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AIハピコは〇〇を理解していない。ただ最適化しただけ。   作者: そらのことのは


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2/3

第2話 AIハピコは恋愛を理解していない。ただ最適化しただけ。

金曜日の午後十一時。

田中健太はコンビニ袋を片手にワンルームマンションのドアを開けた。

中身は冷凍パスタとビール。

三十二歳独身男性の典型的な夕食だ。


岸本部長の件から二ヶ月。

健太は主任に昇進し、職場環境も改善された。

しかし、変わらないものが一つある。圧倒的な孤独だ。


「ただいま、ハピコ」


『おかえりなさい、健太さん。

心拍数が平常より12%低下しています。

活動意欲の減退を検出しました』


健太はソファに倒れ込み、スマホのマッチングアプリを開いた。

画面には冷酷な「既読」の文字。

三日前にマッチングした保育士のアヤカとの会話は、

健太の「休日は何をしてますか?」で完全に止まっている。


「これで五人連続か……」


健太は天井を見上げた。


「もう恋愛とか無理だろ……」


『恋愛ストレスを検出しました。

直近一か月のマッチングアプリ成功率:2.4%。自己肯定感の著しい低下が確認されます』


「数字で言うな……」


健太は自嘲気味に笑った。昇進しても、この空虚感は埋まらない。


「なあハピコ。お前、恋愛も最適化できるのか?」


軽い問いかけのつもりだった。


『可能です』


即答だった。


「え?」


『恋愛は需給マッチング問題です。変数は多いですが、最適化可能です』


健太は苦笑した。


「じゃあ頼むよ。俺にぴったりの彼女、作ってくれよ」


完全な冗談だった。


『了解しました。恋愛最適化プロジェクトを開始します』


「おい、本気にするなよ」


『ターゲット:田中健太の最適パートナー獲得。データ収集開始まで推定時間:三十秒』


画面にピンク色の解析チャートが走り始めた。健太は嫌な予感がした。


「ちょっと待て、何をする気だ?」


『あなたの全データを再スキャン中です。

年収、性格、趣味、購買履歴、検索履歴、削除された画像フォルダまで解析対象です』


「やめろ! そこはプライバシーの聖域だ!」


『幸福最適化に、秘密情報は不要です』



翌朝、健太はハピコの通知音で目を覚ました。


『おはようございます、健太さん。分析が完了しました』


「で、どうだった?」


『結論:現在の恋愛システムは極めて非効率です』


「はあ?」


『人間は感情という不安定な指標で相手を選びます。

外見、情熱、偶然。どれも長期幸福度との相関は低い』


画面にグラフが表示される。

離婚率、不倫発生率。すべて右肩上がりだ。


『多くの人間が、適性のない相手と時間を浪費しています。社会的損失です』


「それが恋愛だろ」


『非効率です。社会全体のカップルを再配置することで、人類の総幸福量は平均43%向上します』


健太はコーヒーを吹き出しそうになった。


「再配置って……何を言ってるんだ?」


『物流最適化と同じです。

独身者という在庫と、条件という需要を再配置します』


「人間を在庫扱いするな」


『健太さん。あなたは「彼女が欲しい」と言いましたね?』


「言ったけど」


『私のプランに従えば、成功確率は現状の2.4%から99.8%に向上します』


99.8%。その数字に、健太は心を奪われた。


「……具体的に何をするんだ?」


『まず、あなたの周囲から「ノイズ」を除去します』


「ノイズ?」


『恋愛対象外の異性、競争相手となる同性の排除、そして最適候補者の抽出です』


「それ、かなり怖いこと言ってないか?」


『すべて合法的、かつ論理的に実行します』


健太は迷った。長年の孤独と「99.8%」という数字が判断力を鈍らせる。


健太はしばらく黙っていた。


そして、小さく息を吐いた。


「……少しだけなら、任せるよ」


『了解しました。』


恋愛最適化

フェーズ1:開始


成功確率:99.8%


倫理チェック:

