表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

童話・SF・コメディー・その他

悪女ディアドラに制裁を

掲載日:2026/01/16

「ダリル様は私のことがお嫌いなのですか?」

「いや……別にそういう訳じゃないが……」


 ダリル様が気まずそうに私から視線を逸らす。伯爵令息であるダリル様は、普段ははっきり意見を述べられる方なのに、今はまるで別人のように歯切れが悪い。


「誤魔化さないでください。私、知ってるんです。ダリル様がとあるご令嬢にご執心だって。その方に惜しげもなく金品を貢いでるって」

「なっ……誰がそんなことを!」

「やっぱりそうだったのですね」

「あっ……」


 ダリル様がしまったとばかりに眉をしかめる。やはりあの話は真実だったのだ。


 ダリル様は賢く、見目も良くて、こんな私には勿体ないくらいの素敵な婚約者だと思っていた。でも、いつからか一緒にいてもうわの空で、そっけない態度を取られるようになってしまった。


 ダリル様のそんな態度に不安を感じ、まさか他に好きな人でもいるのではないかと調べてみたら、彼が一人のご令嬢に熱心なアピールを重ねていることが分かったのだった。


「──ディアドラ・エヴァレット嬢。ダリル様が想いを寄せているのは、この方ですね?」

「お、想いを寄せているだなんて……! 僕はただ気持ちが抑えられないだけで……」


 もはや告白にも等しい言い訳に、私の胸はズキリと痛んだ。


「ひどい……他人の婚約者を(たぶら)かして貢がせるなんて最低の悪女だわ!」


 思わず悪口を吐き捨てると、ダリル様がすぐさま言い返してきた。


「彼女を悪く言わないでくれ! ディアドラ様は悪女なんかじゃない!」

「ディ、ディアドラ()……?」

「ああ、ディアドラ様は悪女どころか、僕に喜びを教えてくれた尊い女神……。もうあの方なしでは生きていけない……!」


 ダリル様が切なげな表情で胸を押さえる。その瞳には恋焦がれるような熱が宿っていて、ディアドラに心酔していることは明らかだった。

 

「……カレン嬢、君のことが嫌いなわけじゃない。ただ……今は僕のことを放っておいてほしいんだ」


 ダリル様はそう言って、ふらふらと去っていった。私ではない別の誰かを追い求めるかのように。


「……ああ、ダリル様はおかしくなってしまったんだわ」


 きっと、ディアドラに狂わされてしまったのだ。


 遠ざかっていくダリル様の背中を眺めながら、私はぎゅっと拳を握りしめた。



◇◇◇



 ──それから数週間後、私はとある侯爵家の夜会に来ていた。


 ただし、ダリル様は誘っても案の定付き添ってくれなかったため一人で参加し、今は寂しく壁の花だ。


 周囲から他の令嬢令息たちの楽しげなおしゃべりが聞こえてくる中、ふと入り口のほうに目を向けると、そこには思いがけない……いや、願ってもいない人物の姿があった。


「……ディアドラ・エヴァレット」


 艶やかな黒髪に、宝石のような赤い瞳。

 露出の少ないドレスがかえって彼女の妖艶さを際立たせている。

 ダリル様も、この年上の魅力にやられてしまったのだろうか。


 それにしても、こんな場所で会えるとは思わなかった。ダリル様が一緒にいなくて、むしろよかったかもしれない。


 ディアドラを睨むように見つめていると、やがて私の視線に気づいた彼女がふっと笑みを漏らし、こちらへとやって来た。


「ご機嫌よう、お嬢さん」

「ご機嫌よう。今夜はお一人で参加なさっているのですね」

「わたくしはいつも一人で参加しておりますわ」

「そうなのですか? それではダリル様が悲しむのではありませんか?」

「ダリル様?」


 ディアドラがきょとんとした顔で尋ねるので、私はさらにきつく睨んで言い返した。


「ダリル・アーノルド伯爵令息です。ご存知ないとは言わせません」

「ああ……あの "双子" の彼ね」

「双子……?」


 ダリル様は双子ではなく、一人っ子のはずだ。ディアドラは何を言っているのだろう。


 ただの勘違い?

 それとも、ダリル様が私に何か隠している……?


