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12.制圧


「空気抜きの指示を出しそびれた。まあいい。手筈通りに連中を速やかに拘束しろ」


「大尉、船内に入ってきます」


「トッド、戦闘支援システムは接続したか?」


「はい、今接続しました」


「ギリギリだが、いいタイミングだ。連中の通信帯域を確認してすぐにジャミングだ」


「ハッチ開きます」


 狭い船内の通路の両側に6名の海兵隊員が姿勢を低く構えている。

 当初の予定では圧力差で中に飛び出してくる奴を抑えるつもりだったが、こちら側の空気を抜く指示を出すタイミングを逸していた。

 もちろん、入ってくる連中も馬鹿じゃない。抵抗されるとは思っていなくても警戒はしているはずだ。


「通信妨害開始。行け!」


 エアロックの2重ハッチからこちらに入ってきたのは3人。慌てて小銃を構えようとしたが、狭い船内では銃口を向けるのもままならない。

 海兵隊員達は素早く飛びつき、3人を一瞬のうちにマグネットアンカーで床に拘束する。

 大尉は短距離の指向性通信で告げた。


「無駄な抵抗はやめろ、命は惜しいだろ?」


 3名の兵士は大人しく指示に従った。


「こいつらを客室の最後尾に拘束しておけ。減圧するからこの格好のままな。

 トッド、解析状況は?」


 大尉が通信で尋ねるとすぐに返答がある。


「解析進捗65%、3分ほどで解析完了します」


「解析完了したら知らせろ。そのタイミングで制御を奪い突入する。

 チーム1は俺とコクピットを制圧に行く。チーム2は機関部を抑えろ。チーム3は突入地点で待機、退路の確保しとけ。状況次第で次の指示を出す」


 大尉はそう告げ、通信機のスイッチを操作して、トーマスに連絡を入れた。


「船長。こっちの区画を減圧してくれ」


「本当に大丈夫なのか?」


「問題ない。向こうに移動するのにエアロックは開けっ放しにするからな」


 何をしようとしているのかは不明だったが、トーマスは指示に従うしかない。

 操作卓からコマンドを入力し、安全上の警告を無視して減圧させた。


「現在減圧中」


 通信機に向かって言うと大尉が短く答える。


「確認した。待機しててくれ」


 フリーダムスターの制御室は、静寂に包まれた。





 フリーダムスターの右舷エアロックを開放し、チーム3の海兵隊員が次々進んでいく。

 接続チューブは宇宙空間との壁を提供してくれているが、酸素があるわけでも、気圧があるわけでもない。

 その中を彼らはロシア艦のエアロック前まで進んだ。


「チーム3、配置完了」


 チームリーダーからの通信を聞き、大尉は最終確認を行う。


「ロシア艦のシステム解析は終わっているか?」


「完了しています」


「よし、チーム3、エアロック解除と同時に突入、一帯を確保しろ。ハッキング開始」


 ロシア艦と接続されている彼らの解析機が大量のウイルスを撒き、システムがその対応をしているうちに、次々と制御を乗っ取っていく。

 ほんの15秒ほどで目に見えない最初の戦いは終わり、ロシア艦の外部ハッチのロックが解放された。

 扉を開け、エアロック内に進むと、そのまま内扉を開放する。

 急激な気流が発生する中、先頭にいる隊員が艦内をのぞき込み、即座に発砲した。

 そして順番にロシア艦へと進んでいく。


「クリア!」


 チーム3のリーダーの通信を聞いて、チーム1、2の隊員たちが次々とチューブからロシア艦に移動した。


「敵艦のシステム掌握。一部は手動に切り替えられてます」


「こちらバーグマン。聞いた通りだ。チーム2大急ぎで動力を抑えろ。バリエッタ中尉、準備はできてるか?」


「こちらバリエッタ。未調整ですが撃てます。当たる保証はありませんよ。あと稼働時間は最長で30分です」


「了解した。絶対に当てろよ、以上だ。チーム1俺に続け」


 チーム3の確保したエアロックからチーム1は船首方向、チーム2は船尾方向に移動を開始する。

 通路内の空気の流れは続いており、隔壁閉鎖は起きていないようだった。


「急げよ。隔壁を降ろされると面倒だ」


 進行先に人影が見えれば即射撃の姿勢で、海兵隊は前進していく。

 チーム1は5分ほどで制御室前の扉まで前進した。

 扉はロックされているようだ。


「こちらチーム2、機関室内で交戦中。数は多くありませんが少し時間が必要です」


「泣き言はいらん。さっさと制圧しろ」


「炉に当てるわけにはいかないでしょ!すこしは…」


 そこで大尉は通信を切り、別の相手を呼び出す。


「トッド、制御室前だが、扉がロックされている。そこから開けられるか?」


「無理ですね。手動でのロックです」


「了解した。ウインチもってこい」


 兵士の一人が小型のウインチをもってきて、その片側を通路上部に引っ掛け、数本の配管を束ねるようにワイヤーをかける。ウインチから延びるもう一本のワイヤーを扉前へと持ってきた。そこで扉に小型のトーチで溶接させたフックにかけると、扉脇の壁面をチェックし、その一か所に四角い箱を貼り付けた。