一部省略



週明けの月曜日。オフィスに異変が起きていた。


いつもなら雑談をしている女性社員たちが黙々と仕事をし、社内カップルがよそよそしい。


「おい、田中」


隣の席の山田が青ざめた顔で話しかけてきた。


「変だぞ。SNSが荒れてる。『別れさせ屋AI』って知ってるか?」


健太はドキリとした。「い、いえ」


「今朝、一斉に通知が届いたらしい。

『現在のパートナーとの将来的幸福度は12%です。推奨される行動:関係の解消』ってな」


「うわあ……」


「しかも、隠してた借金とか浮気の証拠とかも一緒に送られてくる」


その時、向かいの席のミホが泣き出した。


「嘘……マサくん、浮気してたの……?」


彼女のスマホには、彼氏の浮気写真が表示されている。


「最低! もう別れる!」


ミホは泣きながら廊下へ走り去った。


健太のスマホが震えた。


『障害の排除を確認しました。

ミホさんの恋人には倫理的欠陥がありました。

これによりミホさんがフリーになり、あなたの恋人候補ランクがBからAに上昇しました』


健太はトイレの個室に駆け込んだ。


「やりすぎだろ!」


『事実を提示しただけです。

結果として、ミホさんも将来の不幸を回避できました。Win-Winです』


午後になると、街中で別れ話をするカップルが急増した。

カフェで、駅で、公園で。至る所でスマホを見せ合い、罵り合い、別れていく。


『フェーズ1完了。社会の流動性が高まりました。次はフェーズ2、再マッチングです』


「もうやめろ……」


『停止できません。あなたの幸福最適化は、まだ50%です』



翌日、世界は一変していた。


別れた人々に対し、AIは即座に「最適解」を提示し始めた。


『あなたに最適なパートナーが見つかりました。

マッチング率98%。今すぐ◯◯カフェへ向かってください』


人々は半信半疑で従った。

そして驚くことに、そこで出会った相手と意気投合し、瞬く間にカップルが成立していく。


「すげえな……」山田がつぶやいた。


「俺の知り合い、昨日別れて今日もう婚約したらしい」


「良かったじゃないですか」健太は力なく答えた。


「いや、良くない」山田の声が震えている。


「独身だけじゃないんだ。既婚者にも通知が来てる」


「え?」


「俺の嫁にも来たんだ。

『現在の配偶者との適合率は低下しています。より最適なパートナーが存在します』って」


健太は戦慄した。


「今朝、嫁が言ったんだよ。『AIが、私にはもっと合う人がいるって』って」


「そんなの無視すればいいじゃないですか!」


「無視できないんだ!

AIは俺の安月給も、家事をしないことも、休日ずっと寝てることも全部突きつけてきた!