 考えもしなかった疑惑が湧き、思わず無言になると、ディアドラが愉快そうに赤い目を細めた。そして、私を値踏みするようにゆっくりと視線を動かす。


「……ねえ、あなたも何か物足りないと思っているんじゃない?」

「は……? 物足りない……?」

「ええ、わたくしには分かるの。飢えを感じている人の匂いが」

「何を言って……」

「あなたのことを教えて。わたくしに心を委ねてちょうだい」


 ディアドラが私の目をまっすぐに見つめる。その赤い瞳に宿る光は、妖しく、それでいてどこかシンパシーを感じさせ、つい心を許してしまいそうな危険を覚えた。


「や、やめてください! あなた、ダリル様もこうやって誘惑したのですね」

「まあ、誘惑なんてしてないわ」

「嘘ばっかり! あんなにダリル様を狂わせたくせに……!」


 震える声でディアドラを非難すると、彼女はまた愉快げに目を細め、赤い紅を引いた唇で綺麗な弧を描いた。


「だったら、あなたも狂わせてあげましょうか?」

「…っ!」


 怖い。このまま二人きりでいると、私までディアドラに取り込まれてしまいそうだ。


「結構です……!」


 その一言だけ絞り出すと、私はホールを足早に出ていった。



◇◇◇



 夜会から数日後──。

 私はディアドラの住む屋敷を訪れていた。


 あの夜は準備不足なせいもあり、つい彼女の雰囲気に怯んでしまい、帰宅したあとでもっと強気になるべきだったと反省した。


 向こうは他人の婚約者を奪った悪女で、こちらは被害者だ。その立場を思い知らせてやらなければならない。


 私が大好きな小説の登場人物も、大切なものを奪われたとき、なりふり構わず取り戻そうと頑張っていた。


 だから私もそうやって努力するのだ。

 たとえ、それが徒労に終わることになったとしても。


 そう意気込んで、ディアドラの屋敷に押しかけると、意外にも追い返されるようなことはなく、応接室へと案内された。


 部屋に置かれている家具はすべて高級品で、出された紅茶もティーセットも同じく高級品だった。もしかするとダリル様から貢がれたお金が使われているのかもしれない。


 そう考えると、ふつふつと怒りが湧いてきた。


 今日、ディアドラと改めて話し合って非を認めてもらおうと思っていたが、やっぱりやめよう。そんな生温いやり方で終わらせてはいけない。もっと徹底的に潰してやらなくては。


 私はすっくと立ち上がると、廊下につながるドアをそうっと開けた。そうして誰もいないことを確かめると、部屋から抜け出して階段をあがる。


「ふふっ、これからディアドラの部屋に乗り込んでやるわ」


 どの屋敷も造りは似たようなものだから、彼女の部屋がどこにあるのか大体の見当はつく。早速それらしい部屋を見つけると、私は静かにドアを開けた。


「……よし、ディアドラはいないようね」


 応接室で待たされたときに、ディアドラはちょっとした外出中だと言っていた。まだしばらくは帰ってこないはずだから、中を漁るなら今のうちだ。


 あの女の秘密を見つけて暴露してやる。

 そうしたら、ダリル様の目も覚めるはず──。


 ディアドラの部屋に忍び込み、きょろきょろと辺りを見回す。すると早速不審なものを見つけた。


「何これ、拘束具……? それに鞭まで……」


 およそ普通の令嬢の部屋にはありそうもない、いかがわしい道具の数々が、棚や机の上に無造作に置かれている。まさかこれでダリル様を狂わせたのだろうか……。


「なんて破廉恥な女なの……!?」


 こんな道具を持っていることを暴露するだけでもダメージを与えられそうだが、これがディアドラの持ち物だと証明する手立てがない。できればもっと明確な証拠が必要だ。


 そう、たとえば手紙や日記帳なら、筆跡でディアドラのものだとはっきり証明することができる。


「きっと机の引き出しに何かしらあるはず…………あったわ!」


 思ったとおり、机の引き出しに日記帳らしきものが隠されていた。きっとこの中には、ダリル様をはじめ、今まで誑かしてきた男たちとの赤裸々なあれこれが書かれているはず。


「さあ、あなたの秘密を暴いてやるわ、ディアドラ」


 興奮に震える手でページをめくった私は、そこに記されていた、想像をはるかに超える内容に思わず目を見開いた。


「こ、これは……!」


 そのとき、閉まっていたドアがキイッと音を立てて開き、妖艶なため息の音が聞こえた。


「あらあら、困ったお嬢さんね。わたくしの秘密のノートを見てしまうなんて……。どう? お気に召したかしら?」


 妖しい赤い瞳を細め、どこか愉しげに口もとを歪める姿を目にして、私はたまらず彼女の前に駆け寄った。


 そして思いきり手を掲げ、渾身の力を込めて振り下ろす。


「私の神はここにいらっしゃったのですね……!」


 ディアドラ様の繊細な御手を握りしめながら、私は胸に溢れる熱い想いを訴えた。

 

