

 その中の一人を捕まえ、指示された輸送車両があるであろう場所を聞く。

 その話に従い移動すると、そこは陸軍の駐屯地のようであった。

 紙の書類を片手に、行き交う軍人の一人に話を聞くと、トーマスは自分の乗るべきトラックを見つけた。

 大型の資材運搬用のトレーラーだった。連結走行するタイプで、4両を引っ張って走る。

 荷台には大量の建設資材が乗せられていた。

 そこに近づくと、運転手と思われる男から声をかけられた。


「あんたが乗客だな?すぐに乗んな。出発する」


 そう言われ乗るところと言ったら助手席くらいしかないのでそこへと乗り込んだ。

 無口な運転手に声をかけあぐねること30分ほど。

 車は巨大な建設現場へと到着する。

 そこで見た光景は、形容し難い眺めだった。

 いくつもの巨大な建造物がびっしりと建てられていて、合間を走っている道路が渓谷の川を想像させる。

 かなりの数の作業員が仕事をしているようだ。

 かなり深くまで、それも広く掘られていて、地下構造もかなり大きいことがうかがえる。

 それが、この現場の奥の方までかなりの数が並んでいるようだ。

 10や20という数ではなかった。桁が二つは違う。

 その光景はまるで異世界のものだった。

 緑はなく、緑地を残すという概念すらない。

 建設途中の巨大な建物が木を想像させる骨格を見せていたが、それも生命の宿る木にはとても見えない。

 建設の過程が見えるのでその構造はよくわかった。

 中央に巨大な柱を持ち。そこから4方向にアーチ状の骨格が伸びている。

 そしてその骨格に外壁パネルを固定。最終的に大径ピラミッドを思わせる形となっていく。

 内部は細い骨格がモノコック構造で作られていて、そのほとんどが軽金属、おそらくアルミだろう。

 そこに建材が運び込まれてざっくりとした屋内構造を作っているようだ。

 圧倒的に木材は少ない。

 どちらかと言えば、宇宙基地や宇宙船に思えた。

 奥へ奥へと進んでいくと、大型のバスや、垂直離着陸機がひっきりなしに人を輸送しているのが見える。

 指示された建物を探しながらきょろきょろしていると、目の前に壁が現れる。

 近くにいた警備に当たっている軍人に聞くと、脇に回って上に上がるように指示された。

 驚いたことに、この壁の中にさっきの建物が埋まっているそうだ。

 崖の上に上がると、一定間隔で小さな四角い建物が見える。入口らしい。

 ところどころに大きな排気塔と思われるものも立っている。

 しばらく歩くと、その小さな建物の脇に、一人の人影が見えた。

 人物の判定は到底無理だと思われる距離だったが、人影に向かってトーマスは走り出す。

 

「ルーシー!!」


 そう叫んでトーマスは走り続けた。

 その人影が女性で、明るいブラウンの髪と褐色の肌であることが確認できるくらいの距離になると、その女性も駆け寄ってくる。

 そして程なく、二人は互いを強く抱きしめた。


「ただいま。少し遅くなった」


「おかえりなさい」


 そのまま短く言葉を交わす。

 トーマスの予定よりも長くなった旅は終わった。



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