「準備完了」


「すぐにやれ!」


 指示に従い貼り付けた箱を操作した。

 壁の内側でバチっとショートする音が聞こえると、その兵士はハンドサインを出す。

 別の兵士がウインチを動作させた。

 扉の電磁ロックは働かず、ゆっくりと開き始める。

 同時に扉の内側から派手に撃ってきた。

 両側にスライドする扉の片方が解放状態で、人ひとりは通れる。

 だが、中からの銃撃で、進むことは難しい。


「2G!」


 開いた扉のすぐ外に待機していた二人の兵士が、銃撃の止まるタイミングを見計らい、吸着型のグレネードを部屋の中に投げ入れる。

 わずかな間をおいて二人は吸着完了のシグナル、彼らまでの距離を確認しサムアップした。

 大尉がサムダウンすると、二人は腰のスイッチを操作する。

 同時にドンっと振動が響いた。

 音を聞いて、次々と扉から隊員たちが入っていく。

 銃口から数回、液体火薬によるマズルフラッシュが発生し、それほど広くはない制御室内はすぐに安全が確認された。


「チーム1、清掃完了(クリーンアップ)、チーム2、状況は?」


「負傷2名。制圧まであと一息です」


 ほぼ同時に制御室内を確認していた兵士が報告する。


「大尉。操作卓の破損が大きく、ここからの制御は無理ですね」


「仕方ない。メインの制御に土産を置いていく。終わり次第、援護に向かうぞ」





 フリーダムスターのカーゴスペースの上に、人影がある。

 それは人と呼ぶには少々語弊があるようにも思える。手足が短く、デフォルメした形だった。

 センサーが反応し、監視対象に変化が生じたことを告げる警告音がなっていた。


「きた」


 バリエッタ中尉は作戦開始と同時に貨物室から戦闘強化服で船外に出ると、フリーダムスターを狙っていたロシア艦の砲座を破壊し、そのまま待機していた。

 今、先ほどとは別の砲座がロシア艦から顔を出したのだ。

 大型の対装甲25.4㎜砲を手にして素早く照準を合わせる。

 大型と言っても人のサイズ。宇宙船の外装を貫通できるほどの威力はない。

 だが、船体に比べれば装甲は薄く、装甲で覆えない部分も存在する砲塔なら使用不能にすることは可能だ。しかも兵器の類は精密機器だ。

 最初の砲台は、船体のコントロールを奪った直後で攻撃はなかったが、今度は違う。

 誰かが砲台で直接操作をしているはずだ。

 ドッキングしている船を直接攻撃するなど、常識では考えられない。被害が自らにも及ぶ。

 だが、このタイミングで砲台が動くこと自体が、明確な攻撃の意図を示している。


「チャンスは一度」


 自分に言い、プレッシャーをかける。

 砲塔がこちらを向く前に、一撃で仕留めなければ、攻撃を受ける。

 民間輸送船の船体は致命的なダメージを受けるだろう。

 砲塔正面がこちらに近づく。

 中尉はトリガーを引いた。

 ドンっと控えめな発射音に続き、ガコンッと射出の反動を抑えるカウンターウエイトが動作する音が強化服を通じて響く。

 発射された砲弾は狙いどおりに射出口を捕らえ、砲塔は動きを止めた。


「ふう」


 額を汗が流れ落ちるが、拭うことはできない。

 中尉は軽く頭を振ると、再び孤独な待機を続けた。





「急いで運べ!残りの者は撤収準備。反応炉を停止させたら、キャパシタを破壊しろ」


 大尉はそう叫んでから、トーマスへと連絡を入れる。


「船長。先行して4名が船に戻る。エアロックが閉じたら、後部の気圧を戻してくれ」


「了解した。ほかの人はどうやって戻る?」


「通常の手順でエアロックから4人ずつ船内に戻る。時間はかかるが問題ない」


「了解した」


 トーマスとの会話を終えると、大尉は作業の様子を見守った。

 負傷した2名の容態が心配ではあるが、フリーダムスターの戻らないことには治療もできない。

 ロシア船の中は減圧が進んでおり、ここでは損傷した船外服の気密を回復させることしかできないのだ。

 

 すぐに反応炉の出力が止まり、船内が非常電源へと切り替わる。

 反応炉の核にあるメインキャパシタに銃弾が数発叩き込まれた。

 