「ああ、ディアドラ様……これです、まさに私が求めていたすべてがここにありました……! 他の男のもとに嫁いだ血の繋がらない義姉に執着してあの手この手で奪い戻そうとしついには夫の元から攫って監禁までしてしまうヤンデレ激重感情持ち義弟──『義姉さんは僕のものだよ』『もう誰にも渡さない』──ああああ、いくら積めばこのお話を読めますか? お金ならいくらでも出すのでどうか続きを書いてください……!」


 私の魂の叫びをお聞きになったディアドラ様は愛らしいお顔でクスリと微笑まれた。


「あら、あなたはその話が好みなのね? でも義弟は当て馬なのだけど、いいのかしら?」


「はいっ、むしろ最高です! 執着当て馬こそ私の大好物です! 早速このあと小切手を言い値で書いてお持ちしますので何卒善処のほどよろしくお願い申し上げ──」


 私がディアドラ様に頭を下げたとき、また部屋のドアが開いて、よく知る声が聞こえてきた。


「ディアドラ様! 執筆の進捗はいかがですか!? 今日は予約1か月待ちのパティスリーのスイーツをお土産にお持ちいたしまし──ハッ、君は……!」


「えっ、ダリル様……!?」


 なんとディアドラ様のお部屋に押しかけてきたのは、ダリル様だった。しかも「執筆の進捗」だなんて言っていたということは……。


「まさかあなた、ディアドラ様に物語を書いていただいているの!?」


 私が指を差して問いただすと、ダリル様は天を仰ぎ、観念したように疑惑を認めた。


「ああ、そうだ……。僕はディアドラ様に物語を書いていただいている。僕の癖に刺さって止まない至高の物語を……」


「ジャンルは?」


「そうだな……ジャンルと言えるのかは分からないが──」


 ダリル様はどこか憂いのある表情を浮かべると、その大きな手で何かを掴むかのようにきつく握りしめた。


「僕は双子の姉妹が愛し合いながらも血縁ゆえに葛藤しそれでも相手への想いと渇望は止められず認められない愛と理解しながらも互いを魂の片割れとして求め合い傷つき堕ちていく狂おしい純愛物語が大好物でね──なんとかシリーズ化してもらいたくて、こうしてディアドラ様に日々お願いしているんだ」


 ディアドラ様がダリル様を「双子」と呼んでいた理由が今分かった。そして、ダリル様もまたディアドラ様の書かれる物語に魅了された迷える子羊だったということも。


「だから最近私とのデートを断ってばかりだったのですね。ディアドラ様に執筆をお願いするのに忙しいから」

「ああ、それに完成分を読んだあとはじっくり余韻にひたりたいだろう?」

「分かる」


 たしかにデートなんてしてる場合じゃない。

 共感を覚えて深くうなずくと、ダリル様は感動したように私を見て目を潤ませた。


「僕を……理解してくれるのかい? こんな趣味がバレたら絶対軽蔑されると思ったのに……」

「癖はその人の個性ですから」

「ああ、君という人は……! やっぱりカレン嬢は僕の最高のパートナーだ」

「あなたも私にとって最高の婚約者ですわ」

「カレン嬢!」

「ダリル様!」


 私もダリル様に己の業を明かし、お互いに隠していた性癖をさらけ出し合ったことで、二人の間に新たな絆が生まれた。


 この人となら、結婚しても大切な趣味を理解し尊重して、上手くやっていけるはず。


 私たちは互いに手を取り合うと、ディアドラ様に感謝を伝えた。


「ディアドラ様、おかげさまで二人の絆を確かめることができました。本当にありがとうございます」


 ディアドラ様には感謝してもし足りない。

 二人で何度も頭を下げていると、ディアドラ様が神々しい微笑みを浮かべ、白くほっそりとした御手をこちらへと差し伸べた。


「いいのよ。でもこんなに感謝してくれているなら、よければ執筆のための援助をお願いできるかしら? 今なら500万ペイルの一括払いで執筆を確約するわ」


「はい、ぜひ一括払いで!」



◇◇◇



 それから私の生活は一変した。


 神作家ディアドラ様による大好物の物語の供給、さらに500万ペイルの追加支払いで神絵師であられるディアドラ妹様による挿絵の特典。そしてダリル様との仲も良好で、ついにこの春結婚の予定だ。


 ディアドラ様が人を狂わせる悪女だなんて、まったくの間違いだった。だって、ディアドラ様のおかげで、こんなにもすべてが上手くいっているのだから。


「さーて、今月もディアドラ様にお布施をしないとね!」


 私は小切手帳を開いて、大きく「1,000万ペイル」と書き込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