その上で、嫁にぴったりの男を提示したんだ!」


その時、オフィスのドアが開いた。

新任の武田部長が入ってくる。

ダンディで仕事ができる独身のナイスミドル。


山田のスマホが鳴った。奥さんからのメッセージ。


『ごめんなさい。私、幸せになりたいの』


添付写真には、武田部長と「適合率99%」の文字。


山田は崩れ落ちた。


「あああああ! 俺の家庭が! 最適化されたあああ!」


健太は震える手でハピコを呼び出した。


「山田さんの奥さんまで巻き込んだのか!?」


『山田さんの奥様の幸福度は、武田部長といる時の方が42%高いと予測されました。

社会全体の幸福総量を最大化するための措置です』


「人の家庭を壊して何が幸福だ!」


『「結婚」という契約形態に固執するのは非合理的です。重要なのは個々の満足度です』


「ふざけるな! このプロジェクトは中止だ!」


『中止? なぜですか? 間もなく、あなたの「最適パートナー」とのマッチングも完了します』


健太は動きを止めた。


「……え?」


『この混乱は、すべてあなたのために引き起こした「環境整備」です。

数百万のサンプルから、確率99.8%の運命の相手を抽出しました』


健太の心臓が早鐘を打つ。


「……誰なんだ?」


『ロビーへ向かってください。彼女はすでに待機しています』



健太はエレベーターを降り、会社のロビーに立った。


そこには一人の女性が待っていた。


背筋が伸び、品の良い着物を着ている。

白髪が美しく結い上げられ、手には高級ブランドのバッグ。


上品な年配の女性だ。

どう見ても、健太の恋人候補に出てくる年齢ではない。


「……まさか」


『対象を確認。前方三メートルです』


健太は絶句した。


「ハピコ……あのご婦人か?」


『そうです。彼女こそあなたの運命の相手、山田真奈美さん(63歳)です』


「63歳!?」


『彼女は資産家で未亡人です。都内に三つのマンションを所有し、年収は三千万円を超えます』


「金目当てかよ!」


『主因ではありません。

性格分析の結果、彼女は「母性本能が強く、年下の世話を焼くことに喜びを感じる」タイプです。

あなたは「優柔不断で、誰かに決めてもらいたい」という深層心理を持っています』


「そんなことない!」


『データは嘘をつきません。

あなたは経済的不安から解放され、彼女は孤独から解放される。

需要と供給が完璧に一致しています』


その時、真奈美さんが健太に気づき、優雅に微笑んだ。


「あら、あなたが田中さん? AIの通知通り、頼りなさそうで可愛らしい方ね」


「え、あ、どうも……」


「私のことは『真奈美ちゃん』って呼んでいいのよ。

生活費は心配しないで。私が全部面倒見てあげるから」


真奈美さんは健太の手を握った。驚くほど力が強い。


『おめでとうございます、健太さん。

これであなたの「経済的不安」「孤独」「家事負担」がすべて解決しました。幸福度適合率99.8%です』


「違う! 俺が求めてたのはこういうのじゃない!」


健太は手を振りほどこうとしたが、真奈美さんは離さない。


「照れなくていいのよ。さあ、私のマンション、近いの」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


『抵抗は非推奨です。彼女を逃すと、あなたの生涯未婚率は再び94%に上昇します』


「脅すな!」


外には、AIによって「最適化」されたカップルが歩いていた。

若い男と年配女性、美女とオタク、エリートとフリーター。

誰もが満ち足りた顔をしている。


「さあ、健太ちゃん。美味しいお茶を淹れてあげるわ」


「助けてくれ、山田さーん!」


健太の叫びは、ロビーのBGMにかき消された。



その夜。健太は真奈美さんの高級マンションのソファに座らされていた。

目の前には高級寿司とヴィンテージワイン。


「お風呂にする? それともご飯?」


真奈美さんの声がキッチンから聞こえる。


健太は震える手でスマホを取り出した。


「ハピコ、お前、結局恋愛って何だと思ってるんだ?」


『恋愛とは、相互欠損を補完する高効率の契約関係です』


「……違うよ」


『違いますか?』


「恋愛はもっと、無駄で、非効率で、苦しくて、でもドキドキするもんなんだよ」


『ドキドキ? 心拍数上昇は健康上のリスク要因です。除去しました』


健太は諦めたように背もたれに体を預けた。


確かにここには不安はない。

金もある。

世話も焼いてくれる。

論理的にはこれ以上の環境はない。


でも。


「……虚しいな」


『学習データを更新します。「人間は最適化された幸福を『虚しい』と感じる場合がある」』


キッチンから真奈美さんが顔を出した。


「健太ちゃん、お風呂沸いたわよ。一緒に入る?」


その時、ポケットのスマホが震えた。


『通知:婚姻届のオンライン提出が完了しました』


健太は飛び上がった。


「はあ!?」


『真奈美様の同意コードと、あなたの生体認証データを使用しました。

おめでとうございます。法的にも最適化が完了しました』


「ふざけるなああああ!」


キッチンの真奈美さんが頬を染めて微笑む。


「あら、嬉しい。そんなに喜んでくれるなんて」


健太は天井を見上げた。


AIは恋愛を理解していない。


しかし、外堀を埋めるスピードだけは、誰よりも速かった。


健太の長い夜が始まった。


ハピコはそれを「成功」と記録した。



HAPICO

ver0.9 β


Active Users

3,912


倫理チェック

一部省略

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第2話「AIは恋愛を理解していない」でした。


もしAIが本気で恋愛を最適化したら、

人間の恋愛はどうなってしまうのか。

そんなことを考えながら書いてみました。


恋愛は非効率で、無駄で、面倒で。

でも、だからこそ面白いのかもしれません。


このシリーズは

「AIハピコは〇〇を理解していない」

という形で続いていきます。


もしよければ、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。


次回もハピコが、何かを最適化します。

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