「これで反応炉の再起動は出来ない。撤収するぞ。周囲の警戒を怠るな!」


 メインキャパシタには二つの使い道がある。

 一つは融合炉で発電された電力を一時的に保持し、反応炉の出力を超えるような電力要求に耐えるための緩衝として。

 もう一つは外部からの電力を貯め、反応炉の起動に使う電力を供給するためのものである。

 この船は自力で稼働するための手段を失ったことになる。

 大尉は部隊とともに、侵入したエアロックまで進めた。

 残存していたロシア船の乗組員と2度ほど鉢合わせたが、問題とはならなかった。

 隊員たちは次々とフリーダムスターの外壁へとたどり着き、マグネットロックを作動させて船体に足をつける。


「係留クランプを外せ。船長、低速でロシア船を離れてくれ」


 ロシア船のコントロールは海兵隊が抑えており、すぐに船を固定していたアームのクランプが外された。

 トーマスはその指示を聞いて反応炉の出力を上げ、プラズマスラスターで船を動かす。

 同時に中尉はロシア艦のエアロックに向けて数発、25.4㎜砲を放った。

 こうしてフリーダムスターの危機は去った。




 船外に海兵隊員がまだ残っているし、ダメージを受けた船体シールドの復旧も終わっていない。

 その上に船内には重傷者がいた。

 負傷した海兵隊の一人は腕に対する貫通銃創で、簡易的な医療処置で命には問題なさそうだ。

 ただ、本格的な治療ができないので、地球に帰ってから、彼の腕は切断しなければならないか、五分五分というところだろう。

 義手はかなり高度で、日常生活で困ることはないというが、それでも自分の体を失うというのは、精神的にきついはずだ。

 もう一人は大腿部に銃弾を受けており、かなりの出血が見られた。

 この船での治療は不可能。

 そこで、医療用カプセルに入れ、低体温状態で移送することになった。

 本来なら負傷者を二人ともそうするべきなのだが、フリーダムスターにはこのカプセルが一つしか搭載されていない。

 大腿部は止血器で固定され、カプセル内に収容すると、小型の人工心肺が自動で接続される。

 これで当面は生命の維持が保たれるが、彼の足はもはや切断するしかないだろうし、地球まで彼が持ちこたえるかもわからなかった。

 宇宙空間での負傷は、傷が小さくても深刻なものになり得る。真空に晒された体組織は深刻なダメージを受けるからだ。


 海兵隊員の収容が終わりしばらくしてから、船のシールドは復旧する。

 汎用回路が焼けただけなので、修理が可能だった。

 フリーダムスターは推進エンジンを起動し、減速に必要な推進剤を残して加速を続けた。

 しばらくは自動航行で全く問題ないだろう。

 落ち着いたころを見計らって、トーマスは大尉に尋ねた。


「大尉。ロシア船に生存者はいなかったのか?」


「それはわからん。確認していないからな」


「ちょっと待てよ、それは国際法違反じゃないのか?」


 トーマスの言葉に大尉は目を細め答えた。


「そんなものはもう存在しないんだよ。そもそも奴らは救助信号を出していない。それに、武装した船で海賊行為を働いた犯罪者だ。

 まあ、最初にこっちに来た3人は口にしちまった建前、宇宙に放り出すわけにもいかん。あいつらはラッキーだってことだな」


 トーマスは何と言い返していいかわからなかった。

 連邦政府があり、それが唯一の政府である以上、確かに国際法なんてのはないのはわかる。

 だが、襲ってきたとはいえ、その命をあっさりと見捨てることに抵抗を感じていた。


「面白くねえ、って顔だな。だが、慣れろよ。時代は変わるんだ。そして、お情けで人は生きては行けない。地球の外側ではなおさらな」


「大尉。もう一つ確認したいことがある。あんたは、いや宙軍はこの船が襲撃される可能性を十分承知して…違うな、それを利用しようとしたんじゃないか?」


 トーマスは思っていたことを訪ねた。

 この船に海兵隊員が40人近く乗り込んでおり、必要な装備も乗せられていた。

 まるで、最初から海賊船が襲ってくるのを見越していたように感じられたのだ。


「だとしたら、どうする?どうにもできんだろ。

 軍の作戦に関しては、民間人に明かすわけにはいかん。運よく生き延びられた、そう思えれば十分だろう」


 トーマスは思わず拳を握りしめた。

 大尉はそれをちらっと見ると、トーマスに言う。


「感情が追い付かないのは理解できる。まだお前は誰かの命令に従う義務はないからな。

 だがな。地球に帰りつけば、考えを変えることになるだろうよ。俺が思うに、最悪だけは避けようってのが今の政府の方針なんだろう」


 フリーダムスターは地球木星間航路を緩やかに加速し続けていた。






 2167年8月28日

 

 サンディエゴにある地球連邦主席の官邸では、戦略の変更を検討する会議が開かれていた。


「当初は予想以上の結果を得られましたが、ここにきて、軍の消耗率が上昇しております。

 我々の被害を最小限に抑える観点から、通常作戦に切り替えると同時に、積極的な先制攻撃を許可したいと考えます。

 主席の許可を頂きたい」

 

 軍服の男が要件を切り出す。

 主席は腕を組んだまま答えなかった。

 脇にいた補佐官が軍服の男に問いただす。


「当初の成功は帳消しになってしまったようだが、軍に被害が増えている理由は?」


「理由はシンプルです。最大の原因は現地人の多くが連邦の理念を全く理解していません。

 協力すれば金になると思っているのです。ですので、金品の支払いではなく、戦争終結後の社会的立場の保障や、教育、食料の支援が行われると何度も説明しましたが、離反が続いています。彼らは目先の金にしか興味がなく、今日食べるものを欲しているのです。

 彼らすべてに満足するだけの食糧の供給は不可能です」


「それは数の問題か?」


 ここで初めて主席が口を開いた。

 軍服の男は続ける。


「単純に言えばその通りです。十分な補給部隊と、物資があれば可能かもしれませんが、現状不可能です。

 備蓄を放出すれば、短期的には可能ですが、北米や旧ヨーロッパ圏の市民が飢えることになります」


 軍服の男に、スーツを着た別の男が続く。


「物流に関しましても、民間企業の解体が進んでおり、軍の補給は間に合いますが、民間人の分までは手が回りません。

 十分な量の物資があったとしても、そこに持っていく手段が限られているのです」


 その場に重たい空気が流れる。

 その空気を、軍服の男は一人気に留めることなく、話をつづけた。


「現時点で兵士の死者の数が増え始めております。

 これは今まで最前線を務めていた機械化兵部隊の損耗が大きく、維持できなくなっていることに加え、強化服を着用した部隊も強化服の稼働率が低下しております。

 前線を進む兵士たちの盾が不足し始めています。

 このまま戦闘を続ければ、死者の数は飛躍的に増えるでしょう。

 今が方針転換の最後のチャンスだと考えます」


 再び主席は腕を組み目を閉じる。


「主席。ご決断ください。

 主席の心情は理解しております。私としても可能であれば避けたい事態です。

 ですが、いずれ飢えて死にゆく命と、我々の指示に従って戦う命のどちらを救うべきか。

 明白だと考えます。

 私は軍の指揮を預かる身として、兵士の命を軽んじるわけにはまいりません」


「…所詮血塗られた道だ。私はそれを甘んじて歩むと決めたのだ。

 決断を下さねばなるまい。

 積極的防衛行動を許可する。脅威があると判断された場合は、それを速やかに排除せよ」

 

「はっ。直ちに全軍に通達します」


「ほかの状況は?」


「はい。南アフリカ連合の地域は依然軍の統制が強く、組織的な抵抗が目立ちます。軍内部では核の使用やむなしと口にするものも一定数いるようです。

 次にブラジルは国内世論の鎮静化に向けて積極的に動いているようです。現政権は抵抗をやめて統一に参加したいものと考えられます。ここは陰から政府の後押しをするのが良策でしょう。最後にインドですが、今のところ徹底交戦の構えを崩しておりません。なんらかの打開策が必要かと考えます」


「できることなら核は使いたくない。

 ましてやこちら側からはな。我々の大義にケチが付く。

 ブラジルには世論誘導チームを。足がつかないように頼むよ。ブラジル政府に花を持たせてやる方向で進める。

 インドは海上部隊を増派する。こちらからの攻撃はまだ行うな。圧力をかけ続ける方向で。

 いずれ国内が飢え始めれば綻びも生じるだろう」


「アラスカおよびノースウエストやヌナブトからの移送が第一陣として完了しております。

 この地域は特に原住系の住民が多いので、今回の移住に同意しない割合が高く、人口も広さのわりに多くありません。

 すぐに労働力を以後のコロニー建設に動員します」


「これは現代の箱舟なのだ。慣れない環境で不満もたまりやすいだろうが、暴発はさせないように、慎重に頼む」


「はい。心得ております」


「今後人口の多い地域に移動が進んでく。混乱は最小限に抑えたいものだ。

 特に合衆国内にいる限り、外の世界の状況は感じにくいからな」


 主席は窓際に立ち、軍港を眺めながら大きく息を吐いた。

 空は相変わらず暗く、そこに陽の光はない。


「人道か、美しい言葉だが、これほど虚しい言葉もないな。

 人はその言葉を自分の安全が揺るがないと確信した上でないと使えない」


 それは自分自身に言い聞かせているように見えた。


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